2016/04/28

2015年9月、海道龍一朗『室町耽美抄 花鏡』講談社

雪を廻らす花の袖。至福の約400頁。誰よりも海道龍一朗その人の創作の美学と作法を拝見した思いがいたします。

膨大な量の参考文献の行間へ、深々と切り降ろされた「作家の想像力」という太刀の筋目の正しさよ。輝き出たのは師を信じ、未来をまっすぐに見つめる若者たちの双眸でした。

作家自身の人間理解の誠実さに、全幅の信頼を置いて読み進めることができます。

いまどき珍しいハードカバー。装丁が美しく、講談社の肩の入れようが知れます。タイトルからは泉鏡花ふうの読みにくさを連想しますが、文章は驚くほど硬質で、ワン・センテンスの短いドキュメンタリー調。リズムがあり、たいへん読みやすいです。

おもに描いているのは美の求道者たちの17歳前後、芸道への目覚めの頃で、会話文も生き生きと、むしろ出来のよい青春漫画のような清冽な味わいです。

義満から義政に至る足利将軍たちのそば近くに実在した四人の登場人物を、ほぼ史実どおりの時系列に並べて、雪の佐渡から語り起こし、夜気ぬるむ花の頃、凍てつく玄冬、季節めぐって新緑の茶の香る頃に配置し、各章が前章を引き継ぐ変奏曲的構成美とは云うに及ばず。

できるだけ長くこの世界に留まりたくて、ほんとうに少しずつ、茶を舌で転がすように読み進めたことです。

帯には「日本の伝統美は室町に始まる」とあるんですけれども、実際には平安朝の蓄積が大きいのです。四人とも、何人もの遥かに年上の厳しい先達に鍛えられている。

さらに彼らを支える名もなき(こともないけれども)庶民の姿の実在感が、じつに良いです。

世阿弥の舞台を支えたのは名を残さなかった共演者・競演者たちであり、元雅の地方廻りを歓呼して迎えたのも、禅僧たちに喜捨を捧げたのも、栂尾の茶樹を守り育ててきたのも、土地の農夫たちです。

誰もが世阿弥ほどの天才ではありません。珠光ほど茶のことばかり考えてもいられません。一休ほどの悲しみを背負わなくてもいい。

でも、どこかで誰かを支えています。

桜の樹は、地上に見える数倍もの根を土中に張っているのだそうです。日本の花が美しいのは、日本の大地が美しいからです。

珠光を支えた先輩の彰祥ってのがじつにいい奴で、この人がいないと話が進まんのです。じつは周建をイジッた修行僧たちも、本人たちはそんなに悪気がないですな。この、良くも悪くも若者らしさを描けているところが、ああ男の人の筆だなと思わされたことです。

観世元雅という人には薄幸の印象しかなかったので、生きのいい兄貴ッぷりを拝見できて嬉しかったです。氏信と菖蒲嬢の可愛らしさにはニヨニヨしました。

いずれの章も、ご本人様に読んで頂いても喜んでいただけるのではないかと思います。一休は斜めに見るかもしれませんが。

作家にこの偉業を成し遂げさせたのは、関係各界の情報公開の恩恵が大きいと存じます。読者の一人として御礼を申し上げます。

2016/04/27

1972年、佐伯清『昭和残侠伝 破れ傘』

脚本:村尾昭、撮影:飯村雅彦、編集:田中修

花は風を誘い、風は花を慕い、雪を廻らす大侠客の袖はひるがえって、日本の男の美学に筋目を通しました。

このあと高倉・池部とも任侠映画には(ほとんど)出なくなるので、貴重な記録映像ともいえるかもしれません。

第9作。集大成の品格を得ました。取った取られたの抗争の連続に恋の悲劇を重ねて、コメディリリーフによる中だるみ感を排除した徹底的ハードボイルドタッチ。複雑な対立の構図が少しずつ見えてくる経過に伏線を張った、今までで一番うまい脚本だったと思います。画面にも上質な広がり感が出ました。

長らく不動だった照明さんと美術さんが変更になりましたが、道行は旧作名場面のありがたい再現となり、たいへん美しかったです。

出演者は親分衆以下、シリーズおなじみ俳優さん達の勢ぞろいで楽しいです。熊さん、出世なさいましたね。待田京介もいい具合に老けました。

天神浜チャリティ花会から始まる義理と人情のしがらみ続き。やくざ本来のえげつなさをきちんと(ってのも変ですが)描けており、どいつもこいつも意地を張るところを間違えてるかのような不器用な渡世っぷりは、じゃっかんの皮肉が感じられないこともなく、あるいは書いてる人がクレバー過ぎるのかもしれません。背景事情を台詞で説明しちゃうのは、癖のようです。

北島三郎が、まともに芝居やってまして、誰だ? って訊きたいほど若いんですが、たいへん上手いです。それはドザえもんじゃなくて簀巻きw 高倉が彼の喉に聞き入って「バクチ下手だけど、歌うめェな」という顔に素で浮かぶ微笑は愛らしいです。

花田秀次郎は、売り出して長いですな。出所後に落ち着くところのない、生活に張り合いのない流れ者の悲哀を初めて描けたかと思います。顔に渋みが増したので、過去(の女性関係)のある役が決まることです。東宝の星由里子さん、大人の色気の中に可愛らしさのある、いい女優さんですね。佐伯監督は女優を静かに撮るところが好きです。

雪の似合う大侠客、鶴田浩二は貫禄が違いました。あの細面に高倉健が押されているように見える。どう考えても逆手に構えた匕首で長ドスと斬り合うのは最強です。

会津の若虎は、名にし負う残侠ぶり。相変わらず「昔の二枚目」という目線使いの芝居も決まることです。(ほめてます)

秀&重の人間関係は、藤純子が女の勝負を張った回がありましたが、秀次郎が焼き魚以外の据え膳を頂かない人なので、風間がコキュの哀愁を本当に背負うことはないわけで、男同士の対立の構図に恋を絡めるには、この形が最適なのかもしれません。河原ロケの風にひるがえる髪と裾がいいです。ここまで来て、さまざまに工夫してくださることです。

なんで今さら、悔いはない。

終盤の悲劇の高まりは雪に白く彩られて、血の色も鮮やかに切なく、殴りこみは二人の殺陣も、セットの構造を知り尽くした移動撮影も、枝越しの構図も最高だったと思います。

今回、風間も組を背負うことになったので、また新たな跡目争いでも起きない限り、寄せ場から帰ってきたら秀次郎が風間に草鞋を預けて長居することになるのでしょうか。戦後の世に残侠の心を伝えてほしいものです。

予告篇には高倉健直筆の久濶を詫びる手紙が表示されます。文面の端正さから俳優の素顔が役柄そのままであったことが偲ばれます。

みなさま、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

2016/04/26

1971年、佐伯清『昭和残侠伝 吼えろ唐獅子』

脚本:村尾昭、撮影:星島一郎、編集:田中修

ご丁寧なお言葉、お心うちは、たいてい汲み取りましてござんす。

シリーズ第8弾。鶴田浩二が美しかったことです。鶴田のプロフィールもウィキペさんで読むと相当おもしろいですが、もちろん書き写すわけには参りません。地道に映画感想文。

ベタに男好きな佐伯監督が復活して、予告篇にあったような「集大成」というよりは、やくざ本来のやり口のえげつなさを強調した、むしろ特殊な回なのですが、悪い「親」への義理と人情で追いつめられていく苦しさが最高に打ち出された回かと思います。

