紙の本には互換性の心配がない。

  07, 2015 10:20
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ぼちぼち始める大掃除。納戸から旧作書籍(またの名を積読)がいっぱい出てきました。まだ読めました。

VHS版のビデオはもう見られないと思います。ベータ版は言うに及びません。ゲームも使えなくなったソフトがあります。再生デッキを保存しておけばいいわけですが、故障した際には修理がききません。

紙の本は偉大だと思ったことです。

またネットの調べものは、ウィキペさんの記事を転載してあるだけというサイトも多く、行き詰まりがちです。やっぱり詳細な知識は紙の書籍の中にある。

無断複製の問題は生じ続けるでしょうが、たとえば500ページの専門書や、何巻にも及ぶ連載小説をすべて手打ち入力して、その手間に対して一円の見返りも求めず、かたっぱしから無料公開してしまうというのは、ちょっと考えにくい。

青空文庫などは純粋に教育目的で、深甚な好意によって成り立っているものです。

じゃなくて、ちょっとブログをにぎやかにしたいとか、アクセスカウンターをかせぎたいといったことで数千円もする書籍を買ってきて、腱鞘炎のリスクもかえりみず、煩瑣な索引ページに至るまで、打つべし打つべし打つべしってのは、ちょっと考えにくい。動画や画像の転載が後をたたないのは、技術的に楽だからで、活字のほうは、それとは訳が違う。

やっぱり編集のプロの手を経る必要のある種類の本というのは存在するし、すでに存在する書籍をすべてデジタル化することはできないし、必要もない。

というわけで、専門書を必要とする人、稀覯本を高値で取引する好事家はなくならないでしょうから、紙の本が全滅することはないでしょう。

出版界は、この十年のあいだにすごい規模で売上を減らしたらしいんですが、それはもともと一過性の流行情報としての映画、スポーツ、ファッションなどの話題を求めていた浮動票的な層がデジタルに移行したからかもしれない。

とすると問題は、デジタルが盛ん、ゲーム業界が好調といっても、それによって日本全体の景気がすごく良くなったわけではない。つまりAに分配されていたものがBに移っただけで、日本国内にある「お金」の総額はべつに変わってないってことなのかもしれません。

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