2013/01/11

1977年『戦争のはらわた』

なんでこんなゾンビ映画みたいなタイトルになっちゃったんだ……(・e・)




なぜ正月から戦争映画かというと去年の大河のせいでサム・ペキンパー作品を観たくなった(たぶん間違ってない)のでオンラインレンタルに予約しておいたのが順に消化されてやっと届いたというだけで、このタイミングで戦争映画である意味は特にない。

ああ面白かった!

……と、まずは言っておくべきだろうと思う。負けの込んだ戦場で見られる(であろう)様々な場面を工夫を凝らして再現し、それをいろんな方向から、いろんなズームで撮っておいて、キビキビと短く編集した作りに「贅沢なアクション映画だなあぁ」と思った。

テンポは非常に軽快で、まずは血沸き肉踊る娯楽作品なのである。銀髪と灰色の眼が美しいコバーン演じる主人公シュタイナーは、有能で、度胸があって、反骨精神にあふれ、(自分の力量を買ってくれている)上官に向かって「戦争も軍隊もあんたも大っきらいだ」とうそぶき、しかも同僚のために最前線に戻る。「一人にはしない」と言い切る。弱きをたすけ強きをくじき、女にもモテるが決して溺れることはない、立派な西部劇のヒーローなんである。東部戦線だけど。

負傷した彼が病院で見る幻影のフェチっぽい描写はすごかった。そんな彼は、つまり自分だけ女といい思いをして人心地ついたので、仕事を思い出したんですな。

セリフは最低限で、ほぼ無言・無BGMで進行する。どいつもこいつも主人公側も悪役も、時々キラっとカッコいいことを言う。ぶっちゃけ「なぜここでこうなるのか」よく分からない展開もある。

たぶん男性観客の視聴を意図して男性作家が描く世界は「男ならこの時の気持ちはクドクド言わなくても分かるよな?」っていうふうにできているのである。んで客は「分かるぜ」と泣くのである。たぶん。

対して女性客が念頭に置かれている、または女性作家が描いた作品では「つまりこういうことでしょ?」と説明してしまいたがる。

「女性にはよく言ってやらないと分からないだろう」と男性脚本家が思うのかもしれないし、女性自身が「男の考えることなんてお見通しよ」と鼻の高い気分を味わいたいのかもしれない。(それが前面に出て、ペキンパーリスペクトな演出と齟齬をきたした、あるいはクドくなり過ぎたのが去年の大河だった)

というわけで男による男のための娯楽作品かっけーでいいんだけど、テーマはやはり重い。英独合作ってとこもすごい。というかドイツが噛んでるところがすごい。エンドクレジットの中には苗字に「von」が付いてる人もいた……

これが仮に日本軍の話で、タイトルが『金鵄勲章』だったら、その意味合いの皮肉さはよく伝わったはずなんだけど。伝わりすぎてマズかったかもしれないが、個人的には「最後の西部劇監督ブラッディ・サムらしい残酷さ」を強調しすぎ、意訳しすぎてスベった邦題だと思う。

さらに、子供の頃にTVで観てトラウマになっていると言ってもいい非常に痛いことで有名な場面があるので、息継ぎしながら3回くらいに分けて観た。完走には数日を要した。でもやっぱり観て良かった。面白さと深刻さ、作りの贅沢さと、それを見せすぎないドライさが両立した傑作だと思う。柳ジョージが「北方謙三を読むと男ってものが分かる」って言ってたけど、映画なら「ペキンパーを観れば」だろう。

公開当時に観た人の反応は(ついさっき)ウィキペさんで読んだけど、まさにその通りだろうと思う。古きよき西部劇を好む人がきらうのも分かる。一方で、これ以後のアクション映画(およびハードボイルド小説)で影響を受けていないものなんて皆無といってもいいだろうとも思う。

展開が早すぎて見切れない部分もあるし、音楽の上手さ・銃器のホンモノっぷりなど、繰り返し観ては確かめたい・味わいたい作品だと思う。とりあえず返却しますけども(・e・)

そうだ、ジェームズ・メイスン万歳って言っておこう。彼の止め絵から始まるラスト部分はカッコ良かったですね……!

ちなみに個人的にはジェームズ・メイスンは『地中海殺人事件』で初めて、コバーンは『シャレード』がお初だったのでした。ミステリーを映画で観ておくのも俳優つながりで世界が広がるからいいよね(*´∀`*)



2013/01/06

1967年『冒険者たち』

公開年には、監督アンリコ36歳、主演ドロン32歳。ヴァンチュラ48歳。シムカス24歳。いいバランスですな!

