BLの神話的起源、日本の学者の不勉強。

  02, 2015 10:30
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社会進出をこころみる女性が、自分自身の弱さを冷たく見据えて描写するというのは、田村俊子が『木乃伊の口紅』の中でやってるです。大正時代の作品です。

彼女は「ほぼ自分」というべき女性を主人公にしているのですが、その夫である男性の眼から見た彼女の狡さ・軽薄さをも見事に描写しています。

つまり、女流が男の眼を持ったわけです。男性化したわけです。だからといって、BLになるわけではない。

1980・90年代に「やおい」を論じた女流学者などは、アマチュア少女作家が(男性によって人生を左右される)女性の立場を皮肉った、みたいなことを言ったようですが、すでにそれは池田悦子が『悪魔の花嫁』(1975年~)を通じて存分に表現したところです。

BLが生まれるには、伝統的な女性性を忌避し、風刺することに加えて、どうしてももう一つのインパクトが必要です。すなわち、男色に関する伝説。

昔の武将や高僧が本当にそういうことをしたらしい、という伝説。

それは年長者が男役、年少者が女役に固定されており、心身ともに男女の模倣が顕著である。通過儀礼を口実にした少年虐待にすぎません。

なんでそんなものを日本の若者が知っていたのかといえば、銀座の高級ゲイバーへ潜入インタビューして来たからではなく、サド侯爵の著作を読んだからです。

【怪奇と幻想、SFと耽美。】

コミケのルーツはSF大会です。SFはラブクラフトや三島由紀夫の存在を通じて、ロマン派・耽美派につながっています。小松左京の口からも「ロマンティーカーの美童趣味なら俺にも分かる」なんて言葉が漏れている。

もともとSFは公害と新たな不平等を排出しはじめた近代産業社会への風刺という意味があり、同様に近代産業社会を否定して過去の「美」に向かう耽美派とは、発生時期からいっても、日本へ輸入されたタイミングからいっても、背中合わせの双子です。

そして社会批判の気持ちを持った創作家(の卵)たちが、猥褻裁判に関心を持たないわけがありません。

ロマン派・耽美派の源流には人文復興があり、その源流には古典古代がある。古代ギリシャの昔から、男神たちは美少年を略取してきました。それは自分が女役になるためではありません。大人=男、子ども=女という定型は、1970年代に至るまで、何千年も受け継がれてきたのです。

小松左京は男だから「分かる」とはいっても耽美派のその部分は自分の題材にしなかった。女流は女だから、あまり抵抗なく描いてしまった。感情移入しているようで、していない。簡単にいうと、それだけです。

【踏襲と揶揄。】

竹宮恵子『風と木の詩』は、第一部だけ読むと「少年同士は切ない」のですが、第二部を読むと年長者が年少者に手を出した様子がきちんと(ってのも変ですが)描かれています。

それによって性倫理を狂わせた少年が別の少年を誘惑し、後者が成長してから青春時代を回想した(すなわちこの時点で擬似的に年長者と少年の組み合わせになっている)という額縁構造が、巻頭言に示されている。批評家として読むなら、ここまで読み取りましょう。

源流をたどれば遥か神話の時代にまでさかのぼる定型表現が、女性の手から手へ受け継がれるうちに「乙女チック」な様相を強めた。多くの女性が人生の初期にはプリンセス物語・少女漫画を与えられるのだから当たり前です。

人は、育てたように育つのです。

1980年代・90年代の研究者たちは、ひじょうに若い女性が奇妙な創作物に夢中になっているという先入観から入っているものですから、心のどこかに、からかってやりたい気持ちがあったのでしょう。

だから、よく考えもせずに「おかしい、おかしい」と首をひねる振りばかりしている。

でも、神話を少しと、文学史を少し知っていれば、むずかしいことは何もないのです。

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