2013/04/29

Eテレにて能『求塚』

NHKで能『求塚』拝見できました。チャンネル権をくれた家族のみんな有難う~~

録画機材はCSの江戸川くんに占拠されました。能は一期一会(・∀・)

どこで書こうかと思ったけど前に能の話題をここで出したことあるし……興奮さめやらぬので箇条書き的に……

落ち着いたアナウンサーさん(石澤典夫氏)の話の振り方が良かったです。松岡先生のお話も分かりやすかったです。大人の男の時間がいいです。和服の“きれいどころ”とかフラワーアレンジメントとか要らんです。背景となっていた低い舞台がどこか気になりました。笹の葉と壁の板目がきれいでしたね。

観世能楽堂の虹梁には蟇股がふたつある、と(メモ) 青々と若い鏡松は枝ぶりが大きく二つに分かれており、「観・世の親子」をちょっと連想しました。

出演者は開いたくちが塞がらないほどの豪華メンバー。この十七日に収録だったと伺いましたが亀井先生がお元気で嬉しかったです。銀髪がまぶしい。すばらしい掛け声。これが聞きたかった。忠雄先生の掛け声は癖になると思ってます。鼓は作り物の陰からのせいか、曲なりにそういう音であるべきなのか、丸く籠もった音色がすてきでした。いや単にうちのテレビのせいかもしれません。源次郎先生もいい面構えになられましたね。

※ 歌舞伎役者は「仁左衛門」みたいに呼び捨てのほうが親愛の情が湧くのだけども能の先生には馴れ馴れしく先生とつけたくなる。

福王 茂十郎は初めて拝見できました。そもそも福王流を初めて拝見できました。生きててよかったです。NHKさんありがとう。福王の謡、いいですね。今更というべきか、かえって失礼なのか、体格もお顔もお声も素敵。自分が逝ったらあんなお僧に弔ってほしいです。化けて出ようかな。若草摘みの話に合わせたのか、緑色の水衣が鮮やかでした。

やわらかな笛が導くまだ雪の残る肌寒い早春の空気が心地良い。

シテツレのお二人が同じ(少なくともよく似た)朱色と白の段になった縫箔を着てるのが可愛くてたまらんでした。ふたご萌え♪ 歌舞伎の女形は足元をスッと見せますが、能の女性は水衣を着て丸っこいシルエットとなり、短足なのが可愛いです。中身はおっさん(失礼)と分かっていながら彼女たちが可愛く見えてきたらあなたも通(かもしれない)

お僧に「ここがどこだか分かってんなら訊くことないでしょ」というように突っ込む二人のハイトーンな謡が楽しかったです。“若い女性が坊さんをいじる”というのが前場にはよくありますが、当時の観客にとっていくらかエロティックな笑いを誘う部分だったのではないか、と思っています。滑稽劇だった頃の名残りなのかもしれません。

シテの気魄は最初からものすごく、全身がブルブル震えておりました。いい面だなと思っていたら(番組終了後の解説によると)ご流儀でもっとも大切な面だそうです。なにかと「失礼しました」と頭をさげたくなります。

カメラの撮る位置もよかったのでしょうが、お僧に向けてチラリと流し目したあたり、ぞくぞくしました。

うないちゃんは「少女」と書いて乙女ですが、元は万葉集にもある伝説だそうで、その頃の結婚適齢期というと十三歳から十六歳くらいでしょう。求婚者は「男」といわれると立派なますらおを想像しますが、彼らも未婚だっただろうことを考えると、十八歳くらいの血気盛んな頃、突っ走りやすいお年頃だったのでしょう。

ロミオとジュリエットの日本版のようなところもあるのかもしれません。そう考えると彼我の違いというか、仏教を取り入れたゆえの凄惨さ、女性としては「そこまで女の罪にしなくてもーー」となじりたくもなりますが(・∀・) それと早春の清冽な空気を対比させた劇作家の手腕の冴えを見よってところでしょう。

前場の詞章の優雅さは、なるほど世阿弥流で、それに比べりゃ確かに後場は書いた人が違うと思われるほど男前でした。うないちゃんに二人の男の霊が乗り移っちゃって男の声で謡ってる(には違いないんだけど)かと思いました。父ちゃん骨太。

“美少女の案内で地獄めぐり”という趣向はなんか外国にもあった気がする……などとも思われ、彼なりのエロスが籠められているにも違いないし、観客にとっては怖いもの見たさな部分もあったはずで、全体を悲哀感でまとめたのは世阿弥の手腕と趣味でしょうが、根っこには見る人を楽しませようというエンタメ魂、観客をわしづかみにしようという役者・脚本家の図太く熱い野心のようなものも感じます。

何を申し上げても僭越なんじゃないかと思われるのがこの世界ですが、ご宗家は芝居っけのある人で、能らしい暗さと重い緊張感、息づまる悲哀感の中にも、稲妻のように輝くハッキリと見分けやすい演技がさわやかでした。

前場のシテの語りは「乙女のありしに」と他人ごとのように始まったのに、途中でふいに「わらは」と主語を使ってしまう。静謐ながら、そこへ向けて盛り上がっていく。引き込まれました。

地謡も終始しずかに柔らかく物悲しく、「さし違へて」の部分だけがふと湧き上がった、地頭の力量なのだろうなと思いました。……地頭、いい男だったな……(脇正面からオペラグラスを使いたい人)

