2013/07/31

2012年 『テッド』

80年代から抜け出せない(;´∀`)

まずは「どーやって撮ってるんだ」と。アニメと実写の合成というとエスター・ウィリアムズとトム&ジェリー以来いろいろあったでしょうが、ここまで違和感なくなる日が来たのかァ。

眉毛(?)が「ハ」の字になってるところがたまらんです。思わずぬいぐるみ付きの限定版を買ってしまいました。ちっちゃい(高さ15センチ)けど、再現度たかいです。

フラッシュ・ゴードンは好きだったので楽しませてもらいました。スターウォーズに比べるとマイナーで、「ギーク」向けという意味になるのでしょうか。変なテンションでしたね主人公。あれは「かなりイタイ奴」という表現なのかもしれません。サム・ジョーンズは出ていいのか、これに(笑)

逆に言うとフラッシュ・ゴードン知らないと、この映画そのものの理解が難しいんじゃないかっていう。ジョン・ベネット君(この名前^^;)は、フラッシュ・ゴードンに憧れて、少しは体を鍛えることもしてみたのかどうか。ギークなくせに妙にマッチョですな。そんな男に広告業界のキャリアウーマンが惚れ抜いてるところが微笑ましく、これもまた男のロマンのかけらかと。

まったく監督が好き勝手やったというべきで、ぬいぐるみの動く仕草はすごく可愛くて子供も喜ぶだろうと思うんだけど、ストーリーはどう考えても大人向けですね。ある人々にとっては自嘲まじりにすごく愛すべき映画となるだろうと思います。

もうこれに向かって女性差別とか言うのも野暮で、ゲイ関連のジョークもいろんな意味で際どいんだけど最後の教会でのキスシーンは「ハッピーエンド」あつかいでしょうし、これをヒットさせるんだからアメリカってやつァ。

ふざけた場面がいつまでも続くタイプの作品は、流れをラストへ向かって切り替えていくところが難しいわけですが、『シュガー・ラッシュ』と同じで、「大事なものが壊れちゃった」痛みで山場(というか谷底)をつくるお話作りはうまいなと感じました。

なお、吹き替えで見たので「有吉は上手いな( ゚д゚)」と思いました♪



2013/07/31

2012年 『シュガー・ラッシュ』

街頭ポスターで見かけた黒髪の幼女の生意気な笑顔が可愛くて、ずっと気になっていましたが、買って良かったブルーレイ(・∀・)

参りました、というところでしょう。

ゲームの中には独自の現実があるというアイディア自体は、デジモンか? いや、それ以前にポケモンか? いずれにしても元ネタは日本じゃないかと思うのですが、それをよくもここまでやってくれやがったなというか面白いです。電源ケーブルの中を電車に乗って移動するって子供の発想ですよねぇ(*´∀`*)

なぜ別のゲームの世界へ行くことを「ターボする」って言うんだろう? 

最初のうちはこれが説明されず、観客は「?」と思ったまま、種明かしがあることを期待して、続きを見たくなってしまう。忘れた頃にご開帳。食べた物と同化する、ビーコン、メントス。まったく上手いです。伏線とはこうやって張るのだ、というお手本のようです。

悪役がじつは良いヤツだった、というアイディア自体もありがちでしょうが、一方でヒーローはやっぱりヒーローだったという二本立てになってるところがニクイです。

破壊するつもりで鉄柵にハンマーをふるったら、うっかり修繕してしまうところは爆笑。と思ったら壊し屋参上。彼の壊した車を直すには、もう一人の彼のちからが要る。

シリアスな顔して暴力をふるう世界の女性と、ギャグとして暴力を受ける世界の男性のコンビによるドツキ漫才。「解像度が高い」ゆえの悲劇と、低いゆえの打たれ強さ。

アクションゲームキャラのモーションキャプチャー的な動きと、レトロゲームのピコピコした動きの対比は、セルアニメで再現してもおそらく意味がないんで、ゲームそのものと同じCGで描くからこそ意味がある。もちろん実写では絶対に表現できない。

キャラクターに関しても、表現媒体という意味でも、伏線の点でも、まさに適材適所。これは論理のちからなのかもしれません。

悪役であることは悪いことじゃない。

戦闘部隊の指揮官が女性で、勲章をさずける将官が黒人。白人の少女にこそ最も似合いそうなピンクずくめのスイーツ世界の女王は黒髪。アメリカ映画は「マイノリティを愚か者、のけ者として描くな」というクレームを上手に消化してきたので、この点でも適材適所といっていいのでしょう。そのうち「かっこいいゲイの戦闘隊員」も登場するのかもしれません。

