2016/02/29

1.愛国の同人。

コミケと日本の未来のために、最も重要なこと。



帝国主義の拡大のために徴兵した若者たちを鉄拳制裁で鍛え上げる。

そういう資本主義的全体主義から、共産主義的全体主義へ移行しても、じつはあんまり違いがない。ほんとうは、全体主義の対岸に「消費生活優先的個人主義」というのがあるはずなのです。

資本主義と共産主義がほんとうは同じ枠組の中にいる兄弟のようなものだというのは、ベルリンの壁が落ちた頃にやっと(大きな声で)言われるようになったことで、今でも対立概念という誤解が完全に克服されたとは言いきれません。

でも、資本主義が行き着いた先の帝国主義に対峙するのは、個人主義であるはずなのです。

1921年には、日露戦争のヴェテランである陸軍中将・佐藤鋼次郎によって、「きたるべき日米開戦に備えよ。日本男子は心身を鍛えなおせ」というテーマの小説が発表されたそうです。

逆にいえば、当時の日本男子は惰弱になっていた。代表は谷崎潤一郎。

西欧から輸入された個人主義・耽美文学のせいで若者たちが退廃してしまった。いつの時代にも流行を嘆く警世家が存在するものですが、こういうのは当時の決まり文句の一つだったそうです。

中将の言を入れれば、徴兵規模を拡大し、訓練を厳しくするといったことになる。ボタン戦争ではなく、地上戦が基本だった当時は尚更です。

じゃ作家たちはどう云うか。文面や口頭ではハッキリと軍人さんを批判しないにしても、内心では「戦争やったほうがいいよ」と思ってるわけはない。

本当は中将だってその通りで、兵力を最大限に温存したいのが、現場を知る人です。

彼の本心は「弱いままでは列強につけこまれ、攻め入られてしまう。日本男子が強さを取り戻して、列強との間にパワーバランスを維持すれば、平和を保てるよ」ということだったようです。(参考:1980年、佐伯彰一『外から見た近代日本』)

で、現代。

さすがに共産党も「革命だ」とか云わなくなりました。べつに暴力集団だと思われているわけでもない。

西欧には「最後の日に備えよ」という黙示録の印象と、それに煽られたキリスト教異端による騒擾の歴史があって、共産主義=革命=暴力的示威行動というふうに短絡しやすかったのだろうと思います。

いまでは日本共産党は平和と福祉を訴える市民団体みたいになっている。これは世界中の平和主義者・女性と連帯することが可能ですから、その意味ではやっぱり普遍主義、やわらかくなった左翼ということができるでしょう。

でも実際問題として、各国において平和が保たれるためには国際的パワーバランスの維持が必要で、防災・救助という観点からも、とくに徴兵制のないわが国では、自発的に自衛隊へ入ってくださる若者とそのご家族に足を向けて寝られない、ということがある。

このばあい、若い女性の最高の夢は自衛隊員のお嫁さんになること。それに相応しいのは夫の留守中に不貞をはたらかず、子ども達を心身の強い若者(女子の部を含む)に育て上げる良妻賢母。

このばあい、強い若者とは、腕力にまかせて弱い者イジメをする若者ではなく、お父様同様に社会のルールを守り、思いやりをもって世のため人のために働くことのできる若者です。やっぱり、これらが基本になります。

これに対して、同人は男女とも「もっと自由に暮らしたい。好きな漫画だけ描いて暮らしたい。それが欲しいといって、わざわざ買いに来てくれる人も大勢いるんだ!」と云わざるを得ない。同人界を母胎とするプロ、その作品によって利益を得る出版界も同様です。

でも、即売会が無事に開催できるのは、自衛隊によって国家の安全が保障され、ほとんどの国民が社会のルールを守っているからです。

このさき何十年も同人稼業で食っていこうと思っている人は(すごいことですが)、次世代をお客様として迎える必要がある。迎えてみたら会場内の順路を守らず、恐喝や暴行をはたらく連中ばかりだったら困る。

また「漫画のセリフを読むのもめんどくさい」という若者のほうが増えたら、二次創作に留意して頂くどころじゃありません。

それを防ぐには、やっぱり義務教育が充実し、子どもをちゃんと育ててくれるパパ・ママが必要です。

じつは暴力と痴情を描く同人こそ、日本人の礼儀正しさ・非暴力・教育の高さの恩恵をこうむっている。

だから同人こそ、自衛隊に感謝し、結婚する若者たちを祝福し、家族愛と地方の活力を尊重し、教育と児童福祉の充実を訴え、「日本は良い国です。みなさんのおかげです」と云う必要がある。

そのかたわら、自分自身はプロになるためにオリジナル作品を完成させる努力を続ける必要がある。あるいは同人界で50年間生き延びるために、死にもの狂いになる必要がある。そして確定申告しましょう。

真面目にやるのを恥ずかしがるのは、古い流行です。昔の話を若い人が真に受けて「同人は悪いやつらだ」と思う必要はありません。自分も悪いやつになろうと思う必要もありません。

創作物の良いところは、自分が他人をイメージ消費して終わりではなく、他人に楽しみを与えることができることです。続きが楽しみだというだけで明日を生きよう、新作を買いたいと思うだけで働こうと思う人が増えるのです。

だから、昔とった杵柄を自慢したい人は、それを他人をぶん殴ることに使わずに、また描いたり書いたりすることに使いましょう。

ちゃんと分かってる同人さんのほうが多いことだろうと信じます。

2016/03/09

萩尾望都を読んでも、アニパロは生まれないのです。

同じ名前で呼んだことによって、漫画と小説が混同されているというお話。



【1.漫画とアニメの混同】

漫画を読んで感動した人は、漫画のパロディを描けば良いことです。

萩尾望都『ポーの一族』を読んで、エドガーとメリーベルとアランの3点バランスではなく、エドガーとアランが恋人同士だったら、なお一層「印象的」だな、と思って構いません。本人の発想の自由です。

でも、アニメキャラクターを利用するのは、また別のアイディアです。誰が最初に「漫画のパロディを売るとまずいが、アニメキャラクターなら著作権の心配がない」と勘違いしましたか?

「そんなこと云っていいの!? 私のバックには漫画編集部がついてるのよ!」と威張りますか? それはあなたが漫画原作アニメの時代になってから参加したからです。

1970年代のSFアニメは、宇宙戦艦も、合体ロボットも、モビルスーツも、ウルフのマークも、テレビオリジナルです。原作漫画は存在しません。当時の慣例からいって、制作・著作はテレビ局、または個人プロデューサーです。

西崎義展に許可とりましたか? って話です。

【2.二十四年組どうしの混同】

萩尾望都『ポーの一族』という漫画作品は、1972年に小学館から発表されています。

主人公はエドガーという少年で、じつは吸血鬼ですが、昼間の世界でも生きていけるという特殊設定です。普通の少年のように転校した先で、アランという少年に出会い、吸血鬼の仲間にしたいと考えます。

一人で永遠に生きていくのは寂しいので、親友をほしがったのです。あくまで男の子が男の子の友人をほしがっただけであって、恋愛関係を結ぶ様子は描かれていません。

また、かたわらにはエドガーの妹がいて、少年たちは二人とも、この美少女を守ることを最優先に考えています。

もし「自分が少年愛の美学という主題に目覚めるにあたって、最も影響を受けたのは『ポーの一族』だ」という人があるならば、その人自身の中で「BL化」というアイディアが始まっちゃったのであって、『風と木の詩』という作品は関係ないのです。

なぜなら、少年同士の恋愛を明確に描いた『風と木の詩』という漫画作品が小学館『少女コミック』誌上で連載を開始したのは、1976年の春だからです。引き算はできますね? 4年も後です。

世の中には、ただこれだけの話を理解できずに、やたらイライラして「だって私は確かに漫画を読んでアニパロに目覚めたんだもの!」と云ってしまう人もあるのです。

おそらく、きちんと二十四年組作品を読んでいないのです。1980年代に入ってから「アニパロの参考書」として、まとめて読まされたか、噂話だけ聞かされたので、発表年の違いを認識していないのです。

でも冷静な人には、二重に混同が起きていることがお分かりになるかと思います。

【3.漫画と小説の混同】

同人誌即売会またの名を「コミック」マーケットという所は、直訳すると漫画市場です。つまり、もともと漫画同人会が集まる場所です。

つまり、漫画を描くことが好きで、自筆の漫画原稿を持ち寄っては、漫画雑誌を(合同で)自費出版していた人々が、大集合する場所です。

念のため確認しますが、漫画とは、四角いコマの中に、フキダシと呼ばれる台詞と、小さな人物画がいっぱい描いてあるもののことです。使用する紙は上質紙またはケント紙です。大学ノートや四百字詰め原稿用紙ではありません。

ところで、松岡正剛も書評した『やおい幻論』(榊原史保美、1998年、夏目書房)という本があるのですが、その主題は「やおい作家・やおい少女と呼ばれる当事者たちが直面している問題を解説する」ことだそうです。

じゃあ「やおい」ってなんでしょうか? 松岡も書いている通り、榊原自身は『JUNE』という市販雑誌に連載を持っていた小説家です。だったら彼女は「JUNE作家」のはずです。そのファンは「JUNEファン」または「JUNE少女」でいいはずです。

もともと「やおい」とは、同人誌即売会に集まる同人が使った流行語のようなものです。プロは使わないのです。だって、プロが自分の作品を売り出すときに「どうせヤマもオチもイミもないから読まないでください」なんて韜晦することはありません。

それは、あくまでアマチュア同士が、自分たちのことだから、お互いに笑って済ませるつもりで云ったジョークです。でも、おかしいですね? なぜ漫画市場に集まっている人々のことを、小説家が代表して解説するのでしょうか?

