2013/09/16

1956年 新東宝『四谷怪談』

素晴らしい! いろんな意味で面白いです。

この恨み、晴らさずにおくべきか。お岩さんの物語。を、伊右衛門の視点で。出生のコンプレックスから転落していく武士の悲痛な心理劇になっており、『雄呂血』と同じ戦前ヒーローの型を踏んでいます。若山富三郎27歳(公開時)の見せ場満載!

黒澤が『七人の侍』を撮った後ですが、こちらもセットはかなり凝っており、リアリズムたっぷりです。脚本はやや荒いところがありますが、これはまぁお化け屋敷の面白さだから、次々に怖いものが出てくればいいと。要するにマザコン男の物語でもあり、現代女性が見ると辛いところもあるかもですが、見どころは俳優陣の演技です。

これはセットのリアリティの真逆で、要するに「歌舞伎そのまんま」なんだけど、これが効いている。富三郎の色悪ぶりは堂に入っております。脚本の無理を演技の型でねじ伏せているようなところがありますが、逆にその力量を鑑賞すればいいのではないかと。

高橋蝶子はじめ、悪役陣の味もじつに良いです。田中春男最高。登場人物は最低限に抑えてあり、緊密度は高いです。これも舞台らしいところ。

映画ならではと膝をうちたいところは旅の道中の一場面で、橋を遠望できるあの浮世絵のような風景はもう撮れないのでしょう。

お岩さん役を含む若い女優の演技が、クネクネと女らしさを強調しすぎて萎えますが、これはあれだ、もともと男性が女性を演じるために誇張した型を完成させてきた歌舞伎の女形の演技を女優がそのまま受け継いだから、女らしさが誇張され過ぎちゃったんでしょう。初期の日本映画では本当に女優ではなく女形を使っていました。

黒澤はその歌舞伎らしさを嫌ったわけですが、逆に「歌舞伎をそのまま撮れば映画になる」んだから、つまり歌舞伎の完成度が高いんじゃないかと! 

だからこそ、そこから抜け出したかったわけで、その黒澤の生々しい反抗心の象徴が、三船の若々しい演技だったのでしょう。でも多くの時代劇映画(ドラマ)は、その後も歌舞伎調を維持するわけで、黒澤は異端児だったのでしょう。だからこそ海外で受け入れられたのでしょう。そんで影響された人が『ラスト・サムライ』みたいな、ちょっとずれた時代劇を撮る、と。

逆に言えば『七人』の後にこれを出すってことは「てやんでぇ、これが本当の時代劇でい」って気持ちの現れでもあるわけで、そう考えるとまた面白いです。演技の質は三船と若山でじつはそんなに変わらないわけで、ギャラリーを充分意識して誇張した芝居に徹してるのが、じつに気持ち良いです。

その富三郎が直面で猩々を舞ってて、ちょっとビックリ。これも所作がやや歌舞伎調でしたが「花」があったと思います。グラマーな体型に能装束がよく付いてました。この頃の映画には、ちょこっと能が顔を出すことがありますね。

ところで富三郎(伊右衛門)は、自分を強請りに来た相手を見て「貴様」って言ったんですが、『七人』の志村(勘兵衛)も言うけど菊千代(13歳)は言わない。貴様とは、士族が使う言葉だったのでしょうか。まぁ確かにやや気障なようでもある。

『同期の桜』は西條八十の作詞の時点では「君と僕」だったのが、兵学校生徒がレコードから覚えて歌っている間に「貴様と俺」になったらしいです。士族出身の生徒さんだったのかな。それはともかく。

俳優陣の演技を丁寧に撮っておりますが、展開は意外と早く、古風さを面白く見ることができれば、退屈する暇はありません。アップとロングの使い分け、切り替えのタイミングなども非常に見やすいと思います。しかもラストには長回しの大立ち回りが用意されているのでした! ずっと後の1962年に公開された『切腹』でもやってましたが、お約束ばんざい。富三郎の殺陣は心地良いです。

