日本のサブカル、B層の子どもたち。

  16, 2016 10:22
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「戦後民主主義の子どもたち」で久しぶりに思い出したんですが、「日本のサブカルは田舎くさい」というのは、誰かが云ったのがタイムラインに乗って流れて来たもので、リツイートがなされたってことは賛同者が大勢いたってことです。

ある程度多くの人が、そのように感じている。では、それには根拠があるのか?

前にも申しましたが、これは「日本の」というからには比較対照が海外です。なかんずく欧米。あちらの若者文化はカッコいいが、日本の若者はダサいと云ってるわけです。

でも当たり前ですね。デヴィッド・ボウイに比べりゃ、世界中のたいがいの若者がダサいです。まして、イギリスのロック音楽などを基準にすれば、極東アジアがやってることは、すべてその「猿真似」です。

まして、「サブカル」の名で示される(ことの多い)漫画・アニメ文化の担い手は、もともとどこかの地方の住宅地で、テレビばっかり見ていた子たちです。

東京都は極端に出生率の低い自治体ですから、いま東京に住んでいる若者のほとんどは、どこかの地方から上京した子たちです。

生まれながらに伝統芸能の家の子なら、伝統芸能やってます。スポーツの英才教育を受けた子なら、スポーツマンやってます。

なにもないから、サブカルなのです。

それが気に入らないなら、社会資本を充実させて、子ども達に芸術でもスポーツでも与えてやればいいです。それが出来ない親が情けないというなら、これは、じつはサブカル批判ではなく、その保護者批判であり、B層批判です。

でも、云ってる本人が同様の中流家庭出身のB層であることは多いものです。

だから、この種の批判は、じつは発言者・賛同者自身の欧米コンプレックスを自己批判したほうがいいんじゃないか? という話なのです。

【近すぎる】

身近な文化がうっとうしく感じられるのは、単純に近すぎるからってことがあります。

テレビをつければアニメをやっている。ニュース番組でさえ、コスプレだの、メイドだのと云っている。俺のタイムラインも下らない話題で一杯だ。いいかげんにしてくれと思うわけですね。

でも自分が海外に住んでいて、時々インターネット動画を見て「日本人の若者がアップロードするものはなかなか面白いな。我々とは目のつけどころが違う」なんて云ってる程度だったら、気にならないわけです。むしろ「好き」ボタンを押すかもしれない。

だから、結局のところ、これも「自分も外人に生まれれば良かったルサンチマン」なのです。

【二丁目方面】

新宿二丁目は、招かれざる「BL」読者によって、プライバシーを侵害される被害に遭い続けてきました。

創作物を真に受けて「見に行ってみようか!?」というのは、都会の遊びを心得た大人のやることではありませんね。

だから「日本のサブカルの子どもっぽさには閉口する」という気持ちは、ゲイコミュニティの人々も常日頃から強く感じていて、リツイートに参加した可能性があります。

これは女性のほうで自戒しておきましょう。

【勘違いクレーム】

こういう話の途中で「私は田舎者じゃないわ! 晴海のコミケへ行ったことがあるから都会的なのよ!」と叫び出しちゃう人がいると困るのです。

だから、そのご自慢の晴海のイベントまで含めて、日本のサブカル全体が田舎くさいと云われたことについて、どう答えますか? って話なんですから。

もし「名古屋の連中よりマシよ! パリより田舎だけど」って云うようなら意味ないですね? むしろ自分の差別意識を表明しちゃっただけですね?

「なぜ田舎くさいなんて云う人がいるのか、本当に田舎くさいのかどうか検討してみましょう」という話の時に「私は田舎者じゃないわ!」と云うなら、自分だけ逃げたいということなのです。

そもそも、話の途中で脊髄反射して、闘う相手を間違えてる時点で「世間知らず」だと思われることを心に留めておきましょう。

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