漫画同人会と個人の混同。

  10, 2016 10:20
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漫画と小説を同じ名前で呼んで混同することによって、同人が将来の道を踏み誤ってしまう、というお話。漫画家になりたい人は漫画を描きましょう



「漫画を原作とするテレビアニメを素材とするパロディ作品という特殊な創作物を同人誌即売会という催事に出品する」

という活動は、ひとつ決定的な弊害を生みました。いえ、著作権問題ではありません。それは話し合いで解決が可能です。

社会問題として、もっと重要なのは「小説を出品するために参加した人が、隣りのブースに座っている漫画同人会の会員と自分を混同し、漫画編集部に人脈ができたつもりになって、いずれ自分も漫画家にしてもらえると期待しちゃうもんだから、小説の勉強をしなくなる」ということです。

もとより漫画は描けない。

当然ながら、いつまで待っても漫画編集部から「デビューしませんか」という話は来ません。漫画同人会の先輩に教わって、まじめに漫画の描き方を練習していた人は、漫画家としてデビューしていきます。

取り残された小説派は「だまされた」と思う。社会が悪いと思う。親の育て方のせいだと思う。プロになった奴はズルをしたに違いないと思い込み、悪口を言いふらす。

でも「自分は『同人誌即売会に出品したのと同じものじゃダメなんだ』と思って諦めたのに、同人時代とおなじ作風でデビューした漫画家はズルイ」んじゃなくて、自分は小説を書いていたから、漫画編集部から相手にされなかっただけです。

【漫画は職人技です】

漫画を描くには、コマ配置・フキダシ配置・トーン削りなど、身につけるべき約束事・技術がたくさんあります。

背景画は、人物のじゃまをしてはいけないので、風景画・静物画それ自体を作品として成り立たせるためとは違う独特の約束事を知っておく必要があります。

「手に職をつける」という言い方がありますが、漫画というのは特殊な職人技なのです。

どんなに奇抜なエログロのアイディアを持っていても、「あえぎ声」のオノマトペなら何行でも書くことができても、それだけでは漫画家にはなれないのです。左向きの顔のイラストしか描けないのでは絶対になれないのです。

きちんと漫画を描ける人というのは貴重なのです。

だから優遇されるのです。原作をつけてもらえるのです。でも文芸派は条件が違うのです。漫画編集者だって期待されても困るのです。

編集者としては、文芸派がオリジナル小説を完成させてくれないことには、漫画の原作として採用してやることもできません。文芸雑誌・文庫の編集者に紹介してやることもできません。

アニパロ小説を何本書いても将来性はないのです。

編集者がオリジナルアイディアをくれて、文体も赤ペン添削してくれて、内申書も書いて小説家デビューさせてくれるなんてことはありません。進学校じゃないのです。自分からオリジナル作品を投稿してくる人を採用したほうが早いです。

【温故知新と申します】

古い時代をふりかえってみましょう。そもそも同人とは、同人会の会員です。同好会という言い方でもいいです。同人誌とは、その会誌。

尾崎紅葉がやっていたのも、与謝野鉄幹がやっていたのも、村岡博が岡倉天心の『茶の本』を翻訳して10回に分けて連載した『亡羊』も、佐伯彰一と三島由紀夫と日沼倫太郎が参加していた『批評』も同人誌です。現代の俳句誌・短歌誌も同人誌です。新聞に載っていますね。

なお、国語辞典には「同人雑誌」の形で載っています。文豪・研究者たちも「我々が出していた雑誌」という言い方をします。同人誌という言い方自体が、いつの頃からか発生した流行語的な用法なのかもしれません。

もともと俳句がきらいだから俳句同好会に入ったって人はありません。諸般の事情によって会誌の発行が停止されても、心は何々会の同人のままで、一生、句作や歌詠みを続けてよいわけです。

批評同人は批評を続けるし、漫画同人なら一生かけて長編漫画を描いて「ライフワーク」と称してもいいのです。手塚・石ノ森などは、一生「トキワ同人」というつもりだったかもしれません。

誤解されがちですが、プロになったから「もう同人ではない」ということもありません。金沢市を拠点とした漫画サークル『らぶり』は、ポスト二十四年組とも称されるプロ漫画家のグループでした。

さかのぼって、白樺派に属した人々も、それぞれに単行本を上梓する作家や詩人、個展を開く美術家だったわけです。

制作の時点で一人で頑張るのは当たり前です。それを合同誌として発表し、あの有名な『白樺』だから面白いものがそろってるだろうと期待するお客さんを待つか、たった一人で単行本を発行するかの違いです。

薄い単行本を発行しただけなら、それは単なる私家版・自費出版であって、本来、同人活動ではないのです。つまり、グループ活動ではないのです。

【同人の約束】

同人活動とは、本来、出版社とは関係のないところで、自由な作品発表を楽しもうというものです。硬直したアカデミックなメインカルチャー、あるいは陳腐化した商業主義に対して、新風を吹かせようというものです。

