1971年、小沢茂弘『日本侠客伝 刃』

  30, 2016 10:20
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俺ァお前さんに殴られてみたくなった。

脚本:笠原和夫、撮影:吉田貞次、音楽:津島利章

刃と書いて、ドスと読みます。得物は拵えつきです。万丈の気を吐いて東映が放つ(予告篇より)、日本一のアホの純情物語。日本侠客伝第10弾。

(と予告篇に表示されたのですが、11弾らしいです。)

笠原脚本と津島メロディーの魅力が爆裂しております。辰巳柳太郎にひれ伏したい思いです。新国劇の面白さが偲ばれます。

私事ながら大正生まれの祖父母は「阪妻がよかった、アラカンがよかった」と繰り返しておりましたが、新国劇を直に拝見する機会はなかったかもしれません。映画というのは有難いものです。

で、監督・脚本コンビに全幅の信頼を置いて鑑賞開始。冒頭から西部劇そこのけのコメディ&アクション展開で、嬉しさのあまり涙がにじみました。玉川良二は癖のある役者で、使いどころが限られるはずですが、本人えらく堂々としているところがいいですね。

高倉さんも珍しいほど芝居っけを出していて、じつに楽しいです。馬を使っていた時代の輸送(逓送)会社の様子が再現されており、風俗描写的な価値も高いと思います。

男たちの喜劇&アクションの裏に、女たちの切ない事情があって、その詳細を脚本が明確に説明しないのと、カメラが遠めからドライに撮るので、かえって胸に響きます。

十朱幸代のちょっと硬い雰囲気と、理知的で控えめな演技が、もとは良い家のお嬢さんという役によく似合っていて、涙を誘うのです。義理と人情秤にかけりゃ、女も義理が重いのです。愛嬌の塊みたいだった藤純子がピンクダイヤモンドなら、こちらは白い輝きをにじませる真珠でしょうか。

今回は、ひたすら監督・脚本コンビに注目して選んだので、キャスティングの最後に池部良の名前が表示された時には「今さら!?」という驚きが先に立ちました。大御所あつかいでカッコよく登場しますが、相変わらず物語の主筋には絡んでいない、今いち情けない要素もある役回りで、笠原はよく分かってます。

ここへ来て京都も集客効果を狙ったものか……と詮索したくなるところですが、やっぱり池部の笑顔と殺陣は美しかったです。

なお、男惚れの間に女性も加えたのは、時代の要請に合わせたものと思われますが、すなおに嬉しかったと申し添えておきます。

それにつけても、この山本麟一も大活躍の人情喜劇からどういうあれで白刃の出入りになるのかと、変な不安にかられ始めた頃、悪役登場。笠原好みの権力絡みの容赦なきえげつなさ。

明治二十年の設定なので、黒澤『姿三四郎』にもあったような、西洋かぶれと江戸時代以来の士族の誇りが行き場をなくして病膏肓に入っちゃった感がミスマッチして、魅力的な悪役集団造形になっております。女もつらいが、女の期待を背負わされる若者もつらいのです。

善悪対立の構図の背景には、当時の政府による野党の弾圧という史実があるようですが、やっぱり脚本家自身の政治姿勢・1971年当時の観客の世論というようなものが反映されているのでしょうね。学生運動がおさまりきっていない時代でした。

途中「中入り」があるので、映画の構成としてはあんまりうまいとは云えないのかもしれませんが、待ってましたの再登場以降は名場面続きの急展開、一種の音楽劇の要素も帯びて、満ち潮のように男たちの胸に高まる感情を息の長いカメラがとらえます。

クライマックスは襟を正す思いで拝見しました。まさかの手ブレ撮影で、チャンバラ活劇と殴り込みリアリズムの鬼気迫る両立。

「人斬りの政」にはもう少し活躍してほしかったように思いますが、これは京都の流儀上やむを得ないかな、と。

袖振り合うもとは云いますが、血塗れの抱擁を演じ続けた男と男には、なんのご縁があったものか。十朱の一途な表情を生かした長いコーダが心に沁みます。

既存の時代劇のセットを使っているだけで、そんなにカネかけてないと思うんですけれども、極上の味わいです。

……間に9本……。

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