なお、クネクネしていた女優たちは、覚悟を決めてからは実にいい顔をします。汚れ役だからこその一世一代の女優魂。男の尻を叩いて何かさせようとする女と、プレッシャーに喘ぐ男の哀愁。フェミ的には「けっ」ってところですが、男女の立場の違いがドラマを生み、せめぎ合いが名演技を生むのでした。



2013/09/09

1954年 『七人の侍』

菊千代13歳、色気ありすぎ。(笑)

これはもういろいろ言わなくても良さそうな作品だし裏話はすごく面白いけど他サイトから写しても仕方がないので個人的感想をネタバレ全開で。

1920年生まれの三船は撮影時には33歳。監督につくづく愛されてますな。「尺」の取り方が彼のためのプロモーションビデオみたいです。まだ若々しい生足が拝めるのはありがたいですが、あれ何故なのかよく考えてみると「はかま」を穿いてないからなのですな。袴は武士の象徴。

どう見ても武士じゃない困ったちゃんに一回も甘い顔は見せなかった勘兵衛が、彼が斃れると「うおッ」と不覚の声を漏らす。他の武士同士もそれぞれ互いに気の合う相手を見つけてるわけで、農民同士の個人的な友情はとくに描かれてないところを見ると、戦に勝ったのは彼らでも、ドラマはやっぱり侍たちの話なのでした。

「なぜか気が合うて別れられぬ」という歌詞があり、「たった一人の親友と一緒に死なせてくれ」という台詞がありますが、ご家中に属していれば気の合わない相手に命を預けなければならないこともあるでしょう。しがらみを離れて好きなもの同士より集まって戦った彼らは幸せだったのかもしれません。

侍といえば本当に武士の血をひく志村さんのたたずまい、戦いぶりは印象的でした。Tumblr などで弓道の射手の写真を掲載している外人さんがいますが憧れの元を質すとここでしょう。興味深いのは彼ら武士(というか俳優)の腰を落とした走り方が水島上等兵と同じだったことで、この頃には「日本人の身のこなし」というものがあったのでしょう。

俳優の顔というのは残酷なもので「あ、この人は強そうだけどチョイ役だな」とか「この人は本筋に絡んでくるな」って分かっちゃうものです。でも前者のような損な役回りの俳優もいないと映画は成り立たない。

スーーッと左右に襖を開けるような場面転換が面白く、長丁場なので借りたまましばらく放っておいたのですが見始めたら一息でした。やめられない止まらない。こんなに展開がスピーディだったでしょうか。若いときには面白さがよく分かりませんでしたが歳は取るものです。

戦場リアルは『上海陸戦隊』がやってましたが、とくに農民や、彼らが武士を探しに出た街の「汚れ」っぷりといったらもう予備知識も薀蓄もなにも無くても「当時最高レベルのリアリティだったんだろうな」と。村全体を見渡す画は「模型……じゃないよな」と目を疑いました。

去年のNHK大河は要するにこれをやりたかったんでしょう。あちらは台詞で男の美学を聴かせることができませんでしたが、こちらは堂に入っておりました。脚本家さんの一人は『切腹』も担当したのですね。納得。

それにしてもどーして斜めなんだ、オープニングクレジット。

後半: 菊千代! 女性を失礼な目で見るのはやめなさい! 13歳のくせに。

あと勝四郎は女の子に恥をかかせるんじゃありません。若いロマンスが理解されないのは海外の人には理解されたでしょうか。

2004年からレンタルが始まった盤で見たのですが「せがれの仇討ち」の決定的な場面はカットされておりました。確か若いころVHSで観たときは凄惨な場面が挿入されていたと思う。

凄惨といえば、凄絶な決意を無言でかためる美女を彩るに、能管はよく似合います。この頃は能も映画のなかに生きていた。

若いころに見て一番かっこいいと思ったのは久蔵の「ふたり」でしたが、いま見てもやっぱりカッコ良かったです。手元も見ずに下げ緒を解いて眠りにつく一連の動作がすてき。彼が飛び道具でやられて「魂」を投げる姿は切ないです。

思えば「竹槍でひとりずつ仕留める」という陰惨なゲリラ線を描いているわけですし、物語の時代が違えば爆薬を使って派手に見せられるところを、よーーく考えると馬を走らせてるだけなんですが、よくも面白く撮ったものです。