また、2006年に同人活動を解説すると称して「同人誌とはアニパロです!」と短絡してしまった書籍が出版されましたが、その中にはインターネット掲示板に投稿された文章が転載されました。

同人活動からプロデビューした人として名前の挙がるCLAMP、高河ゆん、ついでに赤松健のいずれも漫画家なので、勘違いされやすいのですが、多くの人が漫画の話をしているつもりで、じつは「同人活動とは文章表現だ」と思っているのです。

【4.新しい文芸】

テレビとアニメーションの技術の進歩によって、テレビアニメを見ながら小説を構想するという人が出てくるのは当然のことです。

台詞だけが羅列されているのは戯曲の一種と思えばいいですし、西欧の耽美派詩人が遠い東方の古代文明や、その姫君に思いを馳せたように、宇宙の戦士に思いを馳せる小説家(の卵)がいても良いことです。サロメの名を使う人がいるなら、戦士の名を使う人もいるでしょう。

それ自体は善悪の判断をすることではありません。若い人が世相を的確にとらえた例として、文芸史に位置づけてやれば良いことです。

問題は著作権ですが、これも同人みずから「もともと許可なんて要りませんよ。二次創作は海賊版じゃないんですから、著作権侵害を構成しないんです」と言えればいいだけのことです。(言い張る権利はあります。)

ただ気持ちの問題として、原作者が「ヌードはいやだ」と云えば、パロディ作者のほうでそれを尊重する。原作者を敬愛しているからこそです。あくまで、こういう理屈です。

だから富野由悠季が雑誌『OUT』に粋な計らいを見せたというのは、むしろ「法的権利を立証することは難しいが、なめられて終わりたくもないので、やるならちゃんとやれ」という皮肉をきかせたのです。逆にいうと「一生懸命描きましたという限りにおいて応援する」という意味にもなります。

だから同人(の一部)における本当の問題は、大学を出たという人までいるのに、関連する法律を勉強しておらず、「アニパロはヤバイけど、漫画編集部がついてるから大丈夫」という筋違いな噂を広め、それを信じてしまうことです。もう一つの問題は、漫画・アニメそのものと混同することです。

【5.少年漫画家にはなりたくなかった】

コミックマーケット通称コミケにアニパロ同人誌を出展し、「栗本薫よりも私たちのほうが売れている」と自慢していた、という話があります。

なぜ、1人の小説家と大勢の私たちを比べるのでしょうか? 私たちの書いていたものが小説だったからに違いありません。漫画を描いていたなら、竹宮恵子よりも売れていると云ったでしょう。

そのアマチュア小説家たちは、少女漫画家になりたかったので、少女漫画道の先輩には遠慮して、少女漫画をパロディの元にしなかったのだそうです。

では、少年漫画家にはなりたくなかったので、少年漫画道の先輩には遠慮しなかったということになります。

でも少女漫画道の大先輩であり、現代BLの流祖と目される竹宮恵子は1980年代初頭に『地球へ…』という少年漫画(少年を主人公とする漫画)を描いて、少年誌に連載し、アニメ映画化に至る成功を収めています。

(※漫画としての連載は1977年から1980年。劇場版アニメが1980年4月公開でした。修正してお詫びいたします)

なぜ「私も尊敬する竹宮先生のように少年漫画を連載できる女になろう」と思わなかったのでしょうか?

なぜ、もともと少年キャラクターに関心を持ち、題材にしたいと思った人が、少年漫画家にはなりたくなかったのでしょうか?

塀内夏子という実例がある以上、「竹宮先生は例外中の例外で、ほかの人には全く望みがなかった」とは云えないのです。

もし1980年代初頭の時点で「少年漫画家になりたいから少年漫画道の先輩には遠慮する」という姿勢が確立していれば、1983年以降の少年漫画原作アニメによるパロディ小説ブームは起こらず、榊原は「やおい」を論じる必要がありませんでした。

つまり、全く成り立たない話なのです。

【6.それは文芸雑誌です】

明治時代の同人雑誌が小説の扉絵として裸の女の絵を載せたら発禁くらったってのは有名な話ですが。

アニメキャラクターを主人公にした小説が何本か載っていて、その扉絵や本文中の挿絵として人物の顔が描いてあるというのも、文芸雑誌です。人物画がアール・ヌーボー調ではなくアニメ調であるというだけで、それは文芸雑誌です。

文芸雑誌が漫画市場に出品されているのは、おかしいのです。誰もおかしいと思わないことがおかしいのです。

かつての「やおい論」というのは、特殊な恋愛物語という主題にばかり気を取られて、研究者自身が興奮してしまったという性質があり、プロとアマチュア、オリジナルとパロディ、漫画と小説の混同に気づかなかったのです。

でも、最初の時点では、まだ誰も「アニメキャラを利用した小説を出せば必ず客がつく!」という予想を立てることができない。だから書きたい人が勝手に書いてしまった。

もともと小説を読むことが好きで、文芸サークルに入っていた人が、自分でアニメを見たか、同級生が熱心に話を聞かせてくれたので、パロディ小説を書いて、彼(女)が組織したアニメ同好会の会報に寄稿した。

それを、アニメファン側が拒否しなかった。むしろ「この発想はなかったw」とか「続きを書いて」となった。こういう交流があったと考えるのが自然でしょう。

なにも漫画同人会が「皆様! 私たち、もう萩尾先生を見習って漫画を描くことはやめましょう! アニメを見て小説を書かなければ流行に乗り遅れてしまうわ!」って云う必要はありませんね。最初の時点では、まだ流行してないわけですから。

それに、CLAMPや高河ゆんは、1985年以降に漫画家としてデビューしたのですから、漫画はもう古いから小説を書きましょうということでもない。

漫画市場の中で、漫画としてのパロディと、小説としてのパロディが並行して育ったのです。そして漫画と小説の歴史的発生順序からして、おそらく小説のほうが、じつは起源が古いのです。

コミケが1975年に初開催された際には、その参加者を新聞・ラジオで募集したというわけではなく、主宰者みずから全国に散在する漫画同人会に招待状を発送したのだそうです。

この時点では、招待されてもいないアニメ同好会や、それと混合した文芸サークルが乗り込んでくるのはおかしいですから、新たな動きがあったとしたら、1976年以降です。

「誰が1976年にアニパロ小説を出品したか?」という話をしている時に、「私は1983年に漫画を読んだのよ!」では、お話にならないのです。

【7.研究者の錯誤】

1985年以降、第二次ベビーブーマーの成長に基づく同人誌即売会参加者の急増と急激な世代交代(=淘汰)があって、前代の知恵が受け継がれなくなったらしいのです。

研究者・メディアが「少年愛の美学」だの「やおい論」だのと言い出したのは、じつはその後で、1990年代のことです。

だから彼(女)らも専門家っぽい顔をしているだけで、話がよく分かっておらず、「二十四年組に影響されて稚拙な少年愛漫画を描くようになった少女たち」という話から始めたはずが、おとなの小説家に意見を聞いてみようという方向へ、ずれてしまう。

でも小説家だって、自分は『JUNE』誌上でプロデビューするためにオリジナル作品を一生懸命考えて書いてきたんですから、ちゃっかりアニメキャラクターを利用して楽をしたがる少女たちのことなんて知りません。

後から流行に乗った少女たちは、なぜそれをオリジナル作品として完成させ、プロとして独立することを目指さないのか? なぜ、わざわざアニメキャラクターを利用し、その権利者とファンの神経を逆撫でしなければならないのか?

女性同人が女流漫画家を利用しないのは、自発的に遠慮したからではありません。女流漫画家が利用させないからです。なぜか?

若い手をインクと墨汁で汚してきた彼女たちにしてみれば、少女漫画家になりたいと云いながら小説を書いている子ども達は、許しがたい嘘つきでしかないからです。

くり返します。プロ創作家たちが自分の作品を「ヤマもオチもない」などと韜晦したことはありません。出版社がせっかく出版権を得た原稿をそのように宣伝したこともありません。

間違いは、すでに1980年代よりも前の時点で、漫画を原作に持たないアニメ番組に基づくパロディ小説というものが流行しており、それが著作権侵害で訴えられないように、できるだけ目立たないように、プロ作品と区別するために隠語を用い、少女はそれを真似ただけなのに、その流祖がプロ漫画家であるという、とんちんかんな公式説明を誰も疑わなかったことによります。

なお、少女と称しつつ、じつは1970年代後半の時点で、すでに18歳以上の「成人」だったということもあり得ます。東京のイベントに初参加したのが、大学進学を機会に上京した後だったということも充分に考えられるからです。

1969年に安田講堂において学生運動が頂点に達した後、大学に静穏の戻った1970年以降は、大学進学率が急増しているのです。

誰もが無反省に議論の前提としてしまっている条件を疑ってみるというのは大事です。それが学問の第一歩のはずなのですが、研究者たちが気付くことが出来なかったのは残念です。

【8.研究者の仕事】

「初期のコミケには少女漫画が出品されていた」という話もあります。むしろ当たり前です。

女子校の美術部・漫画部などが招待に応じれば、当然そうなるのです。正確には、少女を主人公にした漫画ではなく、萩尾などに影響された美少年ものだったかもしれません。

すべてのスペースオペラ・アニメの基になったと云われる西崎義展作品が再放送によってブームを起こしたとされるのが1975年秋。

それから急いでガリ版切って、年末のコミケ初開催に間に合わせることも不可能ではありません。でも、この時点ではまだ「何がなんでもアニパロをコミケ初開催に出品せねば」というインセンティブがない。

いっぽうで、すでにこのとき『ルパン三世』(緑ジャケット)、『海のトリトン』『科学忍者隊ガッチャマン』などが放映され、ファンクラブもたくさん結成されていたので、その会報が出品されてくるのは時間の問題だったでしょう。この時点では、たんにキャラクターの似顔絵や、漫画版とアニメ版の違いを比較する考察記事が載っているものだったかもしれません。

西崎アニメの劇場版が予想外の大ヒットとなったのが1977年8月。

この頃、テレビでは少年向けロボットアニメに少女漫画ふうの金髪美青年が悪役として登場する現象が相次ぎ、学童期を脱した女性ファンを獲得していました。

いっぽう、1978年以降は『未来少年コナン』『死の翼アルバトロス』『カリオストロの城』など、宮崎駿アニメ(に登場する少女キャラクター)が男性ファンの心をつかんでいました。

1980年頃には、社会も「おとな」のアニメファンがいることを認識しました。みのり書房の雑誌『OUT』は、1980年7月号をアニパロ特集号としました。

だから、これ以降は、ある意味順調に、アニメとアニパロの時代です。

したがって、アニパロ成長を確認する鍵は、1970年代にあります。

コミケに出展されなかった肉筆回覧原稿(大学ノートなど)は、もはや確認しようがないから、1975年・76年・77年・78年・79年に出品された同人雑誌を統計的に有意な冊数集めて比較し、有意差を確認する。

これが出来なきゃ研究者の仕事ではありません。もともと「迂闊に手を出すな。女権団体の政治目的に利用したいからといって、あわてて混同するな」という話なのです。

【9.まとめ:四重の混同】

1.漫画から直接アニパロは生まれない。
2.『ポーの一族』と『風と木の詩』は同じ作品ではない。
3.「やおい」とはパロディ作品のことで、プロ作品と同列には語れない。
4.おなじアニパロといっても、漫画と小説では起源が違う。

区別すべき要素がこれだけあるのに、1990年代に「やおい論」などといって分析ごっこに夢中になった研究者・メディアには理解できなかったのです。また「同人やっていた」と称する人の中にも混同して覚えている人があるのです。

でも本当は、そんなに難しい話ではないのです。当たり前のことが積み重なっただけです。

だから一番の問題は、研究者などの専門家まで含めて、「後から参加した人の視野がせまく、自分で自分の勘違いに気づかない」という、人間心理の弱点というか、日本人特有の議論下手というか、他人の定義におもねって問い直さないまま議論を進めてしまう甘えの構造というか、そういう点なのです。

