1915年、D.W.グリフィス『國民の創生』

  22, 2016 10:20
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美しい女性は美しい少年に似ていると云ったのは稲垣足穂なんですが、リリアン・ギッシュの妖艶さが却って崇高な天使に見えます。ドナテッロやレオナルドに見せてやりたかった。

近所のホームセンターで買いました。株式会社コスミック出版から500円。何よりも、リリアン・ギッシュ主演の文字に惹かれました。堂々3時間5分。サイレント。映像の合間に黒地に白い文字で説明書きが表示される式です。日本語字幕が良い出来です。翻訳はWise-Infinity Inc.。

これだけの長さのサイレントを見たのは初めてだったので、まずは「クチパクしてる役者の云ってそうな台詞を自分で考えながら観るのは自由にできていいようだけれども結構つかれる」と分かりました。

1915年という年数が信じがたいほど保存がいいのはアメリカ映画のうらやましいところ。日本映画に雨が降ってるのはフィルムが古いからではなく、映画文化の価値が理解されておらなかったので保存が悪かったからだそうです。

すべての映画は広い意味で娯楽なのですが、これは格調高い歴史大作。南部で綿花農園を経営する白人家庭に同情的な視点から、civil war とその後の凄まじい南部の混乱、その陰にあった悲劇を描く。一見すると上品なクラシック作品ですが、エピソードの豊富さ、手の込んだ撮影によって飽きさせません。

白人・黒人相和して暮らす「古き良き」というふうに美化された南部暮らしを描く序盤から、南北戦争に巻き込まれていく家族の心理を丁寧に描き、観客の感情移入が頂点に達したところで、緊迫感と過激さの度合いを強め、クライマックスは物量とスピード感で押しまくる。エピローグは神秘的に。

要所要所で歴史的記録の出典を示すという、映画には珍しいことを行っており、格式と制作姿勢の真摯さを証明しております。

リンカーン、グラント将軍、リー将軍の再現度は高いです。リンカーンの執務室は活人画のようで美しいです。

構図は多くの場合、舞台劇なま撮りふうですが、時おり画面奥から人物が歩いてきて、画面手前へ斜めに抜けるのが、洗練されていると感じました。手ブレやチラつきもないので、機材も良かったのでしょう。

芝居は女優が両手を差し上げて恐怖を表すのが、えらい古風でロマンチックですが、そのほかはたいへん自然で、舞台劇を脱していると思います。ヴィクトリアンなお衣装がたいへん魅力的で、主人公の妹のお転婆な可愛らしさも印象的です。

黒人俳優(のほとんど)の生々しさは、1915年時点でも完全解放というわけではなかったはずですから、素人の存在感そのものなのでしょう。小道具としてのプラカードに書かれた「EQUAL RIGHTS, EQUAL POLITICS, EQUAL MARRIAGE.」の文字は、当時の現実社会にもそのまま通用したのだろうと思います。

前半の白眉は渾身の会戦シーン。空間の広がり感がすごいです。煙幕もすごいです。1860年代の戦闘を再現しているのですが、撮っている時点で第一次世界大戦の頃ですから(!)、特撮も何もなく、生々しいです。

というわけで、映画としての熱っぽいまでの出来の良さと、テーマの非現代性の落差がものすごくて、じつは論評にも悩みます。タイトルは皮肉じゃないのかと思われるくらい。

Liberty and union, one and inseparable, now and forever!

が、対立のあるところ、どちらかの視点から描けば、対立する側に共感的な人からは見ちゃいられないものになるのは当然です。ここは「敢えて一方に視点を固定して、映画作品としての一貫性を追求して成功した例」という分析にしたいと思います。

どのみち単純な善悪二項対立ではないのです。南部の黒人部隊の糸を引いてるのが北部の白人政治家ですから。

歴史的大事件と個人の人生を接続して描いた文学性、アメリカ映画人における社会参加意識の例証の一つという価値も高いのだろうと思います。

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