「よく知らないんですけど」と言ってからが長いアイ語り。東次郎の唇の色が美しかったです。谷崎潤一郎が書いたとおりです。長袴の裾も美しかった。さまざまに角度を変えて狙ったカメラ万歳。

カメラといえば、後場の冒頭、囃子方をアップで捉えたのにはドキッとしました。笛方をじっと動かずに映したのはブラボーでした。しっとりと胸をしめつける笛でしたね……

初めて拝見したので「太鼓つきかーー。途中ではっちゃけるのかな」ぐらいに思ってましたが、なんと贅沢な太鼓の使いっぷりでしょう( ゚д゚) 

ほんのわずかな舞の型が目にも心にも残りました。今更ですがご宗家の型は美しいです。鬘扇の骨の「黒」が効いてる、と初めて思いました。メタリックブルーに輝く求塚扇と渋い紫の色大口の対比が効果的でした。他の曲のときも思ったけどご宗家は色のセンスがいい。何を申し(ry

一貫して伏し目になってる霊女がまばたきしたり涙をたたえたり、わずかに生気をにじませて僧を見たりするようであるのも不思議なものです。声がお若く霊女にしては張りがあるので枯れてくるとまたいいかななどとまた僭越な。それまで自分が元気で生きてないと。生きがいをくれる能。

そして地謡は一度も(松風のようには)盛り上がることなく、解放感を表す明るい舞が舞われることもなく、そのまま帰っちゃうのかい!? と思ったら本当に帰っちゃいました。しかも彼女、暗闇のなかで塚を探して歩くんだから、あれを自分の「すみか」だと思ってるわけです。

男たちも自分の罪を悟ってさし違えたはずなのに、あの世でまだ彼女を争っているのだから、本来の自分の心を忘れて彼女を責めるための鬼になりさがってるわけです。

でも彼女は其処へ戻る。いつすすがれるか分からない前世の罪を背負って。よろよろと、しかし一心に。悲しい……。というか何しに出てきたんだ、お僧……

これは確かにシテにとっても地謡にとっても難しい曲で、しかも登場人物が多い、異様な豪華さを備えた地味な曲という。たぶん滅多に出る曲ではないでしょう。ご宗家の意気込み。

番組終了後の解説コーナーでは、ご宗家がはっちゃけてましたね。面白すぎます。能楽堂の敷居をけずるカンナを一気に五往復くらいさせた気がします。

僭越ながら彼が「我々の世界にはエンタメが足りない」って言ったのは納得で、面白くしたい! というアイディアとやる気が充満しているとお見受けいたします。今日の舞台にも俗っぽくする・リアリティ重視で分かりやすくするというのとはまた違った意味で「面白くやる」という気持ちが溢れていたように思います。たぶん、世阿弥の精神の正当な継承者なのでしょう。

それにしてもまさかご宗家に「チケットどこで売ってますか」って訊く人いるの。ぴあで売ってます。観世能楽堂は渋谷の奥にあります。場所的にアクセスしやすいのは水道橋の宝生能楽堂(JR駅至近)で、どちらもふつうに洋服着ていって大丈夫です。ご宗家の意気込みに応えて、Let's お能。


追記:後見の祥六先生が立ち上がるたびに心中で「がんばれーー」と応援。グランシップで拝見した『砧』のお仕舞、すばらしかったです。


2014/09/16

【上妻宏光“Standard Songs”Tour 2014】

with 伊賀拓郎。

まだチケットが入手できたら是非おでかけ下さい。

興味深いものが聞けます。

「三味線って弦三本だよな? 十六弦じゃないよな?」

と確認したくなるような音を出す上妻さんの絢爛たる経歴は、たぶんご本人の公式サイトにも書いてあるとして……

ピアノとのデュオっぷりが実にいい!!

「津軽三味線とピアノだけ」という編成はなかなか無いとはご本人も言っていますが、じつはピアノも「叩く弦楽器」なので、同じ楽器の二重奏みたいに音色が合う。

とくに伊賀のピアノは音の立ち方が鮮やかで、これが太棹から出る音と「肌が合う」というのか。顔の似た兄弟のよう。

ピアノの打鍵の勢いに匹敵できる弦楽器って少なくて、エレキギターをアンプにつないでさえ、どこかで打ち負けてしまうようなことが多いんだけれども、これはたった二台で空間を制する音の勢いの凄まじいこと。

「叩く撥弦楽器」とは、これほどの潜在力を持っているものだったのか。

三味線は(共鳴胴が小さいので)音の消えるのが早いそうで、個人的にはそれを「ドライ」と感じたのですが、上妻さんは「はかない」と表現していました。

はかない命をつなぐために細かい装飾音を連ねていくわけで、インプロヴィゼーションはえらいことになってました。

津軽の旧節の披露もありましたが、高橋竹山に比べてやっぱり現代的と感じたことでございます。竹山が旧家に灯る黄色い明かりなら、こちらはガラスのシャンデリア。

……というわけで、プログラムの構成は耳慣れた歌謡曲(ユーミン、ビートルズ含む)のジャズアレンジがメインなので、「津軽三味線を聴きに行く」と思うと、実際のステージに接して「?」という印象になるかもです。

