29, 2015
【同人むかしばなし1 ~そもそもオタクとは。】

1980年代初頭、女子小学生は「大人になってもアニメを見る人のことを、オタクっていうんだって」と恐ろしい都市伝説かのように囁き合っていました……(実話)たしか「アニメ」って言ったと思います。もう「テレビまんが」ではなかったと思います。【アイドルオタク。】最近どこかで「アイドルオタクの風体がまずいから、俺までアイドルファンと言っただけで白い目で見られる」というクレームを読みました。アイドルオタクへ向かって...

【同人むかしばなし1 ~そもそもオタクとは。】

 29, 2015   -

 29, 2015
【同人むかしばなし2 ~そもそも同人とは。】

世の中には、同人とは「個人誌」と呼ばれる自費出版物を「コミケ」と呼ばれる催事へ出展する人のことだと思い込んでいる人もいます。「同人誌とはアニパロです」と書いてしまった人もいます。「アニパロはエロに決まっています」と思い込んでいる人もいます。いずれも、1980年代以降のコミケしか知らない人です。その人自身が、アニパロに分類される個人誌と呼ばれるエロティックな自費出版物をお目当てにしていただけです。同人と...

【同人むかしばなし2 ~そもそも同人とは。】

 29, 2015   -

 29, 2015
【同人むかしばなし3 ~漫画と小説の混同。】

1975年末に、SF大会という組織からたもとを分かった主宰者が、全国に散在した漫画同好会に号令したことによって、同人誌即売会またの名をコミックマーケット、直訳すれば「漫画市場」、略して「コミケ」という催事が初開催されたそうです。数ヵ月後の1976年春に、竹宮恵子の漫画作品『風と木の詩』が、小学館の発行する漫画雑誌『少女コミック』誌上で発表されました。すると、アマチュア漫画家の集合体である「漫画市場」では、...

【同人むかしばなし3 ~漫画と小説の混同。】

 29, 2015   -

 29, 2015
【同人むかしばなし4 ~愛、先史。】

いわゆる二次創作は、先に女性から始まって、後から男性が真似をしたという説があります。でも、1976年に竹宮恵子が『風と木の詩』を発表するまで、すべての創作同人が「パロディ」という手法を封印し、じっと隠忍自重していたと考えるほうが不自然です。明治20年に版権条例が施行されて以来、それが親告罪であり続けているのは、翻案・改変・引用といったことを禁止するのは不可能であり、意義もないことが理解されているからです...

【同人むかしばなし4 ~愛、先史。】

 29, 2015   -

 29, 2015
【同人むかしばなし5 ~アニパロ小説の起点。】

1970年代から1982年にかけて、いわゆるコミケで流行した、いわゆる二次創作の下敷きとなったアニメ番組は、いくつか挙げられていますが、いずれもテレビオリジナルです。つまり原作漫画の単行本がよく売れたので、数年後に動画化されたというものではありません。1970年代の「漫画市場」に、漫画を原作にしていないテレビオリジナルアニメの関連小説が出品されたという話は、いかにも奇妙です。これは、もともとアニメファンではな...

【同人むかしばなし5 ~アニパロ小説の起点。】

 29, 2015   -

 30, 2015
【同人むかしばなし6 ~文芸サークルの並行進化。】

少なくとも二十四年組は「アニメ監督の翻案権を侵害させて頂きなさい」などとは言っていないはずです。また、彼女たちとしては「漫画家になりたいなら、まじめに絵の勉強をしなさい」と言わざるを得ません。なにもかも二十四年組のせいであるというのは、便宜的な説明、and/or 責任の押しつけです。【漫画派の危機感?】少年漫画は、ちばてつや『あしたのジョー』が学生運動のバリケードの中でまで愛読されたという時点で、いった...

【同人むかしばなし6 ~文芸サークルの並行進化。】

 30, 2015   -

 30, 2015
【同人むかしばなし7 ~本来の耽美派。】

もともと耽美派というのは、19世紀末頃から20世紀半ば頃における、男性芸術家の流派のようなものです。それは自然と人間性を破壊する産業革命・富国強兵の時代に背を向けて、詩的な語句を操り、過去の美術品を賛美し、遺跡の残る東方へ思いを馳せ、古代の奔放な性に憧れるといった要素を持っていました。少年趣味ばかりでなく、少女趣味・妹趣味・人形趣味・屍体性愛・残虐趣味、近親姦や獣姦といった恐るべきものへの関心も、この...

【同人むかしばなし7 ~本来の耽美派。】

 30, 2015   -

 30, 2015
【同人むかしばなし8 ~耽美の死。】

「耽美が死んだ」というのは、1965年だったろうと思います。文芸における耽美って、本来は、言葉そのものの魔術的な機能を磨き抜くってことだったはずです。三島由紀夫が自信をもって、見事な比喩と情景描写に満ちた恋愛小説を書くことを続けていたら、その後の文芸の発展も違ったのかもしれませんが、言葉の耽美主義(によって俗世間受けすること)とは、神経をすり減らす作業なのかもしれません。時代の寵児のようだった三島が大...

【同人むかしばなし8 ~耽美の死。】

 30, 2015   -

 30, 2015
【同人むかしばなし9 ~女流におけるSFの受容。】

手塚漫画は映画フィルム(アニメの絵コンテ)を踏襲しているので、何事も四角い枠の中におさめて描かれていました。古い時代の少女漫画は、手塚流を踏襲していたので、四角い枠の中に人物が納まっていました。新世代である大島弓子ふうの少女漫画における「コマ枠を無視した人物画と、その周囲に散りばめられた散文詩のような台詞」といった形式は、『少女クラブ』などに掲載されていた、絵入り読みものを直接に継承しているのだろ...

【同人むかしばなし9 ~女流におけるSFの受容。】

 30, 2015   -

 30, 2015
【同人むかしばなし10 ~SFファンによる淘汰。】

1975年以来の出品物として考えられるのは、手塚・石ノ森を見習ったオリジナルSF漫画。それらを艶笑めかしたパロディ漫画。漫画から派生した新しい表現の可能性を探る、アニメ批評誌。その「おまけ」としてのパロディ漫画。さらに、男性による創作物をセンチメンタルな不倫物語に改変してしまうことに慣れていた文芸サークルによる耽美派小説。この中で、SFファンを最も「その発想はなかった」と驚愕させるものは、どれでしょう...

【同人むかしばなし10 ~SFファンによる淘汰。】

 30, 2015   -