昭和13年、堀辰雄『風立ちぬ』

  27, 2015 10:20
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女は抱きしめてほしい。病気なんか怖くない、きみと一緒なら死ねるといって、貫いてほしい。夫婦なんですから。

でも彼にはできない。同じ部屋にいるのに指一本ふれない。彼女も無理強いはしない。だからジッと見つめている。男は「怖い」という本音を見透かされているのが分かっている。

そうかといって逃げ出すわけでもない。仕事があるなどといって都会へ帰ってしまうわけではない。

ずるい男なんだけど、悪い男ではない。彼を選んだ私の眼に、まずまず狂いはなかった。

女は病んだ胸一つにすべての感慨をたたみこんで、黙って死んでいくわけです。彼は彼女によって許されたんだけれども、自分を許すことができない。山奥に引きこもってしまう。

でも、それにつけても村娘に食糧を運んでもらう必要がある。男とは、独りでは生きていけない哀しい生き物だ……

そういう、言葉にならない、文章として書かれない、伏流水のような心理がずっと流れている。そういう小説だと思います。

実体験に基づいて、その際の心情を的確につづっているようでありながら、自分で自分に嘘をついているような、ずるい男の独り言は、体のいい自己愛表現なんだけれども、後味の悪い作品ではありません。

風景描写が美しいのはもちろんですが、根が良い人たちだからです。せめて愛する人の前で誠実でありたいと思う男と、ヒステリーを起こしたりしない女なわけです。

病気さえなければ、愛らしい若夫婦だった人たちです。

近代化して以来、日本は西欧に優越することができない国になりました。無理に優越しようとすれば戦争やる他ない。もちろん小説家たちは戦いたいタイプではありません。

日本の近代インテリは、なまじ理解力があっただけに、ずーーっと「頭打ち」された感覚、しかも(政府・軍隊によって)西欧と実際に戦うことを求められているという圧迫感、モヤモヤ~~ッとした暗い感じ・病んだ感じを持ち続けていたのだろうと思います。

その結論は「黙って愛しぬくことのできる女は強いが、現実から逃げ続ける男は哀しい」になっちゃうのかな……と思います。


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