2015/01/22

【表現の自由とは。】


弱者の権利です。なんでも多数決で決める民主主義における弱者とは、少数派です。自分たちだけでは絶対に多数決に勝てない人たちです。

すでに権力のある人と、彼(女)を支持する多数派は、わざわざ「自由」などと言わなくても、自分たちだけで何でも多数決してしまうことができます。

「今日から一億総玉砕」でも、「今日から少数民族は国外退去」でも、「性的少数派は全員逮捕」でも随意です。

それじゃ困ると思う人が、街頭で「戦争反対!」と演説したり、集会を開いて「政府へ署名を提出しよう」などと決めても、警察に踏み込まれないのです。逮捕されないのです。拷問されたり処刑されたりしないのです。

そういう権利が、本来の「表現の自由」です。

二十世紀前半にはその権利が認められていなかったので、特高の取調室や強制収容所で恐ろしいことが起きました。だから、もうそういうことはやめようという約束ができたのです。

つまり、新憲法が意識しているものは、国家が絶対権力を握っていた旧時代の国家であり、政府です。

政府・与党・軍部などの権力に対して、表現の自由を行使できるのです。

ということは、新憲法下において、多数決で決まってしまった現行法に不満のある人が真情を訴える相手も、政府です。

法律が気に入らなければ、その旨を文書にして、国会議員へ手渡し、条文の変更を検討してもらえばよいのです。

それをせずに、多数派が少数派を、または「多数派の中の少数派」が絶対少数派を、暴力(の行使の可能性)によって直接に脅すのは「表現の自由」ではありません。

また、笑いものにするのも「表現の自由」ではありません。

笑いものにすることは、いじめの内に入らないと思う人もあるかもしれませんが、言葉の暴力です。相手に対する人権侵害です。

政府がこれらを認め、放置するなら、近代国家そのものを否定することになります。

私闘・私刑を禁止し、軍隊と警察という形で暴力を独占するのが近代国家だからです。


【暴力の否定。】

では、少数派は暴力によって自己主張しても良いのでしょうか?

それでは「表現の自由」理念そのものの否定です。

お互いに「肉体と生活を破壊する」という手段に訴えれば、双方の弱者(子供など)に犠牲が出ることがよく分かったので、「言葉で闘う権利をください」というのが表現の自由です。弱者のほうから「武力行使はやめましょう」と言っているのです。

だから少数派の武器は「剣よりもペン」なのです。

それに対して、権力のある人は「生意気だ。黙ってろ」などと言わずに、投石や野次で遮ったりもせず、最後まで話を聞く・文書を読む。

これが、お互いに守るルールです。


【警察が責任を持つのは、国内の治安です。】

国際的な暴力事件に対応するには、他の組織や専門家がいるはずです。

努力が実ることを祈ります。



2015/03/03

【五人囃子の笛太鼓~~♪】

一人は地謡~~♪

向かって右端に座って、楽器ではなく閉じた扇を持って、紅唇を半開きにしている子は、謡ってるのです。

人形店から教わるまで気づきませんでしたごめんなさい。

宮中の結婚式を表現しているのに、なんで雅楽じゃないんだろうと思ったら、昔は雅楽セットもあったようです。

庶民の雛飾りがゴージャス化したのは、じつは昭和中期の景気の良い頃だったんだそうで、当時は企業に謡曲クラブがあったりしたものでした。

昭和五十年代に発行された児童向け解説書には「最近はひじょうに演能が盛んになって、各地で薪能も開催されています」などと書かれています。白洲正子の『お能の見方』という本も、あまり古いものではなく、この頃のものです。

能楽師にも、空襲で舞台も面も装束も失ったという家があります。先祖伝来の秘伝書を大陸へ置いて来ざるを得なかったという引揚者もいます。デビュー直前まで育て上げたご長男が出征して、復員の知らせはなかったという話もあります。

その後に能楽堂が復興されたのです。お役者・愛好家の皆様のお志の高さがしみじみとしのばれます。

平和が続きますように。文化が守られますように。世界の平和が回復されますように。人間の尊厳が守られますように。

お雛様は各地で名品の展示も行われていることでしょうが、新暦にしたがうと、ようやく春めいてきたねという頃には終了してしまうので、寂しい気もいたします。まだ桃も咲きません。

でも三月中旬には卒業式、四月には入学式・入社式へと気持ちが移っていくので、やっぱり三月初旬で名残を惜しむのが良いのかもしれません。

なお、民法の改正が俎上に挙がることになりました。LGBTの皆様にも良い知らせとなりますように。



2015/03/05

【北斎発見と職業選択。】


武蔵もすごいなと思ってましたが、北斎の画がすばらしいですね。国内にあることが正に「ありがたい」です。

こういう話は、鑑定した人の興奮を思うと羨ましい気がいたします。古文書などが判定されずに捨てられることを防ぐためには、鑑定士も育てなければなりません。

どうすれば真贋を見極める人になれるのか?