たぶん「津軽三味線」ではなく「ジャズを奏でるための新しい楽器」と思うといいです。

リベルタンゴをピアソラに聞いて欲しかった。



2015/04/13

【グランシップ静岡能:頼政&吉野天人(天人揃)】



天女で思い出した、1月24日の公演の思い出。

自衛隊ブラスバンドが出演する県民音楽祭と日取が重なりまして、「船」の横に長蛇の列。

音楽祭の開催を知らずに行ったので、一瞬「最後尾につくべきか?(汗)」と迷いましたが、能舞台を出す中ホールは、どんなに頑張ってもあんなに入りません。

「これは別のイベントだな」と判断し、列の脇を正面玄関へ。無事に入れました。

ロビーでは「観世宗家クッキー」とか売ってました。いろいろ試してるみたいです。ゆるキャラが登場しないことを祈ります。もし登場したら、家康くんと相舞してください。各地の武将キャラを誘って五番立てにしましょう。ひこにゃんは喜多のものだって言われるかもしれないので、立合能がいいかもしれません。

閑話休題。

お客様には和服を着た女性が多く、華やいでいました。皆様それぞれに観世水であったり、業平菱であったり、松であったり、能楽らしい文様を厳選してお召しでした。

見所の着物については、他の公演で敦盛が出たときに揚羽蝶の帯を締めた方がいらして素敵でした。能楽鑑賞の、もう一つの楽しみです。

なお、ドレスコードはありません。ジーンズ履きでも良いです。若い方も能楽だからと構えずにお出かけください。

で、……まさかのホール能『頼政』。

公演告知が出たときは、二度見しました。でも静岡は頼政ゆかりの地でもあります。夫人の「あやめ御前」の出身地が伊豆だからです。あやめ祭りもやってます。

山科は、小柄で何を着てもよく似合い、声も上品で、とても素敵なシテ方です。緑色の水衣は鏡松とかぶるかと思いましたが、舞台へ入ってみると松の精霊のようでもあり、脇方の着た茶色の水衣ともよく響きあって、清浄の気に満ちておりました。

お二人の声の美しさに酔ううちに、短いほどに感じられる充実した前場でした。

後場の法体にて甲冑を帯した姿は白が貴重で、さわやかな輝きを放ち、ホール能の開放感を意識なさったのだろうと思われました。白刃骨を砕く痛みを忘れ得ず、深い恨みを抱えて現れた怨霊なのですが、そのことを恥じ入る心もあり、読経に感謝する心もある。奥ゆかしい歌人の姿でした。

主題は頼政の負け戦なんですが、中身は源氏方の奮戦を描いているわけで、じつは血沸き肉踊る勝修羅の要素も持っているのでした。地謡方も男盛り揃い、たいへんな熱演で、宇治川の水の逆巻く勢いと人馬の叫喚が伝わって参りました。

鬘桶に座りっぱなしの頼政は、指揮者のような立場になっているわけで、シテの所作と地謡が互いを高めあう、交響曲の感動があったように思われます。

目付け柱脇で万感の思いを込めて振り絞られた「埋もれ木の」は胸に迫りました。ガクリと膝をついた山科の姿は美しかったです……去年は俊寛でした。ともづなに取りつく際には水の冷たさが感じられて身震いさせられました。

うまい人は、何がうまくて「うまい」と感じさせるのか。圧巻の「ホール頼政」でした。

……見所は、ちゃんとついて行ったと思います。

仕舞は無かったです。去年は祥六の『砧』がすごかったです。客席はやや緩んでいたかもですが、仕舞の時は、だいたいそんなものかもしれません。

今回は、後半が「天人揃」なので、仕舞の余裕はなかったのかもしれません。「楽屋すごいことになってるんだろうな」と思いつつ、ロビーでのんびり過ごすこと十数分。

前場の小面がとても可愛かったです……若い女性を表すシテと、中年男性そのままの脇方が目を見交わして「見もせぬ人や」というのは、花の香に乗って清潔なエロスが匂い立つ名場面。

「揃」なので「友びとをともないて」という詞が追加されていたと思います。橋がかりに天人がそろった時には頬が緩んでしまいました。か、可愛い。一斉に回ると、華やかな長絹の背に艶やかな黒髪が下がっているのが並びます。きゃー。

能楽堂は歓声を上げるところじゃないんですが、たまにはそんな気分にもなります。

舞の笛は、たぶん盤渉調。半音上げた編曲みたいなもので、常よりさらに陶酔感が増します。

シテは雅楽の楽器をあしらった長絹を着けており、耳には確かに能楽四拍子が聞こえているのですが、同時に笙・ひちりきの音も響いてくるように思われました。

所作のほうはそろっていないというより、それぞれに扇や袖を返すタイミングが違うのです……笛の鳴り始めで返すか、笛を聴いてからクルッと返すか。

一人ずつなら個性です。クラシックバレエのように揃うのは、日本的美学としてどうなんだという考え方もでき、観客がそれぞれに好みの役者を見つける機会としても良いと思います。

問題は、面を掛けているので、パンフレットを見ても誰がどの先生か分からないことです。(皮肉じゃありませんってば。)

また咲く花の雲に乗って、五人が幕へ入っていく際には、ハンカチを打ち振って「また来てねーー!」って気分でした。

埋もれ木と爛漫の桜。見事な番組だったと思います。

囃子方も名手をお迎えできて、有難い限りでした。おっきい小鼓方と、ちっちゃい大鼓方は、見た目に面白いコンビだな、とちょっと思いました。林の太鼓は、いつも清新の気に満ちて鋭いです。

出演者が多ければ、楽屋の人数も必要なわけで、本当によく企画してくださり、実現してくださったと思います。能界の先生方にも、グランシップ関係者の皆様にも、あらためて深く御礼申し上げます。







2015/07/04

【新暦で旧暦行事やるのやめましょうよ。】


(※ 暦に関する薀蓄ではなく能楽の話題です。)