2016/03/10

漫画同人会と個人の混同。

漫画と小説を同じ名前で呼んで混同することによって、同人が将来の道を踏み誤ってしまう、というお話。漫画家になりたい人は漫画を描きましょう



「漫画を原作とするテレビアニメを素材とするパロディ作品という特殊な創作物を同人誌即売会という催事に出品する」

という活動は、ひとつ決定的な弊害を生みました。いえ、著作権問題ではありません。それは話し合いで解決が可能です。

社会問題として、もっと重要なのは「小説を出品するために参加した人が、隣りのブースに座っている漫画同人会の会員と自分を混同し、漫画編集部に人脈ができたつもりになって、いずれ自分も漫画家にしてもらえると期待しちゃうもんだから、小説の勉強をしなくなる」ということです。

もとより漫画は描けない。

当然ながら、いつまで待っても漫画編集部から「デビューしませんか」という話は来ません。漫画同人会の先輩に教わって、まじめに漫画の描き方を練習していた人は、漫画家としてデビューしていきます。

取り残された小説派は「だまされた」と思う。社会が悪いと思う。親の育て方のせいだと思う。プロになった奴はズルをしたに違いないと思い込み、悪口を言いふらす。

でも「自分は『同人誌即売会に出品したのと同じものじゃダメなんだ』と思って諦めたのに、同人時代とおなじ作風でデビューした漫画家はズルイ」んじゃなくて、自分は小説を書いていたから、漫画編集部から相手にされなかっただけです。

【漫画は職人技です】

漫画を描くには、コマ配置・フキダシ配置・トーン削りなど、身につけるべき約束事・技術がたくさんあります。

背景画は、人物のじゃまをしてはいけないので、風景画・静物画それ自体を作品として成り立たせるためとは違う独特の約束事を知っておく必要があります。

「手に職をつける」という言い方がありますが、漫画というのは特殊な職人技なのです。

どんなに奇抜なエログロのアイディアを持っていても、「あえぎ声」のオノマトペなら何行でも書くことができても、それだけでは漫画家にはなれないのです。左向きの顔のイラストしか描けないのでは絶対になれないのです。

きちんと漫画を描ける人というのは貴重なのです。

だから優遇されるのです。原作をつけてもらえるのです。でも文芸派は条件が違うのです。漫画編集者だって期待されても困るのです。

編集者としては、文芸派がオリジナル小説を完成させてくれないことには、漫画の原作として採用してやることもできません。文芸雑誌・文庫の編集者に紹介してやることもできません。

アニパロ小説を何本書いても将来性はないのです。

編集者がオリジナルアイディアをくれて、文体も赤ペン添削してくれて、内申書も書いて小説家デビューさせてくれるなんてことはありません。進学校じゃないのです。自分からオリジナル作品を投稿してくる人を採用したほうが早いです。

【温故知新と申します】

古い時代をふりかえってみましょう。そもそも同人とは、同人会の会員です。同好会という言い方でもいいです。同人誌とは、その会誌。

尾崎紅葉がやっていたのも、与謝野鉄幹がやっていたのも、村岡博が岡倉天心の『茶の本』を翻訳して10回に分けて連載した『亡羊』も、佐伯彰一と三島由紀夫と日沼倫太郎が参加していた『批評』も同人誌です。現代の俳句誌・短歌誌も同人誌です。新聞に載っていますね。

なお、国語辞典には「同人雑誌」の形で載っています。文豪・研究者たちも「我々が出していた雑誌」という言い方をします。同人誌という言い方自体が、いつの頃からか発生した流行語的な用法なのかもしれません。

もともと俳句がきらいだから俳句同好会に入ったって人はありません。諸般の事情によって会誌の発行が停止されても、心は何々会の同人のままで、一生、句作や歌詠みを続けてよいわけです。

批評同人は批評を続けるし、漫画同人なら一生かけて長編漫画を描いて「ライフワーク」と称してもいいのです。手塚・石ノ森などは、一生「トキワ同人」というつもりだったかもしれません。

誤解されがちですが、プロになったから「もう同人ではない」ということもありません。金沢市を拠点とした漫画サークル『らぶり』は、ポスト二十四年組とも称されるプロ漫画家のグループでした。

さかのぼって、白樺派に属した人々も、それぞれに単行本を上梓する作家や詩人、個展を開く美術家だったわけです。

制作の時点で一人で頑張るのは当たり前です。それを合同誌として発表し、あの有名な『白樺』だから面白いものがそろってるだろうと期待するお客さんを待つか、たった一人で単行本を発行するかの違いです。

薄い単行本を発行しただけなら、それは単なる私家版・自費出版であって、本来、同人活動ではないのです。つまり、グループ活動ではないのです。

【同人の約束】

同人活動とは、本来、出版社とは関係のないところで、自由な作品発表を楽しもうというものです。硬直したアカデミックなメインカルチャー、あるいは陳腐化した商業主義に対して、新風を吹かせようというものです。

それが、やがて近代文学の名作として認められ、出版社が発行する全集に収録されて、出版社の利益となったわけですから、出版界にとって同人界が青田なのは、明治時代から当たり前です。

が、本人たちが同人誌を発行している間は、むしろライバルです。紅葉が美妙を引き抜かれたことを愚痴ったみたいに。

だからこそ、お互いに知らん顔するのが原則です。出版社は、同人会の会員自身が一般販売・プロ化を望んで原稿を持ち込んでくるまで手を出さない。

同人側は、自由を愛する心が過ぎて、度を越えた冗談のようなものを発行してしまい、それで逮捕されそうになっても、「自分の遊び心から思いついたものだ。俺の芸術だ。誰の世話にもなっていない」と言い張るもんです。

もし同人を自称する人が「出版社のお情けでやらせてもらっている」かのように云うなら、恥だと思えばいいです。

【コミケの個人化】

そもそも、同人誌即売会またの名を「コミック」マーケットというところは、漫画同人会が集まるところです。漫画の同人誌をお互いに審査する。優勝賞金の代わりに同人誌の売上という形になるわけです。

同人会が個人化するのは簡単で、高校・大学の同級生を基盤としていた同人会が、3人いた会員のうち、1人が地元就職し、1人が転勤すれば、残るは1人です。「サークル何々の代表Aです。いまは1人でやってます」となります。

もし、残った人が一番下手な人だったら、サークル自体が有名だったとしても「面白くなくなった」ということで売れなくなりますから、即売会からは撤退。本人によほどやる気があれば売れなくても描くこと自体は続けるでしょうが、多くの場合は描くこと自体をやめてしまい、サークルは自然消滅となるでしょう。

もし、一番うまい人であれば、即売会で生き残ることができ、年々「クチコミ」によって評判が高まり、ファンの数が増え、行列が長くなるということになります。

だいたい、さっさと辞めちゃう人というのは熱心ではなかった人でしょう。また芸術家肌の度が過ぎて「なかなか描けない」なんて人も続きにくいものです。

だから残った人は、あるていど割りきって、周囲の流行も取り入れながら、どんどん描いていくようなタイプ。だから「前のジャンルは忘れます」となるのです。

真面目なアニメファンは「アニメファンでもないのにアニメを素材にするのは許せん」と思うから、前のジャンル忘れる発言も許せないと思うものですが、世の中に物まね芸人のファンというのがいるように、「あの同人作家が次はどんな素材をどんなパロディとして仕上げて来るかな」という、パロディそのもののファンという「ありかた」もあるわけで、そう思えば、次々に新作を生み出す同人は、たいしたもんなのです。

【個人参加】

個人参加した人というのは、そういうふうに淘汰された状態を見て、真似した人です。

つまり、本人も「乗り」が良くて、他人に調子を合わせることが上手いんだけれども、どこの同人でもない。どこの同人会にも入会させてもらっていない。

まだ同人じゃないのに、コミックマーケットまたの名を同人誌即売会というイベントに参加したから、自分も同人だと思っちゃった人です。

1983年のブームの頃には、まだサークルの形態を保っていました。お兄さんお姉さんの真似をしただけで、漫画の描き方をわきまえない中学生の仲良しグループのようなものでしたけれども、ともかく「何人かで集まってやるものだ」という原則の意識が生きていたのです。

1985年頃からプロに転じたCLAMPも、もとは学校の同級生が数人集まったものです。だから、それさえ知らずに「最初から個人でやるものに決まってる」という人が現れたのは、これ以降。

つまり、何も知らない人が「簡単に稼げる」というマルチ商法のような話に引っかかったのが、1980年代後半だったのです。泡沫同人と云えるのかもしれません。

【同人と個人の混同】

1985年頃までは本当のサークルの形態が残っていたわけですから、その出身者で出版社に就職し、漫画編集部に配属された人が、同じ漫画サークルの後輩に声をかけるということはあったでしょう。

日本の出版社は、創作家が読みきりを完成させて投稿してくるのを待っていない。しめきりを設けて連載を要求する。雑誌の体裁を整えるために執筆者の頭数をそろえる必要があるのです。

で、個人参加した人は、歴史ある漫画サークルの隣のブースにいただけで、本来はその同人会の会員ではありません。お隣さんの先輩は、こっちの顔も知りません。でも自分もついでに目をかけてもらえるつもりになっちゃったわけです。

ここ重要です。

これは、おなじ「アニパロ」同人だからという理由で漫画同人と文芸同人を混同した「コミケ」という場所でしか起こり得ない異常事態なのです。

本来、漫画家になりたいなら出版社に初出オリジナル漫画原稿を持ちこむべきです。小説家になりたいなら文芸雑誌の新人賞に初出オリジナル小説を投稿すべきです。

でも、アニパロ小説をやってるうちに漫画編集部から声をかけてもらえるという噂が噂を呼んだ挙句に、同人誌即売会参加者だというだけで、もうすっかり業界人になったつもりの人を生んでしまった。

ふたこと目には「編集が~~」と云う人は、このタイプです。業界の裏事情に詳しいつもりです。でも同人の約束は知らない。プロに迷惑をかけない、編集だの何々先生だのと名前を出さないという大原則を知らない。

【同人と個人の対立】

これは実際に肉弾戦があったということではなく、潜在的なものですが、昔ながらの漫画同好会の会員にとっては、部外者に入ってきてほしくないという気持ちがあったはずです。

彼らから見ると、アニメを題材に小説を書いている人々は、たとえそれが小説としての高い完成度を誇ったとしても、部外者です。漫画じゃないんですから。

軒先を貸したら母屋を取られた。この恨みが初期のコミケを知る人々の胸から晴れることはないでしょう。

対するに、個人参加した人は自己正当化したいから、「同人誌とはアニパロです! アニパロとは文章です。同人とは個人です。オリジナル漫画同好会など実在しません!」と云いたがるわけです。