絵作りは、マキノの大家ぶりを見た後では小さく感じられ、もしかしてもうあんまり予算が取れてないんじゃないかなっていう気もしますが、質朴なモンタージュは佐伯らしいところでもあり、変に生々しい日常描写からいっても、今更な賭場のしきたりの説明からいっても、物語の「不細工」さからいっても、血糊の使用量からいっても、本当にテレビに対抗して新しい路線を打ち出そう、若い観客を呼び込もうとしていたのかもしれません。

殴りこみシーンの組み立ては、やはり上手かったと思います。そう、彫物には音楽が必要。逆に考えれば、マキノはこれを踏襲することを、わざと避けたのです。

新人女優は陰性で、芝居はうまいけれども型が古く、藤純子の後では今さら感がありますが、今回は作品そのものが陰性なので重宝なタイプかもしれません。

脚本に難があったのか、撮影の手間を端折ったのか、背景にある(入札などの)事情を台詞で説明してしまったのは残念でした。やっぱり予算か。

渡世の仁義でよそんちの親分さんを斬ったことも何回あったことか、鶴田との白刃のやり取りは、シリーズ中の白眉かもしれません。匕首で長ドスとやり合う三州は、他のシリーズをそのまま持ち込んでるわけですが、最強かもしれません。

ものすごい顔合わせなのですが、スリーショットにならないように、監督は気を使っているようです。

秀次郎は親分なしの子分なし。今回は、ほぼ任侠道の指南役。風間とは縁のない流れ者。ただし共演の長い二人が目と目で会話しちゃってる上に監督がクローズアップを効かせるので、観客としては裏事情を詮索したくなって困ることです。

女性陣が二人とも「じつは」という回想シーンを背負っているので、男たちはどうなんだ、と。観客の予想に肩すかしを食らわせるのも手の内ですが、もう少し意識的にやりたかったように思います。

それにつけても松原智恵子の目の大きさよ。

2016/04/25

1970年、マキノ雅弘『昭和残侠伝 死んでもらいます』

脚本:大和久守正 撮影:林七郎・清水政郎 編集:田中修

シリーズ第7弾。タイトルがすこぶる物騒なわりに、溝口映画かと云いたいほどの人情「世話場」路線。高倉の美しい顔を汚した今さらな写実主義と設定変更に戸惑うことしばし。

渡世人どうしがおなじ星のもとに生まれ、おなじ屋根の下に暮らす夢はかなったようで、よかったね重さんと云ってやりたくなることですが……

思うにマキノ監督は、もともと社会派リアリズム路線であって、モンタージュを多用してドラマチックに盛り上げていくというタイプではないのです。

舞台劇生撮りふうの視野の広い画面と、息の長いワンカットで、役者の自発を大切にするので、役者たちはたいへんやりやすそうで、肩の力が抜けております。

鳶の話のときは清川虹子、こっちは長門裕之のよくまわる舌を存分に活躍させて、コメディリリーフ場面に江戸時代から続く日本の芝居の伝統の深さを感じさせます。

が、生みの親も渡世の親も違っても、こんな小さな杯一つで結ばれた心の兄弟だった人々がおなじ屋根の下に住むことになっちゃいまして、男の料理姿はいいもんですが、渡世の親への義理と、兄弟分への情愛と、どっちを取るかで悩むという要素はなくなっちゃいました。

そのぶん藤純子の活躍に焦点が行くわけで、物語のバランスとしては良いんですけれども、なにもこの秀&重のフォーマットで女性映画をやらなくてもいいんじゃないかっていう……

純子自身はすごく魅力的で、さりげなく「遣らずの雨よ」なんて可愛いことを云ってみたり、いやな客に遠くから酌をしてみたり、見てるほうの目も細くなってしまうことですし、体を弱らせた継母が過去を悔いる姿など、女性を中心にしたドラマは名場面続きで、そこはすごくいいです。

とはいえ、料亭の実子が継母と折りあいが悪くて家を出るまではともかく、ヤクザに殴りこみをかけるほど荒ぶってるというのは、ちょっと無理があったかと。せめて風間の兄貴に憧れて、喧嘩のやり方を教えてもらったというならまだしも、ここでは風間も堅気になろうとしていて、それはまたそれでいい話なんですけれども。

実子と継母というのは、前作『人斬り唐獅子』にあった要素なので、上手に受け継いではいるのです。(こういうのは「パクリ」って云わなくていいです。)

でありながら、手練れの監督は、似たような場面を見せつつ、どっかで聞いたような台詞を聞かせつつ、それが陳腐なパロディ・素人の物真似のようにならない線を心得ていて、たいへん気分よく見ることができます。

熊さんが乗り込んできた場面の背景になった襖絵と、こっちから乗り込む前の藤純子の帯に、いずれも梅が描いてあるようで、映画全体にほんのりと良い香りが漂うようでもあります。

柳の向こうを遠ざかる男二人の後姿も、独特の柔らかな美学を持っております。

監督が冷静なので、こっちも冷静にならざるを得ないわけでございまして、あとはもう、この時点で「ハーレクイン的な味わいを求めて任侠映画を見に来る女性ファンに配慮した」ってこともないでしょうし(そんな女性は今でも少ない)、やたら物騒なタイトルからいって、男性観客たちとしてもコミカルな女性映画を見たくて来たわけでもないでしょうから、ひとえに藤純子を売り出したい製作サイドの思惑が勝ったのかなァ……と勘ぐるなど。

2016/04/22

1969年11月、山下耕作『昭和残侠伝 人斬り唐獅子』

脚本:神波史男・長田紀生 撮影:林七郎 編集:田中修

お前とだけは、仇どうしにゃなりたくねェな。

シリーズ第6弾。名匠マキノ雅弘って本当は写実性重視の社会派人情路線(小津・溝口みたいの)で、男同士のなんとやらってあんまり好きじゃないよね……

とこう、名匠には違いない泰然たる語り口に感心しつつも消化不良感はあったもんですから、監督替わって、ああ良かった。ここまでシリーズつきあって良かった(涙)

山下監督は1930年、鹿児島生まれ。まずは、男所帯の密度の濃さよ。野外ロケの絵もいいです。音楽が効いてます。悪役も国策を背景に、ちょっとスケールアップ。オープニングに高倉の肉声が帰ってきたのも嬉しいところ。

秀次郎も(不器用な)仁義きって、はなっから渡世人。マキノ版は陳腐なパロディに落ちるところをギリギリで踏みとどまった危うさがありましたが、こっちは王道を踏襲したという思いがいたします。「圧倒的な物量(火力)の前に滅んでいく残侠」というテーマも戻って参りました。

この時代の観客は、戦地から復員してきた人が多かったのです。40歳で予備役編入だったはずなので、「終戦」の年に最年長の39歳だった人が、この年には63歳。最年少の14歳だった人は38歳。

現役バリバリの多くが、耳に軽機関銃の音を覚えている。銃剣を磨き、弾込めをした経験がある。武器を持つ部署にいた人ばかりじゃないですけれども、訓練は受けている。怪我人を見ている。死人を見ている。

人間、いやな思い出をただ忘れようとするのでもないのです。ギリシャ神話も旧約聖書も、大洪水と民族迫害、戦争の記憶を伝えている。能楽師は白刃骨を砕く痛みを何度でも謡うのです。

そして復員してきた人は「終戦の年から5年ごとに日本らしさが失われていった」と嘆く。たかが娯楽映画の裏に、追悼の思いがあったことを忘れちゃいけないだろうと思うのです。

