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2014年、大友啓史『るろうに剣心 伝説の最期編』


6日の金曜ロードショーで拝見しました。衣装、背景、殺陣、撮影とも見事なもので、日本の映画人が頑張っている様子が嬉しいです。横にズーーッと移動するカメラワークが印象的でしたが、アニメを意識しているのかどうか。

自身の色男っぷりをよく分かっている福山さんの堂に入った演技が見ものでしたね。ご結婚おめでとうございます。

物語のほうは……維新の功労者が、明治政府によって迫害される。歴史の暗部を描くというアイディアは魅力的です。でも主人公が若いので、いかんせん説得力がない。

本来は、首相になった男と同年輩の中年男性を主人公に、若い頃には維新の夢を語り合い、彼の陰で活躍したのに裏切られ、美しかった全身を焼かれたモンスターとなって戻ってきた……とやるはずの話です。

つまり福山を主役に起用して、原作を換骨奪胎し、彼の悲劇として一本化すべき話です。これなら2時間1本勝負の作品に収めることができ、世界の映画祭へも持っていける。

でも、このスタッフの取った道は、原作漫画およびアニメの固定ファンが共有する世界観を、そつなく再現することでした。

【若者と女性の怨嗟。】

原作漫画自体が、いま流行の「イケメン多すぎ」という作品の初期の成功例の一つであって、もともと主役級の人物が数人もいて、役どころが「かぶって」いるわけです。

しかも、あくまで少年漫画なので、若い読者の「俺らはいつも大人の陰で損させられる」という怨嗟を反映している。

さらに、原作の連載が始まった頃には、すでに本来の少年漫画読者である学童がビデオゲームに取られてしまっている。いっぽうで、年間200万人超えを誇る第二次ベビーブーマーを含む1974年以前生まれが、続々と18歳以上の成人になりつつあった。

漫画雑誌(の一部)は、美青年の登場に期待する成人女性購読者を取り込む姿勢を明白にしたわけで、とうぜん彼女たちの「あたし達は歴史の表舞台で活躍する男の陰で損させられる」という怨嗟を、女みたいな顔した青年キャラクターが背負うことになるわけです。

若者と女性にとっては魅力的だけれども、やっぱり世界レベルで一般的な表現ではない。とくに本来の映画ファンである中年男性を満足させない。

(※ 映画は入館料が必要なので勤労成人のもので、相対的に安価な漫画・自宅で無料視聴できるアニメが子どものものなわけです。)

だから、固定ファンへのサービス、and/or、原作漫画を再販するための全編これプロモーションビデオといった趣。

特殊効果を含めた表現力は申し分ないけれども、映画としての完成度、歴史巨編としてのリアリティを求める中年以上の男性には「あまり真面目にご覧になっちゃいけません」と忠告もうし上げる必要がある。

日本の漫画・アニメはあるていど輸出されているので、世界的にも或るていどの市場を見込める。でも、あくまで「ある程度」で、それ以上には広がっていかない。そうかといって……。

【映画の贅沢な苦悩。】

「維新の陰の功労者が全身包帯のモンスターとなって明治政府に挑む」といった時点で、『るろうに』のパクリじゃん、と言われる可能性は高い。

もともと原作自体がゴシックホラーと時代劇をミックスしている。さらに剣戟と洋装の混在という「B級」の面白さを取り入れている。20年前の原作の時点で、もうこれ以上オリジナリティを出すのは無理、と漫画家が見切っている。

映画人も、いまさら迂闊にオリジナル脚本は出せない。

また、わざわざ権利料を支払って有名タイトルを名乗っておきながら、話が換骨奪胎されているというのは、ファンが許さない。だから面白そうな原作を見つけた映画人は、そのまま再現する他ない。

日本の伝統芸能ばかりでなく、クラシック音楽、オペラ、バレエなども、アンシャン・レジームの庇護を失って久しく、身分的には庶民という他ない熱心なファンに支えられることのみによって生きのびている。それが高齢化しているので、こっから先が心配だというのは、先進国の演技者が共通して抱える悩みでしょう。

映画は、都会の富裕層ばかりでなく、立派なオペラハウスなど持たない地方の庶民も楽しむことができるので、舞台劇にくらべて下位文化あつかいだったはずです。

だからこそ、有名な原作を得手勝手に改変したり、ギャング映画・無国籍映画といった「娯楽」が許された。でも、技術と意識が高まって、なまじっか高級なものになっちゃったわけです。

理念と技術の蓄積という資産のない状態だったからこそ許された「弱者特権」が、もう通用しない。どうせ映画なんだから、このくらいやらせてくれたっていいじゃ~~んと、うそぶくことができない。

「やればできるんだから、真面目にやれ」って言われちゃうのです。

【明日はどっちだ。】

漫画を元に荒唐無稽な映画を成立させるのは、マーヴェルなどもやってるわけで、もともと『バグダットの盗賊』みたいなクラシック映画だって、おとぎ話の映画化なんですから、オリジナルアイディアを出せない日本の映画が情けないわけじゃありません。

原作漫画が尊重される、固定ファンが勝手な改変を許さないというのは、各国とも1945年の終戦後に生まれた世代の次世代(第二次ベビーブーマー)が、紙の漫画(グラフィックノベル)を読みながら育ってきたことによるもので、問題はこっから先となります。

この20年間は、1990年代の遺産で食いつないで来たといえる。その背景にあるのは明らかに1980年代の「同人」活動です。では今から30年後は?

いまの40代が70代になって、同級生が順に旅立っていくのを見送る他なくなったとき、その時代の40代は、紙の漫画に最大の愛着を持っているとは限らない。テレビアニメにさえ執着しているかどうか分からない。

自分自身を主人公とするオンライン交流型のゲームによって、それぞれの物語を抱えてしまった新世代は、何を懐かしがり、なんの再現を喜ぶのか。

【結論。】

表現力は申し分なく、日本人は手先が細かい、俳優をふくめて映画職人に誇りがあると言えるけれども、「てつがく」というのか、先が見えない。

二十年前のタイトルと、その固定ファンにすがり続ける他ない。

日本の映画全体、さらには創作界全体を象徴するような作品だったかな……と思います。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。