1970年、マキノ雅弘『昭和残侠伝 死んでもらいます』

  25, 2016 10:20
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脚本:大和久守正 撮影:林七郎・清水政郎 編集:田中修

シリーズ第7弾。タイトルがすこぶる物騒なわりに、溝口映画かと云いたいほどの人情「世話場」路線。高倉の美しい顔を汚した今さらな写実主義と設定変更に戸惑うことしばし。

渡世人どうしがおなじ星のもとに生まれ、おなじ屋根の下に暮らす夢はかなったようで、よかったね重さんと云ってやりたくなることですが……

思うにマキノ監督は、もともと社会派リアリズム路線であって、モンタージュを多用してドラマチックに盛り上げていくというタイプではないのです。

舞台劇生撮りふうの視野の広い画面と、息の長いワンカットで、役者の自発を大切にするので、役者たちはたいへんやりやすそうで、肩の力が抜けております。

鳶の話のときは清川虹子、こっちは長門裕之のよくまわる舌を存分に活躍させて、コメディリリーフ場面に江戸時代から続く日本の芝居の伝統の深さを感じさせます。

が、生みの親も渡世の親も違っても、こんな小さな杯一つで結ばれた心の兄弟だった人々がおなじ屋根の下に住むことになっちゃいまして、男の料理姿はいいもんですが、渡世の親への義理と、兄弟分への情愛と、どっちを取るかで悩むという要素はなくなっちゃいました。

そのぶん藤純子の活躍に焦点が行くわけで、物語のバランスとしては良いんですけれども、なにもこの秀&重のフォーマットで女性映画をやらなくてもいいんじゃないかっていう……

純子自身はすごく魅力的で、さりげなく「遣らずの雨よ」なんて可愛いことを云ってみたり、いやな客に遠くから酌をしてみたり、見てるほうの目も細くなってしまうことですし、体を弱らせた継母が過去を悔いる姿など、女性を中心にしたドラマは名場面続きで、そこはすごくいいです。

とはいえ、料亭の実子が継母と折りあいが悪くて家を出るまではともかく、ヤクザに殴りこみをかけるほど荒ぶってるというのは、ちょっと無理があったかと。せめて風間の兄貴に憧れて、喧嘩のやり方を教えてもらったというならまだしも、ここでは風間も堅気になろうとしていて、それはまたそれでいい話なんですけれども。

実子と継母というのは、前作『人斬り唐獅子』にあった要素なので、上手に受け継いではいるのです。(こういうのは「パクリ」って云わなくていいです。)

でありながら、手練れの監督は、似たような場面を見せつつ、どっかで聞いたような台詞を聞かせつつ、それが陳腐なパロディ・素人の物真似のようにならない線を心得ていて、たいへん気分よく見ることができます。

熊さんが乗り込んできた場面の背景になった襖絵と、こっちから乗り込む前の藤純子の帯に、いずれも梅が描いてあるようで、映画全体にほんのりと良い香りが漂うようでもあります。

柳の向こうを遠ざかる男二人の後姿も、独特の柔らかな美学を持っております。

監督が冷静なので、こっちも冷静にならざるを得ないわけでございまして、あとはもう、この時点で「ハーレクイン的な味わいを求めて任侠映画を見に来る女性ファンに配慮した」ってこともないでしょうし(そんな女性は今でも少ない)、やたら物騒なタイトルからいって、男性観客たちとしてもコミカルな女性映画を見たくて来たわけでもないでしょうから、ひとえに藤純子を売り出したい製作サイドの思惑が勝ったのかなァ……と勘ぐるなど。

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