秀&重は、ついに兄弟仁義となりました。つねにアコギなほうから杯もらっちゃってる風間さん、それだけ若い頃は荒れていたということでしょうか。

それにつけても仁義の邪魔しちゃいけねェんじゃねェんですかい。聞いちゃいられませんでしたかそうですか。

二人を難しい構図に叩き込んだ物語がよく、それを撮る構図もいい。風間というキャラクター、池部という俳優を最高に活かした回かもしれません。

片眉だけ器用に動く池部の悲しげな表情は、第1回から印象的だったので、今回はクローズアップで撮ってくれたのがじつに嬉しいです。そしていつもながら、この二人の着物の着付けは良いです。

皆川一家も剣一家も、角刈りの似合う、いい漢ぞろいです。いままで「じっし」は、お人よしの素人というタイプが多かったので、任侠の家に生まれて実力不足で気ばかり荒ぶってるキャラクターがハートブレイク青春映画の要素を添えて、好みの問題でもあるんですけれども、女性映画に流れるよりは、物語がクライマックスへ向けて収斂していくことですし、よほど締まりが良かったと思います。

神津組の清次の頃には、高倉自身があのくらい若かったんですけれども、いい顔になりました。それにつけても、剣持の貫禄。千恵蔵の裏話はウィキペさんで読んでると面白いんですけれども、まさか全文書き写すわけにも参りませんので、ここではその貫禄の活かし方、映し方が最高だった(涙)と申し上げておきます。

義理と人情、秤にかけりゃといいながら、渡世の義理ってだけじゃなく、心情的にどうにもならないところまで追いつめられていく緊密さは、第1話が戻って来たかのようです。最後の最後に我がままを云う女の勇気も良いです。

やっぱりね、女は全力でとめなきゃいけません。それでこそ、振り切っていく覚悟ができるというものです。

適度にクローズアップを効かせる殺陣の撮り方も良く、「終」の文字の入る位置も気が利いていたことです。山下監督ありがとう。

2016/04/21

1969年3月、マキノ雅弘『昭和残任伝 唐獅子仁義』

流れ流れの旅寝の空で 義理に絡んだ白刃の出入り。

第5弾。冒頭のフェティッシュな血まみれクローズアップが良い。瑞々しい撮影は坪井誠。

役名とキャスティング、採石場という舞台設定に「セルフ・カバー」の要素を持たせて、ファンサービスしつつ、藤純子の魅力を活かした女性映画の要素も加えつつ、若手にも個性的な役柄を与えて、二部構成状態にもなっておらず、まとまりの良い一本だと思います。

監督(1908年、京都生まれ)は、ファンサービスが陳腐なパロディになってしまう、越えてはいけない一線を心得ており、どっかで聞いたような台詞は端折ったり、ロングの絵で流して撮ったりするのでした。

爆破シーンは『唐獅子牡丹』より遥かに効果的。

仁侠映画自体が昭和44年3月の時点で観客にどれほど訴求力があったのかと思うんですけれども、制作陣はたいへん楽しくやっているように思われます。

第二作目以来、昭和初期の背景の風情がよく、これは時代劇の撮影所を使いたかったんだろうなァなんて裏事情も考え合わせつつ、今となってはこの映像自体が財産だと思います。藤純子には、やっぱり赤が似合う。
「悪い女房に、なりたいんです」
えい、女に恥をかかせる色男どもめ。手切れ金って云われた時の池部の顔の寂しげなことよ。

アイシャドウの似合う池部は色気があり過ぎて、軟派の要素があり、妹にしても女の影があったわけですが、露骨にジゴロをやらせてもよく似合う。でも、おそらくそういう役の俳優としては限界に来ており、いっぽう売り出し中の若手だった高倉は経験値を高めて貫禄を増している。

第一作では、若手たちの横で中年の重みを添えていた池部に対して、高倉のほうは俳優としても役柄としても明らかに年齢差があって、死地に乗り込むにもお袋さんを思い出しちゃうほどで、年上の人から「男にしてください」と頼まれて返す言葉もなく、かえって感謝してしまう。

それが説教するようになったわけで、じゃっかん「めんどくせェ!(男に懐かれたくねェ!)」みたいになってるのも面白いところではあります。

でも連れてってくれます。目と目の芝居がいいです。

高倉の横で恰好つけて観客からお邪魔虫と思われない俳優も、なかなか見出すのが難しいわけで、この二人は背丈といい、硬軟の雰囲気のバランスといい、得がたい友ではあったのでしょう。

ほかに監督の手際では、刑務所の長い壁を活かした絵が素敵です。場面転換は黒沢明が『姿三四郎』でやっていた、紙芝居みたいに横にスーーッと抜く手法が使用されました。ルーカスくんも好きなやつ。

雷門一家の若い衆、樺島の代貸しなど、濃い目のいい顔した俳優がいっぱいです。志村喬はいきなり名演技というか怪演技。河津清三郎は例によって悪役の親分さん。着物にトンビはやっぱりカッコいいです。

寡黙だった渡世人コンビにも台詞が増えて、女性キャラクターの動きもよく、せまい町の中でしがらみに悩む人間ドラマに深みと面白みが出たように思います。
「あれ、来ちゃった」
脚本家もシリーズとともに成長したのかもしれません。

2016/04/20

1967年7月、マキノ雅弘『昭和残侠伝 血染の唐獅子』

脚本:鈴木則文・鳥居元宏 撮影:星島一郎 

男同士が誓ったからは 死んでくれよと二つの笑顔。

……と云いながら、あんまり男が好きではないマキノ監督。健&純子の可愛らしさには吹きました。何度でもやり直すがいいです。

シリーズ第4弾。メインキャラクターは第2作で登場した花田秀次郎と、第1作で見事な「軒下の仁義」を切った風間重吉。悪役は第3弾から河津清三郎の連投で、もはや二次創作。

第1作において、真の「残侠」は、風間だったのです。清次は気風のいい若いので、神津組4代目に気に入られていた。それが戦争へ行って、もっと根性つけて帰ってきた。でも本人は「もうヤクザの時代じゃねェな」と思っている。わりと簡単に廃業するっていう。

いっぽうで、交通の便が良くなかった時代に、東京からはだいぶ外れていると云わざるを得ない宇都宮に残された、江戸時代以来の侠客の作法と心意気を背負っていたのは、風間重吉だったのです。

それを見抜いて、二枚看板の一方として、大きな比重を与え、シリーズ化の道を開いた功績は大……ですけれども、秀さんは堅気? 堅気なんですか?

そりゃ火事と喧嘩は江戸の花ですけども。この路線変更は製作陣の思惑か、監督の好みか、脚本家の一存か。ウィキペさんで読めば一目瞭然ってのも色気がないので、いろいろと勘ぐるわけです。

ゆったりと視野の広い画面に、浅草に生きる堅気衆の姿を取り込んで、メインキャラクター達の芝居の後ろに職人歌や祭囃子を流し、江戸情緒の再現に成功しているのは監督の持ち味なのでしょう。溝口健二『残菊物語』が直ちに想起されるところです。

津川も藤も山城も、おっかさん達も、すごくいいキャラクターと芝居で、心に残る人々ですが、明らかに「残侠」というテーマではなく、ふつうに世話物・人情時代劇になっちゃってるわけで、喜劇風味でもありますし、名匠マキノは名匠なんだけれども、畑違いの名匠じゃないかって気も致します。

流し目に色気を含ませる池部の芝居は、思うに新派を通じて歌舞伎から受け継いだ二枚目の型で、根が社会派リアリズム路線の監督は、それを「もう古い」と思っている。わざと池部の見せ場をフレームから外してるようなところがあって、でも池部はもともと抑えた芝居のできる人なので、愛の鞭に耐えて、よく勤めているというように思われます。