この雨の中で「納涼たなばた祭り」とかやっても楊貴妃の気分にもなれませんわ……。

あれは八月も末の陰暦たなばたに、澄明な月光がさして、虫の声のすだくなかで「もう夏も終わるのですね。激しく燃えた私たちの愛も終わるのですね。私の人間としての命も尽きて、仙界へ帰るのです。でも忘れないでくださいましね」(増面でシオリ)

ってなるから、比翼連理の誓いという言葉に泣けるわけです。

美しすぎてこの世のものとは思えないというのは昔の人も(昔の人こそ)思ったようで、かぐや姫と同じパターンの話はいくつかあるようです。

東京某所へ行くと「納涼能面祭り」ってのやってるらしくて、むしろ熱くなれそうだなァと思います。

なお能面自体は意外に表情があるもので、女面はたいてい笑ってますし、男面は怒ってるか泣いてます。男の人生は、笑っちゃいられないのです。

本当に「能面づら」なのは、お舞台の上の能楽師たちです。

小面というのは、最近流行のポチャ美人のことで、健康的です。肉がつき過ぎて、たくましい感じになってる作例もあります。

なお、能楽は、ストレート心理でできてます。男性の役者が物語に登場する女性を「可愛いなァ、いじらしいなァ」と思うから、俺が心をこめて舞ってやろうってなるわけです。

男の一世一代の誇りをかけて、女になるのです。たぶん歌舞伎も同じです。

だからきっとシテ方どうしの会話は「師匠、俺もいい女になりたいです!」「小僧、十年早いわ!」ってな感じなのです。(フィクションです。)

少年趣味については、誰しも自分の仲間のちっちゃいのを可愛いと思うのは当然で、同志愛とか同胞愛とか言っておけばいいと思います。

ちっちゃいといえば、「神・男・女・狂・鬼」という五番立ては、能楽師の修行のコースをも表してるんじゃないかと思います。

祝言曲で初舞台を踏んで、能楽の格調を肌で覚えるわけです。本人ちっちゃすぎて良く分かってませんけども。

つぎに平家の公達として、もの哀しいクセ段や、中の舞を演じるなかで「勇ましいサムライだけれども、風雅も解する」という境地を体得して、若い男性の役者自身が一皮むけたような感じになるのでしょう。

剥けるというか、初面を掛けるんですが。

それから鬘能に挑戦して「やっとここまで来たか」という感じ。

雑能ではっちゃけたあと、人外魔境を経験して、神に戻る。

実際には「ツレ」としていろんなお役を頂くなかで修行していくので、出たとこ勝負なところもあって、きれいに五種類が回ってるわけではないでしょうが……

楊貴妃も百万も自在に演じることのできるであろう人が、「この年になってみると土蜘やりたい」とかいうんだから、能楽師ってのは……などと思いながら、大名人の追悼CDを拝聴したことでございます。

専門誌の付録CDは渋いです。ほのぼのインタビューに読物三番って。大手レコード会社からは出せない企画でしょう。こういうのが先払い制「うすい本」の良いところ。

高齢の大名人がなくなる時は、ご本人も無念なのか、晴れやかな心で旅立つのか。

宗派にもよるでしょうが、蓮の花咲く浄土で名だたる先輩方と共演しているといいと思います。初代に会えてるかも。

能楽師がつねに前向きで、ひたむきで、かつ落ち着いて見えるのは、教え・教えられること、育て・育てられることを通じて、人生を信じているからだろうと思います。

ご冥福をお祈りいたします。


2015/07/17

ロシアン・コンテンポラリーの雄、Meladze。


先日バドイェフ監督『オレンジラブ』の感想を挙げた時にご紹介した音楽ビデオで歌ってた人。他の楽曲も音楽性が気持ち良いので改めてご紹介してしまおうと思います。もし既に日本でもひじょうに有名だったらごめんなさい。

Valeriy Meladze(Валерий Меладзе)。グルジア人男性歌手。1965年6月、バトゥミ生まれの50歳。おっさんな外見と若い声のギャップが魅力的です。

本当に若い頃はメタル気味のハイトーンボイスだったようですが、年くってセクシーさが増しました。

1994年から本格的に活躍を始めた遅咲きで、曲調はハードロック寄りのフュージョン……かな? 1990年代後半にしては、やや懐かしいような雰囲気です。歌詞は思索的ながらも、基本的に同じフレーズを繰り返すことで酩酊感を生むダンス音楽だと思いますが、シャウトも決まります。

Honored Artist of the Russian Federation(2006)、People's artist of Chechnya。

ロシアでは'00年代に何度も受賞したビッグネームらしいです。こういうのはロシアン・ドリームっていうんでしょうか。しかも芸名をロシア風に変えないかと言われて断った硬骨漢。

たいへんなヒットメーカーですが、全ての楽曲を2歳年上のお兄さんが提供しているそうです。こちらの受賞暦もすごいです。ふつうに電子楽器も使ってるんですが、哀愁を帯びた民族調のメロディーと、ジャズ、ラテン、レゲエなどの要素を取り入れた分厚い編曲が魅力です。プログレッシブな気もする。