適材適所は米軍お得意の組織運営法かと思うと「かなわない」感満載で困っちゃうほどです。

ところでこの物語は、レトロゲームが30年間現役だったことが前提となるわけで、先日観た『レスラー』と同じです。

アメリカは物もちがいいな! と半ば呆れつつ、ヴェトナム帰りが凶行に及ぶ『タクシードライバー』以来迷走を続けてきた彼の国の社会も映画界も「俺たちのこの30年間は間違ってなかった!」と言いたいのかな、と、その前向きさがうらやましいようでもあります。



2013/07/31

2009年 『アレクサンドリア』

これもまずは美術に酔いしれたい。

『怪談』の真逆で、セット以外の背景は当然CGですが、臨場感たっぷり。行った気分。しかも衛星画像を使って「はるか高み」から人間の営みを見る、という視点が効いてます。

現在の中東から逆算したような、当時の民俗の表現にうなります。さすがスペインというか現地調達というか……ハリウッドでエキストラをそろえたらこうはいかなかったというモブ俳優の顔がいいです。そして石投げの刑が怖い。現代でもあのあたりでは実行されていることを含めて怖い。

キリスト教の勃興期。新興宗教のファナティックさを色濃く持っていた頃。黒ずくめの修道兵士はまるで悪の軍団で、カトリックの国でこれを描いたのは大したものだと思います。異端審問の残酷さを描いたドラマもあるようですが、最近はキリスト教を見直す機運なのかな?

学者役の女性は気品と愛らしさと理性を兼ね備えた名キャスティングだと思います。女性学者の活躍に焦点を当てて……と思っていたら、ひねった描き方でした。平等と自由を求めたからこそ愛する人を追い込んでいく。少年の初恋が切ないです。

真理発見の新鮮な喜びの描写には心洗われますが、全体に学問の深みの表現がややご愛嬌なのと、政治的な陰謀・人間関係の描き方がややメロドラマチック、しかも途中で物語が一旦切れちゃうので「構成」とか「伏線」とかいう点では、すごく面白い話というのではありませんが、「キリスト教は何をしてきたか?」「中東世界はいかに豊穣だったか?」という、スペインの土地柄を活かした問題提起が成されたことは意義深いのだろうと思います。


2013/07/31

1965年 『怪談』

お暑うございます。カンヌとローマで賞を取ったのもうなづける華麗で美的な怪談映画でございます。怖くないです。

もっともふさわしい形容詞は「色っぽい」ではないかと思います。ピーター・グリーナウェイが描こうと思ったら何かズレてしまった日本的なエロティシズムの、本来の姿とでもいうかな……

すべてスタジオ内での撮影というのは一目瞭然で、そのセットの壮大さにまず打たれます。一本目の『黒髪』における平安時代の武家屋敷の再現ぶりが、もう既にすさまじいです。歩いてもーー歩いてもーー玄関に到達しない廊下ーー

昔の日本映画には金があったんだなァ( ゚д゚)

垣間見える空の色が異様です。CGの無かった時代なので手書きのホリゾントです。その「布を張った」風合いがまた良いです。大掛かりな歌舞伎の舞台にシュールレアリスムのセンスを加えたというような、非常に意欲的な美術だと思います。そこへ武満音楽がビシビシ響くんだからたまりません。

セットの豪華さでは、ちょうど同時期のテイラー主演『クレオパトラ』が挙げられるかと思いますが、あれも古代ローマといいつつ当時の最先端のセンスをきかせた面白い装置でしたが……何か底ごもるような情念と奇怪な迫力の点で、こちらに軍配を上げたいです。

一本目の主役、三國連太郎は製作年である1964年には41歳。うずくほどの色男っぷりです。後半は彼の独壇場となります。怪談そのものより役者の演技力が怖い。それにしてもああいういい男の顔を扇で打ってみたいです。

二本目の主役、仲代達矢は32歳。でも二十歳になったばかりの若者に見えます。わずか2年前の作品『切腹』では、孫もいる老剣士を演じきっているので、化け物役者ですな。

三本目の主役、中村 嘉葎雄は、まぶたを閉じたままの盲目の僧体で、異様なまでの清潔な色気を振りまいております。流血場面が素敵です。ふふふ。

迎えに来る平家の亡霊役の丹波は、顔には青隈を入れ、着衣は西洋式の甲冑で、奇妙な出で立ちですが、メフィストフェレス等の悪魔のイメージのようでもあり、ごく古典的な和風の僧院とのミスマッチが「異次元からの使者」らしくて良かったかもしれません。出演者がもっとも多い回でもあり、志村喬と田中邦衛はじめ、脇固め陣が味わい深いです。