若手と女優に尺を取ったぶん、高倉の出番も少なくなってるんですけれども、こちらはもともと直球勝負な俳優の持ち味に合わせた脚本が用意されていたのでしょうし、期待通りに全力投球しているわけで、すごくいい顔をします。ただし、振り返りざまにその表情が一瞬見えるという撮り方で、どの役者に対しても、この監督のカメラは寄って行かないのです。

舞台劇の中継を拝見しているみたいで、独特の面白さがありますが、不思議といえば不思議な映画話法だと思います。

とまれ、女の侠気と、それをしっかり受けとめた秀次郎の引き締まった顔には泣かされました。

花田と風間は敵どうしではなく、最初から親友として演じるのは俳優たちにとっても気分がいいようで、肩の力が抜けているように思われます。街並みを再現した大掛かりなセットを活用した道行も、第3弾の海岸ロケとはまた別の映画的豪華さだったと思います。

今回の獲物は白鞘ではなく、拵えつきでした。やっぱり普通に時代劇やりたかったんじゃないかな、と……。

2016/04/19

1966年7月、佐伯清『昭和残侠伝 一匹狼』

死を覚悟して母を想う男の花道には、松と白波がよく似合う。信じた道を進む先に待っていたのは、もう一匹の狼でした。

これは海岸でロケハンした絵の良さが出色。賭場を真上から撮った絵や、壷のクローズアップと、女優の演技力を信じた長廻しの両立もいいわけですが、物語は藤純子が出てくる前と後で事実上の二部構成になってしまっており、1月の『唐獅子牡丹』から引き続いて、二枚看板の難しさに脚本も悩んでいたのかもしれません。

が、池部の役柄の消化不良感は、ここで解消されたかと思われます。親子は一世、夫婦は二世、主従は三世。渡世人どうしの口約束は、いつの世まで保たれるのか、見果てぬ夢なのか。

兄を止めたい藤純子がブルーグリーンの和服を着ているのが悲しみを表しているようで、帯の赤と口紅が呼応して、秘めた情熱を暗示している。ああ、カラーっていいなァ。音楽も最高でした。女心を表す楽器はダルシマーでしょうか。

対決場面で高倉が大柄な浴衣を着ているのも目を引きますし、暗色を着た池部ともいい対比です。ルーカス君は殺陣の撮り方をよく勉強してください。(その後したと思いますが) クライマックスで黒を着たのも他で例が少なく、魅力的ですね。

映画の話法は漫画の話法にも通じるわけで、撮影工程の逆に完成映像を見ながら自分でストーリーボード(絵コンテ)を描いてみるのは、大きな財産になることと信じます。

なお、俳優の個性に寄りかかって企画がなされ、撮影がなされるのは当たり前です。この作品は高倉あって、池部あって、剣劇(新国劇)の大ベテランあって成り立っているのです。関東で鳴らした男を信じて、カメラを止めない佐伯監督の心意気も潔いです。

しかも物語の根幹にあるのは、浜の漁師たちの意気地なのでした。
「ここで俺たちがくじけたら、肉よりも高い鮪が街に出回ることになるんだ」

彼らは金持ち相手にできるだけ高い鮪を売りつけようとしているのではないのです。自分と同じような労働者の食卓に旨いものを乗せてやりたい一心で命を張るのです。ここで泣かずにどこで泣くのか日本人。

高倉の役は、最後まで「客人」と呼ばれている。

その客を迎える舞台に、何十年もの義理と人情の蓄積があることが最小限の台詞でちゃんと表現されていて、モブキャラである漁師や仲買人たちの心には「外道が入ってこなければ平和だった」という怒りと嘆きがある。

設定上は昭和8年ですけれども、基盤には1960年代の現実があって、実際に大資本の進出によって漁村・農村の様子が変化していた。

いっぽう、外道のほうも安泰な自分の根城があれば乗り込んで来なくていいわけで、どっかで食いっぱぐれたのです。外道なりに、組員を背負っていることには違いない。

この時代の映画スタッフにも、観客にも、やっぱり戦争と戦友の記憶があるわけで、避けがたい戦いという主題に対して、真面目なのです。

「あたしだってお芝居で喧嘩したことあるんですからね」

男と男の命のやり取りに、弟分と女が出てきて加勢するというんじゃ、逆に恥をかかせるようなもので、水を差す。でも弱い者から慕われるってことは、いい奴に違いない。敵にしたくはなかった。

……という桂木竜三の顔を、じっと撮ってるカメラがあるわけです。

「格調高く 監督佐伯清が謳いあげる 詩情豊かな男性巨編」

予告編にはのけぞりました。あんたの時代は良かった、男がピカピカの気障でいられたという歌詞を書いたのは、この10年ほど後にピンクレディーを成功に導いた阿久悠ですが、今じゃ云えませんな、男性巨編。

2016/04/18

1966年1月、佐伯清『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』

脚本:山本英明・松本功、編集:長沢嘉喜。

とんだ不器用もあったもので、過密撮影スケジュールを全力でさばく残侠は、映画斜陽化時代に咲いた血の色の花でした。

シリーズ第2弾。舞台は浅草を出て宇都宮。時代もさかのぼって昭和5年。石切場で大ロケーション敢行。同じ役者が敵になったり味方になったりするので、大衆演劇の一座に通ってるみたいで楽しいです。

戦前の浅草には芝居小屋や映画館が一杯並んでいたのだそうですが、まっしろな灰燼に帰したのだそうです。東京湾が見えちゃったですね。その頃を知っている人が役者の中にもスタッフの中にも大勢いたのだろうと思います。

時代劇調への路線変更は、せっかくの時代劇のセットを活かしたかったのだろうなと勘ぐってみるわけですが、この当時に40代だったスタッフを考えてみると、1920年代の生まれなわけで、東京は大正時代の間にだいぶ洋化したことと思いますが、宇都宮のような地方都市には実際に明治情緒が残っていたのでしょう。(昭和40年代を知っている者としても実感があります)

新左翼とゴーゴーダンスのかまびすしい時代に、懐かしい地元で残侠が成り上がり者の悪を討つ。制作陣にとっても気分のいい仕事だったのではないかと思われます。

今回は、その成り上がり者に修業時代の苦労話をさせたところが良かったですね。息子を叱る親父っぷりも好感度高いです。ヤクザ風情の秀次郎は鞍馬天狗になってしまいましたが、前半は高倉一人を軸に不安な緊張感をはらんだ話が進行するのがすごくいいです。

冒頭から事件に次ぐ事件の連続、対立の構図が観客の頭に入って一段落、ところでなんで今回の健さんは一匹狼なの? と疑問が浮かんだ頃にちゃんと事情を明かす脚本がいい。説明的な台詞を云いにくそうにする高倉は可愛いです。

三田佳子の新派な演技は前回に引き続いて任侠の姐御には見えないんですけれども、女子どもをクローズアップした人情時代劇は何を意図した路線変更だったのか。(鞍馬天狗か)

いやでも池部さん出てきてくんないと、このシリーズを借りた意味がないんですけどッと心配になってきたあたりで、待ってました。やや無理めな絡ませ方ですが、第一作で高倉が背負っていた悲哀を池部が受け継いだわけで、こういうのは財産を活かしたといえばいいのです。