もちろん、実在したのが事実です。

じつは、過去を知ろうとしない心は「いまの自分が一番可愛い」という心です。いまの自分が一番えらいから、他の人の云うことは聞かないという心です。

地方都市の住宅街の核家族の共依存的母子関係のなかで醸成された根拠なき過剰な自尊心。わりと簡単に背景が浮かんできますね。

この心は、当然ながら謙虚に修行するという姿勢を生みません。自分から作品を鍛え直していくということをしません。本当にヤマなしオチなしイミなししか書けません。いつまでたってもデビューできません。同人誌も毎年おなじようなものばかり出しているから、3年くらいで飽きられます。

もし、1990年頃に急に売れなくなったという人がいたら、凶悪事件のせいで同人誌即売会が永久閉鎖されたわけではないのですから、ちょうどその頃に自分の(努力不足による)才能の限界が来ただけです。

せめて最初にイベントを立ち上げた人、それよりも前から存在していたサークルに失礼のない言動を心がけましょう。それは同人の掟というよりも、人間としての礼儀です。

逆にいえば、本物のプロではなく、プロ気取りになって礼儀さえ忘れてしまう。これが即売会のもう一つの弊害なのかもしれません。

(本物のプロなら、リップサービスとしてだけでも「親に感謝、社会に感謝、先輩に感謝しています」って云うのです)

【「同人やっていた」】

もし、あなたの周囲にこれを云う人がいたら「オリジナルでしたか? 二次創作でしたか? 漫画を描いていましたか? 小説でしたか?」と確認しましょう。

そして、もしその人が「同人ってゆぅのはアニパロに決まってるの! 栗本薫よりも売れたの! そんなことも知らないの!?」って答えるようだったら、そんなことしか知らないんですかと溜息まじりに云い返してやっていいです。そして、そっと離れましょう。

同人という言葉で「イコール二次創作BL小説」と思い込んでいるようであれば、他の話題についても短絡的で、なにかと早飲み込みで、要点を勘違いしているくせに、無意味な優越感に駆られている人です。

そもそも「同人やっていた」という言い方が、すでにおかしいのです。

本来どこかの同人会に属するものですから、かつての文豪や批評家たちのように、ぼくは何々という雑誌の「同人だった」というのが正解です。

「やっていた」って云っちゃう人は、つまり最初から「同人とは個人的にアニパロを出品する活動のことだ」と勘違いしていたわけです。

【明日のために】

漫画家になりたいと云いながら漫画を投稿せず、栗本薫に対抗意識があるくせに、ミステリー新人賞に挑戦しない。

はかない期待を抱いていた人の根本には、「自分だけ特別あつかいしてもらえると信じる心」があったということになるでしょう。すなわち、都会的な最新流行の活動に参加しているつもりでありながら、実家の親に甘やかしてもらっている気分を再現したかったのです。

じつは、これは明治以来、親元を離れて都会で学問する若者が陥ってきた、心の罠です。

学生の分際で「女郎屋通いを自慢」し、賭け事にふけり、活動写真を観て、学費を使い果たしたといっては、実家に請求する。親が何度でも甘やかしてくれることを信じていた。挙句に放校処分になった奴が大勢いたのです。

もし現在の日本政府が(まだ)コンテンツ産業育成に力を注ぐつもりなら、漫画家になりたい子には確実に描画力を、小説家・脚本家になりたい子には確実に文章力・構成力をつけさせましょう。

そして漫画は漫画雑誌の新人賞に、小説は文芸雑誌の新人賞にそれぞれ投稿すべきこと、アニパロ小説を漫画編集部に見せてもどうにもならないことを教えましょう。

2016/03/11

二次創作に親しんでも、構成の勉強にはならないのです。

「組み合わせ」だけではお話が進まない、というお話。プロになりたい人は気をつけましょう。



2012年度のNHK大河ドラマ『平清盛』は、その前年の夏から撮影に入っていますから、企画が練られ、脚本に着手されたのは、その数か月前の春。つまり東日本大震災がスタッフにも巨大な精神的インパクトを与えた中で制作されたのです。

誰もが「自分はなぜ生きているのか。ドラマやってていいのか」と思い悩み、苦しんだことでしょう。その心のうねりが、主人公の自分探しというテーマとなり、自分は誰なのかという叫びに結実した。そう思えば、時代を、社会を、確実に反映した象徴の一つとしての意義は大きいと信じます。

と、前置きした上で、その内部の整合の悪さを「日本のサブカル」に還元してしまう記事でございます。

【二次創作の弊害】

「日本の二次創作」というのは、あくまでパロディとして成り立っている限りにおいて、その内部でのみ整合性が取れるのです。つまり?

男同士でも、女同士でも、なに同士でもいいですけれども、任意の有名キャラクター同士に新しい人間関係を与えて描く。でも当人は「もともと交際していた相手を裏切った」というふうには悩まないわけです。なぜか?

制作動機が、アマチュア作家・読者にとってのジョークだから、新しい人間関係を一時的なものとして、原作の基本設定との整合性を無視するわけです。

つまり、「もしもザ・ドリフターズが忠臣蔵だったら?」というコントを演じているようなものです。「生きている時代が違う」とか「相応しくない」とか云っても仕方がないですね? もともと、それが分かっているからこそ、そのギャップが面白いので、新作コントとして成り立つわけですから。

だから、二次創作というのも、本来出会うはずのないキャラクター達が一時的な共演者となって、その二人の間で会話が弾むか、ウマが合うか合わないかという話を進めることはできます。でも原作の文脈へ戻してやった時には矛盾が生じる。でも、そこで悩んだ経験がないと「ま、いっか」で終わらせてしまう作家になってしまうわけです。

そのまま、何かのきっかけで一般向けの脚本に着手する機会をつかむと、書き始めは本人も視聴者も「男の友情って憧れちゃうわ」と思うけれども、話の後のほうで困ることになるのです。

【歴史が成り立たない】

歴史上で対立していた男たちの間に、じつは熱い友情があったというのは、魅力的な空想です。教育目的としても良い話です。でも、義朝と清盛、清盛と信西の間に熱い友情があったなら、平治の乱は起きない。

でも、それじゃ困るので、清盛は熱い友情を感じているくせに、義朝が出世できるように働きかけてやらない。友達がいのない奴です。

また、信西が暗殺されないように根回ししたり、徹底的に警護してやったりしない。気のまわらない奴です。とても将来の大物とは思えない。

むしろ、先に政敵を暗殺しておいたっていいくらいです。六波羅を怒らせると怖いぞっていうところを見せつけておけばいい。信西政権は安泰です。日本の歴史が変わったでしょう。それじゃ困る。

だから、清盛が宮中で根回しのできる政治力も、先見の明も、持ち合わせていなかったものとして描く他ないんだけれども、それでは彼を商売繁盛・出世の神様として慕ってきたビジネスマン達を納得させられない。

おそらく実際には、白河院の七光りで順調に出世しただけで、しかも武力を持っていたわけです。落胤がふつうの臣籍降下ではなく、降った先が強力な武家だったことによって、空前絶後の出世街道が敷かれたのです。いや、後の武将が真似をしたのです。

でも、本人が「これから武士の世を作るぞ」と考えていたわけではない。異常な権力は、むしろ彼に取り入ろうとした周囲の卑しさを表すものであって、本人は福原へ行っちゃったくらいだから、自由人ではあった。

でも、当時の武士の一人として「家」を最優先に考えていたのであって、おなじ武士だからというので誰とでも親しくつきあってくれるというタイプじゃなかったのです。どっちかってェと「源氏ごときと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」と思っていたかもしれない。

そもそも、あの時代は、じつはそれほど父権集約的ではないのです。

家長の一存によって、それぞれの家の子郎党を引き連れて合従連衡というふうになっていない。「一個人=一家の代表としての有権者=成人男性」というのは、近代の発想です。

でもあの頃は、それぞれの実母の実家や、乳父・乳母とのつながりが強く、おなじ家の中で帰属意識と利害がモザイク状に入り混じっている。

創作物に当世風の脚色を加えることは認められているから、そのような社会史をバッサリ無視して、落胤であることをスティグマと捉え、「武士の世」を口に出し、義朝との友情を描いてもいいけれども、それなら源平が糾合して貴族に対して反乱を起こすという話にならなければおかしい。

あるいは、一緒に東国へ走って独立政権を樹立する。それをマネジメントできるほどの男でなければ、国際ビジネスマンの先駆者とは云えない。

しかし、それではもちろん史実とズレてしまう。史実ありきの大河ドラマは、「男の友情って憧れちゃうわ」というだけでは進まないのです。

脚本家は、明らかに「同人」的な世界を知っている。それをあえて起用して、若い視聴者を取り込もうとした放送局の目論見は、あるていど奏功した(ツイッターではブームが起きた)んだけれども、決して忘れてはならない昔ながらのお客様を取りこぼしたのでした。

【同人の将来性】

念のため、「だから二次創作なんか禁止しろ」という話ではないことはお分かり頂けますね? 

そればかり書いていても良いプロにはなれませんよ、同人誌即売会で50年間「壁サークル」として君臨することも、ほぼ不可能ですよという話です。な、なぜ50年間?

だって、もし本当に同人活動だけで食っていくつもりなら、退職金がありませんから、いま20歳の人が70歳になるまで、同人活動だけで稼ぎ続け、老後の貯金も作らなければならないからです。

もともと「創作さえ出来れば楽しい」という芸術家肌でもなく、さりとて本当に商業主義的に男性向けも女性向けも児童向けも並行して描いていけるというほどでもないという人が、アニパロを売れば楽ができると思って、迂闊に関わって、やっぱりダメで、社会を恨むようになる。

こういう事態は、先に「そんなに甘い世界じゃない」と知っておくことで、防ぐことができます。

さァ、あなたの一生分の生活費を計上し、それを一冊千円で割ってみましょう。毎年何千冊完売しなければならないか分かりましたか? 楽勝ですか? 一人で会場へ搬入できそうですか? 

