1916年、D.W.グリフィス『イントレランス』

  23, 2016 10:20
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Out of the cradle endlessly rocking.

不寛容と闘う愛の物語。

今では撮れない映画って一杯あるんでしょうけれども、これは……! 『國民の創生』とは別の意味で、筆頭に挙げるべきかもしれない。

バビロンもすごかったけど、「暗黒の木曜日」を経験する前のアメリカもすごかった。高さ90メートルの壁に囲まれた宏大な中庭を一望する絵をどうやって撮ったんだ!? 呆然とすることしばし。

淀川長治の解説映像つきのDVDで、まずは自分の眼で本編を確認した後にそちらを拝見したところ、やっぱり言及なさってまして、気球にカメラを載せて撮ったんだそうです( ゚д゚)ポカーン

タイトルの意味は「不寛容」。嫉妬と偽善がひき起こす悲劇と、市井の人々の抵抗を描く。サイレント。DVDはIVCの162分版です。現代(1916年当時)と古代ベツレヘム、シャルル9世時代のフランス、紀元前539年のバビロン。4つの時代を得意のモンタージュで。それぞれの時代に合わせた音楽がたいへん魅力的です。

不寛容と闘う「愛」は、もちろん十字架を背負ってゴルゴダの丘へ向かった人によって象徴されます。娯楽と宗教が一体化している。アメリカらしいところです。

いっぽうで、グリフィス作品には「女性映画」という要素もあって、四つのうち三つの時代にはヒロインがおり、いずれもすごく可愛らしいです。拳を突き上げ、両腕を振り回すオーバーアクションは古風な芝居ですが、むしろ20世紀後半以降の女優たちよりも生き生きしているように感じられます。

序盤は明るいコメディタッチで、富裕階級のおばさん達が労働者の飲酒とダンスを公衆道徳の「向上」と称して取り締まる様子が描かれ、「ああ風刺的な喜劇なんだな」と思わされますが、バビロン(のセットと衣装)の壮麗さに呆気に取られているうちに、だんだん深刻な話になって参ります。

各時代の間にゆりかごを揺らす若き母(リリアン・ギッシュ)の姿を挿入して、ゆりかごの対極にある墓場を暗示しつつ、おとぎ話のような印象も与えながらも、はっきりと現代を諷刺している度胸の良さがグリフィス流。

ついつい「戦前」の映画と云ってしまいがちですが、当時の人々にとっては戦争まっただ中なのです。日本の溝口が『残菊物語』を撮った頃も、すでに日中戦争が始まっていたわけで、そういう時代に監督たちは女性の姿を通じて「真・善・美」を表現しようとしていたんじゃなかったかと思います。

山口淑子主演『蘇州夜曲』も、一見すると占領政策美化映画ですけれども、真の意図は反戦なのです。

それに比べると、1970年代の若者たちが撮ったSF映画は、いかにも女を知らないトッチャン坊やの仕事のようですけれども、彼らにしてみれば、ストッキングとともに強くなり過ぎた戦後の女性は、とても平和の象徴のようではなく、ともに新左翼の時代をすごした後で「もういいよ」って感じだったのかもしれません。

話を戻すと、中世フランス宮廷文化の再現もたいへん魅力的です。バビロン、ベツレヘムともども、考証としても素晴らしいものだと思います。監督は1948年に亡くなってるんですが、本当はこれをカラーで撮りたかったでしょうし、拝見したかったです。

現代で生じた重大事件を皮切りに、いずれの時代も急展開し、桁違いのエキストラ動員による分厚い奥行き感を観ている側に向かって押し込んできます。CGではありません。くり返します。CGではありません。鉄道や自動車も登場し、モンタージュの間合いも詰まって緊迫感マックス。四本の映画を一度に見せられているわけで、ものすごい豪華さです。

日本は大正時代なんですけれども、観客はバビロンやカトリーヌ・ド・メディシスを知っていたでしょうか。なかなか激しい接吻や、官能的な女性の姿態も見られますが、向上と称する規制はかからなかったかな?

出演者は19世紀末の生まれ。監督は1900年代から映画を撮っていたそうです。人物の動きは、ややチョコマカしておりますが(フィルムの回転数の違いで致し方ないらしいです)、保存は1910年代という数字を聞くと信じがたいほど良いです。なんだこの敵わない感。

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