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1979年『宇宙戦艦ヤマト2』(DVD第5巻)

アニメーションディレクター:石黒昇、総作画監督:小泉謙三

第25話「ヤマト 都市帝国攻略作戦」
脚本:館俊介、絵コンテ・作画監督:白土武、美術監督:勝又激、撮影監督:細野正、編集:鶴渕映画、演出助手:安濃高志、助監督:棚橋一徳

第26話「ヤマトよ永遠(とわ)に」
脚本:館俊介、絵コンテ:安彦良和

どんなことがあっても、生き延びような。

【第25話】

ラストの違いを確かめる企画。斉藤さんが好きです。ご冥福をお祈りいたします。古代くんの顔が違くて誰だか分からんほどですが、時々いい静止画が見られます。

セル枚数は最低限以下のようで、描画も荒く、昔のアニメ感はどうしようもないですが、白土武の絵コンテと、カメラワークが大変によく、後者は撮影監督の細野正の業績に帰すべきでしょうか。

松本零士は監督として表示されるんですが、いやアニメとしての監督はしてないよな……と。

とくに第25話は「ベタに戦争映画やってるなァ!」と驚き呆れることですが、構図も切り替えのテンポも良く、アニメ作りのベテラン達が現場の経験則で気分良くやってる感があって、テレビサイズを超えているように思われます。

それにしても良く描きましたね、ガトランティスの巨大戦艦。

若い人のために云っておきますが、手描きです。セルにペンで描いて、裏返してアクリル絵具で塗っていたのです、ええ。手袋はめてね。浮世絵工房の分業体制がそのままアニメになったのが日本ですとも。

物語のほうは、もともと仁侠映画・スパイ映画の舞台を星全体に広げただけで、あんまり考えてないので、戦闘員はともかく数十億人の非戦闘員を全滅させることになるのに艦砲射撃連発というのはいかがなものか感はぬぐえません。

大帝も何が楽しくて侵略してるのかよく分かりませんし、侵略そのものを楽しんでるのかもしれませんが、彗星帝国の人間も飯を食う以上、地球のような星は植民地化したほうが。

ガミラスだけはねェ、惑星内部に潜入して、自分自身が助かるためにやるべきことをやったら大崩壊。もともと移住したがっていただけの人々を相手に、まさかこういう結果になるとは思わなかったというわけで、論理性があったんですけれども。

ヤマトという存在そのものが、最初の時点では熱心な戦艦大和のファンが復活物語を考えたってことではなく、あとからアイディアがくっついて来たわけですが、実際には目的地にたどり着くことさえ出来なかった巨大戦艦が「かならずここへ帰ってくると」約束して、再び抜錨した。

実際に、1974年当時の地球(日本)が、公害とオイルショックと爆弾テロの不安に覆われていた。最後の希望は「戦争を知らない」子どもたちだった。古代と島は、まだ訓練中の学生だか、候補生だかで、テレビを見ていた若者たちと同世代だったのです。

それが、金髪の美女の住む星(欧米)から最新技術を持ち帰る。実際に日本はその後、貿易黒字を達成したのです。

1934年生まれのプロデューサーは、実際の戦場に出ていないので、少年時代の憧れのままに、戦争ごっこ・軍艦ごっこがやりたかったわけで、それと1970年代半ばの時代精神が奇跡的に一致したのです。

だから、二番煎じを淹れちゃいけない話だったんだけれども、もう一度見たいという気持ちもファンにはある。

『さらば』序盤では、そのヤマトが賞賛も感謝もないままに、老朽艦として飾り物にされようとしている。戦後33年。実際に30代で復員した大ヴェテランだった人々が戦後の職場から退職しつつあった頃だから、「こんな戦後社会を作りたかったのか?」という問いかけが、ギリギリのところで意味を持った。

でも、物語の後半はそういうわけで、相手の国民というか、星民の存在感が薄いままに全面戦争に突入したわけで、このへんで「お約束」になってしまったのだったかな、と。

【第26話】

それでもテレサの存在感は美しく、腕力すごいなってのは置いといて……。雪の「結婚式もおあずけだったのよ」の愛らしさも泣かせます。沖田さんが何も示唆せず、古代が自分で結論を出したところも良かった。

やたらと波動砲を使わなかったのも、いさぎよかったと思います。骸骨みたいなフルボッコヤマトの反転も珍しい絵で、印象的でした。取ってつけたような説教が感動を削いでくれるわけですが、西崎が入れたがったのかなァ……。

原作小説つきなら、原作の一節をナレーションに使うのは「あり」ですが、それ以外の実写映画では、もう戦前(というか戦中)から「この戦いに何の意味があったのか」と台詞で説明してしまうってのは考えがたいと思うんですけれども、アニメ現場に構図と編集で心理を語る「話法」の蓄積がなかったのか?

いや、んなこたァない。とすると、あくまでテレビだから子ども向けに解説したほうがいいということだったのか。

あるいは、スタッフにとって、女性の特攻を見守る感慨というのは、絵で語ろうにも、想定しがたいものだったのか。

「皇軍軍紀の神髄は、畏くも大元帥閣下に対し奉り絶対随順の崇高なる精神に存す」(池部良『匂いおこせよ梅の花』p.276)

といった言葉で自己犠牲の精神を表現するわけに行かない以上、「愛」にすり替える他ないわけで、多くの戦没学生が(ひそかに)「天皇陛下のために死ぬってなんだろう? 誰を守るためなら死ねるだろう?」と悩み、ついに母のため・妹のためと思い定めたのも「愛」と云える。

逆にいえば、戦後民主主義社会は「愛」以外の言葉を失ったのです。「忠」も「孝」も「悌」も。

テレサも、この後のサーシャ(2世)も、端的には異性への個人的情愛に殉じているので、それは確かに愛の名で呼ぶにふさわしいのですけれども、情念とか妹背の契りといった言葉もないことはない。平安時代なら恋といったでしょう。

いずれにしても、女が特攻するのを見守るだけとなってしまったとき、男のロマンはどこ行っちまうのか。惚れられたのが男冥利と云えば云えるけれども……。

あるいは、この、女性を極端に美化し、大きな役割を与えるという要素が松本零士由来なのかもしれません。

勝って帰るよりも、負けて帰ることのほうが、勇気が要ることなのですよ。

おかげさまで負けずには済んだわけですが、テレサよ永遠に微笑みを。

現代の技術で、すっごくきれいに描いた(そしてディズニーのラプンツェル並みに金髪がよく動く)テレサを見たいんですが、今度こそ付加要素なしの完全リメイク版、作りませんか。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。