客観的とは、自覚的であるということです。自分で自分が見えているということです。

大世俗化の時代に、宗教の代わりに「セラピー」というものが流行るのは、もともと「祈る」という作業が「神に感情移入し、高いところにいる神の視点で地上の小さな自分自身を見てみる」という作用を持っているからです。

それが気分転換となり、発想の転換が生まれ、迷っていた心が自分から次にやるべきことを見つけ出すから、昔の人には、それがありがたい神のお導きとして感じられたのです。

神を信じられなくなった現代人は、神の代わりに「セラピー」と称して、自分を離れたところから見てみましょうと云うのです。

同人活動で重要なのは将来性です。安倍総理の云った「失敗した人にも優しい社会」は嬉しい言葉ですが、そもそも失敗しないに越したことはありません。

遊びをせんとや、生まれけむ。たわむれせんとや、生まれけん。

二次創作は、適度に楽しむ遊びです。

2016/03/16

同人活動を自慢したがる人には困るのです。

同人はライバルが増えやすいので、脊髄反射クレームしないように気をつけましょうというお話。男性の同人さんも気をつけましょう。



同人誌即売会というところは、出展に当たって資格審査がありません。でも会場のキャパシティには限りがあるので、出展希望者が多ければ抽選となります。

したがって、注目されればされるほど、個々の出展機会が減ります。だから昔の参加者は、若い人に向かって「足が洗えなくなるからやめておけ」と云ったのです。軽く脅しておくくらいで丁度いいのです。

これは、じつはどこの業界でも同じことです。

とくに芸術・芸能の世界の先輩は「甘く見るな」とか「子どもの遊びじゃない」とか「親を泣かせることになる」とか「堅気になれるなら堅気がいいぜ」とか、必ず云うものです。

それは自慢ではありません。カッコつけてるのでもありません。ライバルを増やさないための生活の知恵なのです。

【プロ作品の批評はできる】

読者側としては、二十四年組などのプロ作品について、「当時の作者の人生観と時代精神が表れている」といった作品分析が出来ます。

もともと批評されることを承知で、一般公開するために出版社から発行したものだからです。また、プロがそれによって生計を立てていることは確認するまでもありませんから、本人も批評家も「こういうのはカネのためですよ」なんて、わざわざ云う必要がありません。

生計のために描いたものに、どれほど本人の人間性が表現されて(しまって)いるのか? それを敢えて見抜いて、わざわざ「俺はこう読んだ」という自分自身の内面表現にするのが批評家です。

じつは批評家というのは、二次創作と似たようなことをやっているのです。だから批評家は「パロディ」という表現技法について否定的ではありません。

アニメ『おそ松さん』がやらかした時も、制作サイドは謝ったのに、批評家は「萎縮せずにやってほしい」と云いましたね。

批評家が世間体を気にして、「原作者の気持ちに配慮してパロディを萎縮させろ」というようでは、自分自身の批評文だって世間様から「原作者が機嫌をそこねると良くないから甘めに採点してあげれば?」と云われることになってしまうからです。

話を戻すと、もし栗本薫の作品(の一部)が過激だ・不適切だという人があるならば、やはり女性が「フェミニズム」の理論的支柱を得て、驕慢なまでのナルシシズムにとらわれていた、1980年代精神が表現されていると云うことができるでしょう。

なぜ男性キャラクター、または男性キャラクター同士を描写しているのに、女性ナルシシズムの表現なのか?

それは、男性キャラクターが女性化することが、作者自身が「女性のほうが美しい・すばらしい・愛される資格がある」という価値観を持っていることを表しているからです。なお「narciss-ism」なので「ナルシシズム」が正解です。

【同人やっていた自慢】

では、「プロの話ばかりしていないで、もっと同人活動にも注目してよ」と、わざわざ云って来る人はなんなのか? 先に云っておくと、誰もそんなことは望んでいません。現役同人は注目されることを望んでいません。

今まで同人活動を知らなかった人に、何を書けばいいのか、客が何を求めているのか、書き方のコツを教えてあげるなんてのは、もっての外です。理由は、もはや云うまでもありませんね?

にもかかわらず、わざわざ云って来る人は、要するに自分自身が注目されたいだけです。自分が「同人やっていた」ことを自慢したいのです。なぜか? 今よりイケていたと思うからです。あの頃の私は輝いていたと思うからです。

でも、暴露したければ自己責任において、自分のブログでやればいいです。ただし、現役から恨まれます。

【フェミとは別という意義】

もともと、女性の同人が「フェミとは別」というのも、社会学者などの研究論文の材料となることによって、メディアの注目を受けることを恐れるからです。百歩ゆずって、著作権問題は話し合いで解決できる。でも、模倣的な出展希望者を増やしてしまうことは止めようがありません。

そもそも、1970年代に漫画同人会の集まりとして始まったイベントが、アニメを題材に小説を書く人々によって乗っ取られたような形になって、次にそれが漫画としての「アニパロ」を描く人々(による豪華フルカラー誌)によって駆逐されたという変遷を経ているのです。

それぞれの時代に、ほぞを噛まされたという人々、あの時の中学生の大群への恨みを忘れない……という人々がいるはずです。

(その中学生だった人が、自分は当時の流行の最先端にいたと思うもんだから、いまだに自慢したがるのです。)

【用語の峻別】

二十四年組や専門誌『JUNE』に連載されていた作品が市販の単行本となったものについては、上述のように「じつは女性の自己愛が表現されている」といった分析が可能です。その論文は堂々と発表していいです。

創作物そのものについても、その論評文についても、それぞれの表現の自由が十全に認めらるべきである・これは女性解放運動の一環である……といった、フェミニズム的主張も可能です。

でも、ここで、プロとパロを混同して、「やおいはフェミではありません! アニパロは人権運動ではありません! おカネのためです!」って云っちゃう人がいると、現役同人が「うあああああああ」と思うのです。

だから、女流による少年趣味という特殊な表現を分析批評したい時は、もともとパロディ同人を示す「やおい・腐女子」という言葉を使わないのが基本であり、鉄則です。

勘違いして「同人の話なら私のほうが詳しいです!」って飛び出してきちゃう人がいるからです。

もし、あなた自身がパロディ同人に恨みがあって、わざと同人活動に言及し、裁判に引きずり出したいとか、コミケを閉鎖してやりたいとか思っているなら、止めはしません。それはそれで、あなたの表現の自由だからです。

でも、わざと迷惑かけるのは、あんまり良いことではありません。自分の作品が人気を失くした恨みを晴らすためであれば、尚さらです。

社会学者というのは、社会のことをよく知っている人々のはずなのですが、用語の定義を見極めることさえ出来なかったのは残念です。

本人たちの研究態度としても、同人のためにも、さらに「アニパロを教唆した」かのように思われたプロ作家・漫画家たちの名誉のためにも、痛恨のミスです。

【プロとパロ、創作と現実、女と男を区別してください】

当ブログにおける同人論・BL論は、もともと竹宮恵子の京都精華大学学長就任に際して、代表作として『風と木の詩』が新聞に取り上げられていたことを契機としております。(そうです。だいぶ引っ張ってるのです)

そこに「少年愛は切ない」とあったので、ゲイ差別との混同を避けたいなと思ったのが直接の動機です。

それは男同士だから悪いのではなく、子ども同士だから不適切だったのであり、彼らが生き急いだから切ないのであり、さらに日本人の女性として、金髪の未成年者に憧れても、いかんともしがたい。

そういう漫画家自身の不可能性・不自由感の表現だから、切ないのです。

それは竹宮自身が云った通り「女性の内面表現」であり、さらに栗本などの作風から云って、女性の自己愛表現であることを指摘できます。

にもかかわらず、漫画と現実を混同して、わざわざ新宿二丁目まで押しかけ、実在ゲイ男性に向かって「漫画みたいなことって本当にあるの?」と質問する人が、あとを絶たないという。これは1980年代初頭以来、二丁目サイドから何度も挙がっているクレームです。

今でいう「BL」を読んで、実在ゲイに会いに行く女性というのは、ロリコン漫画を読んでいるうちに我慢できなくなって小学生を追いかけまわす男性と同じことです。

それじゃ困るのです。大勢の人が。とくに、同人が。

【やおい論の罪】

1980年代初頭というのは、1976年に連載を開始した『風と木の詩』を15歳で読み始めた人が、ちょうど成人して、夜のお店にお酒を飲みに行けるようになった頃と一致するのです。

だから、すでにこの時点で、女流の少年趣味という特殊表現は、少女の問題ではなくなっていたのです。この点からも、1990年代における社会学者などによる「少女」に話題をしぼり込んだ分析は不適切です。

それは、むしろ彼ら自身の少女趣味を表現してしまったものだったでしょう。

「少女の性の秘密」という話題に彼ら自身が興奮してしまい、まだセーラー服(またはピンクハウス)を着た少女の心を裸にし、世間の好奇の眼にさらすことに、彼ら自身が夢中になってしまったのです。

また、女流学者の一部は、自分自身を少女と混同し、自分の少女時代のトラウマを露出することに興奮してしまいました。

「女のくせに新宿二丁目へ来るな」って云われたから、「私の少女時代には女のくせに大学へ行くなって云われて悔しい思いをしたんですよ!」ってね。

恨む相手を間違えて、思い出話を始めてしまったのです。痛恨のミス、その2です。そして、BL(と今では呼ばれるもの)を読むのは「少女に限られる」という先入観を作ってしまったのです。

そこから、「どうせ少女のやることだから、逮捕されないから、何をやってもいい」という不遜な態度を生んでしまったのです。

【二丁目トラブルの抑制】

「女性と新宿二丁目」という問題が先鋭化したのは1990年代ですが、それはゲイコミュニティが堪えがたきを堪えてきたからです。まだまだ彼ら自身が差別されていて、誰にも話を聞いてもらえないと思っていたからです。

でも、すでに1980年代初頭には、彼らの被害が増え始めており、それが創作物の影響だった可能性が高いわけです。研究者たちは、その創作物を読んだり書いたりしていたのは少女に限られるという。

でも、新宿二丁目は夜の繁華街であって、子どもの行くところではありません。昼の間にコミケで買い物していた中学生が、その足で行ってみるところではありません。

だから、ここでは細かく年数を挙げて、関係者の年齢を計算してみることを提案してきました。BL(と今では呼ばれるもの)の読者が実際に少女ではなく、BLが(意外にも)女性中心主義の表現であることを証明できれば、ゲイを安心させてあげられるからです。

「BLは女性のための人権運動の一種です。女性の表現の自由は、ゲイとは直接の関係がないのですから、女性が新宿二丁目で騒ぐのは自粛しましょう」という話ができるからです。

もしかしたら、ほんとうに騒いだのはコミケ参加者ではないのかもしれません。他人から「アニパロ」を借りて読んだだけの人かもしれません。アニパロではなく市販の雑誌や文庫を購読しただけで、コミケには行ったことがない人かもしれません。

でも同じことです。「私たちは、大人の女性同士で、女性の表現の自由を、創作物の形で楽しむだけ。外出先では、ごくふつうに対人マナーを守りましょう」という約束ができれば、新宿二丁目には被害がありません。

でも、その途中で、「同人はフェミではありません! アニパロは人権運動のためではありません! おカネです!」という人があると、同人が別の意味で頭かかえちゃうわけです。話がつながりましたね?