弟のほうは、ステージ衣装はダークスーツ一択だそうです。PVを拝見するに、1960年代の西側的スパイ映画のダンディズムに憧れがあるようで、そのへんも嬉しいです。

祖父母の代からエンジニアという家庭が生んだ異色の兄弟船。

子どもの頃はおとなしかったという兄ちゃんが、切迫感に満ちた曲を作ると、やんちゃだった弟がメロウな声で歌い上げるわけです。いいコンビです。

ヴァレリー本人は子どもの頃にピアノを習ったけれども、あまり勉強熱心ではなく、青年時代は本当に造船技術を学んでいたというから開いた口が塞がりません。

初めて出した私家版アルバムが大物プロデューサーの耳に留まったという幸運なすべり出しだったようです。

(以上、バイオグラフィーは公式サイトと英語版ウィキペさんから。)

個人的に、本当に最近になって知りました。他の流れで確認したロシアン・コンテンポラリーのヒットチャートで、最高に耳に残ったのです。『White Bird』

男女の心の痛みを鮮やかに表現する熟練のPVは、もう一人のウクライナ監督Serёja Tkachenkoの作品。(こちらのバイオグラフィーは見つからないです。)

アラン・バドイェフとともに、モダンダンスに関心があるようで、追っかけると興味深い映像を拝見できます。リヒテルを輩出した国は芸術性高いです。

なお、ヴァレリーは、PVでは常に自分の年齢の半分くらいの美女と共演しています。うらやましい(何)

個人的に、ポップス部分の基礎はデヴィッド・カヴァーデール愛で出来てるんですが、あちらはアメリカへ進出してから音楽性が若くなる一方だったので……。アンプラグドは良かったです。


(追記:音楽に○○向けってことはないので、聴き手の年齢に関わる文章を削除しました。)

2015/07/18

【ジャズは見るよりやるほうが面白い。】


ミンガスのCDが書店で安くなっていたので買ってきました。

1964年・西ドイツライブの2枚目。ドルフィーがポリフォニーとしても崩壊寸前というほど熱いです。

LP未収録、23分に及ぶ新発見テイク『ソー・ロング・エリック』が異様です。

序盤からアルトがかっ飛ばしてます。中盤はいったんテンポを落として、ネチっこく続くピアノとベースに息が詰まります。そしてどうかしちゃった感じのサックスの共演(というか決闘)、急激にテンポを上げるドラム、不安を掻き立てるベース。これはどう考えても民族というか民俗が背景にあるのだろうと思います。

血に飢えた異教の儀式かのように混濁した騒音の中から一瞬鳴り響くリムスキー・コルサコフ(『ストレンジャー・イン・パラダイス』のテーマ)が印象的。

それがまた韃靼の地平線を越えて独り言をいいながら無限の彼方へ行っちゃうわけですが……行った先でまたチャールズおじさんとダニーおじさんが勝手なおしゃべりしてます。enja、ENJ-1006。発売元クラウンレコード。

ビッグバンドによるタンゴとスウィングを楽しんでいた戦間期を覚えている人々は、ある日サックスがパラパラパラパラ始めてしまった時「ふざけるな」と思ったかもしれません。

ジャズ(の一流派)における管楽器の独り言は、どう聞いても上品とは言えません。なまりのある英語をそのまま再現したものでしょうし、激した演説のようでもあれば、シャーマンが伝える怒れる霊の声のようでもあります。

その重複が混濁した不協和音は、けんか祭りか戦闘の喧騒でしょう。

聞いた人の中には「暴力的」とか「気持ち悪い」とか思った人もいたかもしれません。「お下品」と思った人は、確実にいたでしょう。

日本人は「黒人ミュージシャンってかっこいいなァ」と思いますけれども、アメリカ社会では決して「もともと憧れられている」といえる人々ではなかったでしょう。

それが白人の指揮するビッグバンドから独立を志向したと考えることもできそうです。キング牧師が斃れたのは1968年。この頃のハードバップが桁違いに熱いのも、人権意識・民族意識の高まりが背景にあったのかもしれません。

それでも熱すぎて本当に騒音になってしまわないのは、じつは教養があるからで、西欧の行き着いた先をきちんと踏襲するとともに、それを茶化しているようでもあります。

「インプロヴィゼイションが分からない」という声は昔からあるわけですが、自由を求めたと考えれば、混乱しているのは当たり前で、分からないほうがまともという気もいたします。

本当のところ、分かる人というのは、自分でもやる人だけなんじゃないかとも思います。

かつてのビッグバンドのメンバーも、同じ楽器の担当者ほど、ギクッとしたでしょう。

それがまたハーモニーを重視するフュージョンやハードロックを生んでいったのはどういうわけか。

4曲目までの音源のLP化(1981年)の際の岩浪洋三による日本語版ライナーノーツには、ドルフィーとコルトレーンが相次いで急死した後、同レベル以上のアドリブを展開させられる天才がいなかったので集団化し、フュージョンになったとあります……が、そんな消去法でもないだろうって気もします。

フュージョンにはフュージョンの音、ハードロックにはハードロックとして調和した音があるわけで……

混濁を極めたから、またそれに対して調和した音が「新しい」と感じられたのかもしれません。

なお、「見るよりやるほうが面白い」とは観世流二十六世の名台詞 名言です。テレビで言ってました。

能楽の海外公演では、パリのジャズメンが真っ青になったって話があって、確かにあの少数精鋭による打楽器と掛け声のポリフォニーは、洋楽に詳しい人ほど「なんだこれ!?」ってなるだろうと思います。

