記事一覧

柳 広司『ジョーカー・ゲーム』と『ロマンス』


角川文庫『ジョーカー・ゲーム』のカバー絵には、陸軍の制服と長靴を着用し、白手袋をした人物が椅子にふんぞり返った姿が描かれていますが、担当者のミスです。

作中には、「魔王」が軍人らしく見えるのを嫌うことが書かれています。五分刈り頭も、軍帽によって額の半分が日焼けしていないことも、軍服を着用することも嫌いです。

カバー見返しに印刷された名前から察するに、画家も担当者も女性です。
「いつも白手袋をしてる軍人なんですよ!」
「萌える~~!」
作品をきちんと読まずに、女二人で変に盛り上がってしまった様子が目に浮かぶようです。まことに残念です。

でなきゃ、軍服フェチの読者をひっかけるつもりで、角川が餌をまいたのです。(引っかからなかったとは言いません。)

というわけで、『ジョーカー・ゲーム』は、制服に象徴される形式ばかり重んじる陸軍の専横と無能に対して、合理性で立ち向かう集団を描いているのです。なんだかんだ言って、彼らなりにお国のために尽くしている。別に敵を利しているわけではない。

でも序盤と終盤に、D機関そのものの非人間性を指摘し、否定する人物を登場させて、作家自身および読者の良心と、危険な刺激を求める心とのバランスを取っている。

創作物というのは、飲酒と似たようなところがあって、読んでいる間・呑んでいる間はおおいに酔って騒いでいいのですけれども、それを職場に持ち込んではいけない。一時的な娯楽であることをわきまえた上で楽しむものであって、飲んだら乗るな、話を真に受けて自分もスパイになろうとか思うな、という約束が大事です。

で、『ロマンス』。知的刺激を求めた読者には、あきらかに物足りない。20世紀初頭の探偵小説の、それも出来の悪いほうの焼き直しに見える。

というか実際にそうなんでしょう。古めかしい雰囲気を出すことには成功していて、ロマンスというタイトルにも作者の開き直りというか、自嘲というか、微妙な気分がうかがえる。

あるいはBL趣味におもねったのかもしれないし、妹趣味におもねったのかもしれない。生計のために筆を枉げたのか、本音が出ちゃったのか、いろいろ勘ぐりたくなる要素が詰め込んであって、その既成の要素を詰め込むという技法としては『ジョーカー』と同じなんだけれども、どうも「位」が落ちたというか、意気軒昂という様子がなくなってしまった。

ただし、「そもそも『お国』ってなんだ? なんのために戦争するんだ? なんで軍隊が必要なんだ?」というところまでさかのぼって考えたことは明らかです。

今なお天皇を国民統合の象徴とする国において、最大のタブーを表現した作品を世に問う根性は、むしろ『ジョーカー・ゲーム』の上を行っている。

陸軍の無能によって戦争の被害が拡大したことは、すでに現代人の広く知るところですから、それをもう一度「あいつらは無能だ」と言うことは、たやすいのです。その痛快さもあって、『ジョーカー・ゲーム』は読者を熱中させ得る。

でも、『ロマンス』の主人公は無力感にうちひしがれて終わる。出世を断たれた親友と「二人いれば何とかなるさ」というわけでもない。

もしかしたら、一見したグダグダ感の陰から、相変わらず意欲旺盛な作家が、表現規制を強め、「タカ」っぽくなっていく(発行当時の)社会に向けて放った皮肉であり、心を狙撃する一弾だったのかもしれません。



Related Entries

SEARCH

Profile & Caution

Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。