なお、ご自分のアカウントから「ちょっと、それ私のこと!?」などと叫んでしまうと、周囲の皆様に「なんだ、お前のことだったのか」と気づかれてしまいますから、黙秘する権利があります。自分に不利な証言をしない権利があります。

静かに反省してくださればいいので、あわてて言い訳を始めて、恥の上塗りをしないように、充分にお気をつけください。

【明日のために】

そういうわけですから、当ブログは、TPP関連の社会的な話題の一種として「二次創作」に言及した際には、必ず「うまく行くとは限らない」という注意を申し上げております。

これからの若い人は、できれば同人なんかになるよりも、日本語教師になって、海外の若い方々に日本の漫画の良さをお伝えするほうが、世のため人のためです。

日本人は確実に減っていきます。スマホの普及により、ゲーム・動画で時間を過ごす人が増えています。漫画の台詞を読むのもめんどくさいという人が増えつつあります。

出版社を通じて、東南アジアの直営店で売ることのできるようになったプロ作品は、必要なら翻訳者を調達できますが、同人の薄い本は、個人的に協力者を見つけられない限り、先がないのです。

栄光ある現役同人の皆さんは、若い人々を励まして、「同人なんかになるよりも頑張って勉強してね」と云ってあげてください。

2016/05/24

フェミからゲイへ、奇妙な逆クレーム。

1994年、ゲイコミュニティは「若い女性がゲイバーまで来て、我々に向かって無礼な質問を乱発するので困る」というクレーム文書を発しました。

その際に、彼らはそのような女性を総称して「やおい」という呼称を用いました。

そのクレーム文書を受け取ったのが「フェミニズム」を研究する女性たちだったんだそうで、彼女たちは「『やおい』は私たちのものです。男が読んではいけません!」と返答しました。

会話がおかしいですよね?

ゲイ側のクレームは「創作物と現実を混同して、我々実在者に迷惑をかけている不心得な読者がいるから自粛させてくれ。フェミニズムの先生たちは、女性の責任者として迎えに来てくれ」という話なのに、研究者たちは被害者を逆差別したのです。

1998年になると、榊原史保美という女流作家が『やおい幻論』という著作を上梓しました。その中で、自分はトランスゲイだが、差別されているので、現実逃避のためにやむを得ず「やおい」を書いていると、カミングアウトしました。

ただし、彼女が主な作品発表場所としていた1978年創刊の市販雑誌『JUNE』誌上で、その奇妙な隠語が使用されたことはありません。

その後、やむを得ず創作物に現実逃避しているトランスゲイのための人権団体が立ち上げられた様子はありません。社会が人権被害に即応した様子もありません。

『JUNE』は彼女がカミングアウトした後も、少女読者を対象にする雑誌として、2006年まで存続しました。

この前後に、社会学者・評論家といった人々は「コミケ」という催事に参加する「やおい少女」の深層心理研究に夢中になりました。

コミケは1975年から開催されておりますから、1990年代の参加者には、かなりの人数の成人が含まれていたはずですが、研究者たちは自らを含めた成人女性を無視しました。ゲイバーで(酒を飲んで)暴れているという「少女」を補導に行くこともありませんでした。

社会学者たる者が、実社会に対して、なんの関心もなく、事実を直視できず、有効な提言もできなかったのです。以上が基本的な知識。

かくのごとき経緯に対して、当方は、プロ創作家・その作品を表す用語と、パロディ同人・その作品を表す用語の分離を提唱するものです。

さらに、混同の背景にゲイ差別意識があることを指摘するものです。自覚は克服の第一歩だからです。

2016/05/24

二次創作BL同人の心得。

二十四年組に責任転嫁しない
実在ゲイに甘えない
一般読者よりえらいと思わない

以上3点。これをわきまえずに新宿二丁目へ押しかけて、吊橋理論とか云って騒いでる人は、同人やっていたうちに入りません。

昔の同人誌即売会は、本当に同人会の集まりでしたから、サークルの先輩から後輩へ「絶対に本物を怒らせるな」という上意下達があったものです。

が、1980年代後半から、手前勝手に個人参加するタイプが増えちゃったのです。それが同じ個人参加組の先輩からさえも何も教わっていないなら、残念ながら、誰からも相手にされていなかったのです。

自分と似たようなタイプばかり選んで交際し、かたまって騒いでいたので、先輩たちから距離を置かれていたのです。

「我こそは同人代表である」という顔をして、暴露話に夢中になってしまう前に、自分がその程度の存在に過ぎなかったことを知っておきましょう。

【二十四年組に責任転嫁しない】

世の中には勝手に「学会」とか立ち上げてる先生たちもいますが、彼女たちが研究者のくせに勘違いしているからこそ、同人は大事なことを知っておきましょう。

竹宮恵子は「ヤマもオチもイミもない」作品など描いたことがありません。萩尾望都が「アニメの著作権を侵害しなさい」と教唆したこともありません。

アニメキャラクターを利用することは、小説同人・漫画同人の一部が勝手に思いついて、勝手に描いて、勝手に自費出版したものです。

1970年代後半から1980年代初頭にかけて、同人界で「ヤマもオチもイミもない」を略したとされる隠語が広まり始めた時代に、同人が隠蔽しなければならなかったものは、エロス表現ではなく、著作権問題でした。

なぜなら、当時「アニパロ」の素材にされたと云われる「SFアニメ」というのは、漫画原作を持たないテレビオリジナル番組だったからです。

その制作・著作は、テレビ局。または個人プロデューサーです。

当時のパロディ同人は、男女を問わず、テレビ局または西崎義展から「一割よこせ」と云われる可能性があったのです。恐るるに足る相手です。

アニメの権利だけで食っているプロデューサーに対して、漫画同人が「おなじ漫画道の後輩がやったことだからいいじゃないですか~~」とは云えないのです。筋が違うのです。

それどころか、同人が「二十四年組に影響を受けた」と名乗り、それがプロデューサーから告訴されたとなれば、二十四年組に迷惑がかかるのです。

【コミケは漫画同人の集まりです】

コミックマーケットは、最初からアニメファンまたはパロディ同人の集まる所だったわけではありません。

本来、オリジナル漫画同人会の集まる所です。『ガロ』『COM』などに掲載されることを目指して、手塚・石ノ森・二十四年組に追いつけ追い越せというつもりで頑張っていた人々の集まりです。

来場者の中には、当然ながら熱心な二十四年組のファンがいます。プロの評論家・新聞記者・テレビマンなどが含まれている可能性さえあります。

彼(女)らが「二十四年組に影響を受けた素人の作品が大評判で、長蛇の行列を呼んでいる」と聞けば?

「どれほどのものか読ませてください」と云って来るに決まっています。そして、読めば何が起こるか? 

「なんじゃこりゃ。プロデューサーに許可取ったのか?」

【アニメファンも真面目でした】

コミックマーケットは「SF大会」からの分派であり、漫画としてのSFを愛した人々の集まりでした。

SF漫画の第一人者である手塚治虫が自らアニメを手がけていた以上、コミックマーケットにアニメ研究会が参加すること自体は自然な成り行きです。

ただし、最初から「アニパロ」と呼ばれるものが盛んだったわけではありません。(二次創作って言い方は、わりと最近のものです)

本来、アニメ研究会の会報というのは、実際に放映されたテレビ番組の感想文を載せたり、SFとしての考証を追及したり、アニメ技法そのものを論じたり、独自取材によるアニメ監督の談話を載せたりするものです。

その会員たちが、元のアニメとは絵柄も似ていないし、ストーリーにも「リスペクトが感じられない」というパロディ作品を見れば、「たとえ著作権者が許しても俺が許さん」という可能性がある。

これは基本的に今でも変わりません。

だからパロディ同人は自虐したのです。読まないでくださいと云う必要があったのです。

「で、でも女性の自由な表現は男性から差別されやすいから、プロも自虐する必要があったのよ。私はそう教わったわ」と云いますか? じゃ次の反証を申し上げます。

【話が成り立たない時には誰かが嘘をついているのです】

推理の基本です。ミステリーを読んだことのある方なら御存知ですね?

1970年代後半から1980年代前半なら、二十四年組をはじめとする漫画家および1978年創刊の専門誌『JUNE』を拠点とした栗本薫ほかの小説家による作品が「耽美ロマン」の名で市販されて絶好調だったのですから、アマチュアだって違う名前をつける必要がなかったのです。

初期のコミケ(1975年頃)には少女漫画が出品されていたという話もありますが、もともと漫画同人会の集まりなんだから当たり前です。

最初の出展者は、アニメファンの自主参加ではなく、プロ漫画の評論活動に熱心だった主宰者からの招待状を受け取ったということですから、志を同じくする(プロを目指す)女子校の美術部・漫画同好会などが招待に応じれば、当然そうなるのです。

でも当時の流行と、コミケ本来の性質からすると、正確には少女漫画ではなく、竹宮や萩尾などの作品を参考にした、宇宙戦士や吸血鬼としての美少年たちが活躍する独創作品だったかもしれません。それは自虐する必要がないのです。

たとえ、そこに少年たちの初恋が描かれていたとしても、どんなに下手でも、「萩尾先生みたいになりたくて、一生懸命描きました」と云えば通用するのです。アニメファンだって怒りません。

だから、コミケは1975年に始まっているのに、自虐が始まったのは1970年代末になってからなのです。

この時期は、西崎義展によるアニメ映画が立て続けに大ヒットを記録し、社会がアニメ産業の可能性に注目するとともに、アニパロもまた急激に盛んになった頃と一致するのです。

同人の中でも、パロディ派の連中は、自分の作品をプロおよびオリジナル派と区別するための言葉を必要としたのです。

いっぽう、栗本薫こと中島梓が『美少年学入門』を上梓したのは1984年。表紙画は竹宮恵子。これは明らかに女性が美少年に見とれるという構図ではなく、男性同士の交流の場面を描いています。

少なくともこの年まで、女流が男性同士を描いたこと自体によって自虐する必要はなかったのです。

つまり、まさに同人界で隠語の利用が広まりつつあったとされる1970年代末から1984年頃までの間に、プロのほうは自虐する必要をまったく感じていなかったのです。

実際に竹宮・萩尾・栗本を始め、プロ創作者が自作を「ヤマもオチもない」などと、くさしたことはありません。出版社がそのようなキャッチコピーを単行本の帯に印刷させたこともありません。

出版社が他人から「ヤマもオチもないものを売った」と云われては、名誉毀損です。

同人としても「どうせ竹宮先生にもオチがない」などと失礼なことを云ってはいない。

えらそうなことを云って、注目を集めれば、困るのは同人自身です。親告されなければ問題ないはずのものが、権利者に通報が行きやすくなり、親告されやすくなるからです。

でも、新人類が勘違いしたのです。1980年代の中学生。当時の「にわか」です。

【みんなで渡れば怖くない】

パロディ同人としては、プロと混同されて「新時代の女性による勇気ある自己表現」などと持ち上げられ、研究者・メディアから注目され、取材が入ったり、一般人の見物が増えるようでは困るのです。

PTAが気づいて「子どもが変な漫画を持っていたが許可を出したのか?」と、テレビ局にクレームするようじゃ、もっと困るのです。

もともと児童向けアニメで(CM放映料を得るという)商売をしているテレビ局が、PTAからクレーム受けたら即応する可能性があるからです。

だから同人としては「即売会へ来て『やおい』と名のつくものを買った以上、そのことを絶対に会場の外で云ってはダメよ」というつもりだったはずなのです。

だから「話の分かっていない中学生が買いに来るのは困る」というのが当時のベテラン同人たちの本音だったはずです。だからこそ「足が洗えなくなるからやめておけ」とか「親を泣かすことになる」とか云って止めようとした。

でも「いいじゃん別に。みんなで渡れば怖くない」と云いながら乗り込んで行ったのが新人類。イエ~~イ。

そして地元へ帰ると、二十四年組の単行本を指さして「こういうの『やおい』ってゆぅのよ! だってみんながそうゆってたもん!」と、デマを広めたのです。

この「みんな」というのは、本人の同級生です。1970年代以来、二十四年組を読んで来た先輩同人たちは、そんなことは申しません。

そこを混同されちゃ困るからこそ自虐したのです。

ぜんぜん話の分かっていない中学生は、東京へ行って来たことを自慢したくて仕方なかったのです。物知りブリッコしたかったのです。そして「次は私が案内してあげる」とか云って、即売会参加者を増やしたのです。

1980年代後半には、第二次ベビーブーマーの成長とバブル景気が重なって、コミケも一層肥大化し、勘違いが野火のごとく広がり、それと入れ違いに「堅気に迷惑をかけるな」という古い約束事が忘れられていったのでした。

そして1980年代末頃からの研究者は、この程度のことに気づかずに、勘違いを前提に研究を進めてしまい、偉大な漫画家たちに、不名誉を押しつけたのでした。

当方は、それをすすぎたいと強く願うものです。

2016/05/24

二次創作BL同人の心得(2) ~本物に甘えない。

ところで、なぜ1980年代の中学生は、プロとパロを混同したのでしょうか? 「こういうの」とは、どういうのでしょうか?