DTMやる人も、珍しいリズムの例として聴いてみるといいです。「まじでヤバイ」と思ったら、弟子入りしてあげて下さい。人手不足です。

なお、彼らはアドリブではないのだそうで、仲間になるには細かい「手」を覚えなければなりません。

情報公開はありがたいことで、詳細な研究成果が書籍やCDになっています。

でも、どちらも一般客として聴く分には、専門用語を知らなくてもいいし、楽典やコード表とにらめっこしながら聴くこともないでしょうし、分かろうと思わなくても「乗る」だけでいいんだろうと思います。

(追記: シテ方観世流二十六世宗家の言葉は台詞ではないので訂正しました。)


2015/07/23

【ミンガスさんちの直立猿人を聴きながら。】


「やかましい」と言ってみました。

インプロヴィゼイションが分からないと言った人は、もしかしたら分かりたくもないという意味だったのかもしれません。

なんでこんな騒音を聞かされなきゃならないんだ……と考えてみると、やはり先にクラシックのほうで不協和音を演奏するようになっており、それを白人の聴衆が黙って傾聴しているということが前提になっていたのだろうと思います。

「ストラヴィンスキーは確かにすごい奴だったが、俺たちにやらせりゃもっと面白いぜ」ってことでしょう。

ステイシー・キーチ演じるドラマ『マイク・ハマー』に、「俺が好きなものはコルトレーンだぜ」ってそのまんまな台詞があって、青い背景のCDを買いました。創作物の中で本物に言及することも大事です。

それ以来「ビバップとハードバップって何が違うん?」と思ってましたが、後者は前衛すぎて歯が立たないというか、硬派というか、兄貴すぎるというか、そういうことのように思われます。

ビバップ系のジャズは、少なくとも最初のうちは、とくに女性の眉をひそめさせたんじゃないかと思います。

お洒落をして、ホテルのラウンジやナイトクラブを訪れた彼女としては、優しい男性にエスコートされて踊りたいに決まっています。

逆にジャズメンにしてみりゃ、ビッグバンド時代の演奏を聞き流しながら食事したり踊ったりするハイソサエティの背後で「てやんでェ」と思っていたに違いない。

とくに大きな戦争があった後では「若い奴らが女も知らずに死んじまったのに」という気持ちがあったでしょう。能楽を引き合いに出すまでもなく、音楽には霊を慰める・神に呼びかけるという意味がある。

いっぽうで自分たち(の仲間)も米軍の一員として参戦したという経験は、誇りの感情を以前にも増して強めたことでしょう。

で、何人かの非常に才能ある人を皮切りに、ビッグバンドからの独立が果たされたわけですが……

特にミンガスは家系的にすごく複雑だったようなので、「出身で差別するとか下らねェよ」って気持ちを強く持っていたことと思います。

このアルバムタイトル曲も「人間がまだ白人と黒人に分かれてなかった頃までさかのぼってしまえば、どっちがえらいってことないだろ」という意味なのかもしれません。

確かベートーヴェンの室内楽に、こんなふうに全く味わいの異なるパートが素知らぬ顔して繰り返される曲があったと思います。まさにローマン的に悲劇的な部分と軽快な部分のギャップに笑えます。

(※「セレナード 二長調 作品8」の第4楽章。個人的に持ってるのは、メロディアから出た1988年のカガン、バシュメット、グートマンによるライブ音源に日本語解説を付けた盤。キングインターナショナルより、1993年。KKCC-6019)

ミンガスは楽譜が読めなかったとか、人種差別も受けたとはいっても、音楽教育はきちんと受けているわけで、もともとチェロをやっていたそうでもあり、音楽史上の突然変異でもなければ奇跡でもありません。

その点じゃ世阿弥やモーツァルトやディズニーと同じで、それまでに存在した様々なものが、彼一人の中に流れ込んで、また大河となって出て行ったという、巨大な貯水湖のような人だったのでしょう。ちょっと波の激しい湖だったようですが。


2016/02/24

2016年1月24日グランシップ静岡能、宝生流『八島』ほか

家康が1616年に亡くなって、今年で400年なのだそうで、年忌能の一つとして、野外劇場で上演されていた往時を再現したい。

若き宗家の意欲によって、まさかの背景美術つき(驚愕)

グランシップ中ホール(約870人収容)の多用途ステージに、能が出るときだけ屋根のない仮設舞台を組み立てるわけで、その上方の天井部分は、通常は暗くなっている。

今日は木製の壁のすぐ上に、鏡板の老松とタッチを合わせた松の枝という大道具があしらわれ、その上の空間には白雲の浮かんだ青空が映し出されて、瞠目することしばし。ああ撮影したい。グランシップは現代演劇にもたいへん力を入れているので、そのスタッフの尽力でしょうか。

法政大学能楽研究所のバックアップつきで、宮本先生がろくでもないたいへん珍しく有難いお話を聞かせてくださいました。

ロビーには法政大学所蔵の資料が展示されており、楊洲周延の町入能の絵も拝見できました。嬉しい。町人があれだけ騒いでるのを、武士は「静かにしろ」とも云わなかったのかな、と不思議に思うなど。

もっとも、周延の絵は上演当時のリアリズムではなく、人物の描き方も様式化されているわけですが、リアル江戸時代の資料も展示されており、そちらでは多くの女性も鑑賞に来ていた様子が見られて興味深かったです。

たしか泉鏡花の作品に「誰も能を見ちゃいない」(謡本を見ていたり、一緒になって謡うことに夢中)なんて愚痴がありましたが、江戸時代から、あるいはそれ以前から、同じことだったのでしょう。

