1976年2月11日、佐藤純彌『君よ憤怒の河を渉れ』

  16, 2016 10:20
  •  -
  •  -
製作:永田雅一、製作協力:徳間康快、原作:西村寿行、脚本:田坂啓・佐藤純彌

ね。検事さんが法律破るって、どんな気持ち?

皇紀二千六百三十五年。無限に広がる大都会。ビッグネームがそろい踏み。カネならあるぞ、銀行に。(※徳間康快のリアル名言)

大映プロデュース、松竹配給、ビデオは角川。いろいろそろってます。公開日は紀元節に当ててみました。

総制作費五億円を有効活用した、たいへん楽しい二時間三十分。西村寿行らしい壮大さと荒唐無稽さで、検事には惜しい高倉健の存在感なしには撮れない硬ゆで娯楽活劇。

一人旅と寒村の似合う男は、顔が良すぎて一度見たら忘れられないので、窃盗犯には向かないと思います。

どう見ても国家試験に通った人というよりは、網走を出た橘がそのまま年を食って極道渡世で生きてきたようにしか見えませんが、秋霜烈日のツラ構えではあります。

というわけで、素ッ堅気の健さんが陰謀に巻き込まれていく現代劇。序盤から誇張気味の急展開でたたみかけ、戦前を舞台にした仁侠映画ではあり得なかった要素を最大限に活かして、メインテーマで泣かせます。

人物のクローズアップを意味ありげに使う監督は、サスペンスを撮るのもお上手なようです。選曲センスは、やや微妙です。

池部の芝居は変にテンション高いようですけれども、部下が心配でチェーンスモーキングになってるわけで、ひそかに義理と人情にさいなまれてるですな。というか、そういうふうにしか見えんですな。いっそ同行したほうが気楽。

本当は(原田との対比上)真犯人の描いた絵に乗ってしまい、いちいち感情的に翻弄される、冷酷すぎてコミカルなエリートという役なんですが、コミカルにならないのです。たぶん美男すぎるのです。すみに置けないという感じがしてしまう。この人なら真相に気づいてるっていうふうに。

非情になりきれない知性派の色男は、三つ揃いもお似合いです。大輪の花が盛りを過ぎて、項垂れ気味になった爛熟の風情。ほめてますってば。

本庁の警部殿は、誰だか分からんくらい若かったです。こっちは朴訥な自然体を心がけているようで、たいへん楽しく演じていたように思われます。池部とは好対照、高倉とは良い相性のようです。

自分が何やってもカッコいいことを心得ている男たちですから、役柄以外のところで微妙な駆け引きがあるようにも思われます。技巧を凝らした回想シーンはたいへん美しいですね。ああ眼福のスリーショット。

そして開始38分、まさかのクマーーッ!

高倉には珍しいロマンスの要素があって、むしろホッとしました。現代なら女子高生を設定しちゃうかもしれませんが、この頃にはまだ三十路にかけた女たちの胸に萌した情念と女の侠気がいいです。

高倉の存在感が冒険活劇にリアリズムを与えちゃうので、それを担保に遊び心を発揮できるわけでもあり、序盤からいろいろやっといて、中盤以降の謎解きでグッと語りのテンポを抑えたのはすごくセンス良かったと思います。

そしてまさかのウ(ご自分の眼でお確かめください)

1976年ですから、西村晃の役どころは、1900年前後に生まれた明治の男。羽織袴の権力者というステレオタイプにまだ現実味があった頃でした。悪の動機が泣かせます。

Related Entries