それが、やがて近代文学の名作として認められ、出版社が発行する全集に収録されて、出版社の利益となったわけですから、出版界にとって同人界が青田なのは、明治時代から当たり前です。

が、本人たちが同人誌を発行している間は、むしろライバルです。紅葉が美妙を引き抜かれたことを愚痴ったみたいに。

だからこそ、お互いに知らん顔するのが原則です。出版社は、同人会の会員自身が一般販売・プロ化を望んで原稿を持ち込んでくるまで手を出さない。

同人側は、自由を愛する心が過ぎて、度を越えた冗談のようなものを発行してしまい、それで逮捕されそうになっても、「自分の遊び心から思いついたものだ。俺の芸術だ。誰の世話にもなっていない」と言い張るもんです。

もし同人を自称する人が「出版社のお情けでやらせてもらっている」かのように云うなら、恥だと思えばいいです。

【コミケの個人化】

そもそも、同人誌即売会またの名を「コミック」マーケットというところは、漫画同人会が集まるところです。漫画の同人誌をお互いに審査する。優勝賞金の代わりに同人誌の売上という形になるわけです。

同人会が個人化するのは簡単で、高校・大学の同級生を基盤としていた同人会が、3人いた会員のうち、1人が地元就職し、1人が転勤すれば、残るは1人です。「サークル何々の代表Aです。いまは1人でやってます」となります。

もし、残った人が一番下手な人だったら、サークル自体が有名だったとしても「面白くなくなった」ということで売れなくなりますから、即売会からは撤退。本人によほどやる気があれば売れなくても描くこと自体は続けるでしょうが、多くの場合は描くこと自体をやめてしまい、サークルは自然消滅となるでしょう。

もし、一番うまい人であれば、即売会で生き残ることができ、年々「クチコミ」によって評判が高まり、ファンの数が増え、行列が長くなるということになります。

だいたい、さっさと辞めちゃう人というのは熱心ではなかった人でしょう。また芸術家肌の度が過ぎて「なかなか描けない」なんて人も続きにくいものです。

だから残った人は、あるていど割りきって、周囲の流行も取り入れながら、どんどん描いていくようなタイプ。だから「前のジャンルは忘れます」となるのです。

真面目なアニメファンは「アニメファンでもないのにアニメを素材にするのは許せん」と思うから、前のジャンル忘れる発言も許せないと思うものですが、世の中に物まね芸人のファンというのがいるように、「あの同人作家が次はどんな素材をどんなパロディとして仕上げて来るかな」という、パロディそのもののファンという「ありかた」もあるわけで、そう思えば、次々に新作を生み出す同人は、たいしたもんなのです。

【個人参加】

個人参加した人というのは、そういうふうに淘汰された状態を見て、真似した人です。

つまり、本人も「乗り」が良くて、他人に調子を合わせることが上手いんだけれども、どこの同人でもない。どこの同人会にも入会させてもらっていない。

まだ同人じゃないのに、コミックマーケットまたの名を同人誌即売会というイベントに参加したから、自分も同人だと思っちゃった人です。

1983年のブームの頃には、まだサークルの形態を保っていました。お兄さんお姉さんの真似をしただけで、漫画の描き方をわきまえない中学生の仲良しグループのようなものでしたけれども、ともかく「何人かで集まってやるものだ」という原則の意識が生きていたのです。

1985年頃からプロに転じたCLAMPも、もとは学校の同級生が数人集まったものです。だから、それさえ知らずに「最初から個人でやるものに決まってる」という人が現れたのは、これ以降。

つまり、何も知らない人が「簡単に稼げる」というマルチ商法のような話に引っかかったのが、1980年代後半だったのです。泡沫同人と云えるのかもしれません。

【同人と個人の混同】

1985年頃までは本当のサークルの形態が残っていたわけですから、その出身者で出版社に就職し、漫画編集部に配属された人が、同じ漫画サークルの後輩に声をかけるということはあったでしょう。

日本の出版社は、創作家が読みきりを完成させて投稿してくるのを待っていない。しめきりを設けて連載を要求する。雑誌の体裁を整えるために執筆者の頭数をそろえる必要があるのです。

で、個人参加した人は、歴史ある漫画サークルの隣のブースにいただけで、本来はその同人会の会員ではありません。お隣さんの先輩は、こっちの顔も知りません。でも自分もついでに目をかけてもらえるつもりになっちゃったわけです。

ここ重要です。

これは、おなじ「アニパロ」同人だからという理由で漫画同人と文芸同人を混同した「コミケ」という場所でしか起こり得ない異常事態なのです。

本来、漫画家になりたいなら出版社に初出オリジナル漫画原稿を持ちこむべきです。小説家になりたいなら文芸雑誌の新人賞に初出オリジナル小説を投稿すべきです。

でも、アニパロ小説をやってるうちに漫画編集部から声をかけてもらえるという噂が噂を呼んだ挙句に、同人誌即売会参加者だというだけで、もうすっかり業界人になったつもりの人を生んでしまった。