雪の細道、唐傘ひとつ。小道具をきかせた道行の美しさは、これが抜群。

アクションシーンは第一作と同じことをしても仕方がないので野外へ出てみました。やや欲張って甘さが出てしまったかもしれません。次回に期待。

2016/04/15

1965年10月、佐伯清『昭和残侠伝』

ろくでなしよと、夜風が哂う。

東京オリンピック大成功・カラーテレビ大普及の翌年の世に問う、浅草復興の暗部の実録ふう。残侠伝シリーズ第一作。どういうスケジュールで撮影してるんだと呆れつつ。

戦後日本も若かったが、俳優たちも若かった。シリーズが若かった。熟成される前のアルコール臭の強い酒みたいで、そこがいいです。美術・照明・撮影・編集などの仕事ぶりはベテラン。

舞台は「昭和二十一年頃」の闇市……じゃなくて、堅気の商売を立て直したい露店商たちと、その帳元(ちょうもと)として昔ながらにお役に立ちたい関東神津組と、マッカーサー気取りの新興ヤクザの抗争。

戦争に生き残った任侠と、米国と結託した「戦後民主主義」の戦いなわけで、新左翼運動の広まりつつあった1965年における社会的意義の高さにおいて、後のシリーズ作品の時代劇調とは一線を画して屹立する孤高の傑作かと思われます。

1965年っていうと、1947年生まれが18歳。そろそろ「戦争を知らない子どもたち」が、ナマ云うようになっていた頃なわけです。

暴力沙汰を避けて、帳元としてやって来た組は、当時のインテリヤクザだったわけで、喧嘩慣れしているわけはないのです。世直しフィクションの一種なんだけど、全共闘世代へ向かって、何かしら云いたいことを背負っている。

死地に乗り込むにあたって、お袋さんを思い出してしまう心情は、やっぱり実際の戦場を知っている観客たちを慰めただろうと思うのです。

絵的には地味なわけです。せまい浅草の街を行ったり来たりしている。観光名所をフィーチャーするわけでもない。昭和21年の浅草がいっぱいいっぱいなら、1965年時点のスタジオ撮影も、わりとギリギリでやってるのです。

でも過去への愛惜と、カッコいいものを撮りたい気持ちにあふれている。しかも、映画産業はすでに斜陽化している。

映画の観客動員数は、昭和33年(1958年)がピークだったそうで、テレビの普及によって、昭和50年(1975年)までの間に約10分の1に激減したそうです。この1965年は、すでに東京五輪の後で、カラーテレビが普及している。

それでもヒットさせたんですから、高倉健は偉大だったが、佐伯清もすごかった。

べつに前衛ぶって変わったことをしているわけではないのです。すでに誰かが開発した映像技法と、物語上のステレオタイプを並べているだけなんだけれども、その適用箇所の選定と、出し入れの間合いがものすごく上手い。

高倉健は、役柄に乗り移ったような演技をする人で、声が本当に怒っているのです。泣く時は本当に泣いちゃうのです。ここではまだ若いのに地元の町衆と組員を背負うので怒りも深いです。女の甘えを叱るところもすごくいいです。

池部良の「ご当家三尺三寸借り受けまして」軒下の仁義は、あの手の台詞を歌わずに語るお手本になるかと思われますので、よく御覧になるといいです。

意識的に目線を使い、たっぷりと間合いを取った彼の芝居は、色男だけに許される特権で、その傍らで高倉を含めた若手たちが、まっすぐに頑張ってるのがいじらしいです。

いっぽうに「一生コメディリリーフか、どうせ悪役・やられ役」という人々もいるわけで、男たちは自らの「分」をわきまえることに誇りを見出すのでした。

男と男の死出の道行きは、前衛的なまでに装飾を削ぎ落としたものでした。何をつけ加えたら良いのか、想像力が限界に達してひっくり返っちゃったのかもしれませんし、神話的な「原風景」というに最も相応しい表現なのかもしれません。

池部の役は、いなくても話が成り立つので、陰の主人公なのです。彼の内面で心的転換のドラマが起きないと、最後に同行するということにならない。

他には河原崎長十郎が主演の『河内山宗俊』(監督:山中貞雄 )に登場した金子というのが、こういう立ち位置のキャラクターでしたね。

売り出し中の高倉にベテランをくっつけて支えさせたということだと思われますが、興行的な思惑が成功するかしないかは、脚本家が二枚看板をどのように料理し、どのようなテーマを訴えるかに掛かっているわけで、うまく行ったのなら、何かが観客の琴線に触れたということになります。

わりと重要なのは、この手の作品は、あまり世界的に評価されないということなのです。明らかに余分なキャラクターがいて、ヒーローに同行したい観客の心情を背負っている。それよりは、戦士なら戦士、プリンセスならプリンセスが一人で活躍する話のほうが評価は高いのです。

あるいはここに日本とアメリカの価値観の違いを見てもいいのかもしれません。後者は明らかに「アメリカン・ドリーム」の国だから、強大な敵に対して友を見出すよりも、自分自身の立身出世のほうに価値を置くのかもしれません。

さらにまた、アメリカはあくまでキリスト教の国であって、個々人が神に対して義理を果たそうとするのかもしれません。

そう考えると、世俗化した日本において、「男の美学」に泣くという時の陶酔感は、宗教的法悦に似ているのかもしれません。そう思えば、唐獅子牡丹を背負っていた人は、光背を帯びていたようでもあります。

終盤へ来て脚本が甘いのは、製作陣のほうで若手を売り出したい気持ちが強すぎたのかもしれません。シリーズ化したい気持ちも見え透いてしまいましたが、そのまま続けなかったのは英断だったと思います。

2016/04/14

1965年4月、石井輝男『網走番外地』

原作:伊藤 一、脚本:石井輝男、音楽:八木正夫、編集:鈴木 寛 

とてつもなく密度の濃い約1時間30分。あえてモノクロ。

見た後で気分が暗くなるようなプロレタリア文芸調だと思って敬遠していたのですが、やられました。

総じて日本映画は同時期の海外作品に比べてレベルが高いと思ってるんですけれども、これは計測器の針がレッドゾーン超えて吹っ切れた感。

映像的美学、日本的「語り」芸の面白さ、エイゼンシュテインの時代にはできなかった音のモンタージュ。

クールなジャズを効かせた、フィルム・ノワールの一種かとは思うんですが、並み居るフランス人監督たちをなぎ倒す威力を持っているかと思います。女っけがないので彼らには喜ばれないかもしれませんが、一番近いのはイタリア映画の味わいでしょうか。

いかがわしいまでの写実主義が突き抜けて、詩情を帯びてしまった例で、敗戦を背景にした心理的テーマからいっても、日本映画のベスト10には入れなきゃいけないだろうと思います。

前半の語り芸の面白さと、後半の映画的スペクタクルの2本立ては、一貫性に欠けるとも云えるけれども、舞台劇ではないので閉じこもってばかりいる必要はなく、相互補完して一本の完成度を高めていると見れば良いのでしょう。

『死刑台のエレベーター』から7年。『戦艦ポチョムキン』から40年。『國民の創生』から50年。

佐伯彰一は「日本文学は一度も途切れたことがない」って云うんですが、日本映画にも浮世絵や、狩野派や、平安朝の絵巻物にまでさかのぼる美術と、能楽・歌舞伎の演劇的伝統がそのまま流れ込んでいるだろうと思います。

前半は塀の中の懲りない面々による群像喜劇……ですよねやっぱり。

原作も良いのでしょうが、語り口の面白さの裏には、それぞれの受刑者が罪を犯すに至った前半生の暗さがぴったり貼りついている。役者の演技(と顔)の濃さと、いとわしいまでのクローズアップで、狭い雑居房の暑苦しさを伝えます。

あまり意味もなく大写しというのは、フランス映画がよくやってたんですが、ここではすごく意識的です。伏線は、かなり早くから張られているわけで、見事な回収ともども、勉強になります。

嵐寛寿郎の出演は、知らずに観たので二度ビックリしました。そりゃ鞍馬天狗はただの爺じゃないさ……

高倉は、ここでは「健さん」ではなく、設定年齢27歳ですが、17歳でも通用しそうな若々しい役作りで突っ張らかってます。今さらですが、眼と声がいいです。

膚のきれいな少年性が魅力だった人でもあり、観る人に威圧感を与えないのに骨太な男らしさで感心させるという、稀有な個性の持ち主だったと思われます。愛されるのが男の役目といったのは三島由紀夫でした。これも観たかな?

