2015年9月、海道龍一朗『室町耽美抄 花鏡』講談社

  28, 2016 10:20
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雪を廻らす花の袖。至福の約400頁。誰よりも海道龍一朗その人の創作の美学と作法を拝見した思いがいたします。

膨大な量の参考文献の行間へ、深々と切り降ろされた「作家の想像力」という太刀の筋目の正しさよ。輝き出たのは師を信じ、未来をまっすぐに見つめる若者たちの双眸でした。

作家自身の人間理解の誠実さに、全幅の信頼を置いて読み進めることができます。

いまどき珍しいハードカバー。装丁が美しく、講談社の肩の入れようが知れます。タイトルからは泉鏡花ふうの読みにくさを連想しますが、文章は驚くほど硬質で、ワン・センテンスの短いドキュメンタリー調。リズムがあり、たいへん読みやすいです。

おもに描いているのは美の求道者たちの17歳前後、芸道への目覚めの頃で、会話文も生き生きと、むしろ出来のよい青春漫画のような清冽な味わいです。

義満から義政に至る足利将軍たちのそば近くに実在した四人の登場人物を、ほぼ史実どおりの時系列に並べて、雪の佐渡から語り起こし、夜気ぬるむ花の頃、凍てつく玄冬、季節めぐって新緑の茶の香る頃に配置し、各章が前章を引き継ぐ変奏曲的構成美とは云うに及ばず。

できるだけ長くこの世界に留まりたくて、ほんとうに少しずつ、茶を舌で転がすように読み進めたことです。

帯には「日本の伝統美は室町に始まる」とあるんですけれども、実際には平安朝の蓄積が大きいのです。四人とも、何人もの遥かに年上の厳しい先達に鍛えられている。

さらに彼らを支える名もなき(こともないけれども)庶民の姿の実在感が、じつに良いです。

世阿弥の舞台を支えたのは名を残さなかった共演者・競演者たちであり、元雅の地方廻りを歓呼して迎えたのも、禅僧たちに喜捨を捧げたのも、栂尾の茶樹を守り育ててきたのも、土地の農夫たちです。

誰もが世阿弥ほどの天才ではありません。珠光ほど茶のことばかり考えてもいられません。一休ほどの悲しみを背負わなくてもいい。

でも、どこかで誰かを支えています。

桜の樹は、地上に見える数倍もの根を土中に張っているのだそうです。日本の花が美しいのは、日本の大地が美しいからです。

珠光を支えた先輩の彰祥ってのがじつにいい奴で、この人がいないと話が進まんのです。じつは周建をイジッた修行僧たちも、本人たちはそんなに悪気がないですな。この、良くも悪くも若者らしさを描けているところが、ああ男の人の筆だなと思わされたことです。

観世元雅という人には薄幸の印象しかなかったので、生きのいい兄貴ッぷりを拝見できて嬉しかったです。氏信と菖蒲嬢の可愛らしさにはニヨニヨしました。

いずれの章も、ご本人様に読んで頂いても喜んでいただけるのではないかと思います。一休は斜めに見るかもしれませんが。

作家にこの偉業を成し遂げさせたのは、関係各界の情報公開の恩恵が大きいと存じます。読者の一人として御礼を申し上げます。

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