DVDに収録された予告編には「TRES PROCHAINEMENT」とある。生き急ぐ三人、て意味だと思う。複葉機の曲乗り、バカッ早いクルマのエンジン、女だてらにガスバーナー。自由と冒険を求めて刹那的に生きる若者たち……なんて言えば煽り文句によくありそうだけど、狂騒的なように見えて、自暴自棄ではない。人生をまともに楽しんでいるからこそ、それがついえた時、さびしい。そういう浮き沈みを、皮肉やルサンチマン・社会批判の意図を込めて……というよりは、もっと素直に(娯楽作品として)描いている……と思う。しかも手際はよく、ドライだ。くさくなる一歩手前で引き上げている。

『タクシードライバー』ほど痛くない。フィルム・ノワールの雰囲気を残しているけど、もう少し明るい。フランスらしいお笑い、かけあい漫才の要素があり、フッと笑える。

フランス映画は編集に乱暴なところがあり、急な場面展開に「?」という気分にさせられる時がある。最近の作品でもあんまり変わってない。男女の距離感も日本とは違うようで、すごくあっさりと車に誘ったり乗り込んだり、仕事を手伝いあったり、一緒に住んだりする。男ふたりと女ひとり。まだ学生のようなウブっぽい若い女と男たちよりも、機械いじりに夢中で婚期をのがしたっぽい男ふたりの関係のほうが妙にセクシーなようでもある。まるでキスシーンのような構図もあった。制作陣はちゃんと分かってるんだろう。(実は彼らは……ってことじゃなく、その志向の観客が見ても楽しめるように“公平”にできてるんだと思う)もはや誰と誰が恋人で誰と誰が友人なのか分からない。フランス映画にはよくあるパターン。

ヒコーキ野郎の挑戦を延々と描くのかと思うとそうじゃない。自動車の開発に人生を賭けた男のドラマ……かというとそうじゃない。若い女性の成功と、翻弄される男たちの三角関係の泥沼メロドラマになだれ込むのかと思うとそうじゃない。日米のドラマ作りとは何か根本的にちがうようだ。ストーリーは次々に移り変わっていく。

別につながってないわけじゃなく、きちんと伏線は張られている。ただ、あまり説明しないのがフランス流らしい。

宝探しの協力者もギャング達も急に登場する。地元の地回りなのか評判をきいてパリから乗り込んだ大組織なのか、さっぱり分からないが、まぁ気にすんなってことのようだ。先行作品からステレオタイプを選り出してカッコいいところだけつないだら、ちゃんとカッコいい作品ができたってところ。何を着ても何をしても無精髭を生やしてもサマになる世界一カッコいい男優がいて、世界一カッコいい街並みと美しい海がそこらへんにあるんだから仕方がない。若い女性が「う・ぷち、う・ぷち」ってフランス語をしゃべるのもまた、たまんなく可愛い。もはやずるい。

飛行機と車と美女と海とヨットと宝探しと昔の要塞と戦争ごっこだから男の子の夢がつまっている。夢は咲いては消える。ちょっと(だいぶ?)悲劇的なのがいい。でもメソメソ泣いたりしないのがいい。ドロン(とヴァンチュラ)、あんたの時代はよかった。男が無口でキザでいられた。

演出はほぼ無音で淡々としている。口笛をフィーチャーした気だるいテーマが耳と心に残る。地味にかっこいい。波の音はいつから聞こえていたのか……というラストがいい。海の色とともに胸の宝石箱にしまっておきたいような作品。

ちなみにドロンはジャン・ポール・ベルモンドと組んで「若いときに宝探しで見つけた財産を元手に成功し、そのころ(ベルモンドも一緒に三人で)住んでいた女の娘が“あなた達のどっちかがあたしのパパなの”といって訪ねてきたので“じゃあまた三人で住むか♪”」っていう日本人的には開いた口がふさがらないような映画に、年食って銀髪になってから出演している。(Une chance sur deux,1998 ルコント監督)この作品の仇を取ったってところだろう。カッコ良い(・e・)