ふたこと目には「編集が~~」と云う人は、このタイプです。業界の裏事情に詳しいつもりです。でも同人の約束は知らない。プロに迷惑をかけない、編集だの何々先生だのと名前を出さないという大原則を知らない。

【同人と個人の対立】

これは実際に肉弾戦があったということではなく、潜在的なものですが、昔ながらの漫画同好会の会員にとっては、部外者に入ってきてほしくないという気持ちがあったはずです。

彼らから見ると、アニメを題材に小説を書いている人々は、たとえそれが小説としての高い完成度を誇ったとしても、部外者です。漫画じゃないんですから。

軒先を貸したら母屋を取られた。この恨みが初期のコミケを知る人々の胸から晴れることはないでしょう。

対するに、個人参加した人は自己正当化したいから、「同人誌とはアニパロです! アニパロとは文章です。同人とは個人です。オリジナル漫画同好会など実在しません!」と云いたがるわけです。

もちろん、実在したのが事実です。

じつは、過去を知ろうとしない心は「いまの自分が一番可愛い」という心です。いまの自分が一番えらいから、他の人の云うことは聞かないという心です。

地方都市の住宅街の核家族の共依存的母子関係のなかで醸成された根拠なき過剰な自尊心。わりと簡単に背景が浮かんできますね。

この心は、当然ながら謙虚に修行するという姿勢を生みません。自分から作品を鍛え直していくということをしません。本当にヤマなしオチなしイミなししか書けません。いつまでたってもデビューできません。同人誌も毎年おなじようなものばかり出しているから、3年くらいで飽きられます。

もし、1990年頃に急に売れなくなったという人がいたら、凶悪事件のせいで同人誌即売会が永久閉鎖されたわけではないのですから、ちょうどその頃に自分の(努力不足による)才能の限界が来ただけです。

せめて最初にイベントを立ち上げた人、それよりも前から存在していたサークルに失礼のない言動を心がけましょう。それは同人の掟というよりも、人間としての礼儀です。

逆にいえば、本物のプロではなく、プロ気取りになって礼儀さえ忘れてしまう。これが即売会のもう一つの弊害なのかもしれません。

(本物のプロなら、リップサービスとしてだけでも「親に感謝、社会に感謝、先輩に感謝しています」って云うのです)

【「同人やっていた」】

もし、あなたの周囲にこれを云う人がいたら「オリジナルでしたか? 二次創作でしたか? 漫画を描いていましたか? 小説でしたか?」と確認しましょう。

そして、もしその人が「同人ってゆぅのはアニパロに決まってるの! 栗本薫よりも売れたの! そんなことも知らないの!?」って答えるようだったら、そんなことしか知らないんですかと溜息まじりに云い返してやっていいです。そして、そっと離れましょう。

同人という言葉で「イコール二次創作BL小説」と思い込んでいるようであれば、他の話題についても短絡的で、なにかと早飲み込みで、要点を勘違いしているくせに、無意味な優越感に駆られている人です。

そもそも「同人やっていた」という言い方が、すでにおかしいのです。

本来どこかの同人会に属するものですから、かつての文豪や批評家たちのように、ぼくは何々という雑誌の「同人だった」というのが正解です。

「やっていた」って云っちゃう人は、つまり最初から「同人とは個人的にアニパロを出品する活動のことだ」と勘違いしていたわけです。

【明日のために】

漫画家になりたいと云いながら漫画を投稿せず、栗本薫に対抗意識があるくせに、ミステリー新人賞に挑戦しない。

はかない期待を抱いていた人の根本には、「自分だけ特別あつかいしてもらえると信じる心」があったということになるでしょう。すなわち、都会的な最新流行の活動に参加しているつもりでありながら、実家の親に甘やかしてもらっている気分を再現したかったのです。

じつは、これは明治以来、親元を離れて都会で学問する若者が陥ってきた、心の罠です。

学生の分際で「女郎屋通いを自慢」し、賭け事にふけり、活動写真を観て、学費を使い果たしたといっては、実家に請求する。親が何度でも甘やかしてくれることを信じていた。挙句に放校処分になった奴が大勢いたのです。

もし現在の日本政府が(まだ)コンテンツ産業育成に力を注ぐつもりなら、漫画家になりたい子には確実に描画力を、小説家・脚本家になりたい子には確実に文章力・構成力をつけさせましょう。

そして漫画は漫画雑誌の新人賞に、小説は文芸雑誌の新人賞にそれぞれ投稿すべきこと、アニパロ小説を漫画編集部に見せてもどうにもならないことを教えましょう。

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