テレビ出演者のように、一千万円の骨董品でままごとしていたという人ばかりではないでしょう。かといって、テレビアニメしか見たことのない人が、急に北斎を見分けられるはずもありません。

やっぱり美術館・博物館・図書館の近くに住んでいて、足繁く通い、体験学習などを通じて「博物館学芸員」といった職業の存在に気づき、それをめざして文系の大学を受験する……となるでしょう。

できれば、地元より更に美術館などの豊富な東京・京都の大学がよろしいでしょう。浮世絵の名品は海外に流出しているので、留学も視野に入れる必要があります。ということは、さしあたって高校は進学系の普通科ということになります。

ということは、進路は中学生の時点で決まります。

内申点というものがあるので、一年生からの積み重ねが大事です。ということは、小学生の時点で国語力と四則計算が充分に身についていることが大事です。

子供が「どーして勉強するの?」と訊いてきたら、「きみ自身の夢をかなえるためだ」と言ってやってください。

不良少年がなんとなく自宅近くの高校へ入ってからバスケットボールの才能を発揮するという漫画は、やはり現実的ではありません。


【サブカルの田舎性。】

「日本のサブカルは田舎くさい」という人があるのですが、この田舎らしさというのは、かつてのDASH村のように農作物の育て方を確実に知っているという意味ではありません。

教養が感じられないという意味です。美術館や図書館で勉強したことがないだろうという意味です。

ハイアートなどと呼ばれる美術や、古典に詳しくなく、かといってニューヨーク最先端の流行にもついて行けない。英語ができませんから。そういう意味です。

でも、何も教えない内から怒ってはいけません。美術館も図書館もないベッドタウンに住んで、テレビを見るのが唯一の楽しみであれば、テレビの話しかできないのは当然です。

子供に教養を身につけさせたいのであれば、自分自身が与える側・教える側である必要があります。望ましいと思う文化について、その情報・知識を伝えるサイトでも開設なさるとよろしいです。


【少女漫画家の男性的ペンネーム。】

骨のある漫画に栄誉を与える小学館漫画賞を県内出身者が受賞したことは喜ばしいです。

少女向け漫画を描いた女性が男性的ペンネームを持っていることは面白い現象ですが、これを「女性キャラクターに感情移入できないから少女漫画を描いたんだよ!」と分析すれば奇妙なものです。

「間違いだらけのやおい論」に効能があったとすれば、短絡的で稚拙な議論の応酬を通じて、「創作物に関して生じがちな勘違いが列挙され、それ自体が検討され、克服された」ことなのかもしれません。

以上、新聞ウォッチングでした。あと、国産杉を消費して、東京五輪会場を建てるといいと思います!



2015/03/09

花粉なうなう。

耳鼻科へ行ったら「花粉なう」と題した掲示物があったので、「まことは我は杉花粉の精にて」って連想が走りました。

緑色の装束をつけたシテが出てきて「大きく育て、国の柱となれ」と願いを込めて植えられたのに、忌み嫌われる存在になってしまって悲しい……と謡いながら舞うのです。松のほかには杉ばかり。

よっぽど可愛い子方でも、目の中に入れると痒そうです(泣)

先生方の中にも「この季節の野外能はつらい」という方がおいでになるのかもしれません。(どの季節でも楽ではないのですが。)

花粉を出さない杉も研究中らしいですが、それが育つまでには20年くらいかかるのでしょう。

もともと材木として利用しにくい照葉樹林を変えてきたという話だったような気がします。全部伐採すると防災上も二酸化炭素対策としても良くないので、とりあえず一部を有効利用して、跡に他の苗木を植え、植生を変えていきませんか。

まったく人間の都合ですが、百年後の移民二世・三世の皆様が花粉症だらけというのも困ると思います。遺伝子が混淆されれば、免疫系も更新されて、日本人の体質も変わってくるのかもしれませんが。

(事実として子供は減り続けます。いずれ外国籍の方々を頼ることになるだろうと思います。)