2013/01/02

闇に咲く花。

いや泣かされた。上手かったねぇ……。

『相棒』お正月スペシャル版。日本中の多くの人が感動をともにしているはずだから「脚本がよかった」「小道具がきいていた」「第5課や捜一トリオの使いどころの妙味」「悪役(出店)のキャスティングも魅力的」などとクドクド言うこたあるまい(←言ってる)

以下、ベタ誉めが続きます。よろしければ余韻をご一緒に。




時間があるだけにいつもよりゆっくりめの展開、少しずつ話が見えてきて、ふいに「闇に咲く花」の意外な謎がとけ、アクションに持ち込む“序破急”な運び、右京にもナイフ投げなど腕の立つところを披露させつつ、音楽などで無理には盛り上げないドライな演出、いずれも素敵だった。朝方にはFMラジオで宝生流の素謡を聞いたが、あんな感じだ。低い声で喉にちからを入れず淡々と謡うのだが、ちゃんと盛り上がるんである。

旧家の風情・山の景色が美しく、どこで撮ったのかと思ったら富士山が見えた。御殿場だった。わりとご近所だった(←ちょっと嬉しい)
まだまだあんなロケができるところが残っているのである、というか寄棟造の立派な日本家屋が「空き家」ってリアルだ(・_・)

個人的には『負けて、勝つ』の印象がまだ残っているのと、去年の大河のせいで「武士の時代とは何だったのか」ってずっと考えていたものだから、吉田内閣の裏話は感慨深かった。「また警察自体が悪役か、これだからあさh(ry)」って言う人もいそうだけど、「(国の)命令を受け入れる」ことの是非、明暗、個人の葛藤というテーマでうまくまとまっていたと思う。「それが、敗戦だったのです」

この時期にあの時代をとらえ直す試み、しかしその証拠は(当時を知る人が朋子のように世を去るのと同じに)時に負けている……というのは見事だった。大人の世界へ足を踏み入れつつある十七歳、まだ彼女に憧れていただけの十三歳、おなじ当時の少女といっても少し世代がずれているところが効いていた。

華族のお嬢様を演じた若い女優はとうぜん現代っ子なのだけど、クラシックな雰囲気で説得力があった。ホテル主の末裔である現代の少女も清楚だった。悲しい話なのだが単純な色欲や金に目がくらみ、という話でなかったので後味が非常に良い。途中から「骨董品なんか預かるだけ預かったって(換金しないことには)意味ないだろう」と思い始めたのだが、ちゃんと種明かしがあった。

ポーターを演じた若者も、とうぜん俳優本人は現代人なのだが、当時の若者らしい初心な表情をもっており、よかった。よく見つけてくるもんだと思う。

役のうえの彼は、お嬢様をいきなり襲ったりせず、「ホテルを救うために協力してください」と頼めば展開がちがったかもしれない。が、“女なんかちょっと脅せばすぐ口を割る”という短絡は当時の若者らしい。また教養の低い下働きにふさわしい。それが彼女の抵抗を引き起こし、だからこそその放棄を生じさせ、それが(身分のちがう)彼にはまた違う意味に受け取られる、という……よくできてる。ピアノのフレーズが変化しながらつながっていくみたいだ。

あるいは、頼んでいても結果は同じだったかもしれない。彼女は“自分”を捨てることを恐れ、ポーターに協力はしなかっただろうから、やはり最後は暴力でいうことをきかせよう……ということになったかもしれないからだ。

奢れる者は久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

ところで、実は甲斐くんを初めて見た。(ふだんは夜9時頃というとまだ家事にかかわっている)

“スーツの隣にブルゾン”じゃなくて、ノータイの今どきの若者だった。見た目と軽薄な口調が右京と好対照だが、目つきにちからがあり、“勘がよくて右京の言葉の裏をすぐに読み、先へ先へと話をすすめる”という役によく似合っている。話運びも彼のおかげで生き生きとしていた。ちょっと体に無駄な動きが多いけど、まだ肩にちからが入っているのかもしれない。またそこが若者らしくていいともいえる。「おとなはおとな、自分は自分」というふてぶてしい雰囲気がちょっと松ケンに似ていないこともない。今時の俳優なのかもしれない。

それはそれとして、日本のドラマ・映画は若い俳優を重用しがちで、年配者は“脇固め”あつかいだが、今回は銀髪の俳優に重要な仕事をさせたのも後味が良い。ふいに立ち上がり、黙って床にかしこまる姿には泣かされた。

そもそも還暦に達した水谷豊の魅力爆発である。二役にはやられた(・e・)