2015/05/28

【アダルトチルドレンはループします。】


「私がアダルトチルドレンみたいなブログを書くのは、もともと私がアダルトチルドレンだから当たり前ですよね! だから私がアダルトチルドレンみたいなブログ(以下くりかえし)」

うかつに専門家の使う学説のようなものを取り入れると、こういう状態を生みます。

人間は「まねぶ」生き物であり、アダルトチルドレンとは何か? という書籍を読んで勉強すればするほど、そのように振舞うという下降スパイラルを描くことは充分あり得ます。

トラウマ、うつ病、自閉傾向に関する自主研究なども同じ結果を生む可能性があります。

(そもそもトラウマなんて言葉は、今どき専門家は使わないと思います。)

身近なところでは血液型占いが危険で、あれは「生まれつき決まっている」という前提ですから、よりいっそう自己暗示にかかりやすく、自分に限界を設定してしまうことになりがちです。

もっとも、逆に考えれば、限界を設けることで「あれもこれも」という頑張りすぎを防いでいるとも言えます。

とすれば「私はどーしよーもないアダルトチルドレンである」と考えることで、「立派な大人になろう」と頑張りすぎることから自らを救っているのかもしれません。

そう思えば、まだまだ本人が、本人の気づかないところで自分を信じています。



2015/07/08

【トラウマなんて言葉を使うもんじゃありません。】


まともに勉強した人なら、そんな言葉は使いません。今どきジョークにしかなりません。

一般向けの教養書や漫画を読んで、精神医学や心理学を分かった気分になるのは危険です。

人間は自分を型にはめて「私って~~、○○な人じゃないですか~~」と言っていたほうが楽なので、自己暗示にかかりやすいのです。

でも、若い人が真似をすると困るのです。トラウマは他人を傷つける口実にはなりません。アダルトチルドレンは、自分自身を虐待し続ける口実ではありません。

著作権というものがある以上、どこの職能団体も情報を秘匿しています。

各大学で用いられているテキストが、市販されているとは限りません。各臨床医は、患者のカルテを秘蔵しています。

「似たような症例を、あえて分類すれば五種類ということになるが、いずれにも当てはまらない患者も多い」ということは、必ずあります。

本当の専門知識は、隠されています。

一般向けに詳細を省いた解説書や、雑誌の記事を読んで、星占いのように「私に当てはまる~~」と思ってしまうことは危険です。

何を読むにも「じつは書かれていないことのほうが多いんじゃないか?」「じつは自分はどこにも当てはまらないんじゃないか?」と疑う姿勢は大事です。

人間はすべて個人であり、一人であると見切ってしまえば、自分は何タイプかと悩む必要もありません。




 
2015/07/08

【本当に小さな子どもであれば。】


誰か大人によって衣食住を保障されている一方で、行動範囲と人脈がせまく、経験値が低い。

だから最も大きな影響を与えているのは保護者だと考えられるので、問題行動が見られれば、「日ごろの様子を保護者に訊いてみよう」ってなるわけです。

でも、小学校へ入ったぐらいから、人間関係も広がり、親に内緒の約束なども始まるものです。多くの人の身に覚えがあるでしょう。

保護者が厳しくても、それを振りきって遊びに行ってしまう子もいれば、祖父母を頼みの綱に、ほしい玩具(ゲーム)を入手する子もいるでしょう。

誘ってくれる友達がいたか、「まァまァ」と言ってくれる近所の人がいたか、学校の教員や塾の講師やスポーツ少年団の監督が面白い人だったか。

いろいろな条件・いろいろな人間関係によって、子どもも様々な影響を受けて、一人ひとりの個性を形成していきます。

逆に言えば、自分の人格はすべてお母さんのせいだと言いたい人は、それだけ他の人間関係がせまかったと考えることもでき、元来ひっこみ思案で、お母さんと二人だけの世界を大事にしたい人だったのかもしれません。

あるいは学校の友達に馬の合わない子がいたことが本当の問題だったのかもしれませんし、スポーツ少年団へ入りたくても入れないという、経済面や健康面の事情が本当の問題だったのかもしれません。

また、そのように考えないと、すべての子どもの人格形成の責任が、すべてそれぞれの母親にあることになってしまい、「母親たるもの就職など考えるな」といった話が復活してしまいます。

