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二次創作BL同人の心得。

二十四年組に責任転嫁しない
実在ゲイに甘えない
一般読者よりえらいと思わない

以上3点。これをわきまえずに新宿二丁目へ押しかけて、吊橋理論とか云って騒いでる人は、同人やっていたうちに入りません。

昔の同人誌即売会は、本当に同人会の集まりでしたから、サークルの先輩から後輩へ「絶対に本物を怒らせるな」という上意下達があったものです。

が、1980年代後半から、手前勝手に個人参加するタイプが増えちゃったのです。それが同じ個人参加組の先輩からさえも何も教わっていないなら、残念ながら、誰からも相手にされていなかったのです。

自分と似たようなタイプばかり選んで交際し、かたまって騒いでいたので、先輩たちから距離を置かれていたのです。

「我こそは同人代表である」という顔をして、暴露話に夢中になってしまう前に、自分がその程度の存在に過ぎなかったことを知っておきましょう。

【二十四年組に責任転嫁しない】

世の中には勝手に「学会」とか立ち上げてる先生たちもいますが、彼女たちが研究者のくせに勘違いしているからこそ、同人は大事なことを知っておきましょう。

竹宮恵子は「ヤマもオチもイミもない」作品など描いたことがありません。萩尾望都が「アニメの著作権を侵害しなさい」と教唆したこともありません。

アニメキャラクターを利用することは、小説同人・漫画同人の一部が勝手に思いついて、勝手に描いて、勝手に自費出版したものです。

1970年代後半から1980年代初頭にかけて、同人界で「ヤマもオチもイミもない」を略したとされる隠語が広まり始めた時代に、同人が隠蔽しなければならなかったものは、エロス表現ではなく、著作権問題でした。

なぜなら、当時「アニパロ」の素材にされたと云われる「SFアニメ」というのは、漫画原作を持たないテレビオリジナル番組だったからです。

その制作・著作は、テレビ局。または個人プロデューサーです。

当時のパロディ同人は、男女を問わず、テレビ局または西崎義展から「一割よこせ」と云われる可能性があったのです。恐るるに足る相手です。

アニメの権利だけで食っているプロデューサーに対して、漫画同人が「おなじ漫画道の後輩がやったことだからいいじゃないですか~~」とは云えないのです。筋が違うのです。

それどころか、同人が「二十四年組に影響を受けた」と名乗り、それがプロデューサーから告訴されたとなれば、二十四年組に迷惑がかかるのです。

【コミケは漫画同人の集まりです】

コミックマーケットは、最初からアニメファンまたはパロディ同人の集まる所だったわけではありません。

本来、オリジナル漫画同人会の集まる所です。『ガロ』『COM』などに掲載されることを目指して、手塚・石ノ森・二十四年組に追いつけ追い越せというつもりで頑張っていた人々の集まりです。

来場者の中には、当然ながら熱心な二十四年組のファンがいます。プロの評論家・新聞記者・テレビマンなどが含まれている可能性さえあります。

彼(女)らが「二十四年組に影響を受けた素人の作品が大評判で、長蛇の行列を呼んでいる」と聞けば?

「どれほどのものか読ませてください」と云って来るに決まっています。そして、読めば何が起こるか? 

「なんじゃこりゃ。プロデューサーに許可取ったのか?」

【アニメファンも真面目でした】

コミックマーケットは「SF大会」からの分派であり、漫画としてのSFを愛した人々の集まりでした。

SF漫画の第一人者である手塚治虫が自らアニメを手がけていた以上、コミックマーケットにアニメ研究会が参加すること自体は自然な成り行きです。

ただし、最初から「アニパロ」と呼ばれるものが盛んだったわけではありません。(二次創作って言い方は、わりと最近のものです)

本来、アニメ研究会の会報というのは、実際に放映されたテレビ番組の感想文を載せたり、SFとしての考証を追及したり、アニメ技法そのものを論じたり、独自取材によるアニメ監督の談話を載せたりするものです。

その会員たちが、元のアニメとは絵柄も似ていないし、ストーリーにも「リスペクトが感じられない」というパロディ作品を見れば、「たとえ著作権者が許しても俺が許さん」という可能性がある。

これは基本的に今でも変わりません。

だからパロディ同人は自虐したのです。読まないでくださいと云う必要があったのです。

「で、でも女性の自由な表現は男性から差別されやすいから、プロも自虐する必要があったのよ。私はそう教わったわ」と云いますか? じゃ次の反証を申し上げます。

【話が成り立たない時には誰かが嘘をついているのです】

推理の基本です。ミステリーを読んだことのある方なら御存知ですね?

