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1979年、小泉喜美子『月下の蘭』双葉社

推理というより、エドガー・アラン・ポー流の怪奇と幻想、耽美的ホラー小説というのが近いのではないかと思われます。春夏秋冬になぞらえた4作を並べた中篇集。

リアル世界が交通安全週間か何からしくて、コートの襟もとに白いマフラーを巻いた警察官の姿(カッコいいですね)を見かけたので、3作めの『宵闇の彼方より ~秋は蟲』を思い出したのです。

「写真の一枚は白衣をつけた温顔の老人のものでしたが、もう一枚は軍帽をまぶかにかぶり、白絹のマフラーを頸に巻きつけた、眉目秀麗な一人の海軍青年将校の顔でした。」(p.164)

ミステリ作家が山間部を取材旅行中に自動車事故を起こし、現地の病院に収容されたので、雑誌編集者が見舞って行くと……。

朽ちかけた『葛城病院』に謡曲「土蜘蛛」が響き、蝶の模様のスカートをはいた看護婦さんが薬を持ってきてくれるという道具立てが楽しいのです。いや、楽しく読むような話ではないですが。

編集者は一人称が「私」で、女流作家の筆だから女性編集者かと思って読み始めると、途中で視点移動があって、そこから見ると編集者が男性であることが分かります。入院中の作家からは「保井くん」と呼びかけられる。

保井くんは能楽でいう「ワキ」なわけですが、冒頭から「それではお話しましょうか」と読者に呼び掛ける体裁で、やや演劇的な、構えた口調による長い独白を始めます。1979年にしても古風な趣で、ロマン主義のイミテーションなわけですが、見事に成功しています。

回想場面における保井くんに比べて、この独白はすっかり歳をとってしまったような印象でもあり、事件が保井くん自身を変えたことを暗示する二重構造になっているようです。

まだこの頃には、こうして格式張って小説の形式を整えることに、作家が意欲を持つことができたのかもしれません。

男性作家が、ほぼ自分というべき登場人物を案内役に、大学の先輩と、彼の関わった不思議な事件を読者に紹介するという式の作品は、ミステリという分野のそもそもの初めから、たくさん物されて来ました。

女流の仕事は、どうしても「よく上手に男性の真似ができましたね」というのが、評価基準になるわけです。作家と編集者の男同士の会話もそれらしく書けている。でも、どうしたって、どこかから引っ張ってきた感は否めないわけですが、ここでこうして取り上げている次第で、そこが好きなのです。

太平洋戦争を素材にして、この種明かしになってしまうのは、戦没者遺族にとっては気持ちのよいことではありません。

もとよりミステリというのは、三面記事の娯楽化で、とくにこのようなロマン主義的・耽美的味わいを加えると、そのような道徳的判断を停止して、物語内部の構成の緊密さ、文体の華麗さをそれ自体の価値として味わうということになります。

そしてもともと、ロマン主義とは、芸術を神に捧げる人間の禁欲・倫理・道徳といったことから解き放つ運動そのものでした。なお耽美とは、美に「ふける」ですから、もとより良い意味ではありません。

『宵闇の彼方に』は能楽を題材にしていますが、春を表す『月下の蘭』は温室における女流園芸家による蘭栽培、夏を表す『残酷なオルフェ』は舞台劇、冬を表す『ロドルフ大公の恋人』は海外で遊びなれた男を主人公に、浄瑠璃を引用しており、いずれも華やかな印象です。

初版本あとがきでは、作者みずから「私は現実的なミステリーにはほとんど興味がない。社会性とやらは私の関知せざるところである」と(いけしゃあしゃあと)書いております。歌舞伎をたいへん愛好していたようで、その舞台を評した文章には「両性具有の美貌の不良少年」なんて言葉も登場するようです。お嬢吉三か菊之助か。(1982年『やさしく殺して』)

あの時代の女流らしいな、と思ったことです。

なお、手持ちの版は1985年初版の徳間文庫です。白絹のマフラーを巻いた人は搭乗員ではなく、軍医として出征したそうです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。