「でも本当に母親から具体的な暴力を受けたので」ということであれば、母親を告発する権利があります。

この場合は、確かに「子どもに暴力を振るうと、私のような大人に育ってしまいますよ」という負のサンプルとして、自分自身を提示することができます。注目を浴びることはできるかもしれません。

だからといって、あなた自身が第三者への加害者となってよいわけではありません。

母親が身勝手な人間だったことと、あなた自身が身勝手な人間であることは、別の問題です。母親が身勝手な人間だったからといって、あなたが受け継ぐ必要はありません。負の遺産というものは、放棄することができます。


2015/07/08

【それはお母さんのせいではないかもしれません。】


医者の不養生、紺屋の白袴という言葉があるくらいで、専門技術を身につけ、他人のために一生懸命働いている人は、自分のことが後回しになるものです。

にもかかわらず、あなたが「っていうか~~私の場合は~~」と自分の話ばかりしたがるのであれば、それが他の人にとって面白くないのかもしれません。

どこかで聞きかじった時代遅れな知識を「私みたいな人って~~母親のトラウマじゃな~~い?」と、ひけらかしたがることが、他の人をドン引きさせるのかもしれません。

女友達と食べ歩きしたり、長電話したりするほうが楽しくて、男性とおつきあいしなかったのであれば、厳しいお母様をも納得させる結婚相手を見つけられなかったのは当然です。

就職活動しなかった人が就職できなかった、投稿しなかった人がプロデビューできなかったのと同じです。

それは成人後の自分自身の選択の結果であって、お母さんのせいではありません。

世間様へ向かって言うべきことがあるとしたら、「女が自分の楽しいことだけ考えて、一人で生きていたらいけないんですか!?」です。






2015/07/08

【トラウマやアダルトチルドレンをブログのネタにすると。】


その話題をやめたらブログを続ける意味がなくなるので、「私はトラウマ」とか「私はアダルトチルドレン」とか書き続けることになります。

リストカットを自慢していた女子高生が、卒業したら本当に命を断ってしまったという話があるそうです。

卒業してしまえば「リスカの得意な女子高生」という自分のセールスポイントを失ってしまうことを恐れたのだろうということでした。

トラウマやADに悩む人ほど、それ以外の話題を心がけると良いです。

音楽や映画の話題、手芸・園芸の話題、料理や食べ歩きの話題、ペットの話題、ライフハック系のお役立ち情報などを提供して、自分をも他人をも楽しませることのできる人は、じゅうぶんに大人です。

一日のうちで、必ず自分が「アダルトチルドレンらしくない時間」というのがあるはずです。

いわゆる普通に、流行の手芸や新作スイーツを楽しんでいる瞬間があるはずです。

自分はアダルトチルドレンだけで出来ているわけではないことを、自分自身に知らせてやってください。

でも、悩みがあることを黙って音楽や手芸の話をして、読者を増やすのは、人をだましているような気がする、自分に嘘をついているような気がするということであれば……

楽しい話題を心がけながらも、本当は悩みがあるけれども、立ち直りたいと思っていますというふうに書いてください。自分自身に言い聞かせてください。

正直であるということは、自虐することではありません。

自分について、悪いことばかり言うことではありません。

自虐とは、自分を虐待することです。親の虐待を自分自身に連鎖させる必要はありません。

フロイトの元を訪れた人は「治りたい」と願った人です。




2015/09/25

【女の口紅はなぜ赤い?】


『プレジデント』2015年3.2号の特集タイトル。「口紅が青かったら歌舞伎の悪役だ」とか思いつつ。

子記事タイトルは「女は甘えるとき、なぜ上目遣いになるか」「なぜ30代女性は、50代男性を好むか」「なぜ高級ファッションを着こなす男に騙されるか」などなど。

答えはすべて「父性を求めているから」らしいです。上目遣いは、小さい子のふりをするということです。

若い顔立ちと細いウェストは、まだ他の雄の子どもを産んでいないことを示している。したがって、まっさらな畑に自分の種を植えたい男にとって都合が良いので、よくモテる。

しかも、口紅が赤いのは性的成熟を示している。

つまり女性が子どもっぽく見せるのと同時に赤い化粧にこだわるのは、オヤジにモテたい一心ということのようです。

裏返すと「ドレッシーな装いを身に着けて、金持ちらしく見せれば、赤い口紅をつけた比較的若い女性部下と父娘ごっこができますよ」ってことですな。

チーム・プレジデントの自己愛全開っぷりが潔いです。ドレッシーな男性が増えるのは歓迎なので、諸氏は頑張ってください。

なお、記事中にはイラストが掲載されていて、「顎を引いて上目遣いを強調するあまり、彼女が二重顎になっている」(太って見える)ことを指摘していました。たぶん漫画家は女性でしょう……眼のつけどころが違います。