待合室で見たテレビでは、何よりもハリソン・フォードが72歳であることに驚きました。時が移っていきます。


2015/03/12

【スマホでも声は聞けます。】


ガラケーの復調をテーマにした新聞記事があったのです。文責者の主観をまじえたコラム欄です。

要約すると「ネットの普及し過ぎに対して、電話の良さが見直されたのは嬉しい。離れて住んでいる家族の声を聞けるのは、メールの文面からは味わえない喜びだ」ってなことが書いてありました。

すでに新聞社へ突っ込みが入ったことだろうとは思いますが、アイフォーンでもスマートフォンでも「phone」はフォンなので、声は聞けます。

あと、ガラケーも、主にメール用です。

生活がまちまちな現代ですから、電話を掛けても良い時間というのは人によって違うので気を使います。とりあえずメールで第一報を入れるというのが、今どきの使い方だろうと思います。

ガラケーの復調そのものは、記事の中でも「スマホが行き渡ったから」という、おそらく専門筋による分析が伝えられていました。

行き渡ったあげくに上位機種に買い換えたり、2台目のスマホを持つのではなく、ガラケーを選ぶということは、スマホとは違う良さが再認識されたのでしょう。

機種にもよるのでしょうが、スマホは赤外線通信ができないので、アドレス交換の際に不便だなと思ったことがあります。

むしろ、メールのためにガラケーなのかもしれません。ゲームを中断せずともメールを確認できるといったことが良いのかもしれません。

出先で検索できるのは非常に便利なのですが、長い文章を読むにはkindle、動画を鑑賞するには大型タブレットのほうが良いなど、スマホ(iphone)というのは微妙な存在ではあります。

最大の要因は「ライン疲れ」かな、とも思いますが、そういうことはガラケーでも起きるので、通信制限や料金体系などといったことのせいなのかもしれません。

最新の話題から連想が走って、実態を見誤り、ついつい「今どきの若いもんは」的な、日頃のうっぷん晴らしをしてしまう。

よくあることですが、気をつけたいです。

2015/03/12

【少子化3題:第二次ベビーブーマーは団塊ジュニアか。】


池上彰さんの薄い本(小中学生向けに絵本の体裁を取った現代史解説書)に「第一次ベビーブームが親になったのが第二次ベビーブーム」とサラッと書いてあるので、そこだけ気になっているのです。

1947年~1949年生まれが第一次ベビーブーム。平和の回復による出生数の急増で、いわゆる団塊世代。これは分かりやすい話です。

1971年~1974年生まれが第二次ベビーブーム。

1971年には、1947年生まれは24歳です。1949年生まれは22歳です。

1974年には、1947年生まれは27歳です。1949年生まれは25歳です。

大学に現役合格した人が新卒者として働き始めるのは、「今年の誕生日で23歳になる」という年です。早生まれの人は22歳。

満期産には「十月十日」を要します。新暦でいうと、約9ヶ月です。これに先立って、電撃結婚でない限り、男女の交際開始から挙式までには半年から数年を要するでしょう。

とすると、まだ在学中の20歳から、就職後まもない25歳の男性が果敢にもプロポーズに踏み切り、すみやかに挙式し、必ず2年以内に第一子を得た……ということになります。

あまり現実的じゃないような気がします。


【クリスマス。】

当時は大学進学率が今ほどではなかったので、男女とも18~19歳の高卒者として働き始め、5年もすると上司の媒酌で見合い結婚がまとまったと考えることもできます。

とくに女性は「腰掛け」「寿退社」「クリスマス」などという言い方がありました。1980年代初頭くらいまで聞かれた言葉だと思います。

それぞれ、結婚までのあいだ一時的に事務員として勤務すること、結婚を機会に退職すること、25歳がひとつの区切り(それまでに結婚しないと恥ずかしい)という意味です。

さかのぼって昭和38年、三島由紀夫が「男は27歳くらいが一番いい」と書いています。20歳の頃よりも夜遊びに慣れ、まだ中年太りしてくるほどではなく、ダンディに振舞うことができるからだそうです。これは身軽な独身であることが前提です。

池上さん自身は1950年生まれなので、「俺より1こ上の先輩は全員結婚していた」という実感がある……ということですが、そうかなァとも思います。


【減るのが当然。】

じつは第一次と第二次では、ピーク年の出生数(折れ線グラフの頂点)に、70万人くらいの開きがあります。第二次のほうが少ないです。

理屈を言うと、たとえば男性100万人・女性100万人が一夫一婦制の組になると、カップル数は元の人数の半分です。各家庭が一人っ子を持つだけなら、次世代の人数は、親の半分です。

