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1977年、西崎義展『宇宙戦艦ヤマト』

無限に広がる大宇宙。1974年10月6日、日曜夜7時半。地球は突如として滅亡の危機に瀕してしまったわけですが、日本アニメ界の作画力は極致に達していたようです。

手描きなのです。すべて人間が、日本人が、手で描いて、手で彩色していたのです。個人用コンピュータなど想像もつかない時代だったのです。

開始まもなく沖田艦が回頭するとか、ドメル軍空母の飛行甲板が反転して砲台が出現するとか、手書きの巨大戦艦が垂直方向に半回転するとか。「ヤマトには潜水艦機能も備わっているのだ!」 

開いた口が塞がらないとはこのことです。なに考えてんだ。

これを「描け」って云った西崎もすごいけど、なによりもまず実際に描いた人々がすごかったのです。金属の塊である兵器の重量感を、セル画で表現し得たのです。

「お前、なんでアニメーターなんかやってんの? カネを稼ぐなら他の方法もあるだろ?」と云われたとき、やっぱり「描くことを仕事にしたいから。絵が好きだから」と答えるしかないだろうと思うのです。

(そもそもアニメーターの給料は、昔も今も良いものではありません)

そういう人々が「カネに糸目はつけないから最高のものを描いてくれ!」と云われたら、「おう、任せとけ!」と答えたくなるだろうと思うのです。

リアルタッチのアニメというと、早くも1968年に『巨人の星』があり、戦記アニメというと1971年『アニメンタリー決断』があり、SFアニメでは1972年に『科学忍者隊ガッチャマン』がありました。

1974年には、すでに制作現場にはある程度の技術の蓄積があったわけですが、そのレベルが西崎の我がままともいう芸術家気質につきあう内にどんどん上がって行っちゃったわけで、吉田竜夫も長浜忠夫も宮崎駿も呆気に取られながら(あるいは歯噛みしながら)放映を見つめていたことだろうと思います。冨野由悠樹は嫉妬で燃えたぎっていたようですね。

人物のほうの輪郭線も、回を重ねるごとにペンさばきが洗練されていくのが分かります。

【同人精神】

物語のほうは明らかにご都合主義です。思いつきの寄せ集めで、キャラクターの発言は辻褄が合っていません。ドメルの誤算はヤマト艦内に真田という男がいたことに尽きます。また、サンプルを採取していないアナライザーが、どうして艦外の空気や水質を分析できるのか。

制作者に科学知識が欠如しているか、わざと無視しているのは明らかで、まともなSFファンから見れば「しょせん子供の見るもの」というレベルでしかありません。

でも、テレビ放映時以来の古参ファンは、この劇場版の公開にかける製作総指揮者の熱意にふれて、自分たちが同人誌を作るのと同じだと感じたそうです。

また彼らは、翌1978年に公開された続篇『さらば宇宙戦艦ヤマト』がメディアによって「愛」というテーマだけを強調された時には、違和感を覚えたといいます。でもテレビ第1シリーズの企画書の時点で、西崎自身は人類愛を強調しています。

ということは、ファンにとっては、ヤマトの醍醐味は愛というテーマではなかったのです。

それは、やっぱり男の子らしいミリタリー趣味であったり、マニア心を興奮させるメカニック描写の緻密さであったり、敵将への尊敬の念による高揚感であったり、宇宙の神秘の情緒であったり、その研究への意欲をかき立てられる知的刺激であったりしたのでしょう。

また、資金さえあれば自分の思いつくままに映画を作ることができるという、個人プロデューサーの姿勢・立場そのものが憧れとなったでしょう。

この作品にこめられた熱意が、技術が、多くの人のクリエイター魂を刺激したことは疑う余地もありません。

こののち、続篇はその公開が若手による『新世紀エヴァンゲリオン』や『ONEPIECE』の公開と重なって惨敗を喫するということを続けるわけですが、それらがヤマトの提示したものを継承していることも疑いがありません。

【反面教師】

西崎自身は最初の時点で「シリーズを温存する」という発想を持っていなかったわけです。

もともと歌謡曲の歌手を地方巡業させていた人なんだから、できるだけ手持ちの駒を活かして長続きさせるという発想があっても良かった。高倉健などの映画を見ても、シリーズ化は容易に思いつく。

でも、第1シリーズに入魂したのです。日本人らしい金髪コンプレックスにせよ、戦中派らしい戦争への複雑な思いにせよ、父親との個人的な葛藤にせよ、すべてを表現しきって、「なにもかもみな懐かしい」という感慨のうちに幕を閉じたのです。

もし最初から打算があったのであれば、無事に帰投したヤマトが、宇宙のヒーローとしてどこへでも人助けに行くという話を続ければ良かった。いや事実続けたんですけれども、もっとうまくやることができた。

若いキャラクター同士に掛け合い漫才を演じさせ、女性キャラクターのお色気場面も毎回登場させ、有名人をイメージしたゲストキャラも登場させ、最後は何か決め台詞を云わせて、学童の間で流行らせる。笹川ひろしがやっていたんだから、できたのです。

でも、そういうシリーズ構成とか、業界のテクニックをまったく知らなかったのです。やっぱり芸術性の高い素人だったのです。だから若いアマチュアが「俺たちの同人誌みたいだ」と感じた。応援したくなった。