現代の冬場の上演は、咳をする人が多かったり、のど飴の袋を開ける音がガサガサ響いたりすることですが、まァ当時に比べれば。なお、遅れて入ってきて椅子を探すときには、独り言で席番をくり返すのを控えましょう。

さて、お舞台。『翁』の素謡から。演者は舟形烏帽子に紫色の素襖着用。袴の脇開きに手を収めるのとは違う袖さばきがまた美しかったことでございます。宗家は威厳のある良いお声だと思いました。グレイヘアの地頭は勢いのある方でした。

「地謡方の点呼を取って、パンフレット上の名前と顔を一致させたい」とは毎回思うことですが、致し方ありません。

厳粛さが強調されることの多い『翁』ですが、あの意味不明な魔法の呪文によって脳を解きほぐし、心を解放するという、リラクゼーションというか、ヒーリングというか、改めて、そういう効果があるように思いました。もしかしたら狂言方に通ずる滑稽味をもって演じられていた時代もあったのかもしれません。

狂言は『末広がり』、力量のあるお三方で、たいへん楽しかったです。昔の日本人は本当に胴長短足だったので、重心が低く安定感があるのは当たり前なのですが、今では足長のイケメンが頑張っていることです。主人役が小謡に乗ってしまう場面は、見てるほうには面白いですが、演技者にはつらい体勢なのでしょうね。シャギリが可愛く決まった瞬間には、思わず「ブラボ!」と云いたくなるものです。

江戸時代には本当に歌舞伎のように声をかけることもあったそうで(宮本情報)、それを武士がたしなめなかったのなら、封建時代に関するイメージが変わりそうです。

『八島』は本当に小兵のシテにより、「小兵だと思われたくない」という義経の誇りが最大限に表現されておりました。背景の青空がたいへん効果的でした。大鼓が遠くから打ち寄せる波浪の音、小鼓がその岩を洗う音、笛が春風の音に聞こえたことです。ワキ方三人の合唱が美しかったです。

よく知っている気がしていた『八島』でしたが、前場から通して見たのは初めてでした。春の『八島』、秋の『松風』。たぶん同じ番組でかぶってはいけない曲。「大和申楽」の世阿弥は基本的に山に囲まれて育ったはずで、海への憧れがあったのかもしれません。

アイも長いんだろうな……と覚悟しつつ、もはや眼を閉じて拝聴したところ、景清カッコいい~~。渚に乗り入れる小舟、仁王立ちで名乗りを挙げる武将、渾身の力比べがありありと脳裏に浮かぶことです。「というわけで、あんまりよく知らないんですが、ところでご用件はなんですか」っていう、あのアイのパターンは笑っていいところなのかどうか。(たぶんよくない)

後シテが出てくる直前の囃子の、ぐっと熱がこもって緊張が高まった感じは良いものです。「位」ってこういうことを云うんだろうな、とぼんやり思うなど。幸弘の笛がやや弱い感じで心配していましたが、後場に至ると潤いを増しました。そういう演出なのか、そういう人なのか。

将軍家拝領の法被は、今日も金色に輝いていました。おそらく霊感の強い僧侶に惹かれて、いっとき閻浮に帰った幽霊が、血沸き肉躍る合戦を思い出して我を失い、空の白んできたことに気づいて、ふと寂寞にとらわれる。自分はもうこの世の存在ではないことを思い出す。その、ふっと気の抜けた感じがよく出ていた……などと云うと、ベテランのシテに失礼でしょうか。

佐伯彰一(というか本居宣長)によれば、日本の神道における黄泉の国というのは、極楽でも地獄でもなく、たんに穢く悪しきところなんだそうです。それでも、そこへ行く他ないから、死ぬことは誰にとっても悲しい。だからこそ、生き残った人が追悼し続けてあげるのだそうです。

武将の霊は修羅の地獄に落ちて永遠に戦い続けることになっているのが能の世界観だけれども、夜が明けたので、また戦場へ帰るんだ……というのとも、ちょっと違う。暗く寂しいところへ帰っていくのです。我があと弔いてとも云わないところがかえって悲しい。

たーーかまっつのーー、あーーさあっらっしとぞ、なりにけーーるーー。袖を巻いて留拍子。

宝生流は古朴というか男らしいというか、観世流がレガート利いて、やや女好きのする感じなのとまた違う骨太な魅力を持っていることです。観世流は江戸で他の芸能の要素を取り入れたのかな、前田家には戦国時代の気風が残ったのかな、などとぼんやり思いました。勉強するよと云いながら。

お舞台には春の微風が吹いておりましたが、戸外の風はすこぶる冷たい日でした。先生方には寒い中、遠いところをお運びくださって本当に有難うございました。ご自愛なさって、ますますご活躍ください。

2017/01/06

Eテレ新春能狂言、観世流『西行桜』

惜しむべし惜しむべし、得がたきは時、逢ひがたきは友なるべし。

むくりと起きると6時40分。迷わず点ける教育テレビ。ずらりと並んだ花見客。脇方のボスは声がよく、小鼓方はナイスガイ。(ヒタメンチェック終了)

まだまだこれから雪のニュースが聞かれる頃合いに、ふた足早くおシテの視線とともに春爛漫を思い描き、表象を共有するのが日本人の作法でございます。外国の皆様もごゆるりとお寛ぎあそばして。なお詳細な出演者リストはNHKを始め、専門サイトにおまかせ致します。

お花いっぱいの作り物が微笑ましく、幕が外されると眼に鮮やかな朱色のお装束。立ち上がると灰色の大口袴。新春らしい明るさ、めでたさに満ち、後座とも呼応して、一体感のある上品な配色でした。

