1943年3月、黒澤明『姿三四郎』

  12, 2016 10:20
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『戦艦大和』から藤田進つながりで黒澤明第一回監督作品。凛冽たり明治。日本が若かった時代を背景に、役者も若かったが黒澤も若かった。

冒頭から登場人物=観客の目線を意識したカメラ移動の斬新さに呆気に取られることしばし。下駄で月日の経過を表したり、主人公の内面の変化を蓮花で象徴させたところなど、『ジュン』が漫画で描いた詩なら、こちらは映像で描いた詩かもしれません。

詩という言葉も日本じゃ誤解されやすいのですが、抒情的って意味じゃなく、表現技法の工夫の意欲に溢れてるって意味で。監督の頭の中にはアイディアが湧き上がって止まらなかったようです。

柔道家の立身出世物語なのですが、内面描写を重視しており、人物の汗ばんだ表情のとらえ方が良いです。音楽はややロマン主義に流れすぎており、ここはもしかしたら黒澤映画の弱点かもしれません。

脚本も黒澤ですが、これは『宇宙戦艦ヤマト』劇場版(1977年)を連想したことです。荒っぽいというか、気が利かないというか、一人合点というか。

三四郎は何をきっかけに、どこから上京して来たのか、柔道と柔術は何がちがうのか、何をどう稽古して、子どもの戯歌に唄われるほど強くなったのか、具体的には描けてないのです。

月形龍之介が面白い役作りで悪役をやっておりますが、宿命っていうほど宿命じゃないし。道場破りが女絡みで粘着しただけです。(それを宿命というのか)

嘉納治五郎の講道館をイメージした架空の柔道家とその流儀が、柔術を抑えて成長していく様子ではあって、明治の風俗描写としては興味深いですが、何年に何があったという歴史ものとしての価値は望めません。

あくまで三四郎くんの青春模様なわけで、誇張した台詞を多用し、カッコ良すぎな場面をつないだもので、男のロマンというか、夢物語というか、イメージ偏重で、あまり論理的ではないのです。

そのぶん監督の素質はよく示されていると思います。連想したのは、やっぱりルーカス作品。もう好きにおやりなさい。

藤田は演技ともいえない素の魅力で、監督自身の素朴ともいえる表現意欲に充分に応えるとともに、さらなるインスピレーション源となったのだろうと思います。まったく美しい男でした。

開始前に昭和27年4月付で、東宝株式会社による挨拶文が表示されました。見事な楷書体の漢字仮名まじりで、昭和19年に再上映された際「当時の国策の枠をうけ」短縮されたとあります。

この当時は「フォント」なんて無かったので、誰かが筆で書いたのでしょうね。(まずそこ)

どうも女性と二人だけになるロマンス場面がカットされたようです。(その部分へ代わりに字幕が挿入されて、あらすじを説明してくれます)

じゃあ残された部分は国威発揚になるほどに戦闘的なのかというと、主人公は試合を避けたがっており、勝って悲しむくらいです。この頃の監督さん達というのは、国策に沿っているようで、実際には違うものを描いているのです。

西洋かぶれを悪役に、江戸情緒を残した明治時代の柔道を描いているんですけれども、本当の意図は、ごく当たり前の現代青年の青春と、明るい未来を描きたかったのだろうと思います。

昭和18年。物資不足が厳しくなり、学徒出陣の始まった年でした。

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