だからこそ、後になって「あのキャラ生かしておけばよかったな」ということも起こる。

宮崎駿は続篇を作らない人で、その代わりといっちゃなんですけれども、キャラクターを印刷したグッズを展開させる。西崎は、あの時点ではそこで踏みとどまることができなかった。

主人公は、古代進。とても人間的な過ちを犯す若者でした。

逆に、現在のアニメ製作は、彼の二の轍を踏まないことを金科玉条としている。シリーズ化を念頭に、それに耐えられる原作を見つけ出し、一定のレベルで満足することを「プロ意識」というふうに価値観を逆転させている。悪いことではありません。もともと大手映画会社・老舗アニメ会社がやっていたことだし、同じような負債を生み出し続けるわけにはいかない。

でも、西崎と格闘することになってしまった人々が「もっとおとなしくしていれば、もっと無難な作品で済ますことができたのに」と云うことはないのです。

【超ド級テレビ用】

というわけで、この映画は、1974年秋からテレビ放映された第1シリーズのダイジェスト版。監督は舛田利雄がクレジットされてるんですけども、ここは西崎の名前で。

テレビ放映の際は、アナライザーなどのコメディリリーフ的活躍があって、コミカルな場面も多かったように思いますが、毎回最後に「地球滅亡まで、あと何日」と表示されるので、ドキドキしたものです。

そうです。本来、劇場用に作られた絵ではないのです。テレビ用なのです。なのにガミラス本土決戦の迫力と奥行き感の物凄さは映画の域さえ突き抜けているのです。

これを現代にデジタル技術で再現することは不可能じゃないですが「ぜんぶ手描き」という衝撃だけは、もう取り戻すことができないでしょう。

冒頭、沖田さんが退却を決意する場面の色の使い方は、実写でも珍しい前衛的な表現で、ハッとさせられます。ワープの際の工夫も(まさに)出色です。

1974年。公害とオイルショックに喘ぐ日本で、これを自己資金でまかなっちゃうって。

この年数はつねに頭に置いて観るといいと思います。『スター・ウォーズ』よりも『未知との遭遇』よりも早いのです。編集の元になったテレビ放映用フィルムは、1974年に完成しているのです。

【少年少女】

原作にあたる(ことが裁判で認められた)西崎の企画書によると、地球を救うために立ち上がる少年少女の物語なのだそうです。古代と島は「訓練学生」なのです。

現代の学生は在学中に成人しちゃうわけですが、大学進学率の低かった当時は、視聴者として高校生を想定していたのかもしれません。

当時は第二次ベビーブームで、その親が団塊世代だとすると、まだ26歳前後。出産に先立って結婚式・婚活期間があることを考慮すると、少なくとも当時の女性は23歳くらいで結婚を決意して、お見合いを始めていたのです。というわけで、スターシァはそのくらいの設定。雪が5歳くらい若くて17、8歳というところでしょうか。

『科学忍者隊ガッチャマン』も、男は男くさく、女はやたら色っぽく見えますが、18歳以下の少年少女という設定なのです。アニメの絵柄がアメリカンコミック調だった当時は、大人っぽく描かれていたのです。

【西崎イズムのアナクロ化】

物語は、シリーズを通して、主人公の自分探しや恋愛など、人間関係上のドラマをあまり追求しなかった作品で、ひたすらに任務を追求する人々を描いております。

沖田もドメルもデスラーも、用意万端整えて、部下に作戦を説明した上で敢闘精神を発揮しているわけで、打つ手がないゆえの特攻志向・玉砕志向ではないのです。

部下に説明するのは、もちろん観客に説明する都合上なのですが、この手回しの良さと思いきりの良さの両立が西崎イズムなのだろうなと思わされることです。

1974年時点で現場のベテランとして働いていた人々は、戦中派です。彼らにとって、たとえ意識の上では西崎とのつきあいに疲弊しきっていたとしても、多勢に無勢のヤマトが連合軍に立ち向かう日本軍、あるいは欧米に立ち向かう日本の姿として、奥深いところで響いていただろうとは、云うまでもないかと思います。

この後の時代においても、上述のように、宇宙の敵と戦う少年少女というモチーフや、船旅が男のロマンであることには変わりがない。

最も変わったのは、主人公がより少年らしくなったことや、女性キャラクターの活躍が目立つようになったことや、動物キャラクターを活かしたコミカルなエピソードが加わるようになったことでしょう。

その可愛らしさという新要素が、全社員一丸となって西崎に忠誠を誓う制作現場をそのまま反映していたヤマトワールドというか西崎ワールドの熱っぽい魅力を、若い世代において凌駕したのでしょう。

【もう一度評価されるべき】

ガミラス軍国主義の表現は「枢軸国が今さら何やってんだ」と云いたいところで、海外からのクレームを想定せずに好きなようにやれた時代だったんだな、と思わされますが、これをアメリカへ売り込もうとしていたというなら、まったくもって良くも悪くも無邪気な製作総指揮者ではありました。

でも、もう一度評価されていい作品だと思います。

1974年の時点で、日本人は、すべて手で描くことによって、これほどの表現を可能にしたのです。劇場で拝見したいものです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。