見もせぬ人や花の友、見もせぬ人や花の友。

  29, 2016 10:20
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雲を集める不二の山の麓の春は光に満ちて、高い梢にこぶしと桃が、低い地際には水仙が咲いております。この国は人心を和らげる美を備えております。

災害も多いですけれども、海があるから悪い、山があるから悪いという人もあまりおりません。

日々を生きる人心は偏狭で、恨みがましく、詮索好きです。噂を立てられることは義経でさえ恐れました。が、花が咲けば、見もせぬ人(今まで会ったことのない人)も友となるのです。

花も咲かない砂漠で厳しい暮らしをする人々に比べれば、やはり大きく恵まれているという他ありません。幸せは誇るものではなく、自虐することもありませんけれども、平和の花を分けてさしあげるという思いを国是としたいものです。

【美の咲く国】

梅は花の兄と呼ばれ、桃は仙郷の彩りとされ、梨は美人に例えられ、古来より大陸ではさまざまなバラ科の花を満遍なく詠ってきましたけれども、日本人は、まだ冬のくすんだ色合いを残す山の緑のなかに、ひときわ高く白や薄紅の花の咲くのを見て、美の観念を知ったのでしょう。

「美」って、羊が大きいと書くので、美味しいこと、それによって人間が生きていけることの価値に通じているのです。

いっぽうで、花は穀物の実りの瑞兆であり、未来の希望です。集落の守り神です。

平地の少ないこの国は、武士の国でもありましたけれども、やっぱり、あまり騎馬民族の国というふうではない。植物の恵みを待ち望み、はぐくみ育てる国です。

山桜崇拝と祖霊崇拝の結びつきは、単純に「いちばん美しいものをいちばん懐かしい人に捧げる」ということでも良いのでしょうけれども、たんに回想であるばかりというよりは、やっぱり自分自身の、子どもたちの、未来の平穏を願う心に通じているでしょう。

【サブカルの未来】

同人誌即売会が安全に開催できるのも、国防を担当してくださる方々があるからです。万が一の災害・事故に際して、救助に来てくださる方々があるからです。

彼らをはぐくみ育て、こころよく送り出してくださったご家族があるからです。

行列が乱れることなく、会場内で器物損壊行為が横行するということではないのは、義務教育水準が高く、若者さえも礼儀正しく、穏やかだからです。

過激な作品に興奮し、反社会的な気分になっても、それを自慢するものではありません。変な具合に憧れて、暴力性を真似する若者のほうが増えれば、結局のところ、即売会を開催できなくなるのです。

次世代が勉学を忘れてしまえば、漫画も、小説も、読んでくれる人がいなくなるのです。

おそらく、すでにゲームや音楽を求める若い参加者のほうが増えており、「二次創作」さえも衰退の途をたどりつつあります。それは1980年代を知る中年の、老後の楽しみのようなものになりつつあります。

過激ぶって、いたずらに注目を集め、結局のところ規制を呼びこむという方向で自己アピールが成されるべきではありません。

【外交の財産】

一切の死者たちは弔わるべく、永遠に顕彰されるべきであると信じます。

が、今ある若者を神苑の花としてしまってはなりません。

70年間一発も撃たなかったというのは、すでに巨大な外交財産です。それを今まで有効活用できなかったならば、シヴィリアンのほうが幼稚だったからです。

武力を出すことができるようになったけれども、出さない。

このギリギリの判断を、あやういバランスの上で続けていくことが、政府と国民を大人にしてくれるでしょう。

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