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2016年1月24日グランシップ静岡能、宝生流『八島』ほか

家康が1616年に亡くなって、今年で400年なのだそうで、年忌能の一つとして、野外劇場で上演されていた往時を再現したい。

若き宗家の意欲によって、まさかの背景美術つき(驚愕)

グランシップ中ホール(約870人収容)の多用途ステージに、能が出るときだけ屋根のない仮設舞台を組み立てるわけで、その上方の天井部分は、通常は暗くなっている。

今日は木製の壁のすぐ上に、鏡板の老松とタッチを合わせた松の枝という大道具があしらわれ、その上の空間には白雲の浮かんだ青空が映し出されて、瞠目することしばし。ああ撮影したい。グランシップは現代演劇にもたいへん力を入れているので、そのスタッフの尽力でしょうか。

法政大学能楽研究所のバックアップつきで、宮本先生がろくでもないたいへん珍しく有難いお話を聞かせてくださいました。

ロビーには法政大学所蔵の資料が展示されており、楊洲周延の町入能の絵も拝見できました。嬉しい。町人があれだけ騒いでるのを、武士は「静かにしろ」とも云わなかったのかな、と不思議に思うなど。

もっとも、周延の絵は上演当時のリアリズムではなく、人物の描き方も様式化されているわけですが、リアル江戸時代の資料も展示されており、そちらでは多くの女性も鑑賞に来ていた様子が見られて興味深かったです。

たしか泉鏡花の作品に「誰も能を見ちゃいない」(謡本を見ていたり、一緒になって謡うことに夢中)なんて愚痴がありましたが、江戸時代から、あるいはそれ以前から、同じことだったのでしょう。

現代の冬場の上演は、咳をする人が多かったり、のど飴の袋を開ける音がガサガサ響いたりすることですが、まァ当時に比べれば。なお、遅れて入ってきて椅子を探すときには、独り言で席番をくり返すのを控えましょう。

さて、お舞台。『翁』の素謡から。演者は舟形烏帽子に紫色の素襖着用。袴の脇開きに手を収めるのとは違う袖さばきがまた美しかったことでございます。宗家は威厳のある良いお声だと思いました。グレイヘアの地頭は勢いのある方でした。

「地謡方の点呼を取って、パンフレット上の名前と顔を一致させたい」とは毎回思うことですが、致し方ありません。

厳粛さが強調されることの多い『翁』ですが、あの意味不明な魔法の呪文によって脳を解きほぐし、心を解放するという、リラクゼーションというか、ヒーリングというか、改めて、そういう効果があるように思いました。もしかしたら狂言方に通ずる滑稽味をもって演じられていた時代もあったのかもしれません。

狂言は『末広がり』、力量のあるお三方で、たいへん楽しかったです。昔の日本人は本当に胴長短足だったので、重心が低く安定感があるのは当たり前なのですが、今では足長のイケメンが頑張っていることです。主人役が小謡に乗ってしまう場面は、見てるほうには面白いですが、演技者にはつらい体勢なのでしょうね。シャギリが可愛く決まった瞬間には、思わず「ブラボ!」と云いたくなるものです。

江戸時代には本当に歌舞伎のように声をかけることもあったそうで(宮本情報)、それを武士がたしなめなかったのなら、封建時代に関するイメージが変わりそうです。

『八島』は本当に小兵のシテにより、「小兵だと思われたくない」という義経の誇りが最大限に表現されておりました。背景の青空がたいへん効果的でした。大鼓が遠くから打ち寄せる波浪の音、小鼓がその岩を洗う音、笛が春風の音に聞こえたことです。ワキ方三人の合唱が美しかったです。

よく知っている気がしていた『八島』でしたが、前場から通して見たのは初めてでした。春の『八島』、秋の『松風』。たぶん同じ番組でかぶってはいけない曲。「大和申楽」の世阿弥は基本的に山に囲まれて育ったはずで、海への憧れがあったのかもしれません。

アイも長いんだろうな……と覚悟しつつ、もはや眼を閉じて拝聴したところ、景清カッコいい~~。渚に乗り入れる小舟、仁王立ちで名乗りを挙げる武将、渾身の力比べがありありと脳裏に浮かぶことです。「というわけで、あんまりよく知らないんですが、ところでご用件はなんですか」っていう、あのアイのパターンは笑っていいところなのかどうか。(たぶんよくない)

後シテが出てくる直前の囃子の、ぐっと熱がこもって緊張が高まった感じは良いものです。「位」ってこういうことを云うんだろうな、とぼんやり思うなど。幸弘の笛がやや弱い感じで心配していましたが、後場に至ると潤いを増しました。そういう演出なのか、そういう人なのか。

将軍家拝領の法被は、今日も金色に輝いていました。おそらく霊感の強い僧侶に惹かれて、いっとき閻浮に帰った幽霊が、血沸き肉躍る合戦を思い出して我を失い、空の白んできたことに気づいて、ふと寂寞にとらわれる。自分はもうこの世の存在ではないことを思い出す。その、ふっと気の抜けた感じがよく出ていた……などと云うと、ベテランのシテに失礼でしょうか。

佐伯彰一(というか本居宣長)によれば、日本の神道における黄泉の国というのは、極楽でも地獄でもなく、たんに穢く悪しきところなんだそうです。それでも、そこへ行く他ないから、死ぬことは誰にとっても悲しい。だからこそ、生き残った人が追悼し続けてあげるのだそうです。

武将の霊は修羅の地獄に落ちて永遠に戦い続けることになっているのが能の世界観だけれども、夜が明けたので、また戦場へ帰るんだ……というのとも、ちょっと違う。暗く寂しいところへ帰っていくのです。我があと弔いてとも云わないところがかえって悲しい。

たーーかまっつのーー、あーーさあっらっしとぞ、なりにけーーるーー。袖を巻いて留拍子。

宝生流は古朴というか男らしいというか、観世流がレガート利いて、やや女好きのする感じなのとまた違う骨太な魅力を持っていることです。観世流は江戸で他の芸能の要素を取り入れたのかな、前田家には戦国時代の気風が残ったのかな、などとぼんやり思いました。勉強するよと云いながら。

お舞台には春の微風が吹いておりましたが、戸外の風はすこぶる冷たい日でした。先生方には寒い中、遠いところをお運びくださって本当に有難うございました。ご自愛なさって、ますますご活躍ください。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。