2015/09/25

美少女趣味はアニメのせいではないです。


『プレジデント』さえ「最近、世界的に若い女性が人気なのはアニメのせいなのか?」ってほのめかしてるんですが……

ブリジット・バルドーや、オードリー・ヘップバーンは、当時の50代の男性から見たら、娘みたいなものだったはずです。

ヘップバーンを評した「ファニーフェイス」というのは、文字通り「変顔」という意味ではなく、女優というには子供っぽい顔だという意味だったはずです。

ガルボやディートリヒに比べたら、バーグマンも可愛いタイプだと思います。

彼女は真っ赤な口紅をほとんどつけなかったと思います。清楚な感じで、あまり「おんな・おんな」していない。『誰がために鐘は鳴る』のショートヘア姿は少年のように見える。そこがいいわけです。

オリヴィア・ハッセーとか、イザベル・アジャーニとか、ナスターシャ・キンスキとか、みんな実際に若くて、「糟糠の妻」というタイプではなかったはずです。

日本の原節子も、個人的にはひじょうに気の強い大人の女の顔をしていると思うのですが、「誰かの従順な娘」という役をよく演じました。

ごく大雑把に、戦前は化粧の濃いファンム・ファタルのタイプがもてはやされ、戦後は初心な生娘というタイプが好まれるようになったと言えるのかもしれません。

単純に、映画の撮影技術(フィルムの感度)が上がって、真っ白なドーランにアイラインを濃くしてコントラストをつけた顔でなければ撮影できなかったものが、若い女優の素肌の美しさをカラーで見せられるようになったからだったのかもしれません。

また川端康成『伊豆の踊り子』の不滅の人気を考えると、あの踊り子は、じつは太鼓たたいてるだけで実際には踊りもしない「おぼこ」なわけですが、確か十四歳だったはずで、少女趣味・処女礼賛ってのは、もうずいぶん昔から根強いのです。

2015/09/28

日本映画は優男を応援してきたのです。


もひとつ『プレジデント』2015.3.2号より。特集とは別の記事で「顔を見れば成功する男かどうか分かる」という話。

笑顔のすてきな男性は、円満家庭を維持できるそうです。これは納得。

顔の幅の広い男は、見た目に頼もしいと同時に、実際に企業CEOに多い相だそうです。ただし、これは支配性と攻撃性をも表しており、もし暴力の場面になったら、被害者になるのは細面のほうなんだそうです。

……変に納得しました。

なるほど、三島由紀夫の言ったとおりで、現実としても物語上のステレオタイプとしても、そういう「イメージ」が確立しているからこそ、あえてアラカンみたいな女形あがりの優男が活躍する剣戟映画に熱狂的な人気があったわけです。

これは女性ファンに限った話ではなく、相対的に弱いほうに類する男性客も、彼を応援してやりたくなったはずです。

そういえば、お相手の近藤勇(もとい)月形龍之介は、ガッチリと幅の広い顔でしたね。

中国では張飛が一番人気なのに対して、日本では諸葛亮が一番人気と聞いたこともあります。矢吹ジョーも細面の部類でしょう。

寺脇康文が『相棒』を降りたのは、彼なりの事情があったかららしいですが、右京さん人気は、なにも女性ファンだけによるものでもありますまい。

考えてみると、映像作家というのはフランス外人部隊ではなく、本物の武闘派でもないわけで、どっちかってェと「ぼ、暴力には反対です」って言うタイプのはずです。

最近の少年漫画は女性向けと指摘する声もありますが、日本男性のルサンチマン的ナルシシズムは、もともと優男を応援するように出来ているのかもしれないです。

三船敏郎はどうなんだって言われると、『羅生門』では明らかに悪役ですし、『七人の侍』でも問題児、『無法松の一生』は都会の高校教師に比べて野卑な男の純情という話で、見るからに強く憎々しいのを逆手にとった新しいヒーロー像だったのでしょう。