それにしても筋立てを知らずに観てればこのワンレングスのお爺さん誰だろうと思われることで、脇方による説明の重要さがよく分かります。お、お坊様この老木の精(本名:野村四郎。1936年生まれ、80歳)を本気で怒らせてしまいましたね……

脇僧は覚悟を決めた!(決定ボタンを押す)

お年寄りを怒らせてしまった時は最後まで愚痴を聞いて差し上げましょう。途中で脚を組み替えてはいけません。

日本から世界へ、ロールプレイング・ビデオゲームの傑作が発信されたのは、このややのんびりめの物語展開を好む伝統からかもしれないな、などとも思いつつ。

能面のように無表情とはよく言いますが、じつは無表情なのは能役者であって、能面というのは表情豊かなものなのです。眼玉も動くのです。そう思って見れば。

老桜の精は自己弁護のために出てきたわけで、だいぶ怒ってるもようです。けれども祟りをなすのではなくて、このお坊様なら分かってくれそうと思って出て来たわけです。

都の花より山の花。長年見おろしてきた谷々の春景色。誇りと喜びに満ちた今生の思い出を誰かに聞いてほしかった。

翁さびて脇能のようでありながら、じつは脇能のシテは龍神であったり、まだ若い男性の神様であったりして勇壮なわけですけれども、これは植物であり、現世における生命あるものであって、そろそろ枯れる身であることを悟っている。だから怒ってるようだけれども、どこか哀れで、風情が優しい。

桜が咲く頃は、まだ夜気が冷たく、まして山の夜は、いかに世捨て人といえども、花が美しいといえども、野宿したくはないのが本当です。もとより、これは都で筆を執る人が生んだフィクションであって、惜しむべき花と役者が完全に一致して、残される者とひとときの友誼を結ぶという、想像力をもってしか味わうことのできない、心の贅沢なのでした。

伝統芸能は75歳からという声もありますが、お歳を召されたおシテの演技は「自分自身があと何年生きて、何回演能に接することができるのか」という感慨を呼ぶもので、日本流メメント・モリは桜の香りとともに胸に沁みるのです。

名残惜しげに友を見返る老桜の少年の春の夜は明けにけりや? ここは反語ととらえたいですね。身は老い続け、心の花は咲き続けるのです。

幕の降り方も、そっと静かなものだったと思います。傘寿のおシテならでは、気品と悲哀と優しさを湛えた美しいお舞台でした。

テレビ能は、めずらしい曲を見せて頂ける貴重な機会のように思います。小書で調整する手もあるのでしょうが、この曲も花見客が四人必要なら、もうそれだけで実演のハードルが高いですし、そうかといってスペクタクルでもない。

物着もない一場ものでは、おおがかりなのか、こじんまりしているのか、どの曲の間に置いたものか。しかも、しっとりとした情趣のまま「本日の番組を全て終了いたしました」としたい。詞章が美しく、くりかえし鑑賞したい曲ですけれども、能一番として出すとなると意外にむずかしいようにも思われ、あらたまの年の始めに、心の宝物をいただいた思いです。出演者の皆様にも、放送スタッフの皆様にも、本当にありがとうございました。


2017/01/12

2009年12月『宇宙戦艦ヤマト復活篇』オリジナル・サウンドトラック・アルバム

さらば、地球よ。旅立つ艦は。宇宙戦艦ヤマト。

制作総指揮:西崎義展 音楽監督・指揮:大友直人 演奏:日本フィルハーモニー交響楽団・THE ALFEE・東京ニューシティ管弦楽団 ピアノ:横山幸雄・宮本一 ギター:直居隆雄

宮川泰もハネケンも鬼籍に移ったのち、西崎義展が最後に打ち上げた三尺玉の音楽盤。クラシックの選曲としてはベタなわけですが、大友の軽やかなタクトによる演奏はたいへん良く、聴きごたえのある一枚です。

宮川オリジナル曲とのつながり具合もじつに自然で、続けてオリジナルだと思いながら聴いてしまうほどです。勇壮な金管の全合奏によるメインテーマは、今なお心ふるわせる名曲であることを確認できます。

映画のほうは、これを個人の資力(少なくともネームバリューによる融資)でまかなったと聞かされりゃ開いた口がふさがらない見事なものです。

物語のほうは、以前にも書きましたが松本零士が外れたせいか、女の特攻を男たちがぼんやり見送るという消化不良感が解消いたしまして、実際には戦争に行かずに「少年兵が悪い米軍をやっつける」という読みものに心躍らせていたにちがいない1930年代生まれの男児がそのまま大人になったという製作者にふさわしい、まっとうな男のロマンにあふれており、中年泣かせでもあります。

人物画が(当然ながら)製作当時の流行を反映しており、やや個性的なので好みが分かれるかもしれませんが、大人の鑑賞に耐える丁寧な描きぶりです。個人的には美しい女王に髭の将軍がしたがっている絵が好きです。

【プラネタリウムでヤマトが観たい】

当方、プラネタリウムというものへ参りますと、どーーしても耳の奥に「無限に広がる大宇宙」というナレーションと川島和子のスキャットが響いてしまうわけでございまして、いっぺんプラネタリウムの座り心地の良いリクライニングシートで、全身が包まれるように『ヤマト』を拝見したいものだと思います。

クラシック音楽も、ビバップも、ハードロックも、宇宙への憧れも、ヤマトが教えてくれたと思います。