1971年、佐伯清『昭和残侠伝 吼えろ唐獅子』

  26, 2016 10:20
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脚本:村尾昭、撮影:星島一郎、編集:田中修

ご丁寧なお言葉、お心うちは、たいてい汲み取りましてござんす。

シリーズ第8弾。鶴田浩二が美しかったことです。鶴田のプロフィールもウィキペさんで読むと相当おもしろいですが、もちろん書き写すわけには参りません。地道に映画感想文。

ベタに男好きな佐伯監督が復活して、予告篇にあったような「集大成」というよりは、やくざ本来のやり口のえげつなさを強調した、むしろ特殊な回なのですが、悪い「親」への義理と人情で追いつめられていく苦しさが最高に打ち出された回かと思います。

絵作りは、マキノの大家ぶりを見た後では小さく感じられ、もしかしてもうあんまり予算が取れてないんじゃないかなっていう気もしますが、質朴なモンタージュは佐伯らしいところでもあり、変に生々しい日常描写からいっても、今更な賭場のしきたりの説明からいっても、物語の「不細工」さからいっても、血糊の使用量からいっても、本当にテレビに対抗して新しい路線を打ち出そう、若い観客を呼び込もうとしていたのかもしれません。

殴りこみシーンの組み立ては、やはり上手かったと思います。そう、彫物には音楽が必要。逆に考えれば、マキノはこれを踏襲することを、わざと避けたのです。

新人女優は陰性で、芝居はうまいけれども型が古く、藤純子の後では今さら感がありますが、今回は作品そのものが陰性なので重宝なタイプかもしれません。

脚本に難があったのか、撮影の手間を端折ったのか、背景にある(入札などの)事情を台詞で説明してしまったのは残念でした。やっぱり予算か。

渡世の仁義でよそんちの親分さんを斬ったことも何回あったことか、鶴田との白刃のやり取りは、シリーズ中の白眉かもしれません。匕首で長ドスとやり合う三州は、他のシリーズをそのまま持ち込んでるわけですが、最強かもしれません。

ものすごい顔合わせなのですが、スリーショットにならないように、監督は気を使っているようです。

秀次郎は親分なしの子分なし。今回は、ほぼ任侠道の指南役。風間とは縁のない流れ者。ただし共演の長い二人が目と目で会話しちゃってる上に監督がクローズアップを効かせるので、観客としては裏事情を詮索したくなって困ることです。

女性陣が二人とも「じつは」という回想シーンを背負っているので、男たちはどうなんだ、と。観客の予想に肩すかしを食らわせるのも手の内ですが、もう少し意識的にやりたかったように思います。

それにつけても松原智恵子の目の大きさよ。

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