柳 広司『ジョーカー・ゲーム』と『ロマンス』

  16, 2015 10:20
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角川文庫『ジョーカー・ゲーム』のカバー絵には、陸軍の制服と長靴を着用し、白手袋をした人物が椅子にふんぞり返った姿が描かれていますが、担当者のミスです。

作中には、「魔王」が軍人らしく見えるのを嫌うことが書かれています。五分刈り頭も、軍帽によって額の半分が日焼けしていないことも、軍服を着用することも嫌いです。

カバー見返しに印刷された名前から察するに、画家も担当者も女性です。
「いつも白手袋をしてる軍人なんですよ!」
「萌える~~!」
作品をきちんと読まずに、女二人で変に盛り上がってしまった様子が目に浮かぶようです。まことに残念です。

でなきゃ、軍服フェチの読者をひっかけるつもりで、角川が餌をまいたのです。(引っかからなかったとは言いません。)

というわけで、『ジョーカー・ゲーム』は、制服に象徴される形式ばかり重んじる陸軍の専横と無能に対して、合理性で立ち向かう集団を描いているのです。なんだかんだ言って、彼らなりにお国のために尽くしている。別に敵を利しているわけではない。

でも序盤と終盤に、D機関そのものの非人間性を指摘し、否定する人物を登場させて、作家自身および読者の良心と、危険な刺激を求める心とのバランスを取っている。

創作物というのは、飲酒と似たようなところがあって、読んでいる間・呑んでいる間はおおいに酔って騒いでいいのですけれども、それを職場に持ち込んではいけない。一時的な娯楽であることをわきまえた上で楽しむものであって、飲んだら乗るな、話を真に受けて自分もスパイになろうとか思うな、という約束が大事です。

で、『ロマンス』。知的刺激を求めた読者には、あきらかに物足りない。20世紀初頭の探偵小説の、それも出来の悪いほうの焼き直しに見える。

というか実際にそうなんでしょう。古めかしい雰囲気を出すことには成功していて、ロマンスというタイトルにも作者の開き直りというか、自嘲というか、微妙な気分がうかがえる。

あるいはBL趣味におもねったのかもしれないし、妹趣味におもねったのかもしれない。生計のために筆を枉げたのか、本音が出ちゃったのか、いろいろ勘ぐりたくなる要素が詰め込んであって、その既成の要素を詰め込むという技法としては『ジョーカー』と同じなんだけれども、どうも「位」が落ちたというか、意気軒昂という様子がなくなってしまった。

ただし、「そもそも『お国』ってなんだ? なんのために戦争するんだ? なんで軍隊が必要なんだ?」というところまでさかのぼって考えたことは明らかです。

今なお天皇を国民統合の象徴とする国において、最大のタブーを表現した作品を世に問う根性は、むしろ『ジョーカー・ゲーム』の上を行っている。

陸軍の無能によって戦争の被害が拡大したことは、すでに現代人の広く知るところですから、それをもう一度「あいつらは無能だ」と言うことは、たやすいのです。その痛快さもあって、『ジョーカー・ゲーム』は読者を熱中させ得る。

でも、『ロマンス』の主人公は無力感にうちひしがれて終わる。出世を断たれた親友と「二人いれば何とかなるさ」というわけでもない。

もしかしたら、一見したグダグダ感の陰から、相変わらず意欲旺盛な作家が、表現規制を強め、「タカ」っぽくなっていく(発行当時の)社会に向けて放った皮肉であり、心を狙撃する一弾だったのかもしれません。



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