琵琶の弾き語りは専門家によるもので、中村の演技も良く、聴き応えがあります。

青い人魂がヒヨヒヨ飛んでるあたりは、むしろ微笑ましいかもしれません。歌舞伎的な、じゃっかん稚拙な和風の表現を、べつにリアリズムで化粧しようとしないでそのまま使っているわけですが、今となってはかえって愛すべき味わいでしょう。

四本目は最初から「しりきれトンボに終わっている変な話」として紹介され、おまけのようなものかと思って気を抜いて見始めましたが、一番すごかったです。

狂言のような、コントのような雰囲気から始まりますが、しんしんと深まる狂気の表現が怖いです。怪談というより役者の演技力が怖いです。長刀をさばききる殺陣が素晴らしいです。袴をつけた立ち姿も、腰の入った身ごなしも美しいです。歌舞伎役者にはかないません。

歌舞伎役者を使ってるけど、演出から言って監督は能を知っていた人だろうな、とうかがわせます。時代劇という枠のなかで、どれほどの創意工夫が試されたか、伝統が前衛に化けたか、往年の映画人の気骨を見て熱くなりたいとき、見るといい一本。

なお、黒髪が美しい女性陣も西欧人にアピールしたんじゃないかと思います^^

2013/07/08

2008年『レスラー』

まずこれはプロレスの商業主義を告発し、こんな残酷な娯楽は廃止しなければならないと訴える映画じゃないです。

こんなことに命を賭ける馬鹿がいるから皆で応援してやろうぜって映画です。楽屋におけるレスラー同士の友情が泣かせます。

てっきり「とっくに引退したレスラーが一念発起して復活、家族との絆も取り戻す」って話だと思ってましたが真逆でした。堕ちていく一方(・∀・)

でも落ちていけるのは高いところにいたからで、20年現役だったのですな、このオッサン! 彼に憧れてこの道へ入ったのであろう若いレスラーが、彼から誉め言葉をもらってはにかむ顔の愛らしさ、そいつの若さが眩しくてまっすぐ見上げることのできないロークの表情がたまらんです。

孤独に耐えて体を作るというと『タクシードライバー』を思い出しますが、あの痛々しい若さを思い出せば、社会も映画界そのものも歳をとったのだな、と。1980年代にこだわり続ける贖罪の羊。HR/HMが泣ける。

ロークは女にチヤホヤされるのが嫌だったんだと思います。ボクサーの腫れた目や、つぶれた鼻が好きだったんだと思います。女性ファンから「貴男、可愛いわね」と言われて「サービスするぜ」と答えてやるより、男性ファンから「兄貴、カッコいいぜ。強いんだろ?」って言われて「おう、強いぜ(ニヤリ)」って答えたかったんだと思います。

やりたかったことが全部やれて、何もかもさらけ出して、役者冥利、男冥利な役だったと思います。

中年男の毛穴の荒れた顔、ステロイドですさんだ筋肉、サポーターとテーピングだらけのたるんだ皮膚、きったねぇ尻。映像はドキュメンタリータッチなんて言うも愚かな生々しさを狙った手ブレだらけ、素人くさい暗い色調・ザラザラした質感、そっけない演出、ブツ切りの編集。すべてがいい感じです。よくよく男のロマンを分かった監督さんです。

最終戦の入場シーン、死に場所を見つけた男の晴れやかさに涙が溢れました。映画中盤では凶器を使用するひどい試合をやってましたが、この最終戦は「これぞプロレス」という古典的な技の応酬。「俺にまかせろ」盟友アヤットラーの呼吸を心得たヒールぶりが、また感涙を誘います。

役者も役者馬鹿ですが監督もプロレス馬鹿です。死ぬまでやってるといいです(ノ´∀`*)

というわけで、ロークの潔い役者馬鹿ぶりが目立つ映画ですが、お相手役の年増女優も熱演です。体でしか稼げない男と女。てっきり「エイドリアーーン」的展開かと思ってましたが、いやぁよかったです。

20年寝かせたウィスキーにあえてビターシロップを振りまくったカクテルみたいなもんでしょうか。「角砂糖入れるの忘れた」みたいなもんですが、上等です。乾杯。