1970年、佐藤純彌『最後の特攻隊』

  13, 2016 10:20
  •  -
  •  -
人間は、兵器ではありません。

誰も死にたくはなかったのです。だからこそ、これだけ悩んだのです。喜んで死にに行ったと思ってはならないのです。

『野生の証明』の佐藤純彌の仕事を確かめようと思ったのと、高倉健の名に惹かれたのですが、奥歯の(食いしばるあまり)痛くなるような、腹の据わった実録風でした。

オープニングはすべて本物の記録映像。1970年から戦後日本の来た道をふりかえる形で。ラストシーンは極東軍事裁判。もはや止めようもなく映画が斜陽化した時代に、日本戦後史の起点を世に問う東映渾身の大作。特攻隊映画の総決算でもあったかもしれません。

佐世保で復員した佐伯彰一が、神道の旧約が古事記だとしたら、新約は日本文学であるというわけですけれども、これほど真顔で戦記映画が作り続けられた国も少ないかと思われます。

この時代のヒロイズム、男のロマンを決して笑ってはいけないのは、作っていた人々の記憶に、まだ本当に亡くなった人々の顔があったからです。

「あの中から何を基準にして選び出すつもりだ? 一人一人の名前を呼んでみろよ。返事をされてみろよ」

台詞の一つ一つが、戦中の人の真情を伝えていると思います。脚本は直居欽哉。

音楽は津島利章。『同期の桜』のメロディーがさまざまに、でも決して勇壮ではない調子で編曲されて用いられているのが、映画的魅力であるとともに、鎮魂の響きを帯びていると思われます。

咲いた花なら、散るのは覚悟。

本編も敢えてのモノクロ撮影。古くはないので画面はきれいです。あまり前衛的なモンタージュ技法を使っておらず、感情移入のための常識的なクローズアップや、アップとロングの切り替えくらいはありますが、基本的にロング映像を多用した、実直な記録映像ふうです。切れ味するどい編集は長澤嘉樹。

飛行シーンは模型を使用した特撮と思われますが、見事です。ときおり本物の「雨」が降ったような記録映像も使われて、写実性を高めます。模型と分かっててもグラマンの姿は気分のいいもんじゃないです。

人間ドラマはレイテを離れて、整備長の若山富三郎が出てきたあたりから、急にフィクションとしての興趣が増して参ります。原作がクレジットされてないので、オリジナル脚本のようですが、抜群に良いのです。

事実上、「第一幕第一場:宗方大尉(だいいと発音します)の場合」「第一幕第二場:矢代少尉の場合」「第二幕第一場:吉川二飛曹の場合」「第二幕第二場:堂本兄弟の場合」……って具合に中心人物がリレーしていく構成で、それぞれの戦争観・人間観が披露されます。

一機でも多く撃墜することを本懐と心得るベテランの誇り。未熟だからこそ信念だけを研ぎ澄ます若手。それぞれに理があり、意気地があり、そして誰も本当は死にたくはなかったのです。

誇りかに『同期の桜』を高歌する予備学生も、嬉しいことはないのです。羽目を外す予科練上がりたちが死を楽しんでいるわけはないのです。

夕焼け小焼けの、赤とんぼ。負われて見たのは、いつの日か。

鶴田浩二をはじめ、中年の役者たちには、やはり実在将兵への尊敬があり、生真面目な淡々たる演技の底に涙があったように思われます。

高倉健は、ファナティックな若い士官の役で、鋭い眼光と太い声が、いつにも増して効果的です。

弱虫代表・渡辺篤史の顔つきがどんどん変わっていくところもすごいです。母上が投げたものは羊羹でしょうか。逃げるとこ、どっこもあらへん。

そして追いつめられた若者の行動が、対立していた士官たちの肝胆相照らす対話へ収斂する脚本はものすごく上手いです。

最後に若山富三郎のなりふり構わぬ体当たり演技が、笑い泣きの涙を添えてくれたことです。

空征かば散華する屍は永遠に弔わるべく、美化され、語り継がれ、顕彰されるべきものと信じます。

でも模倣がなされてはなりません。後に続くを信ずとは、そういう意味ではないのです。

二○三空の飛行長の言葉を噛みしめつつ、あの最終場面となったのは、作る人々・見る人々の心の揺れをそのまま映していたのだろうと思います。山桜は遅れ先立ち、日出づる國の夕陽が眼の底に残ることです。

映画斜陽化の道は、もっとも表面的にはテレビの普及によるものですが、あるいは戦争で傷ついた男心が癒され、過去を振り返ることを減らして行った過程でもあったのかもしれません。

Related Entries