全ての家庭が二人ずつ産み育てたところで元に戻ります。3人目を産む人がいて、人口増に転じます。

じつは、すでに団塊自体が少子化しています。

戦中のような10人兄弟ということは少ないものです。まだ敗戦直後の食糧不足・政情不安の時代です。ひとりっ子か弟妹だけという家庭が多くなっていたから、この人たちの少年時代に急増した団地というものは、4人家族が基本だったのです。

戦後の女性は、すみやかに「30歳までに2人産んで終わりにする」ことに決めてしまいました。30過ぎたら恥ずかしいとか、卵子がどうとかいうより、大変だから昔の人のように産み続けることはしないことにしたのです。


【戦中世代。】

1971~1973年の間に27歳で親になったという人を考えると、1944年~1946年の生まれで、団塊からは、ちょっとズレます。

このとき既に29歳で、子供は2人目だったという人を考えると、本人の生まれ年は、さらに2年さかのぼります。

戦前には(兵隊が必要だったので)産めよ増やせよと言われました。山間部では5人~10人の大兄弟ということがありました。

この人たちが一斉に20代後半に達して、年子~2歳差くらいで次々に子を成すと、出生数をだいぶ押し上げることになりそうです。

年間出生数が200万人を超えた時期を「第二次ベビーブーム」と称しますが、じつはこの前にも「年間180万人は堅い」という時期が続いています。

これは明らかに戦中世代が支えた数字です。ここへ第一次ベビーブーマーのうち、比較的若くして産んだ女性が加わると、確かに第二次ブームということになりそうです。


【団塊の適齢期。】

団塊世代がいよいよ27歳に達するのが、1974年~1976年。

出生数を示す折れ線グラフを見ると分かるのですが、1974年から1975年にかけて、ものすごい下降を示す急坂があります。以後、出生数は回復しません。

19歳からお勤めを始めた人が、6年目の25歳にして「そろそろ」などと言われ、半年ほど掛けてお見合いに結論を出し、半年ほど掛けて挙式の準備をし、新婚3ヶ月以内に妊娠の報告をし、9ヵ月後に一斉に誕生を見るはずの頃です。

多分「ちょうどその頃、まさに“そろそろ”などと考えていたのに、オイルショックで不景気になっちゃった」ということがあったのでしょう。


【第二の団塊。】

第二の団塊と、団塊の子供では意味がちがいます。

母子手帳や出生届には親についても書くので、第二次ベビーブーマーの親の年齢は、調べれば分かることではありますが、27歳までに親になったという男性は、あんがい少ないんじゃないかと思います。

言えるとしたら、女性が「22歳~27歳で2人産んだ最後の世代」ということでしょう。


【団塊の時代。】

「女子学生がブルージーンズを着用して受講するのは是か非か」という議論が起きたのは、たしか1975年です。このとき20歳の学生さんだった人は、1955年生まれなので、団塊よりは若いです。

さかのぼって、学生運動が頂点に達した1969年には、団塊は何歳だったかというと、22歳~20歳です。その一部が、まさに学生さんです。

団塊の世代は、その一部には女だてらに学生運動の先頭に立ったというような人を含みながら、多くは「25歳までに結婚して、27歳までに産まなくちゃ」と考えていた……ということが言えそうです。


【二十四年組。】

女流漫画家の一部に「二十四年組」と呼ばれる人々がありますが、昭和二十四年=1949年前後の生まれという意味ですから、団塊の一員です。

彼女たちは、1975年頃、独身で未産の女性でした。彼女たちが果敢にも求めたものが、人生と表現の自由だったことになります。


2015/03/12

【少子化3題:多様な少子時代。】


多子だったものが少子になるから「少子化」というのです。1975年以来少子化を続けた結果、今はすでに「少子時代」です。

子供は減り続けます。

今すぐ全ての健康なストレートのヤングアダルトが気を変えてくれたとしても、男女が一夫一婦制で組になれば、カップル数は元の人数の半分です。

各組とも一人っ子を持つなら、次世代の人数は半分です。すべてのカップルが2人ずつ産み育てて、人数が元に戻ります。3人産み育てる家庭があって初めて人口増に転じます。

なお、人口の何割かは必ずLBGTとして生まれてくるので、子供全体が増えれば、LGBTも増えます。性的少数派を弾圧して減らせば、子供が増えるわけではありません。

本末転倒せずに、あくまで異性愛に生まれついた8~9割がたが頑張れば良いのですが、3人ずつというのは「無理!」という結論は、すでに出ています。

お相手を1人に絞らなくても良いから、とにかく3人ずつ産むだけ産んでもらって、共同施設で育てましょうというSF的な最終案も理屈としてはあり得ますが、その分の増税が必要です。