1970年代後半から1980年代前半なら、二十四年組をはじめとする漫画家および1978年創刊の専門誌『JUNE』を拠点とした栗本薫ほかの小説家による作品が「耽美ロマン」の名で市販されて絶好調だったのですから、アマチュアだって違う名前をつける必要がなかったのです。

初期のコミケ(1975年頃)には少女漫画が出品されていたという話もありますが、もともと漫画同人会の集まりなんだから当たり前です。

最初の出展者は、アニメファンの自主参加ではなく、プロ漫画の評論活動に熱心だった主宰者からの招待状を受け取ったということですから、志を同じくする(プロを目指す)女子校の美術部・漫画同好会などが招待に応じれば、当然そうなるのです。

でも当時の流行と、コミケ本来の性質からすると、正確には少女漫画ではなく、竹宮や萩尾などの作品を参考にした、宇宙戦士や吸血鬼としての美少年たちが活躍する独創作品だったかもしれません。それは自虐する必要がないのです。

たとえ、そこに少年たちの初恋が描かれていたとしても、どんなに下手でも、「萩尾先生みたいになりたくて、一生懸命描きました」と云えば通用するのです。アニメファンだって怒りません。

だから、コミケは1975年に始まっているのに、自虐が始まったのは1970年代末になってからなのです。

この時期は、西崎義展によるアニメ映画が立て続けに大ヒットを記録し、社会がアニメ産業の可能性に注目するとともに、アニパロもまた急激に盛んになった頃と一致するのです。

同人の中でも、パロディ派の連中は、自分の作品をプロおよびオリジナル派と区別するための言葉を必要としたのです。

いっぽう、栗本薫こと中島梓が『美少年学入門』を上梓したのは1984年。表紙画は竹宮恵子。これは明らかに女性が美少年に見とれるという構図ではなく、男性同士の交流の場面を描いています。

少なくともこの年まで、女流が男性同士を描いたこと自体によって自虐する必要はなかったのです。

つまり、まさに同人界で隠語の利用が広まりつつあったとされる1970年代末から1984年頃までの間に、プロのほうは自虐する必要をまったく感じていなかったのです。

実際に竹宮・萩尾・栗本を始め、プロ創作者が自作を「ヤマもオチもない」などと、くさしたことはありません。出版社がそのようなキャッチコピーを単行本の帯に印刷させたこともありません。

出版社が他人から「ヤマもオチもないものを売った」と云われては、名誉毀損です。

同人としても「どうせ竹宮先生にもオチがない」などと失礼なことを云ってはいない。

えらそうなことを云って、注目を集めれば、困るのは同人自身です。親告されなければ問題ないはずのものが、権利者に通報が行きやすくなり、親告されやすくなるからです。

でも、新人類が勘違いしたのです。1980年代の中学生。当時の「にわか」です。

【みんなで渡れば怖くない】

パロディ同人としては、プロと混同されて「新時代の女性による勇気ある自己表現」などと持ち上げられ、研究者・メディアから注目され、取材が入ったり、一般人の見物が増えるようでは困るのです。

PTAが気づいて「子どもが変な漫画を持っていたが許可を出したのか?」と、テレビ局にクレームするようじゃ、もっと困るのです。

もともと児童向けアニメで(CM放映料を得るという)商売をしているテレビ局が、PTAからクレーム受けたら即応する可能性があるからです。

だから同人としては「即売会へ来て『やおい』と名のつくものを買った以上、そのことを絶対に会場の外で云ってはダメよ」というつもりだったはずなのです。

だから「話の分かっていない中学生が買いに来るのは困る」というのが当時のベテラン同人たちの本音だったはずです。だからこそ「足が洗えなくなるからやめておけ」とか「親を泣かすことになる」とか云って止めようとした。

でも「いいじゃん別に。みんなで渡れば怖くない」と云いながら乗り込んで行ったのが新人類。イエ~~イ。

そして地元へ帰ると、二十四年組の単行本を指さして「こういうの『やおい』ってゆぅのよ! だってみんながそうゆってたもん!」と、デマを広めたのです。

この「みんな」というのは、本人の同級生です。1970年代以来、二十四年組を読んで来た先輩同人たちは、そんなことは申しません。

そこを混同されちゃ困るからこそ自虐したのです。

ぜんぜん話の分かっていない中学生は、東京へ行って来たことを自慢したくて仕方なかったのです。物知りブリッコしたかったのです。そして「次は私が案内してあげる」とか云って、即売会参加者を増やしたのです。

1980年代後半には、第二次ベビーブーマーの成長とバブル景気が重なって、コミケも一層肥大化し、勘違いが野火のごとく広がり、それと入れ違いに「堅気に迷惑をかけるな」という古い約束事が忘れられていったのでした。

そして1980年代末頃からの研究者は、この程度のことに気づかずに、勘違いを前提に研究を進めてしまい、偉大な漫画家たちに、不名誉を押しつけたのでした。

当方は、それをすすぎたいと強く願うものです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。