1932年、グールディング『グランド・ホテル』MGM

  11, 2016 10:20
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Grand Hotel. People come, people go. Nothing ever happens.

唐突な路線変更は意識高い海外作品を確認しようと思ったからではなく、レンタル落ちで安く売ってたからです。おかげ様で100円レンタルで映画見て幸せですとも。

アカデミー作品賞受賞作。すっごい面白いです。

ホテルという巨大な密室で観察される人間模様を描いた「ホテルもの」ってあると思うんですけれども、『地中海殺人事件』などのミステリーもその一種。その嚆矢にしてお手本。王道中の王道。

淀川長治の解説入りDVDで、後から解説を確認したところ、そういうのを、まさにこの作品のタイトルを冠して「グランド・ホテル形式」っていうんだそうです。

ベルリンで一番高いホテルで、出だしから大変テンポよく、いわくありげな人生模様の数々。諷刺劇なのは明らかで、軽快な喜劇調なんだけれども、いずれ何か起こる、皮肉な「オチ」がある……という、不安な緊張感がいいです。

ベル・エポックを引きずった洒脱なサロン音楽がのべつまくなし鳴ってるんですけれども、それがかえって人間模様の深刻さをあざ笑っているかのようです。

監督は1891年、ロンドン生まれ。12歳から舞台に立っていた生え抜き。さすがと云うべきか。映像の基本は役者を信じて腰を据えた長廻し。ですけれども、映像術の蓄積がすっかり洗練されたようで、流れるような移動撮影も俯瞰の構図も魅力的。クローズアップも適度で、編集はバッサリと。紙芝居みたいに絵を抜いていく場面転換もスピーディ。脚本のドライさと映像作りの理念が完全に一致してるところがいい。しかも美男美女は煌いてます。

美しい女性は美しい少年に似ていると云ったのは稲垣足穂ですけれどもとは前にも申しましたけれども、ガルボとクロフォードという二大女優がいずれも男装の麗人的でカッコいいです。それを口説こうというほどの男は、つまり輪をかけて美しいのです。

「男爵」を演じるジョン・バリモアのたたずまいの美しさが、性根の誠実さの象徴となって、メロドラマに説得力を持たせるのでした。

といいつつ、物語の根幹をささえるのは、名前も小粒なクリングライン氏(ライオネル・バリモア)の酔いどれ演技なのでした。彼と体格も対照的な実業家の俗悪さも重要です。

ガルボはスランプに悩む高名なバレエダンサーの役で、悩み方がたいへん芝居がかってます。

グリフィス『イントレランス』で見られた、前時代的なオーバーアクションで、1932年当時の観客にとっても古く感じられたはずですが、それがロシア皇太子との思い出を語る往年のプリマドンナの格式の高さを感じさせる……とともに、やはりいくらかの諧謔味を帯びて見えるわけで、一転して明るい調子になってからは、少女のような愛らしさがかえって悲哀を帯びて胸にせまります。

誰にでも許される種類の演技ではなく、大女優の貫禄というのでしょう。美輪明宏の芸風が連想されるところです。

クロフォードのほうは、ちょっと猫背気味で、やさぐれたというか、庶民の女の自虐的なプライドというのか、ややこしさがよく出ていると思います。それにつけても目の大きさよ。

というわけで、主要キャラが一人もかぶっていない。複雑なようで、ミニマム。浮かぶ人生・沈む人生の対比も見事。

上述の通り、この形式のバリエーションとしては「吹雪で人里離れた洋館に閉じ込められた男女3組」なんていうミステリーやホラーが考えられますけれども、たいていは単に泊まり合わせただけで、これほど緊密に人間関係が結ばれることはない。高度な舞台劇が元になっていることが予想されますが、原作はドイツの女流なんだそうです。すごいなァ。

日本人目線から云うと、これだけの人間ドラマが生起するのは、1932年の時点で、二人の女性が職業婦人として活躍しており、社交的でもあるからで、日本映画ではかなり後の時代まで描けなかった境地かもしれません。

あらすじは云えないタイプのお話ですが、クライマックスから後が、じつは一番の見どころです。ホテルの朝がふつうに再開するところです。伏線とか小道具とか脇固めというのは、こうやって使うのですよというお手本のようです。

永遠に流れよ、美しく青きドナウ。

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