日本のフェミニズムは、重要な点を見落としました。

欧米列強は、問題視されるほど移民が多いものです。

中東にも、東南アジアにも「女性が元気」(=就業率・出生率とも高い)とされる国がありますが、必ず「お手伝いさんが多い」というオチがついて来ます。

お手伝いさんが外国籍であることも多いようです。

日本人は、誰をお手伝いさんにするつもりだったのか。

女性の就業環境を整えてなお、若い世代ではその女性の人数も少ないのですから、いずれは外国籍の労働者を受け入れていくことになるでしょう。

古代ローマの奴隷ではないのですから、健康で文化的な住居を用意する必要があります。言葉で苦労し、差別されないためには語学研修コースを用意する必要もあるでしょう。二世・三世が進学を希望すれば、奨学金も出すということになるでしょう。

移民差別が暴力の引き金などと、迂闊に分析すれば、暴力に口実を与えることになります。でも他山の石としないわけにも参りません。

敵を作りたくない国ニッポンは、移民に優しい国ニホンになれるのか。

池上彰さんによれば、国名はどっちでも良いそうです。

2月9日の生放送では、ここが「天皇の主宰する独自宗教を奉じつつ(=他のどこにも偏って味方しない)、多様性を愛する国」であることを強調していましたね。



2015/03/12

【少子化3題:数より質という説の真実。】


無理して一億人を維持しなくてもいいんじゃない? という考え方があるようです。子供の質を高めればいいらしいです。

それは「ただちに全てのヤングアダルトが結婚して一人ずつ産み、確実に大学へ入れなさい」を意味します。それでも総人口は自然減していくからです。

「そ、そうじゃなくて~~、私じゃない誰かが2人産めばいいと思って~~(なんちゃって♪)」という話であれば、誰も聞きません。

数より質とは、もはや言い訳にもなりません。迂闊にうまいこと言った気分になるものではありません。

……本当は、発言者(新聞記事を書いた人)の真意は、そうではないです。

「幸運にも授かることのできた命を大切に、社会全体で守り育てていこうね。その他の人は、産む・産まないのプレッシャーに傷つけられずに、自分の人生を大切にしようね」って言いたいのです。

でも、女性の就業環境整備へ向けて、やっと重い腰が上がったところなのです。ここで「まァまァ」と言うわけにはいかないのです。

確かに、今までは「だって保育園がないじゃない」「じゃあ保育園を建てたら産むか? 絶対だな?」という睨みあいが続いていたわけです。

これからは「ここまでしてもまだ産まないか」というプレッシャーがひじょうに強まる懸念は、大きいです。

出産は命がけです。誰にも強制できません。

代理母は、軽々しく話題にできることではありません。代理母の人命を幾らで買うか、という話なのです。

彼の子を産むために命を投げうつ覚悟ができるほど愛した男性としか、関係を持ってはいけないというのは本当です。

ただ、これを言うと、若い人にヒロイズム的な自己陶酔を起こさせる危惧もないではありません。



2015/04/13

【ワイン国際大会金賞者にセクハラ。】



3月21日に見たテレビ番組の思い出。

甲州ワインの醸造家で、世界的コンクールの金賞受賞者である女性の丁寧な仕事ぶりを紹介した後、「ひな壇」の若手芸人が結婚に関する質問を開始し、その場で交際を申し込み、彼女から仕事を理由に断られると怒鳴りだす、という展開がありました。

なぜ女性が仕事に集中したいと、男性に侮辱されなければならないのでしょうか。

日本では「怒鳴りつける」ことが言葉の暴力として認識されていませんが、威圧行為であり、暴力の行使であり、パワハラであり、人権侵害です。

また、話の内容からいって、セクハラです。

西欧文化の後追いでしかない日本が、世界的醸造家を輩出した。幕末の開国以来の悲願を達成したといっても良いでしょう。スタジオ全員・国民全体がスタンディングオベーションをもって迎えるべき快挙です。