高倉は役作りというか、役に入ったのか、役が入ったのか。役の気持ちになるのが大事とは世阿弥の云ったことですが、魂のレベルで役と一致していたかと思います。

この橘という若者が娑婆へ出て、組を背負ったら、やっぱりド根性見せるだろうし、病気の女に関われば生まれ故郷まで送って行ってやるだろうし、情の薄い親分さんにはハッキリ物申しただろうし、身寄りのない娘を見つけたら引き取るのだろうと思われることです。

どの台本も彼を念頭に書かれていたはずで、脚本家たちにとっては楽しい仕事だったんじゃないかと。この石井は監督でもあるので、二度羨ましいことです。

この蓄積を利用した山田洋二はうまいことやったなというのは、ここでは余談。

この当時の映画が男と男の話になっちゃうのは、やっぱり戦争の記憶を抜きに考えることはできませんでしょう。制作陣の中にも、観客の中にも「あいつもお袋さんのことばかり云ってたな」とか「助けてやりたかった」とか「復員した港で別れた奴は元気かな」とか、いろいろな思いがあったのだろうと思います。

そう思えば、雑居房の会話も、兵舎や駆逐艦の中そのままなのでしょう。

10年後の『宇宙戦艦ヤマト』や『野生の証明』になると、プロデューサー達が終戦時に少年だったので、負けたと決まったその日まで「兵隊さんは良い人だ。お国を守ってくださるんだ」と思っていたはずで、軍隊への憧れをそのまま抱えてるんですけれども、リアリティではないので、机上で部隊を動かす戦争ごっこの要素が強くなるわけですが、この頃はまだ戦友に焦点が合っていたのでしょう。

丹波は上背があるのと、顔立ちからでしょうが、西欧的な気障な威圧感のある人で、それが(べつに悪いことはしてないんだけれども)悪役らしく感じられるのは面白いところではあります。でも話を聞いてくれる人で良かったですね。

出征者の中には「鬼畜が相手じゃいやだ、話の分かる立派な人物を相手に戦って死にたい」と云った人もあったようです。

「男のロマン」とは、戦争の記憶を昇華し、心的後遺症から回復する道のりだったのかもしれません。

一人暮らしのお袋に 極道かさねた罰当たり。
すまぬすまぬと手をついて 涙で祈る番外地。


実年齢で年上だった人も、ここでは年下なので、詫びなくていいから信じた道を行きなさい、体だけは大事にね……と子どもを見送るような気分になってしまうことです。

こうして映像が残されているのは平和の賜物であり、関係各位のご努力の成果です。現代映画は、CGもスタッフの腕の見せ所ですけれども、俳優の生きた証、生の誇りを残してあげてください。

2016/04/13

1970年、佐藤純彌『最後の特攻隊』

人間は、兵器ではありません。

誰も死にたくはなかったのです。だからこそ、これだけ悩んだのです。喜んで死にに行ったと思ってはならないのです。

『野生の証明』の佐藤純彌の仕事を確かめようと思ったのと、高倉健の名に惹かれたのですが、奥歯の(食いしばるあまり)痛くなるような、腹の据わった実録風でした。

オープニングはすべて本物の記録映像。1970年から戦後日本の来た道をふりかえる形で。ラストシーンは極東軍事裁判。もはや止めようもなく映画が斜陽化した時代に、日本戦後史の起点を世に問う東映渾身の大作。特攻隊映画の総決算でもあったかもしれません。

佐世保で復員した佐伯彰一が、神道の旧約が古事記だとしたら、新約は日本文学であるというわけですけれども、これほど真顔で戦記映画が作り続けられた国も少ないかと思われます。

この時代のヒロイズム、男のロマンを決して笑ってはいけないのは、作っていた人々の記憶に、まだ本当に亡くなった人々の顔があったからです。

「あの中から何を基準にして選び出すつもりだ? 一人一人の名前を呼んでみろよ。返事をされてみろよ」

台詞の一つ一つが、戦中の人の真情を伝えていると思います。脚本は直居欽哉。

音楽は津島利章。『同期の桜』のメロディーがさまざまに、でも決して勇壮ではない調子で編曲されて用いられているのが、映画的魅力であるとともに、鎮魂の響きを帯びていると思われます。

咲いた花なら、散るのは覚悟。

本編も敢えてのモノクロ撮影。古くはないので画面はきれいです。あまり前衛的なモンタージュ技法を使っておらず、感情移入のための常識的なクローズアップや、アップとロングの切り替えくらいはありますが、基本的にロング映像を多用した、実直な記録映像ふうです。切れ味するどい編集は長澤嘉樹。

飛行シーンは模型を使用した特撮と思われますが、見事です。ときおり本物の「雨」が降ったような記録映像も使われて、写実性を高めます。模型と分かっててもグラマンの姿は気分のいいもんじゃないです。

人間ドラマはレイテを離れて、整備長の若山富三郎が出てきたあたりから、急にフィクションとしての興趣が増して参ります。原作がクレジットされてないので、オリジナル脚本のようですが、抜群に良いのです。

事実上、「第一幕第一場:宗方大尉(だいいと発音します)の場合」「第一幕第二場:矢代少尉の場合」「第二幕第一場:吉川二飛曹の場合」「第二幕第二場:堂本兄弟の場合」……って具合に中心人物がリレーしていく構成で、それぞれの戦争観・人間観が披露されます。

一機でも多く撃墜することを本懐と心得るベテランの誇り。未熟だからこそ信念だけを研ぎ澄ます若手。それぞれに理があり、意気地があり、そして誰も本当は死にたくはなかったのです。

誇りかに『同期の桜』を高歌する予備学生も、嬉しいことはないのです。羽目を外す予科練上がりたちが死を楽しんでいるわけはないのです。

夕焼け小焼けの、赤とんぼ。負われて見たのは、いつの日か。

鶴田浩二をはじめ、中年の役者たちには、やはり実在将兵への尊敬があり、生真面目な淡々たる演技の底に涙があったように思われます。

高倉健は、ファナティックな若い士官の役で、鋭い眼光と太い声が、いつにも増して効果的です。

弱虫代表・渡辺篤史の顔つきがどんどん変わっていくところもすごいです。母上が投げたものは羊羹でしょうか。逃げるとこ、どっこもあらへん。

そして追いつめられた若者の行動が、対立していた士官たちの肝胆相照らす対話へ収斂する脚本はものすごく上手いです。

最後に若山富三郎のなりふり構わぬ体当たり演技が、笑い泣きの涙を添えてくれたことです。

空征かば散華する屍は永遠に弔わるべく、美化され、語り継がれ、顕彰されるべきものと信じます。

でも模倣がなされてはなりません。後に続くを信ずとは、そういう意味ではないのです。

二○三空の飛行長の言葉を噛みしめつつ、あの最終場面となったのは、作る人々・見る人々の心の揺れをそのまま映していたのだろうと思います。山桜は遅れ先立ち、日出づる國の夕陽が眼の底に残ることです。

