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1967年、石ノ森章太郎『ジュン 1』ポット出版

これもポット出版の目録を見て取り寄せてみました。まさかのハードカバー。約340頁。物理的に重いです。A5版。漫画はこのくらいの大きさで読みたいものです。2011年9月、第一版第一刷。紙質が良く、印刷も美しいです。

>本書は「COM」(虫プロ商事)1967年1月号~1969年2月号に連載された「章太郎のファンタジーワールド ジュン」を一冊にまとめた。

だそうです。昭和42年度小学館漫画賞受賞作。作者は1938年1月生まれ。執筆時は30歳前後。

漫画にできることを1967年の時点で全部やっちゃった、アニメの原作(事実上の絵コンテ)ではなく、コマ割りという漫画表現技法の限界に挑戦してしまった人がいた、という作品。ご本人も「この作品はマンガで描いた詩」と云っているようです。(あとがきより)

ピンクフロイドのデビューアルバムを聴きながら、同時代気分に浸ってみるのです。

漫画というのは描くとき手間がかかって読むとき一瞬なので、最高にコストパフォーマンスが悪い表現技法で、好きでなきゃやれない仕事だと思うのですが、石ノ森も「多かれ少なかれ楽しみのために描いている」のだそうです。

夢幻能ならぬ夢幻漫画というべきか、若者として美化された作者自身である漫画家志望の主人公の心に浮かぶよしなし事を、そのまま絵にしてみましたということのようです。原稿用紙の縦幅をいっぱいに使った細長いコマが印象的です。

台詞がほとんどなく、絵で語る。時おり美女(または美少女)の口からこぼされる人生哲学が印象的です。無力な僕と導き手になる美少女という、後の「サブカル」お得意のテーマも、すでにここに示されているようです。

片目を隠した美少年を描く現代の漫画家・イラストレーター・その志望者たちは、そのルーツを知っているでしょうか。(女流の場合は、直接的にはジルベール・コクトーでしょうけども)

「ロリータ・コンプレックス」という言葉を最初に使ったのは和田慎二という説もあるようですが、ここには漫画家志望の若者と、小さな女の子が登場します。

「ウフフ ごめんなさい でもわかってほしいわ 自由はかならずしも自由じゃないということ 自由を得るためにはそれそうとうの代償がいるということ 自由のもっている冷たさにちゃんとたちうちできるだけの力がつくまで がまんすること……」(p.56)

石ノ森自身は早い内から才能を認められた人だったので、じつはこれは苦節ン十年という人の魂の叫びではないところがミソです。楽屋落ちのジョークが見られるコマもあって、肩の力は抜けています。

石ノ森の一番弟子である女流の作品には「美少年と、そっくりな美青年」が並んで出てきたわけですが、師匠のほうでは幼稚園サイズの少女が若者の肩に乗ってしまうほど小さくなったり、急に成長して妙齢の美女になったりします。大人といっても多分18歳くらいですが。

少女の背が伸びたり縮んだりという要素には『不思議の国のアリス』に試みられたような精神分析的解釈を適用したものでしょうか? (発表当時に流行したかもしれませんね。)

基本的に石ノ森の絵って稚拙なのですが、その稚拙さが却って「あふれるアイディアに手が追いつかない」という若々しい熱意として感じられ、それがシュールレアリスムらしさの重要な要素になっているように思われます。きっと作者自身が漫画制作の合間に、精力的に展覧会などに出かけていたのでしょう。

じゃあ、これを油彩画として描いたら認められるのか。たぶん、それだとダメなのです。ピカソやダリやエルンストに並ぶためには、油彩画なりの筆さばきやナイフの使い方を覚える必要がある。色彩の使い方も、油彩絵具を練るところから始めなければならない。

これはあくまで黒インクとGペンという漫画の枠のなかに、当時流行の前衛アートを取り入れたという立ち位置なのです。

漫画が、この人を通じて「漫画」としての自己満足から脱しつつあった。つまり、30歳の大人が10歳の子供に描いてやる・売ってやるという発想を脱して、創作家自身の内面表現、青春の回想として立ち現れてきた。

夢のようなという意味でナンセンスには違いないんですけれども、「笑える」という意味ではなく、興趣深いという意味での「面白さ」を最優先に、さまざまな他分野の成果を取り入れつつ、意欲的に取り組んでいることが感じられる一方、商業的成功はあんまり考えていなかったかもなって気もいたします。

手塚はやっぱり芸術家肌で、その子会社が出していた『COM』という雑誌も苦戦したようですが、だからこそ創作家の個性が活きたのかもしれません。これを評価した当時の漫画読者界・同人界も偉大だったと思います。早くに旅立ってしまわれた先生でした。ご冥福をお祈りいたします。

「いまのうちにからだいっぱいに夏をためておくのだ ……やがて秋がきて冬がくる」(p.77)

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。