それを「俺から見れば、ただの女だぜ」という話に落として行くのは、不適切です。

ワイン醸造も「男の世界」として、彼女は並々ならぬ苦労を乗り越えてきたことでしょう。「女には無理」といった性差別発言にも苦しめられてきたかもしれません。

彼女のご両親・友人たちは、彼女が醸造家の道を歩むことを応援したでしょう。それは、無礼な男に怒鳴らせるためではありません。

日本のテレビ番組が、世界的ワインコンクールを侮辱したことにもなります。

芸人は台本に従って「仕事」をしただけなので、企画・脚本といった裏方の責任です。

若手芸人に「もてない」という損な役柄を割りふり、彼自身を「いじる」ということのために、女性の尊厳を利用し、犠牲にしたのです。

ことの重大さに気づかない人が、日本のテレビ局に多いのであれば残念です。


【テレビは独身男性で出来ている。】

地元に残って家業を継ぐという人が、同時に中央へ進出してテレビマンになるということはあり得ません。

一旗あげるといった意識をもって地元を出発した独身男性が、テレビの世界へ入ります。

東京都民であっても、浅草の老舗・伝統芸能の継承者といった人々は、やっぱりテレビマンにはなりません。

根なし草とか、風来坊とか、失うものは何もないとか、どこかそういう要素をもった若者が、テレビ局や制作会社といったところへ集まって、自分たち自身が「面白そう」と思うものを追求すると、性と暴力の話題が多くなる。

テレビドラマに多かったのは、無一文の風来坊が、どこからともなく現れて、かっこいいところを見せて去っていく。女が惚れてくれる。そういう話でした。

かっこいいとは、事実上、暴力沙汰に勝ち残ることです。

洋の東西を問わず、そういった番組は、視聴者以前にテレビマンの自尊感情を表現していたのでしょう。

先輩が後輩に暴言を加えたり、わざと辛い事をさせたりするというのも、独身男性社会のイニシエーションとして、普遍的な要素です。

アニメも、テレビ番組の一種として、子供向けを口実にしたヤングアダルト自身のための娯楽という要素をもっています。これは今に始まった話ではなく、すでに1960年代からそうだったといってよろしいでしょう。

結論的には、これもゾーニングの問題で、芸人を起用したバラエティ番組で、素人さんを紹介する時には、気をつけるとよろしいです。



2015/04/13

【ニッポンの“9人の職人”スペシャル。】



遅れていなければ、3月28日放映。ハンマー1本で地下鉄の安全を守る職人さんのあたりから拝見。「一路線を一年かけて点検する」という話に視察の外人さんが目を丸くしていました。

次が、JAでキュウリの鮮度を一瞬にして見分ける女性たち。次が木工と和紙の伝統技。

とくに和紙の世界は、工房の代表として名前が出るのは男性ですが、現場で黙々と働く人には女性が多いことが印象的でした。

そして全体を通じて「日本の現場力を支えるには、それだけの人数が必要である」と感じました。

「日本人すげー!」と盛り上がることは簡単なのですが、あなたは地下鉄職人になりますか? キュウリ選別職人になりますか? 

職人たちの多くが、50歳代以上であるとお見受けしました。

日本の若者が職人になりたくなければ、今すぐ移民を雇い入れる必要があります。10年かけて技術を身につけて頂かなければなりません。

彼らが言葉で苦労しないためには、語学学校を増設する必要があります。差別されないためには、日本人の通う学校と職場で、人権教育をやり直す必要があります。

1980年代の日本人は、ニューヨーカーになりたいと思いました。ダブルインカム・ノーキッズと謳われたこともあります。

日本人が決定的に見落としていたことは、欧米列強には問題視されるほど移民が多いということでした。彼らを労働力・納税者として期待できることでした。

中東・東南アジアにも「女性が元気」(=就業率・出生率とも高い)とされる国がありますが、必ず「外国籍のお手伝いさんが多い」というオチがついて来ます。

日本人は、誰をお手伝いさんにするつもりだったのか。誰に何を継いでもらうつもりだったのか。

いっぽうで、視察団が感動してくださるのは有難い限りですが、なんのために視察するかというと、技術を学び取るためです。「持って行かれておしまい」という可能性もあります。かつて日本が、自動車と半導体の技術を海外から学んだように。

もっとも、グローバル時代なので、日本の技術を身につけたオランダ人やフランス人が、ふだんはお国許で活躍し、日本国内で必要になったら連絡して来てもらうということも不可能ではありません。

ネットを通じて人材登録しておけば、グローバリズムとローカリズムを両立できるでしょう。