コミックマーケットは、アニメ関連同人の増大に耐えかねて、1980年代初頭に分裂を経験しており、これ以降は事実上「アニパロ・マーケット」となりました。

この時期にお買い物したという自称ライターが、2006年に「同人誌とはアニパロです!」と書いた自称解説書を発行しちゃった通りです。

つまり、1970年代以来のベテランオリジナル同人を無視して、中学生が短絡を発生させるほど、パロディ作品の出展が盛んになっていたのです。

それ自体は時代の趨勢ですし、だからといって死者・怪我人が出たという事件でもないので、ここは冷静に流していいです。問題は、中学生は、パロディ作品のどこを見て「プロと同じだ」と判断したのでしょうか?

それはプロによるオリジナル作品とは似ていないはずです。プロはアニメキャラクターを無断利用したパロディ作品など描いていないからです。

種明かしをしてしまえば、本人の頭の中に性的興味と差別意識しか詰まっていなかったので「ホモ=エロ=やばい=隠語を使う必要がある」と短絡したのです。

著作権意識はゼロ以下だったので、本質に気づくことができなかったのです。

逆にいえば、プロ作品を指して(いまだに)無反省に「やおい」という言葉を使う人は、ゲイ差別意識を持っています。

だから、そういう人は新宿二丁目へ押しかけて、我がもの顔に振舞うのです。ここ重要です。

挨拶もなく、実在ゲイ男性同士の会話に割り込んで、性的な質問をしたり、顔を指さして笑ったり、跡をつけて歩いたり、説教したり、カミングアウトを強制したり、ショーに口出しして自分好みに変更させたりするのです。

人間としてやってはいけないことばかりやるのです。ゲイが相手なら何をやってもいいと思っているのだから、彼らを甘く見ているのです。

その根拠は「彼らは女に負けてホモになった弱い男だから怖くない」という偏見です。つまり彼らの個性を認めてやったつもりで、自己満足のために利用しているのです。

そして同様に無反省にプロとパロを混同して隠語で呼ぶ点で、社会学者(の一部)も同じ穴のむじなです。

自分じゃ出展していないくせに、パロディ同人の成果を横取りした人々です。弁護するつもりで話をややこしくしてくれた人々です。

ゲイコミュニティからは、1980年代以来、人権運動家を自称する女性に跡をつけられ、カミングアウトを強制されたという被害報告が挙げられています。

考えてみると、彼らは新宿二丁目へ来ている時点で「俺はゲイだ」と云っているようなものです。してみると、女性が強制していることは、彼らが家庭・学校・職場で打ち明けること。女性自身はその場に居合わせないはずなのに、どうしたいのでしょうか?

「あなたの言葉に勇気をもらって、きのう家庭でカミングアウトして来ました」という報告をもらって、「よくやった。ほめてつかわす」と云いたいのでしょうか?

それとも自分と並んで記者会見を開けというのでしょうか?

つまるところ、ゲイに人権運動させて、自分はそのサポート役として、一生(好みの)ゲイにくっついているつもりか、彼らの人権運動を自分の人権運動の補強として利用するつもりなのでしょう。

さらには、彼らに向かって「あんた達はいつまでも男同士で遊んでいてはダメでしょう!」と説教する人もいるそうです。

本人が彼らのことを「男子校でイタズラされ、いやらしい遊びに夢中になって、ホモになった」と信じているからです。

さらには「彼らが女性のステレオタイプを利用するので、私たちが苦労させられている」という責任転嫁型もいます。

いずれも自分自身が偏見にとらわれているのです。

そうです。漫画の読みすぎです。

だから「私たちのものです」なのです。同人はいい迷惑です。同人の作品が実在性的マイノリティに対する人権侵害の原因になっていると思われては、創作物のほうが規制されることになるからです。だから同人は「同人はフェミとは別よ」と云うのです。

でも本当は(ほかの表現規制問題と同じで)、創作物そのものを検閲するよりも、実在男性に迷惑をかける実在女性がいなくなってくれればいいだけの話です。ゲイ側としては、百歩譲って酒を飲みに来てもいいから、おとなしくしていてほしいのです。

ゲイコミュニティは、漫画を回収しろとか、全面禁止しろと云って来たことはありません。彼らとしても「表現の自由」との真っ向勝負は避けるのです。ありていに云って、彼らも読んでいる。とくに二十四年組の作品は、ほかに見るべき要素も多く、「ふつうに好き」とか「漫画家として尊敬している」という男性も多いでしょう。

ただし、実社会のマナーをわきまえていない不躾な読者から、面と向かって揶揄されるのは耐えがたい。あんた達「フェミ」の先生は、学生を、妹を、どういう教育してるんだ。

彼らは当たり前のことを云って来たのです。

が、「フェミ」の先生たちは、その要望に応えることができなかったのです。なぜか「少女」の深層心理研究に突っ走っちゃったのです。

「おなじ女なのに、そんなこと云っちゃダメよ」と云いますか? 

でも、ゲイにも母親がいます。祖母がいます。叔母も従妹もいます。彼女たちが他の女性と一緒になって、我が子・我が孫を差別しているとは限りません。

ゲイの若者を搾取しないことは、彼らの家族である女性を安心させてあげることでもあります。おなじ女性なのに、女性の心を守ってあげなくてよいのですか?

いったい誰のための人権運動ですか?

こうして見てくると、プロと同人とゲイとフェミ。四つ巴の混乱を特徴づけているのは、「混同」という要素です。

素人の中学生はまだしも、学者(の卵である大学生)ともあろう人々が、課題を分離することができないのです。

2016/05/24

二次創作BL同人の心得(3) ~本物に甘えない。

【創作物が生む偏見】

ここで最初にBLの話題を出したのは、竹宮恵子『風と木の詩』が「少年愛は切ない」という言葉で紹介されているのを読んだのがきっかけです。ゲイ差別との混同を避けたいと思いました。

「男同士って禁断の愛だから切ないですよね。なのに、いつからホモになったんですか? 美しい少年に出会ってしまったからですか?」という人がいると、困るのです。

ゲイコミュニティは「男子校でいたずらされたからホモになった」「顔が女性的だからホモになった」という偏見に、すごく悩まされています。

国会・地方自治体の議員、教育委員会の中にも、まだ「ホモになる」という誤解をしている人がいて、なかなか人権運動が進まない。

でも、創作者たちとしては、偏見・差別を助長することが本意ではなかったはずです。竹宮自身が「女性の内面表現」と云った通りです。

それは、べつに嘘でも方便でもないのです。「女性的な顔をしているほうが価値が高い。物語の主人公にふさわしく、作中人物からも読者からも愛される資格がある」という考え方は、女性ナルシシズムそのものだからです。田亀・戎橋流男性ナルシシズム表現と比べてみると、よく分かるのです。

ですから当方も、森茉莉・二十四年組愛読者の一人として、「女性ナルシシズム表現の一種である」と、くり返し指摘するものです。

だからこそ、奇妙に強気な「女性の特権」という意識に駆られた言動が生まれやすいことを危惧するものです。

【ゲイに会いに行く必要はありません】

当方におけるBL論は社会批評の一種です。とくにBLおよび同人活動を弁護したつもりの「フェミニズム」に対する批判です。

「男性中心社会の横暴によって傷つけられた少女に特有の病的な心理・行動」という結論を共有し、研究者自身および一部BLファンに「弱者特権」という口実を与えた人々への批判です。

創作表現活動の規制や、同人誌即売会の閉鎖を狙うものではなく、ほかの街でやらかさなければよいのです。主旨をご理解いただければ幸いです。

したがいまして、当方のBL関連記事は、全て「実在ゲイに甘えるな」という結論に収斂します。

たとえば「もともと森茉莉のような大人の女性のものでした」といった場合には、「少女ブリッコしてゲイに依存するのは良くない」という意味を含んでいます。

「もともと純文学を下敷きにしています」といった場合には、「最初からフィクションなのですから、ゲイに質問する必要はありません」という意味です。

「真の表現主題は女性ナルシシズムです」というのは、もちろん「ゲイと話が合うつもりになるのは勘違いです」という意味です。

女性がBLに描いてあるようなことが本当に起こるのかどうか確かめたいなら、歌舞伎町へ行って、ストレート男性に向かって、「いつホモになるの?」と質問するのが本当です。

それは怖くて出来ないが、ゲイだったら怖くないので何とでも云えるというなら、その心が差別です。

これに対して、「でも私はアダルトチルドレンだし~~」とか、「だって私は漫画しか読んだことないし~~」とか変な自慢クレームして来る人は、やっぱり、やっちゃってます。

【ゲイは吊橋理論を認めません】

「吊橋の上で恐怖感を共有することによって同性愛が芽生える」という発想は、二次創作BLそのものです。決して新宿二丁目へ持ちこむことではありません。

ゲイコミュニティは絶対に「ホモになる」という発想を認めません。認めれば「ホモになった奴を治す。ホモになることを予防する」という考え方が出てくるので、「ホモになった奴を逮捕・収監する」という結果につながって行くからです。

この程度のことは、自分の頭で考えれば分かるはずなのです。

自分自身の創作物が「ヤマなしオチなしイミなし」という言葉を真にうけた中途半端な物だったとしても、社会問題を考える時まで途中で終わりにしてしまってはいけません。

自分で考える前に他人に依存して、「え~~? どーして質問しちゃいけないの~~? どーして~~?」と連発する女を、ゲイは「子どもっぽくて可愛いな」とは思ってくれません。マジでウザいと思うだけです。

