芦沢父娘と松永純也。

  10, 2015 10:20
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芦沢父娘と一緒に見る気分で『鬼岩城』のDVDを借りながら、「松永は?」と思いついたのです。

彼と理帆子の間は奇妙によそよそしい。小さい頃から仲が良いというふうではない。幼い理帆子に「松永のおじちゃんにドラえもんごっこしてもらったーー♪」という記憶がない。

彼はウィーンへ留学していたとか、ボストンで振っていたとかいう時期があったはずで、忙しかったには違いないんですが、娘が日本国内で育っていることを考えると、こまめに行き来していたのかもしれません。

とすると帰朝した際に理帆子へも「海外で売っていた横文字のドラえもん単行本(公式)」なんておみやげがあっても良さそうなもんですし、誕生日にドラえもんの主題歌を編曲してピアノで弾いてくれたなんてことがあってもよい。父親の代わりに新作映画の話題で心を通わせることができていたら、理帆子の高校時代もだいぶ変わっていたにちがいない。

光は松永を洗脳しておかなかったことを後悔したでしょうか。学生時代にやってみたけどダメだったんでしょうか。どっちかっていうと純也が音楽の夢を熱く語り、光は相槌上手な聞き役だったのかもしれません。

理帆子が誰に対しても、その人が他人から言ってほしいことを忖度して対応してやるという八方美人なのは、一つの才能ではあって、彼女自身が聞き上手なわけです。それを父親から受け継いでいる。だからこそ、自分に関する相談相手として父親を求めている。

いっぽう母親のほうも押しつけがましく喋り続けるタイプではない。

とすると、芦沢家は聞き上手が三人そろった代わりに、自分からはどこかへ乗り込むわけではない。自分からホームパーティを企画して「松永家ご招待」というふうでもない。どうも交際範囲のせまい静かなご家庭だったらしい。

それが急に裏目に出て、孤独におちいった理帆子ちゃんは夜遊び上手になってしまうのでした。この子、誘われない日は一人で何を食べていたんでしょう。

子どもはおなかがすくと悪さをするのだそうです。そういって、無償で不良少年を集めては、晩ごはんを出してあげる高齢婦人がいらっしゃるそうです。理帆子も、まずは食べるものを求めて「飲み会」へ通っていたのかもしれません。

『凍りのくじら』の見事なところは、キャラクター性と事件の性質、テーマと創作技法に一貫性があるところなのでした。

どっかで見たようなトリックを繰り返すことは、ミステリ作家なら誰でもできる。難しいのは事件を起こしそうな、あるいは事件の可能性を放置してしまいそうな人間性を描き出すことなわけで、このへんの成否がミステリの格を決めるのでしょう。

『凍りのくじら』がミステリかって言われると、ミステリの手法を使ったファンタジーというべきか、時間旅行というSFのアイディアを取り入れた純文学というべきか、分類に困るところなわけで、やっぱり「すこし不思議」な物語なのかもしれません。


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