1966年1月、佐伯清『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』

  18, 2016 10:20
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脚本:山本英明・松本功、編集:長沢嘉喜。

とんだ不器用もあったもので、過密撮影スケジュールを全力でさばく残侠は、映画斜陽化時代に咲いた血の色の花でした。

シリーズ第2弾。舞台は浅草を出て宇都宮。時代もさかのぼって昭和5年。石切場で大ロケーション敢行。同じ役者が敵になったり味方になったりするので、大衆演劇の一座に通ってるみたいで楽しいです。

戦前の浅草には芝居小屋や映画館が一杯並んでいたのだそうですが、まっしろな灰燼に帰したのだそうです。東京湾が見えちゃったですね。その頃を知っている人が役者の中にもスタッフの中にも大勢いたのだろうと思います。

時代劇調への路線変更は、せっかくの時代劇のセットを活かしたかったのだろうなと勘ぐってみるわけですが、この当時に40代だったスタッフを考えてみると、1920年代の生まれなわけで、東京は大正時代の間にだいぶ洋化したことと思いますが、宇都宮のような地方都市には実際に明治情緒が残っていたのでしょう。(昭和40年代を知っている者としても実感があります)

新左翼とゴーゴーダンスのかまびすしい時代に、懐かしい地元で残侠が成り上がり者の悪を討つ。制作陣にとっても気分のいい仕事だったのではないかと思われます。

今回は、その成り上がり者に修業時代の苦労話をさせたところが良かったですね。息子を叱る親父っぷりも好感度高いです。ヤクザ風情の秀次郎は鞍馬天狗になってしまいましたが、前半は高倉一人を軸に不安な緊張感をはらんだ話が進行するのがすごくいいです。

冒頭から事件に次ぐ事件の連続、対立の構図が観客の頭に入って一段落、ところでなんで今回の健さんは一匹狼なの? と疑問が浮かんだ頃にちゃんと事情を明かす脚本がいい。説明的な台詞を云いにくそうにする高倉は可愛いです。

三田佳子の新派な演技は前回に引き続いて任侠の姐御には見えないんですけれども、女子どもをクローズアップした人情時代劇は何を意図した路線変更だったのか。(鞍馬天狗か)

いやでも池部さん出てきてくんないと、このシリーズを借りた意味がないんですけどッと心配になってきたあたりで、待ってました。やや無理めな絡ませ方ですが、第一作で高倉が背負っていた悲哀を池部が受け継いだわけで、こういうのは財産を活かしたといえばいいのです。

雪の細道、唐傘ひとつ。小道具をきかせた道行の美しさは、これが抜群。

アクションシーンは第一作と同じことをしても仕方がないので野外へ出てみました。やや欲張って甘さが出てしまったかもしれません。次回に期待。

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