「野武士に斬りつける瞬間にアップ映像を挿入して印象を高める・別アングルを挿入して間延びさせる」みたいな小技を使っておらず、やや遠くから狙うカメラでノンストップのスピード感満載。このシンプルで骨太なリアリティは『阿部一族』を読んだ時に似ている。

高齢な役者の存在感の壮絶さといい、CGのなかった時代に焚き火を本当に燃やすのはともかくとしても、久蔵が帰ってきたときの霧の具合といい、ぬかるみの中で本当に足をすべらせながら立ちまわる終盤といい、リアリティというより「本番なま撮り」です。

戦後9年でこれを撮ってしまうのは日本の底力というべきでしょうか。撮りも撮ったり、撮らせた会社も会社でした。

個人的にはロケ地が近いので嬉しいです(*^^*)

それにしても守るにも攻めるにも詳しく八幡神の加護厚い三つ巴紋の勘兵衛氏、どういう経歴の持ち主なのでしょう。さむらい各人の過去を想像して書いた二次創作小説が世界中に山ほどあるのかもしれませんね。


2013/09/08

1956年 『ビルマの竪琴』

日本人が大事な話をする時は正座するんだ。

監督:市川崑 主演:安井昌二・三國連太郎 音楽:伊福部昭

見て良かったです。泣きました。男たちの単純さが愛しいです。

もっと(演出が)重いのかと思ってましたが、ややコメディ入った緊張感、きびきびした語り口、各俳優の持ち味、音楽の使いどころ、砲撃の迫力、絶妙なタイミングで人語を喋るオウム、異国情緒など、映画的な工夫・創作物の「嘘」の面白さに溢れておりました。切迫した台詞の掛け合いと無言の対比が醸す緊迫感と情緒がたまりません。

光と影の対比の美しさは「映画がフルカラーになったことは果たして良いことだったのか?」とさえ思わせます。薄暗い収容所にひと筋さし込む外光に浮かび上がる三國隊長の白いシャツ。

ルビーだって研磨しなきゃ光らんよ、など細かいツッコミどころはあるけど気にすんな。

傍観者に近い存在だった兵士の語りで最初と最後をはさみ、その内側を隊長の視点ではさみ、核に水島の(無言の)独白があるという重層構造は粋です。

戦後11年。実際に復員した人、その家族には身につまされる題材だったでしょう。本当いうと日本人全体が感想さえ述べにくいかもしれません。それをこれだけ面白く撮っちゃうんだから骨太というか斬れ味の鋭さというか知的な図太さというか、本当、映画って逞しくなきゃ撮れない。

ビルマロケは「金かけてんな~~」と思わせました。遠景の三角山はマット画でしょうか。美しいです。モノクロはカラーよりアラが見えにくいとはいえ、合成もお見事です。お手製の仏像といい、山河に残る水漬く屍の迫力といい、美術陣、特殊技術部、お疲れ様でございました。日本映画の場合は「保存が良かったので見やすかった」というのも言っておかねばなりません。

台詞ありの現地人を日本人俳優が演じているところも含めて、映画的な嘘というか、ミュージカルをそのまま映画化したといってもいい部分もあり、美しすぎる歌声を噴飯物と思う人もいるようですが、「埴生の宿」で里心ついてしまう英兵と日本軍の交流を見つめる月の美しさはすなおに感動しておくところと思われます。当時としてはエコーのきいた歌声を映画館の設備で再現できることにも意味があったんじゃないかと思います。

三國連太郎33歳(公開年)の男っぷりの良さが眩しいです。舞台出身の安井昌二の生々しい演技の清冽さ、たたずまいの美しさが胸にせまります。やや饒舌な伊福部昭の音楽が寡黙な演技の代わりに語ります。

部隊に参加して初めて音楽を覚えた水島は、井上にとってただに部下であるばかりでなく音楽教師としての教え子でもあったわけですね。音楽学校から心ならずも出征させた生徒もいたかもしれません。音楽教師なら軍楽隊じゃないのか、などと言っていられない戦況だったということでいいでしょう。