映画斜陽化の道は、もっとも表面的にはテレビの普及によるものですが、あるいは戦争で傷ついた男心が癒され、過去を振り返ることを減らして行った過程でもあったのかもしれません。

2016/04/12

1943年3月、黒澤明『姿三四郎』

『戦艦大和』から藤田進つながりで黒澤明第一回監督作品。凛冽たり明治。日本が若かった時代を背景に、役者も若かったが黒澤も若かった。

冒頭から登場人物=観客の目線を意識したカメラ移動の斬新さに呆気に取られることしばし。下駄で月日の経過を表したり、主人公の内面の変化を蓮花で象徴させたところなど、『ジュン』が漫画で描いた詩なら、こちらは映像で描いた詩かもしれません。

詩という言葉も日本じゃ誤解されやすいのですが、抒情的って意味じゃなく、表現技法の工夫の意欲に溢れてるって意味で。監督の頭の中にはアイディアが湧き上がって止まらなかったようです。

柔道家の立身出世物語なのですが、内面描写を重視しており、人物の汗ばんだ表情のとらえ方が良いです。音楽はややロマン主義に流れすぎており、ここはもしかしたら黒澤映画の弱点かもしれません。

脚本も黒澤ですが、これは『宇宙戦艦ヤマト』劇場版(1977年)を連想したことです。荒っぽいというか、気が利かないというか、一人合点というか。

三四郎は何をきっかけに、どこから上京して来たのか、柔道と柔術は何がちがうのか、何をどう稽古して、子どもの戯歌に唄われるほど強くなったのか、具体的には描けてないのです。

月形龍之介が面白い役作りで悪役をやっておりますが、宿命っていうほど宿命じゃないし。道場破りが女絡みで粘着しただけです。(それを宿命というのか)

嘉納治五郎の講道館をイメージした架空の柔道家とその流儀が、柔術を抑えて成長していく様子ではあって、明治の風俗描写としては興味深いですが、何年に何があったという歴史ものとしての価値は望めません。

あくまで三四郎くんの青春模様なわけで、誇張した台詞を多用し、カッコ良すぎな場面をつないだもので、男のロマンというか、夢物語というか、イメージ偏重で、あまり論理的ではないのです。

そのぶん監督の素質はよく示されていると思います。連想したのは、やっぱりルーカス作品。もう好きにおやりなさい。

藤田は演技ともいえない素の魅力で、監督自身の素朴ともいえる表現意欲に充分に応えるとともに、さらなるインスピレーション源となったのだろうと思います。まったく美しい男でした。

開始前に昭和27年4月付で、東宝株式会社による挨拶文が表示されました。見事な楷書体の漢字仮名まじりで、昭和19年に再上映された際「当時の国策の枠をうけ」短縮されたとあります。

この当時は「フォント」なんて無かったので、誰かが筆で書いたのでしょうね。(まずそこ)

どうも女性と二人だけになるロマンス場面がカットされたようです。(その部分へ代わりに字幕が挿入されて、あらすじを説明してくれます)

じゃあ残された部分は国威発揚になるほどに戦闘的なのかというと、主人公は試合を避けたがっており、勝って悲しむくらいです。この頃の監督さん達というのは、国策に沿っているようで、実際には違うものを描いているのです。

西洋かぶれを悪役に、江戸情緒を残した明治時代の柔道を描いているんですけれども、本当の意図は、ごく当たり前の現代青年の青春と、明るい未来を描きたかったのだろうと思います。

昭和18年。物資不足が厳しくなり、学徒出陣の始まった年でした。

2016/04/11

1978年、角川春樹・佐藤純彌『野生の証明』

「自分はただの、平凡な市民です」

2時間23分。『さらば宇宙戦艦ヤマト』が洋画・邦画あわせた配給収入第5位だった1978年の第4位。約22億円。

『西崎義展の狂気』(講談社)が、同時期の型やぶりプロデューサーとして角川春樹を紹介していまして、その宣伝戦略のすごさに言及していたのですが、当時、身をもって経験しました。おとーーさーーん、怖いよーー。テレビを点ければ聞こえたものです。

……あれ? 映画冒頭の立てこもり事件の字幕は「1980年5月」でしたから、ちょっと未来の話という設定なのですね。「この作戦は世界同時革命戦争の一環である」という新左翼も、三國連太郎の金持ちっぷりも、ベタな描写が良いです。

国家権力とブルジョワと極道(または外道)の癒着vs.名もなき市民というガッチガチな左傾的世界観による対立の構図は同時代の和田慎二の漫画にもよく見られました。

海の向こうでは「デタント時代のソヴィエト・アングロ・コーオペレイション」とか云ってたんですが。

原作は150万部(!)の大ベストセラーだそうで、今さらではあるのですが、ネタバレ厳禁のミステリーの一種でもあるので、あらすじは申しません。

脚本の良さは原作の良さでもあるのでしょうが、三國と丹波も出ていた『切腹』に匹敵するでしょうか、超えたでしょうか。

メインキャラクターの人数が最小限に抑えられ、無駄のない台詞・場面構成によって、映画作りに緊張感があった頃の、手に汗にぎる面白さにあふれております。

キャスティングがじつに豪華で、仁義なき面々が男盛りの色気を振りまいておりまして、その中央にあって、日本一ワッパ姿の決まる男が残侠(いや特殊工作隊員)の不器用な花を咲かせております。最近こういうの減ったので、再見の価値は高いです。

因縁の村におけるクライマックスは「待ってました」と声をかけたくなることです。終盤は原作とは変更されているのだそうで、荒唐無稽になっちゃうのですが、かえって高倉の生真面目な存在感が赤銅色に艶光りしております。

どこの演習場で撮ったんだろう(近所にしては富士山が見えないなァ)とか思いつつ、DVD終了後に付録映像を見たところでは、アメリカで大ロケを敢行したそうです。

この「アホか」と云いたくなるようなアイディアを実現しちゃうところが素人プロデューサーの強みなのかもしれません。

前半は東北の山村や、古い南京下見板張りの洋風建築をロケハンした、やや時代錯誤な背景が金田一(じっちゃんのほう)を彷彿させるわけですが、後半の展開は市川昆なら撮ることは撮るかもしれませんが役者が兵ちゃんじゃできないわけで、ほかにも1960年代のハリウッド大作とか、仁侠映画とか、いろいろと想起させることではあり、映画の面白みを知っている人が、あらゆる要素を取り入れて、自分で自分の一番見たい映画を作っちゃったのです。(うらやましい)

序盤は「話が見えない」と云いたいほどの荒っぽい並行モンタージュでたたみかけますが、だんだんに高倉の表情をじっと映し出すワンシーンワンカット的演出が増して、社会派ドラマの味わいを深めます。

前半を彩った中野良子は、一見した頼りなさからは想像もつかない、理知的で媚びてないのに色気が漂うという、すごくいい女優さんでした。あの独特の、台詞まわしは……真似したい。感じです。(←こんな具合に区切りながら発音する)

ちょっと海外女優にはいないタイプかもしれません。1時間19分あたりの女の勇気も、高倉の表情も、じつに良いです。そこで宿の外観を映しちゃうんですかそうですか。

大野雄二の音楽は、ティンパニを用いて大作らしさを響かせております。謎が少しずつ解けていくあたりではミステリアスな情感を高めました。どうしてもルパンのサントラに聞こえるのは云わない約束。

