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昭和33年、円地文子『女面』


新選現代日本文学全集17(昭和三十四年)より。三段組で60頁。

外国語の文法に依拠した言い回しはすでに廃れ、詩の教養に依拠した華麗な比喩はそのまま模倣するわけにもいかず、杓子定規な結婚観へのアンチテーゼとして、ストレート女性同士の擬似同性愛が描かれている。

円地文子は現代では取り上げにくい作家になってしまったのかもしれません。

が、ワキとワキツレを思わせる男性たちによる導入部から、女の情念の秘密が少しずつ明るみに出されていく構成は能楽そのものであって、人間観察の鋭さと博学さをさりげなく配置する手際からしても、得るところは大きいです。

漫画家を含めて創作家が能楽を題材にするときは、能面または謡曲に表現された女心を作中人物が地で行ってしまうというのが一つの定型。

「この面を掛けて、この曲をいかに舞うか」という技巧上の工夫は、基本的にプロにしか許されない。彼(女)らはまさにその資格を得るために修行する。

能楽そのものの技術論には興味のない読者は「ここで一足出ると強い心情を表現できる」とか言われても「はァ、そんなもんかねェ」という感想しか持てない。それより舞台下の男と女の痴情のもつれはどこへ着地するのか。

能面および謡曲を制作したのは数百年から数十年前の男たちだったわけで、そこには彼らの考える女性性が刻まれている。

それに女性が見とれて、ここに私の心が表現されているわと思うならば、女性が男性の価値観に従属している、というフェミニズム的内部批判もできる。

でも、上村松園以来、女流が能の女を描くときは「あら、本物の女の情念はもっと怖いのよ」というものだったように思われます。

白洲正子は能楽を男の同性愛(と書いてナルシスムとルビを振る)と看破し、女は中将にはなれても大将にはなれないと知って辞表を叩きつけた挙句に西行と小林秀雄をおっかけた(しかも日本史上最高ともいうべき男を夫にしていた)人ですが、その男のナルシスムに対して女のナルシスムを描き出してみせる画家・作家もいることです。

この作中では男たちが女性談義をする。うちの一人が「女心の企みが男に分かってたまるもんか」ってなことを言う。書いているのは女流です。

そもそも男二人が「オーーッ」「オーーッ」と旧友らしい声を交わすところから始まるんだけれども、女流の筆はこの挨拶を「獣じみた」と書いてしまう。そして彼らは着座するや女性の噂話を始める。そして女の陰謀に取り込まれていくわけです。梅の香のように匂い立つのは中年女のナルシスム。

さァ、これを女の情念と呼んで味わうか、気味が悪いというか。現代の若い人なら迷わず後者を主張するかもしれません。おおかたの一般女性も「いくらなんでもここまでしないわ」というかもしれません。

男たちは最近の(昭和30年代の)女子学生があけっぴろげにものを言うようになったことを指して「精神のストリップ」と呼び、それには女の魅力を感じないとほざく。

まさにヒロインは情念と怨念と企みを胸に秘めて明かさない戦前の女です。でも、じつは六条御息所に関する論文を書いていた。

作中にはその全文が掲げられており、当然ながらこの論文自体が作家の手になるものです。古代の巫女の誇りを劇中劇として表現した作家は、その神聖娼婦としての性的自由と気位の高さが生身の男たちを畏怖させると指摘する。

論文というか、検証しようもない話なので、随筆のようなものであって、たぶんまともに提出しても学会では相手にされない。それを小説の形で発表したのでしょう。

光る君とぞ契らん。

御息所ほどの高貴な人が、何を求めて生霊になるかといえば、光る君にごはん作ってあげたいということではない。お洗濯してあげたいということでもない。自らの満足を最優先しているのです。

男の口から「女の精神のストリップこそ動物的」と言わせておいて、作家自身は精神のストリップティーズを披露している。このあたりで溜息が出るわけではございます。

作家だろうが女優だろうが、実際にはそうそう奔放に男性を渉猟できるものではないし、安定した生活あってこそ筆も進むということもあるわけで、愛妻家って言葉がありますが、文子は愛夫家だったそうで、べつに浮気したいとか離婚したいとか生霊になりたいとか後妻打ちしたいとか言ってるわけじゃないはずなんですが、そういうわけで明治以来、六条御息所は芸術で身を立てた女たちの好むテーマではあります。

そして能の鬼女は、結局のところワキ僧に退治されてしまうんだけれども、仏教伝来以前にさかのぼる巫女の誇りは、この作中では一応の成功をみる。ただしその罪の意識は主人公を楽しませはしない。

能面について予備知識がないと理解できないという話ではありません。むしろ的確な描写によって能面鑑賞の入門編として機能するかもしれません。装束なしで、普段着としての和服の上に面だけつけた時の不気味さもよく表れています。

能面の他にも様々に美しい小道具が登場します。「歌人によくある名流婦人」にして、母にして、姑たる人の過去に何があったのかというミステリの要素もあって、贅沢な気分に浸ることができます。耽美派って本来こういうものだろうと思います。

このすぐ隣には三島と澁澤と茉莉がいたわけで、やっぱり面白い昭和三十年代。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。