でも、じつはもともと細面のきれいな顔してるのです。年くってからも外人さんと比べると相対的に線が細いわけで、それがブロンソンを投げ飛ばす『レッド・サン』は痛快娯楽劇ということになるかと思います。

なお、忘れた頃に今さらな記事が繰り返されるのは、かつて20代でそんなことを気にもかけなかった人々が50代に達して、昔の人が抱いたのと同じ疑問を抱くようになるからなのでしょう。

たまに本当に科学的な新発見があるので、情報をフォローアップしたほうが良いですが、男と男と女の基本は大して変わっていないような気も致します。(だからこそ古い映画を見ても面白いわけです。)


2015/09/28

オッサンになるのもいいもんだ。


オッサンになるということは、もうすぐジジィになるということです。

あと10年もしたら、会社を辞めなければならないということです。

将来が不安に決まっています。

だから「50代になると、少しは財産もできて、男のオシャレも覚えて、若い女から頼りにされて、男冥利に尽きるなァ。50代になって良かったなァ」

と思わないことには、やってられんのです。

「オッサンが若い女と遊ぶなら、オバサンはどうすりゃいいのよ」と言うなら……

「女性もそれまでに財産を作っておいて、若い男と遊べばいいでしょ」というのが、彼らの言い分であるはずです。

女性には特許を認めてやらないなんて言ってないのですから、なんでも発明すればよいです。

女性の作品は出版してやらないなんて言ってないのですから、なんでも書いて、印税一億円のベストセラーにすればよいです。

女性にはその能力があるから機会をくださいというので「進出」してきたはずです。

彼らは、女性の自由をちゃんと認めています。

女性が自由意志で赤い口紅を選び、ダイエットとエステに夢中になることを高く評価するから、高級スーツを着てエスコートしてやると言っているのです。


2015/09/29

不機嫌な人は幼稚に見える!


新聞広告によると、30万部のベストセラーになった和田秀樹『感情的にならない本』(新講社)のあおり文句らしいんですが……

自分を若く見せたい人は、わざとふてくされた顔を続けることがあります。

その態度をオンラインに持ちこむと、まるで口をとがらせた子どものような顔が彷彿とする恥知らずな文章を書いて、わざわざアップロードする人になっちゃいます。

ツイッターとスマホの最強タッグによって「脊髄反射」が起こりやすくなったことは、ご承知の通りです。

わざわざ自分を不機嫌にするようなタイムラインや掲示板にアクセスしておいて、反射的な不機嫌ツイートを続ける人は、それを「幼稚だからやめなさい」と言われても、「若いって言われた♪」と喜んじゃう可能性があるのです。

人によっては「少年の心」とか「永遠のおとめ」とか言っちゃうかもしれません。

【女性の場合。】

決して学歴が低いわけではなく、もともと粗暴な家庭の出身とも思われないのに、暴力的な発言ばかり好む人がある。

不平不満が多いので、女性が共感を示してメンションを送ると「同情はけっこうよ」なんて言う。

どうも不良少女のふりをすることで、男性の気を引きたいらしいです。もちろん実際には少女と呼ばれるべき年齢ではありません。

おそらく少女性を好むプレジデント派の男性を、本人が好んでいて、狙っているわけですが、本当の少女ではない以上、男性から見れば面倒な女性でしかありません。

男性が戦いを好むのは、もともと自分を守ろうとするからです。

成功している男ほど、保身術も一流です。どう考えたって、その能力の高い男が生き残って、遺伝子を残してきたに決まっています。

雌性は、息子を生き残らせようとするために自分の命を張るわけですが、男は自分自身を守ろうとします。女性の望む一流の男ほど、面倒な女には関わるまいとします。

だからこそ、そういう一流が悪女にほだされるというのが「ロマン」になるわけです。つまり、実際には無いわけです。憧れて真似しようとすると残念なことになります。

この「女として満たされていない感じ」は、男性の書いた「理性的に生きましょう」という本によっては、癒されないのだろうと思われます。

子どもっぽさの徴候の一つは、もちろん「タメグチ」で、ツイッターにおける「ゆるいつながり」というのを真に受けて、誰に対してもいきなりタメグチという人は、挫折型チーム・プレジデントの可能性があります。