その水島にあまりこだわるな、と諫言した軍曹が、いざとなると最も熱心であるところなど、脚本の仕掛けも効いてます。水島と知れた瞬間の彼の歓喜の全身表現は何度見ても泣ける。またそれを撮ったカメラもカメラだと思います。

そうかといって、それらをあまり見せすぎない潔い編集がいいです。(総集編をDVDで見ました。)

仰げば尊し、我が師の恩。教えの庭にも早や幾歳。思えばいと疾し、この年月。今こそ別れめ、いざさらば。

号泣させてもらいましたが若い世代はあのメロディーの意味がさっぱり分からないかもしれません。隊長が読んだ手紙の文言も理解不能の恐れがありそうです。当時は映画を見るほうもハイレベルだったというべきでしょうか。






2013/09/06

決断。

少数派ではあっても、いつの時代にも気づいてしまう女性がいる可能性はあった。

古典文学を勉強している時でもいいし、男性が書いた純文学を読んでいる時でもいい。「えっ、男同士で何するの?」と考えているうちにドキドキしてきちゃった……という人がいた可能性は常にある。

トリビュート的な作品を書いてみても一向に構わない。この国は幸いなことに女性の識字教育が盛んであり、女学生がオリジナル小説を書くこと自体は戦前から行われていた。

既読作品の続きを想像して書いてもいいし、人物設定と舞台を変えてオリジナリティを高めてもいい。無関係な作品を読んでいる時に「男二人で湯治に出かけた」という描写から「この人たちも」と思いつくこともあり得る。読書ではなくテレビドラマを視聴している時に思いついてもいいし、テレビアニメを見ている時でもいい。

いわゆる一次創作でも二次創作でも、作家の数だけ発想があり、それぞれの特徴を備えた作品がある。

問題は、それを発表できないと思われていたことにある。

1960年代には森鴎外の娘が挑戦した。出版界は猥褻裁判をいくつか乗り越えたところであり、性に関わる表現の自由を支持する編集者が確実にいた(でなきゃ出版されない) ロマンチックな女流文学として認められたから田村俊子賞の受賞がある。

が、日本の文壇は、作家の実体験に基づかない作品をあまり評価したがらない。

が、漫画はもともと荒唐無稽な世界を描く表現分野だったから、自由な発想が生まれ得た。掲載を決めるほうも柔軟だった。読者も何が来ても受け入れる姿勢があった。

かつては想像することさえ抑圧した人もいたかもしれないし、こっそり書いても恥ずかしくて誰にも見せられないと思った人もいたかもしれない。友達だけに見せて「内緒よ」って言ったかもしれない。

1970年代に起きたことは、むしろそう思うべきと思われていた者が、「女権」という精神的支柱と、「いくばくかのお金」を得て、発表に踏み切った、ということだったはずだ。

商業漫画家は原稿料をもらうことによって自活の自信をつけ、素人は印刷を専門家に頼むだけのお金を持つことができた。後者はよほど子供に甘い親がいたのでなければ、やはり自分でかせいだ給料をはたいたとしか考えられない。女性の社会進出、就業が可能になったからこその、次の段階だったはずだ。

仲間内だけのことではあっても、まがりなりにも作品を衆目にさらし、評価されて、お金を受け取る。そこへ参加しようというのは、やはり並大抵の勇気ではない。コミュ障とか言ってる場合ではない。

コミケの初期には少女漫画が主流だったというが、『ファイヤー!』も『ポーの一族』も少女漫画である。

そもそも、サファイア王子というのが、女性を自認する者の男装だったのではなく、男の子の服装をしている時は男の子、女の子の服装をしている時には女の子だったのだから、日本初の少女漫画の主人公は美少年だったといっても間違いではない。

商業作家はいかに尊敬する作家にトリビュートしたくても、あからさまな二番煎じを発表する訳にはいかない。

が、素人は単純な似顔絵や、どこかで見たような作品を量産しただろう。『ポーの一族』を読んで感銘を受けた者は「自分も美少年の吸血鬼を描きたい」と思うはずであり、これに映画『ヴェニスに死す』の感動を掛けあわせると、生まれてくる作品は何通りか予想がつく。

