空気を読むのが悪いことなんじゃありません。

  02, 2015 10:20
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「昔は空気を読むなんて言わなかった。いまの若者は情けない」という講演会を聞いたのです。

でも、その講演者に向かって観客席から「つまんねーーぞ!」とか言わないのも、空気を読むうちですね。江戸城の大広間で外様大名が「将軍とか、どうせ世襲だから無能じゃーーん!」とか言わないってのも空気読むうちです。

講演者は「俺が大学をやめて独立するって言ったら、同郷の友人たちが『よし分かった』と言ってくれた」というのです。

だから、それを空気読むっていうです。

この場合、空気読まないのは「お前、そんな甘いことでやっていけると思ってんのか!? いま日本のGDPはだな……」とか「先日の先進国蔵相会議でこうこうこのように決まったということはだなァ」とか議論を始めちゃう人のことです。しまいに「聞いてんのか!?」とか怒り出す人のことです。

周囲は「たったいま全員でこいつの夢を応援してやろうって気持ちで一致したところだろ!? 人の心の分からない奴だ」って憮然とするです。

成人式で「ウケてる」と勘違いして自分だけ騒ぐ人がいれば、取り押さえるために警察が呼ばれ、そのあいだ会場が封鎖される。他の参列者は「みんなさっさと済ませて、さっさと帰りたいんだから騒ぐなよ」と思っている。

独善性に対して、協調性を求めることを、空気を読むっていうです。

ホームに落ちた人がいるから皆で電車を傾けるぞっていう時に、一人だけ「手が汚れるじゃん」とか「今、メール打ってて忙しいんですけど」とか言わないってのも空気読んだうちです。日本人の美徳です。

でも、時々それが裏目に出て、みんな我慢しているという理由で、組織改革のために必要な提言ができないといったことになるです。

あるいは若者が一人で昼飯食ってると「空気読めない奴」という変な評判が立って、それ以来どこへ行っても仲間はずれにされる、ということを本人が恐れる。

空気を読むことが悪いんじゃないです。同じ行動が良い意味に作用するときと、悪いことの原因になるときがあるです。

だったら「空気読む時と、読まなくていい時があるんだよ」と教えてやればいい。それには大人の側の「ものは言いよう」ってことになるです。だから最近は「部下の心に届く言葉かけ」といった書籍が流行している。なんでも昔の若者は良くて、今の若者がダメなのではないのです。

団塊から第二次ベビーブームにかけては、同級生の数が多かったので、「みんな! 俺と一緒に盛り上がろうぜ! 空気読めとか言うなよ! イエ~~イ!」という明るさを装った同調圧力大好き、ということがあるのです。ここは気をつけたいです。



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