1953年、阿部豊『戦艦大和』

  14, 2016 10:20
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総指揮:田邊宗英
監督:阿部豊
原作:吉田満『戦艦大和の最期』(創元社)
脚本:八住利雄
教導:能村次郎(元「大和」副長)
美術:進藤誠吾
音楽:芥川也寸志
出演:藤田進、舟橋元、高田稔、佐々木孝丸

守るも攻むるも黒鐵の、浮かべる城ぞ頼みなる。浮かべるその城、日の本の皇國の四方を守るべし。

九州徳之島の西方、二十浬。水深、四百三十メートル。昭和二十年四月七日、午後二時二十分。戦艦大和、ここに轟沈す。

緊密な1時間40分45秒。宇宙戦艦のほうに「よく見ておけ」という台詞があったので、よく見てみようと思ったのと、芥川也寸志の文字に惹かれたこともあって借りたのですが、静かなのです。

オープニングだけは後期ロマン派ふうの壮大なオーケストラ曲が芥川らしいのですが、「天一號作戦関係綴」の表紙が表示された後は、粛々と静かなのです。

映画としては実直な作りで、肝心な大和が稚気あふれる模型なのも明らかですが、冒頭の長い巡検シーンによって、総排水量七万二千トンの内部の広大さを表現する工夫をいたしました。

数人の将兵に焦点をあてて人間ドラマを描くので、乗組が少ないように感じられ、まるで駆逐艦のような一体感ですが、それによって吉田原作の精髄を表し得たと思います。

原作の精髄。それは実在将兵への無尽の尊敬と哀悼の念です。

命令くだり、死の不安を胸に、苛立ち、迷いながらも、海軍士官たちは紳士でありました。兵は純情でありました。

キャスティングがたいへん良いです。青年たちはまだ演技が生硬で、下士官を演じる中年は生々しく、少年兵はほぼ素人です。実際にこんな人々が亡くなったかと思うと、涙を禁じ得ません。

上級仕官を演じるベテラン俳優たちは、一触即発の若い士官たちを宥めるために、淡々と訓戒しながら、わずかに声が震える。心で泣いているのです。「終戦」後8年の時点にあって、役者の体内を演技以上のものが満たしていたように思われます。

でも感極まって男泣きする奴は一人も出てきません。死の緊迫感と持ち場への責任感が強すぎて涙も出ない。実録映像ではなく、あくまでフィクションなんですが、ドキュメンタリーのドライさを再現し得ています。

前半は、ベタな長台詞が多く、編集に甘いところがあって「昔の映画だな」と思わされますが、だんだん良くなります。ややファナティックな甲板士官が老兵相手に気遣いを見せるところなどは上手いです。

広い艦内で吉田もすべてを見たわけではないでしょうから、これは脚本が良いのでしょう。

長台詞の例:「いままで大きいと云われた長門・陸奥は四万トンだが、大和は七万二千トンだ。長門の主砲四十サンチ八門に対して、大和は四十五サンチ砲九門を積んでいるんだ。弾丸一発の目方が約一トン半。それが一分半で四万二千メーター飛ぶ。一回の発射で九発出るから、つまり、一度に十三トン半の鉄塊が飛ぶ。長門級の戦艦なら、大和の主砲一発で撃沈できる。大和一隻は、陸の七個師団に相当する実力があるんだ」
「そんなこと、俺たちよく知ってるがな」
「いや、国民の大部分はまだ大和を知らん。俺は、日本にはまだこんな強力な軍艦があることを国民に知ってもらいたいんだ」

実際に大日本帝國臣民は聯合艦隊が壊滅したことを知らされていなかったらしく、ただの日本国民となった今、あらためて知ってもらうことになんの意味があったかというと、その価値を否定するためではなかっただろうと思います。

しかも続けて青年たちは、航空機の時代に大艦巨砲の特攻する意義を問う。納得してから死にたいという。それは愛国心の否定でもない。彼らが勇気と理知を兼ね備えた優秀な若者たちであったことを伝えたいのだと思います。

「征く我々が国のためなら、残るお前たちも国のためなのである」

未熟を理由に退艦させられる候補生たちに藤田進演じる副長が送った言葉。

「恋し日本の山々見れば、母の笑顔が目に浮かぶ」

車座になって酌み交わし、歌声を重ねる将兵。慈父のごとく休養を勧告する艦長。

まだ裾の短い上着を着た候補生たちと傷病兵が退艦していく行列も、省略なく粛々と。実直なドキュメンタリータッチを貫きます。

「帝国海軍部隊は陸軍と協力、空海陸の全力を挙げて沖縄島周辺の敵艦隊に対する総攻撃を決行せんとす。皇国の興廃は正にこの一挙にあり。ここに海上特攻隊を編成し、果敢なる突入作戦を命じたるは、帝国海軍力をこの一戦に集結し、光輝ある帝国海軍の伝統を発揚するとともに、その栄光を後世に伝えんとするにほかならず。各隊は、いよいよ獅子奮戦、敵艦隊をこのところに殲滅し、もって皇国無窮の礎を確立すべし」

豊田連合艦隊司令長官から全軍へ訓示が発表されるまでに、46分を要しております。(なお「ししふんせん」と云っております)

上甲板にて君が代を斉唱すると、まだ女を知らない者を含めて、総員三千三百ふた名、淡々と出撃。宇宙戦艦とは違うブリッジの狭さが印象的です。どの部署も人口密度高いです。復唱がいちいち生々しいです。万里の波濤を乗り越えて、勇壮な軍艦行進曲がこれほど悲しく響くとは思いもよりません。

海戦シーンは美術・特撮陣が頑張りました。敗戦後8年の時点で出来ることを全部やりました。広角砲も機銃もちゃんと旋回します。火薬すごいです。撮影・編集も手が込んできて、見ごたえが高まります。

せっかく観客が感情移入した将兵は、さえぎるものもない甲板上で、一人また一人と倒れて行きます。いずれ砲弾が当たれば沈むのが軍艦の定めですが、機銃でバリバリ撃たれることは全く想定になかった。そういう時代の産物だったことが、わが身に沁みるように分かります。

海軍士官の理想形というべきスリムな佇まいの美しい高田稔演じる伊藤第二艦隊司令長官が「もはや傾斜復元の見込みなし」と告げられて浮かべる表情は、演技であることを忘れて、胸に迫ります。なお、まだ四月初頭なので冬服と略帽です。海軍士官が艦内に持ちこむ刀剣は短いようです。艦長以下は第三種です。

傾斜した甲板を人員が滑り落ちていく様は生々しく再現されております。洋上の生存者へ機銃を放つ米機ゆるすまじ。

陸の砲台になるはずが、沖縄へ到着することもできなかったのです。沈没地点を改めて地図で示されると、こみあげてくるのは悔しさです。今なお埋没する三千余の骸。誰も死にたくはなかったのです。だからこそ尊いのです。死者は美化されて良いのですが、模倣がなされてはなりません。

「戦争に生き抜いた者こそ、真実、次の戦争を欲しない。太平洋よ、その名の如く、とこしえに静かなれ」

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