後半のアクションは、どこを取っても、この後のアクション映画やテレビドラマがどれほど真似したことでしょうという場面の連続でした。

夏木(夏八木)演じる刑事のキャラクター造形と、高倉演じる味沢との人間関係もよく、「ああ、沢木というオリジナルキャラクターの刑事を出した2007年の『MW』もこれをやりたかったのか……」なんて思いました。

それにつけても火薬量w

エンディングは甘さを出してしまいましたが、2時間超えの長丁場につきあった観客へのごほうびということで良いでしょう。女性観客としては本編で充分ですが、日本の男たちは少女が好きなのです。

「おとーさん、おとーさん」と甘える頼子(よりこ)ちゃんは、セーラー服の中学生というには、ちょっと幼い感じで、本当は小学生を設定・キャスティングしたかったかもしれません。でも薬師丸自身はカワイコぶったふうではなく、すごくナチュラルないい演技を見せたと思います。

刃物に気づくところのクローズアップの連続が良かったですね。ケーキはつぶれても味は同じだから大丈夫よ。

不思議な感受性のある少女というのは、ちょうど同じ1978年にテレビ放映されていた宮崎駿『未来少年コナン』にも通じるので、当時の流行だったのでしょう。

『私を愛したスパイ』を見た時にも思ったことですが、このすぐ翌年には、その宮崎駿が『カリオストロの城』で激リアル爆発シーンを含む伝説のカーチェイスを披露したのでした。

いい時代でしたね。

『さらば』と同じランキングシリーズはこれにて終了。

次は軽機関銃の健さんもいいけどやっぱ長ドスかなってことで残侠シリーズか、仁義なき方向へ振ってみるか。いや『戦国自衛隊』が先でしょうか。(たぶん『人間の証明』が正解)

製作:角川春樹、監督:佐藤純彌、原作:森村誠一、脚本:高田宏治。

付録映像に役者の生年が載っていたので、ご参考までに。

高倉健(1931年生)本作公開時47歳
夏木勲(現:夏八木勲、1939年生)同39歳
中野良子(1950年生)同28歳
松方弘樹(1942年生)同36歳
三國連太郎(1923年生)同55歳
丹波哲郎(1922年生)同56歳
舘ひろし(1950年)同28歳
成田三樹夫(1935年生)同43歳

男は、誰もみな無口な兵士。

2016/04/08

1977年、ルイス・ギルバート『007 私を愛したスパイ』

むかーーし、ソ連という国があったのです。マイクロソフトではなく、マイクロフィルムの時代でした。いま、レーニンの遺体はどうなってるんでしょう。

『さらば宇宙戦艦ヤマト』が公開された1978年の洋画・邦画合わせた配給収入ランキング第3位。約32億円。SF全盛時代に、七つの海の覇者が意地と洒落っけを見せました。

デタント時代のソヴィエト・アングロ・コーポレイション。見せ場盛り沢山で飽きない2時間5分。ショーン・コネリー時代に練り上げられた007らしさの粋を集め、最新技術でブラッシュアップ。

ロケもセットも火薬量も豪華で、体当たりアクションが次から次へと繰り出され、SF映画張りの特撮も美しく、ときどき真顔でパロディも入ります。「ポチョムキン」捕まっちゃうし。

制作陣による解説つきの特別版DVDを借りたのですが、それによると、妙にだだっ広いKGB司令官のオフィスもエイゼンシュテイン映画を参考にしたのだそうです。

モーリス・ビンダーによるオープニングは1960年代の味わいを維持して趣き深く、本編は小気味よい台詞のやり取りも、登場人物の目線を意識したカメラワークも、照明の使い方も、緩急自在な編集も、音楽の使い方も、たいへんに洗練されております。

監督さんは、あまり他で聞かないお名前ですが、これまでに30本ほど撮ってきたのだそうで、潜水艦内の緊迫感の描き方からして、戦争映画を撮れる人なのだろうと思いました。

銀髪の美しいクルト・ユルゲンスは魅力的なヴィラン。引きこもりの大金持ちは新世界の神になりたいタイプ。手に水かきがある設定なのだそうで、握手を拒んだ後、片手を挙げた際に一瞬見て取れますが分かりにくいです。もうちょっと強調すれば、単なる金持ちではなく、海を愛した男の悲哀が出たかもしれません。

海中基地はデザインも良く、浮上シーンが印象的でした。窓外のお魚は沖縄の水族館で撮ったのだそうです。

Why do we seek to conquer space when seven-tenths of our universe remains to be explored?

「なぜ宇宙などへ行くのかね。世界の7割が未知のまま残されているというのに?」

アメリカの流行を完全に逆手に取っております。

「ジョーズ」の下敷きが何かとは云うまでもなく、海中から見た浜辺の景色もそのまんまですし、イギリス人のジョークセンスは臆面もないようです。それにつけても鮫の餌になるのはいやですが、男に首筋を食われて死ぬのもいやですな。好みのタイプですかそうですか。(愛されキャラではあります。)

いっぽうで、軽くエジプト観光案内でもあり、ルクソールの古代神殿を背景にアフターファイブの正装のままというミスマッチが素敵です。

エジプトロケというと、ピーター・ユスチノフ主演『ナイル殺人事件』も同じ頃の作品だろうと思います。(確認したところ、翌年でした)

イギリス人がエジプトと聞いては黙っていられなかったようで、耳に懐かしいメロディーが響いたには爆笑させてもらいました。編集室のジョークだったのがラッシュでもウケたのでそのまま使ったそうです。そらウケますわな。

思えば、この異国情緒と体当たりアクション、魅力的なヴィランの造形をSFの世界へそのまま移したのがルーカス作品なわけで、本家本元が気を吐いたのです。

英米がテニスボールを打ち合うかのようで、横で見ている東洋人としても楽しい限りです。

アメリカの若者たちの作品との大きな違いは、もちろん化粧濃いめの女が大勢登場するところで、この後は世界的に女優から化粧っけがなくなってしまうので、最後の華といえるかもしれません。

「Every woman for herself. Remember?」(女は誰でも自分のことだけよ。忘れてた?) ぷぷっ。

今回のボンドガールは添え物ではなく、彼女とボンドと悪役ジョーズがそれぞれに活躍するバランスが良いです。

女とできてしまうと物語が弛緩するのがいつものパターンですが、これは裏にもう一つの愛のドラマを置いて緊張感を保ったのが良いアイディアでした。

緊迫の一夜明けて、サルディーニャ島の馬車に同乗する姿に肌を許した男女の馴れた雰囲気が漂うところも良いです。さっそく始まる女の闘いw 

当時の人も、電化チャンバラは若者にまかせて、やっぱり大人はこっちだよと思ったかもしれません。

私が愛したスパイは永遠にショーン・コネリーなのですが、ムーアもいいなと思ったことです。根が真面目そうで、情が深い感じ。コネリーはもっと気障で底知れない感じでしたね。

現代では、せまいスタジオで撮影して、照明で輪郭線をぼかして、CGで背景を描いて、切り替えテンポの早いデジタル編集で空間のせまさをごまかしてってやってるわけですが、この頃は真顔で実物大のセットや巨大模型を組んでしまい、フィルムで撮ってるわけで、今となってはその実直な仕事ぶりに感謝の念が湧いて参ります。

なお、原潜の内部が遊覧船のように快適そうなのですが、撮影の都合上、かなり広めに造ってあるのだそうです。空を映した海の色が美しいラストショットには「次回はユア・アイズ・オンリーです」って字幕が出ました。

さて、バカルディを買ってきて、ロックで飲ろうと思います。(いい女のふり)