他人に「私って可愛いでしょ」という自己満足への同意を強制してはいけません。同じストレート女性であれば「このネイル、可愛いでしょ」という自慢話も通じるかもしれませんが、ゲイには通用しません。

あえて云えば、彼らは、黙っていれば「ふつう」の日本人として暮らすことができ、基本的人権を侵害されずに済むのです。

でも新宿二丁目に顔を出しているということは、カミングアウトした状態です。そのこと自体が「ゲイだと知っても差別しないでほしい。利用しないでほしい。貴重な時間を邪魔しないでほしい」という人権運動を意味するのです。

【業界通ぶりっこ】

コミケは1975年に始まっています。1970年代後半に高校生だった人は、1980年代には成人します。夜の街へ行って、お酒を飲むことが可能になります。その1980年代に入ると同時に、ゲイコミュニティから被害報告が挙がり始めました。

残念な一致は、同人(=出展者)によるものではないかもしれません。買って読んだだけの人によるものかもしれません。借りて読んだだけの人によるものかもしれません。「そういうものがある」という噂だけ聞いた人によるものかもしれません。

いずれにせよ、プロとパロを混同する人は、同人誌即売会の中でしか通用しないジョークを他所で使ってしまうということですから、業界通ぶることが好きです。

だから、新宿二丁目へ顔を出すようになった途端に「ニチョ、セクマイ、ノンセク」といった略語・隠語を使うようになった人は、このタイプです。

中高生時代には「やおい、がゆん」といった同人界の略語・隠語を、他所で使っていたわけです。

成人してからは、「私は『オトメ』よ」と云いながら、ストレート仲間を引き連れて、ゲイバーへ乗り込んで、酒を出せと要求するわけです。未成年者が酒飲んじゃいけません。

【学校秀才の成れの果て】

自戒いただきたいのは、この点で、同人も社会学者も同類だということです。舶来の専門用語を得意になって使う人と、同人誌即売会で覚えたばかりの隠語を他の場所で使う人は、根本的に似ているのです。

暗記力に優れた学校秀才。

大学の先生はもちろん、同人ってのも読み書きの得意な人ですから、もともと学校の成績が良いほうだったのです。

これが世間知らずで、どこへ行っても学校と同じように「質問すれば親切に教えてもらえる」と思い込んでいる。「いいところに目をつけたね」とほめてもらえると思い込んでいる。自分がちやほやしてもらえると思い込んでいる可能性が高いのです。

でも、本当の処世術とは、自分なりの人脈を活かして情報収集し、「そういうことがあったんだ……」と事情をわきまえておいて、当人の前では知らん顔している、というものですね。

たとえば、同じご町内や職場の目上の人に面と向かって「昔、近所とトラブルがあったから怒りっぽい人になっちゃったって本当ですか~~!?」なんて、訊かないものですね?

だからこそ、世の中に噂が飛び交い、憶測が飛び交うのですが、その利点を活かすことができずに「直接訊いてみよう!」と思っちゃう人を、ゲイコミュニティが「どこの田舎の中学生だ?」と思ったとしても無理はないのです。

ここでひじょうに厄介なのが「女性の弱者特権」という考え方で、女性の知識欲を男性がさまたげてはいけない、女性が社会勉強しようとしているのだから男性は協力しなければいけないという意識が、無礼を無礼と思わせないのです。

従来の男性社会が守ってきた約束事を「控えめさを要求するのは女性に対する抑圧よ」と称して、わざとマナー違反・ルール違反するのです。そういう「少女」を生んでしまったのが、1980年代フェミニズムというやつです。

これは「私のことかしら?」と思う方が、いちいち自己申告しなくていいですから、自分で気をつけてください。新宿二丁目で我がもの顔に振舞う女性は都会的なのではありません。都会のルール・大人が酒を飲むときのマナーを知らない恥ずかしい人です。

ここで「だって私は永遠のオトメよ!(なんちゃって。イエ~~イ)」と開き直ってはいけません。本物の現役パロディ同人さんたちが困るからです。

【創作と現実を混同する弱者特権という暴力】

たとえば、仁侠映画を見たからといって、本物の山口組へ乗り込んで「人を斬ったことありますか?」と質問する人はいませんね?

右京さんや、コナンくんが好きだからといって、自分も犯罪捜査に参加させてもらえると思って警視庁へ乗り込む人もいない。

怖いからとか、叱られるからとかいう以前に、「そんな読者は困る。イタイ」と分かっているはずの人が、新宿二丁目だけは例外だと思ってしまう。

新宿二丁目へ行った時だけ、「女の子だから何をやっても許される」と思ってしまう。これがマジョリティの横暴でなくて何なのか。

なぜ「男がガールズトークに首を突っ込んじゃダメよ」という人が、ゲイボーイズトークに首を突っ込みに行ってしまうのか。

彼らは女性を差別して、仲間に入れてやらないのではないのです。もともと彼らのほうが差別されていて、「ふつう」の店でデートしていると、笑いものにされたり、殴られたりするから、彼らだけで静かに飲める店を、街を、わざわざ築き上げたのです。

そこは、彼らにとって、わずかに許された「アジール」であり、彼らの弱者特権が保障されている場所のはずです。

せっかく避難場所にたどり着いたのに、そこまで追いかけてくるストレートがいるなら、彼らにとっては怖い憲兵に追いかけられて「検閲だ!」と云われたようなものです。

この恐怖が、同人なら分かるはずなのです。政治家や教育委員会がコミケに来ちゃったようなものです。きゃーーーー。

あらためて申し上げます。「同人やっていた」人には、強い自戒が必要です。

自分の都合で他人の創出キャラクターを無断利用していたという人が、「私はまったく自分勝手な人間ではない。誰にも迷惑かけていない」と云うことは、やっぱり出来ません。

「自分は他人の人権運動まで自分に都合よく解釈してしまう癖がついているかもしれない」と、自分を疑うことを覚えてください。

もし、それを「同人やっていたから仕方ないじゃん」と開き直るのであれば、同人界は人権侵害の青田だということになってしまいます。それでは現役同人がひじょうに困るのです。

それは、少なくとも同人の先輩がやることではないです。

【それぞれの権利】

というわけで、当方が1970年代まで遡って、用語の分離を試みるのは、混同の原因が差別意識であることを自覚して頂くためです。その意識を新宿二丁目へ持ち込まないためです。

新宿二丁目には「女性もどうぞ」と云ってくださるお店もあることですから、行くことは行ったっていいですけれども、「少女」を口実にしてルール違反・マナー違反するべきではないはずです。

あえて例えれば、彼らは宗教や民族の違う人々です。おつきあいさせて頂く前に、価値観の違いを認め、云ってはいけないジョーク、訊いてはいけない質問をわきまえておきましょう。

少女だから知らなくていいということはありません。子どもが知らずに他人のおうちでご無礼を働いたのなら、尚のこと、おとなは子どもを再教育しなければなりません。

これを昔の学者が主張できなかったことが痛恨のミスなのです。

おそらく、本人たちが自分自身で「まだ少女」と称することを面白がってしまったせいです。それで実社会におけるマナー違反を許してもらえると思ったなら、少女が大人の男性の厚意を当てにするという「甘えの構造」です。

2016/05/24

ものの名前を疑ってみましょう。

たとえば「スパゲティ・ナポリタン」というものを頂きながら「なぜナポリタンって云うの? 誰が決めたの? いつから日本にあるの? 江戸時代にはなかったよね?」と考える人と……

「そんなことどうでもいいの! 昔からそう決まってるの! みんなそう云ってるの! 文句いわずに食べればいいの! 私のいうことが聞けないの!?」と、なっちゃう人がいるですな。

知らないなら知らないって云えばいいのに、「口答えされたわ! 私の料理が気に入らないってこと!?」と、被害妄想を持ってしまうですね。

こういう人に限って「うちは母親がくちうるさい人だった」なんて愚痴を云って、被害者ぶっているものです。いつの間にか自分が母親そっくりになっているのに、自分で気づかないのです。

で、こういう人ほど「女同士の会話に疲れた」とか云って、ゲイバーへ突入しちゃうわけです。そりゃ疲れますわな。自分勝手に興奮してるんだから。

ゲイバーというところは、女性にとっては現実逃避ですが、ゲイにとっては現実そのものです。そこで恋のお相手を見つけ、同居を決める。あるいは「実家へ帰ることになったので、マスター達に一生のお別れを云いに来た」というお客様もいるかもしれない。

そこへ変なオバサンが首を突っ込んで「ちょっと、あんた達! 自分たちだけでいやらしい話をしてないで、女性の人権運動に協力しなさい! 女は結婚や出産で大変なのよ!」とか云うわけです。

彼らに云わせりゃ「僕らも結婚したいし、育児もしたいと思ってるけど、きみらが認めてくれないんだろ」ってだけです。

第一、いやらしい話なんてしていませんね。女性が勝手に「ゲイはポルノのことしか考えてない」という偏見を持っているだけです。

彼らだって、女性が「ミスターレディ」のレビューを見に来て、ふつうのコンサートと同じように客席に座っていられるなら、文句云いません。チケットを買ってくれる分には良いお客さんです。

でも、彼らだけで静かに飲んでいる「スナック」や「バー」と呼ばれる店にまで入り込んで、他人の話に首を突っ込む人がいるから、彼らがクレーム文書を発するのです。

なお、ツイッターも「書いて、アップロードする」という作業ですから、文書を公式発表することの一種です。

BLファンの皆さんは、いまだにゲイから「BL描写のあれがおかしい、これがおかしい」というクレームがつくようだったら、その陰に、彼らに向かって「本当にやるんですか~~?」などと質問している女が存在する可能性を考えましょう。

この場合、ゲイに向かって「いやなら読むな」と云うだけでは解決しません。

話を戻すと、ものの名前を疑うということは、固定観念を崩すということですから、「ゲイは人生相談に乗ってくれる」といった偏見を崩すことにも役立ちます。

疑うことは科学の第一歩ですから、こういう話は理系の人のほうが分かってくれるかもしれません。

文系は、舶来の理論装置を鵜呑みにしてしまうところがあるのです。歴史学がマルクス主義一色だった時代があったのも、同じ心性を表しているでしょう。

ジェンダー、トラウマ、アダルトチルドレンなどといった片仮名言葉をやたらと使いたがる人にも要注意です。

基本的に「名指した時点で差別」です。レッテルというのも、貼った時点で差別なわけで、自分で自分を差別したがる人は、弱者特権だけ利用しようとしている可能性があります。

二次創作者は、他人のものを無断利用することに慣れてしまっています。創作物以外の場所でやらかしてしまわないように重々注意してください。自分で注意してください。いちいちお母様に訊いてみる必要はありません。

あなたがそんなふうに育ったのが母親のせいだとしても、自分で自分を再教育することは可能なのです。

ゲイは女の甘えを許しません。彼らに依存しても慰めてはくれません。彼らの時間は彼らのものです。