「初期コミケの主流を占めた少女漫画」の一部として美少年を主人公とするものが存在したであろうという想像は荒唐無稽ではないはずだ。少女作家(読者)にとって、すでに美少女と美少年は等価な存在であり、それをそれぞれに愛する男たちがいることも了解済みだった。

1975年末に連載が開始された青池保子『イブの息子たち』では冒頭ですでに「アンニュイな詩人」と「金髪の美少年」がステレオタイプ化されている。カワサキ兄貴のホモソーシャルも描かれている。彼らヴァンローゼ族による宇宙戦艦ヤマトのパロディさえも掲載された。

少女に読ませるべき商業誌がゲイコメディやゲイロマンスを掲載して裁判沙汰になるようではイメージダウンで、雑誌そのものの存続にも関わる。プロ編集者は鼻をきかせたはずであり、同人界が商業漫画界の青田であり裾野であることはトキワ荘以来の伝統でもあり、同人漫画家を核とする少女漫画読者の中に、すでにそれを受け入れる風潮があることと、外界からのクレームの恐れがないことを見抜いていたはずである。

同人作家の方も「女性が男色を描いて勝手に店を出して売ったら猥褻として警察に逮捕される」と本気で心配すれば、やっぱり売らない。安全を見越した上での創作活動であり、販売行為であり、また「それでも何か言われたら表現の自由を盾にとって戦うんだ」という決意であったはずだ。

社会に対して、異性に対して、自分自身について、不満をもつ女性は多いが、その全てがBLに転ぶわけではない。従順で健康な少女がなにかの不幸な原因で「やおい」になっちゃった、ということはない。受け入れる下地のある人とない人がいる。セーラームーンの爆発的人気によって、その敵役キャラクターが少女読者に受け入れられることが分かった時代を経ても、なお少数派である。

どこまでいっても少数派でしかないものが、女性でさえも暴力的な反戦運動に参加する時代を経て、「書きたいものを書く」と言い切った時代が1970年代だった。

1980年代の少女たちはそれに続いたのであり、すでに手法は低年齢な者が模倣しやすい程度にまで確立し、簡略化されていた。洗練されていたと言ってもいい。

コミケという比較的せまい場所に集まるから、えらい騒ぎになっているように見えるだけであり、女流漫画界全体を見渡せば、やはり「BLでデビューしたい」という人は少ないはずだ。

1980年代の『花とゆめ』は、パタリロが連載を続け、トリビュート的な河惣益巳という作家を輩出したが、かりに新人賞に応募してくる作品がすべてパタリロ(というかマライヒ)またはジルベール賛美的な作品だったら、編集部は手を打っただろう。応募の要件に「少女を主人公とすること」と書いてもいいし、作家の人数を確保できるなら、80年代の時点でBL漫画専門誌を立ち上げることも可能だったはずだ。

つまり、実際にはそれほどでもない。

なお、その少数派を「もともとトランスゲイ傾向なんです」と言ってしまうことは一見とおりが良さそうだが、トランス男性というのは、徹頭徹尾、自認が男性なのであり、別冊少女コミックや花とゆめを読む必要がない。彼らは「しょせん女性の甘え」と言われることを断固として拒否するはずであり、だからこそ適合手術に関する制度の改正を勝ち取ってきたのである。

少数派のほうでも「男になりたい」ということは「のび太くんになって、いじめられたい」とか「蟹工船でこき使われたい」という意味ではない。男の世界もなかなかに大変だ。

……これはだからまぁSM趣味などと同じで、性嗜好の多様性の一種ということでよろしいのではないかと思う。

革と鎖を偏愛するように、男性の肉体美と男性文化のダンディズムを偏愛し、鑑賞したがるというようなことだ。愛する者も愛される者もダンディな男性なら鑑賞する者がご満悦というだけのことだ。

個人的にはボーイはあんまり趣味ではないのでボーイズラブではなくて「man on man」または「male to male」ってことで「MM趣味」とでも言っておきたい。

それが、その気持ちを発表する自由を得た。ミニスカートと大学進学と反戦運動と就職を経て「表現の自由」を楽しむ時代を迎えた。そういう話である。