『桜の森の満開の下』拝見記

  25, 2012 11:25
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それは恐ろしいもんだ、桜の花っていうのは。

密度の濃い1時間34分56秒。

サイコホラーを和の美学で解釈するとこうなるという。
恋愛ものっちゃ恋愛もの。ロマンスといえばロマンス。
ひたすら「美女萌え」で成立してる一篇。
要するに男と女が暮らすだけ。ただ、その暮らしぶりが……。
オープニングがカッコよかったです。
和紙のような背景に、篠田桃紅による題字だけが縦の散らし書きふうで、他のキャスト・スタッフ名は明朝体・横書き。
時代物の日本映画だから縦書きなものだと思っていたので新鮮でした。
本能を刺激するグロテスクな部分と風刺のきいた部分をあわせもった作品なので「あくまでフィクション・小説」という雰囲気を高めるために、シンプルな本の表紙のようなクールなデザインにしたのかもしれません。
ブログテンプレートの参考にしたいなどと思いました。
「首造形」という職種(?)名がスゴかったです^^;
不協和音な音楽が素敵と思ったら武満徹でした。

「古い作品なので」と但し書きが出ましたが、画面はきれいでした。
坂口安吾の原作を読んでない程度のダメ鑑賞者ですが、ひたすら映画として観たときの感想を。

たぶんね、予告編を御覧にならないほうがいいです。まるでショッキング系のスクリーミングホラー扱いなので私も手を出さずにいたのですが。
実際は桜が爛漫と咲き、幹には寂びの浮く、日本の山の景色が美しく(これはセットじゃできないしCGでは説得力がない)、その中で始まる物語はサイコスリラーではあるけど語り口は物静かで、しっとりと和の情緒を含み、でも意外なほどテンポよく進みます。たぶん紙芝居・静止アニメの体感です。

「こうやっておぶってると顔が見えないじゃないか」
むくつけき山男と上臈の組み合わせが萌えポイント(というかそれが主テーマ)
「根は悪い奴じゃないな」と感じさせる若山富三郎のにじみ出るキャラが良いです。
岩下志麻のアイライン囲み目と白い歯は嘘なわけですが(笑)現代人が昔を想像したファンタジーとして、とても美しい。
あの、笠を取られて動じずに「ニヤリ」と微笑む美女、あんな感じが本当の「能面のような顔」だと思います。
ところでこのズケズケいう女は、位が高いから気が強いのか、はすっぱなのか分からないですw

サイコスリラーっぽいと覚悟して観始めた観客にとって、冒頭の脳天気な風景と子供の声によるナレーションはびみょ~なところですが、「現代への風刺としての御伽話」の感じ・また内容と「子供の声」というギャップ・またはギャップではなく「子供というのは自然に近い恐ろしい存在だ」というようなことを一度に表現できているのでしょう。

で、若山さんは実際におんぶして坂をのぼってるわけですね。
これはあれだ、舞台じゃ無理だw 映画ならでは。
(ワキは子供の声だから若山さんがシテで志麻がシテツレだな)
斬殺シーンはありますが血は出ないです。魔性の女の物語ですが、あくまで御伽話調。ダークファンタジーってほどでもない。日本は昔からこのくらいの「恐ろしい話を美しく描く」ってことをしてきた。微エロシーンはあります。

詫びた山家の褐色に女の着た朱が美しい。広袖の懐手って初めて見た。言葉遣いはとうぜん現代語だし、当時の女が本当にこんなことを言ったのか、っていう創作上の嘘だらけなわけですが、不思議と気持よく成立しているのは、岩下志麻の独特の「テンション高い棒読み調」という演技のせいなのだろうと思います。つまり、リアルじゃないところがいいのだな。

「私の使う櫛さえない」
男は女心を分かってくれないというのが現代女性の嘆きですが、この話は「女心・女に必要なものが男には分からない」からこそ成立するわけですね。分からないから判断もできず言いなりになってしまう。
美女を得て強さが増した気分に浸る男、もっと強いところを女に見せたい男、女を通じて都という別世界を垣間見てしまい、憧れる男。
旅芸人の行列は、当時の風俗が見られたようで良かったです。琵琶法師はころさずに連れてきて語らせておけばよかったかもね~♪

山の暮らしが或る意味平和に続くばかりでこの後どうなるんだろうと思ったら場所を移すのでした。「引越し」場面は描かれず、省略の美学の効いているところです。

都の風景は、立派な瓦屋根の建物が軒を接して混み入ってる様子が素敵でした。芸能風俗が興味深いです。
山では高いところ(ほぼ真上)から映すカメラが、恐ろしく寂しい暮らしながらも美しさ・壮大さを表していましたが、都へ来たら当然というか水平に狙った構図が狭さ・息苦しさを感じさせますね。
都を歩く男性達のもみあげとうなじの髪が長く、撮影当時の風俗を見せてしまっているのはご愛嬌ですか。
稚児の肩に手をおいた好色そうな高僧は、そーゆー関係を表しているのですね。こう見ると稚児も哀れです。

お、初めての流血と思ったら見事な血煙でした。
首くさらないなぁと思っていたのですが、それほど短い期間にあれだけ集めたということが後から分かるという寸法でした。
後へいけばいくほど描写が生々しく、凄みを増してくるというようになってるようですが、『1408』のような歪み効果がないので、そんなグロテスク場面も絵巻物に見入るようです。

マモー西村さま、かっこい~~
拷問シーン素敵~~

琵琶の音と、謡に似た声と、舞がもちろん素敵でした。
今様のメロディーも耳に残ります。

美女萌えで始まり、当時の風俗の(たぶん)渾身の再現に感嘆し、むくつけき山男かわいいで終わる。風刺をきかせつつ。
花は重力に従ってるだけなのに、なぜにあんなに怖いのか。微妙に従わずに斜めに降るからか。咲き誇る生と散る死を同時に見せるからか。

それからこの男がどうなったのか、誰もそれを知りません。

桜の下が怖いのはこういうわけだ、と語る子供のナレーションが戻ってきたらどうしようかと心配しましたが、終わり方がようございました。

ところでこれを見ると『清盛』は「街の中ロケ」が比較的少ないんだな、と思った。

そして美しく恐ろしい女を描ききるのは、やっぱ男性作家(映像作家ふくめて)だと思った。
女は何を書けばいいのか。
自分をあそこまで美しく、しかも意味不明に最初からイッちゃってる、というふうに描くのはちょっと。
怖い役が美しい稚児だったら成立しない話だろうか。

女をふって鬼になった茨木童子の伝説があるが、怖い稚児と、そのいいなりになる年増の女御、なんてことではいけないだろうか(これは眉を落として鉄漿を塗ってるほうがいいかも)

もっとも女御が自分で刀をふるうわけにいかないので誰かに命じる、というとその命じられた男がじつは女御に惚れている、など話がややこしくなるかも。
あるいは「西太后みたいな権力のある女性が、美しい男に貢ぎたいばかりに次々と高位高官や若い美女の処刑を命じる」っていうと……これは結局、怖い女の話になってしまうね。

似た雰囲気で男同士というと雨月物語の『青頭巾』、ただしあれは作者が男性、稚児は食われておしまいで、本人が怖いわけじゃないし。

やっぱこれは「女の考えてることは分からん」「分かろうとはしないが自分が飽きるまでは付き合うだけは付き合ってやる」という男のスタンスが根幹にないといけませんね。
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