記事一覧

1965年4月、石井輝男『網走番外地』

原作:伊藤 一、脚本:石井輝男、音楽:八木正夫、編集:鈴木 寛 

とてつもなく密度の濃い約1時間30分。あえてモノクロ。

見た後で気分が暗くなるようなプロレタリア文芸調だと思って敬遠していたのですが、やられました。

総じて日本映画は同時期の海外作品に比べてレベルが高いと思ってるんですけれども、これは計測器の針がレッドゾーン超えて吹っ切れた感。

映像的美学、日本的「語り」芸の面白さ、エイゼンシュテインの時代にはできなかった音のモンタージュ。

クールなジャズを効かせた、フィルム・ノワールの一種かとは思うんですが、並み居るフランス人監督たちをなぎ倒す威力を持っているかと思います。女っけがないので彼らには喜ばれないかもしれませんが、一番近いのはイタリア映画の味わいでしょうか。

いかがわしいまでの写実主義が突き抜けて、詩情を帯びてしまった例で、敗戦を背景にした心理的テーマからいっても、日本映画のベスト10には入れなきゃいけないだろうと思います。

前半の語り芸の面白さと、後半の映画的スペクタクルの2本立ては、一貫性に欠けるとも云えるけれども、舞台劇ではないので閉じこもってばかりいる必要はなく、相互補完して一本の完成度を高めていると見れば良いのでしょう。

『死刑台のエレベーター』から7年。『戦艦ポチョムキン』から40年。『國民の創生』から50年。

佐伯彰一は「日本文学は一度も途切れたことがない」って云うんですが、日本映画にも浮世絵や、狩野派や、平安朝の絵巻物にまでさかのぼる美術と、能楽・歌舞伎の演劇的伝統がそのまま流れ込んでいるだろうと思います。

前半は塀の中の懲りない面々による群像喜劇……ですよねやっぱり。

原作も良いのでしょうが、語り口の面白さの裏には、それぞれの受刑者が罪を犯すに至った前半生の暗さがぴったり貼りついている。役者の演技(と顔)の濃さと、いとわしいまでのクローズアップで、狭い雑居房の暑苦しさを伝えます。

あまり意味もなく大写しというのは、フランス映画がよくやってたんですが、ここではすごく意識的です。伏線は、かなり早くから張られているわけで、見事な回収ともども、勉強になります。

嵐寛寿郎の出演は、知らずに観たので二度ビックリしました。そりゃ鞍馬天狗はただの爺じゃないさ……

高倉は、ここでは「健さん」ではなく、設定年齢27歳ですが、17歳でも通用しそうな若々しい役作りで突っ張らかってます。今さらですが、眼と声がいいです。

膚のきれいな少年性が魅力だった人でもあり、観る人に威圧感を与えないのに骨太な男らしさで感心させるという、稀有な個性の持ち主だったと思われます。愛されるのが男の役目といったのは三島由紀夫でした。これも観たかな?

高倉は役作りというか、役に入ったのか、役が入ったのか。役の気持ちになるのが大事とは世阿弥の云ったことですが、魂のレベルで役と一致していたかと思います。

この橘という若者が娑婆へ出て、組を背負ったら、やっぱりド根性見せるだろうし、病気の女に関われば生まれ故郷まで送って行ってやるだろうし、情の薄い親分さんにはハッキリ物申しただろうし、身寄りのない娘を見つけたら引き取るのだろうと思われることです。

どの台本も彼を念頭に書かれていたはずで、脚本家たちにとっては楽しい仕事だったんじゃないかと。この石井は監督でもあるので、二度羨ましいことです。

この蓄積を利用した山田洋二はうまいことやったなというのは、ここでは余談。

この当時の映画が男と男の話になっちゃうのは、やっぱり戦争の記憶を抜きに考えることはできませんでしょう。制作陣の中にも、観客の中にも「あいつもお袋さんのことばかり云ってたな」とか「助けてやりたかった」とか「復員した港で別れた奴は元気かな」とか、いろいろな思いがあったのだろうと思います。

そう思えば、雑居房の会話も、兵舎や駆逐艦の中そのままなのでしょう。

10年後の『宇宙戦艦ヤマト』や『野生の証明』になると、プロデューサー達が終戦時に少年だったので、負けたと決まったその日まで「兵隊さんは良い人だ。お国を守ってくださるんだ」と思っていたはずで、軍隊への憧れをそのまま抱えてるんですけれども、リアリティではないので、机上で部隊を動かす戦争ごっこの要素が強くなるわけですが、この頃はまだ戦友に焦点が合っていたのでしょう。

丹波は上背があるのと、顔立ちからでしょうが、西欧的な気障な威圧感のある人で、それが(べつに悪いことはしてないんだけれども)悪役らしく感じられるのは面白いところではあります。でも話を聞いてくれる人で良かったですね。

出征者の中には「鬼畜が相手じゃいやだ、話の分かる立派な人物を相手に戦って死にたい」と云った人もあったようです。

「男のロマン」とは、戦争の記憶を昇華し、心的後遺症から回復する道のりだったのかもしれません。

一人暮らしのお袋に 極道かさねた罰当たり。
すまぬすまぬと手をついて 涙で祈る番外地。


実年齢で年上だった人も、ここでは年下なので、詫びなくていいから信じた道を行きなさい、体だけは大事にね……と子どもを見送るような気分になってしまうことです。

こうして映像が残されているのは平和の賜物であり、関係各位のご努力の成果です。現代映画は、CGもスタッフの腕の見せ所ですけれども、俳優の生きた証、生の誇りを残してあげてください。

Related Entries

SEARCH

Profile & Caution

Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。