1965年1月、マキノ雅弘『日本侠客伝 浪花篇』東映京都

  02, 2016 10:20
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脚本:野上竜雄・笠原和夫・村尾昭、撮影:三木滋人、美術:富田治郎、音楽・斉藤一郎、編集:河合勝巳

抱いてゆこうぜ、思い出だけは。

足を洗った高倉さんを見た後で、戻って参りました。たぶんシリーズ中でも屈指の名作。「きれいなお方」たちのまばゆいばかりのツーショットが拝めますが、そこへ至るまでの社会派人情描写の味わい深さがマキノ流。

スターぞろいの大企画ですが、真の主役は重機のなかった時代に石炭運びという単純労働に従事していた港湾労働者という底辺な人々。

仁侠映画といいながら、堅気の庶民を見る眼の温かさがマキノ監督の特徴で、高倉に与えられる役も、寄せ場帰りの中年ではなく、人生これからという若者が職業を定めて第一歩を踏み出す姿ですね。

笑いと人情という上方の演劇の伝統を感じさせる作風の根幹には、生々しい描写をきらう京都人の美学があるのだろうと思います。

今回は脚本がとくに良く、労働者たちも、多めに登場する女性たちも、それぞれに「キャラ」が立って、存在感が心に沁みます。

暴力シーンを遠くから撮る(&端折る)のがマキノ流でもあるわけで、それに比べて女性登場シーンは「尺」が長く、演出も肌理が細かい。

本当は、やっぱり小津映画みたいのをやりたかったんだけれども、もうそういう文芸路線を支えるほど映画界全体の観客動員数がなく、かろうじて血の気の多い20~40代の独身男性を相手に暴力映画で食いつなぐという時代に入っていたのだろうと思われます。

「わいもヤクザや」

親にもらった大事な肌を墨で汚したヤクザ者は、あくまで「やばい」連中であって、観客の若者が憧れないようにという配慮が効いているように思われます。監督の良心だと信じます。

というわけで長門裕之が今回も大活躍。まだ若いのに名バイプレイヤーとして自らを確立しており、監督としても使いやすかったのかもしれませんが、やっぱり本人と同世代の観客にアピールしたのでしょう。

小沢茂弘もそうですが、監督・脚本が喜劇を知っていることが映画の質を高めるという点は、宮崎駿にまで受け継がれたかと思います。

まずはオープニングの意気の高さにしびれながら、本篇明けると、大正九年、大阪港。切れ味のよい編集が続いて、浪花の荒っぽさと人情の厚さ、対立の構図が手際よく語られます。

マキノさんにしちゃ珍しいなと云いたいほどのテンポの良さですが、こっちの見る順序が転倒してるので、これが真骨頂なのかもしれません。

鶴田はまさかの「後ジテ」状態で、一時間ほど登場せず、前半は村田英雄が大活躍。これほど芝居がうまいとは知りませんでしたごめんなさい。自慢の小節もまわるまわる。

高倉は役者としても役柄としても売り出し中の若いので、行く先々で男からも女からも惚れられる任侠アイドル。当然ながら、まだ『網走番外地』と同じ可愛い顔してますが、迫力の見どころ一杯です。

物語は、せまい町の中で人手確保を争う組どうしの対立に、女絡みの喧嘩出入りを重ね合わせた、いつものパターンですが、堅気たちの男気が泣かせます。皇国の興廃この一戦にあり。

中小企業が次々とつぶれて行くのは私利私欲をむさぼる政治家のせいだ、と大正デモクラシー運動に陶酔しながら、てめェの実家の中小企業がつぶれて行くのを防ぐ努力をするつもりはないっていう新左翼学生みたいのが出てきまして、女は口出しするなとか云っちゃってるし、いつの時代も「主義の者」ってやつァw

東京の国会の赤絨毯に憧れてるのが本当で、せまい町から出て行きたいんですね。なお、女権運動はもちろん明治時代からあったのです。

『グランドホテル』では、ガルボとクロフォードが同席したがらず、スタジオでは一度も顔を合わせず、画面の中でも同じ場面には登場しないというアレがあったそうなんですけれども、喉が自慢の村田と鶴田がツーショットにはならなかったのも裏事情を詮索したくなるところで……

でも、鶴田の存在を早い段階で暗示してあるので、不自然ではなく、あとはまかせたという形になっており、ちゃんと三人の間につながりが保たれているのでした。

起こるべくして起こる事件の連続が、緊迫のクライマックスに収斂し、藤山寛美の名人芸を見た後は、待ってましたのきれいなツーショット。そこへ村田の声が響いて、そろい踏みのフィナーレ。お見事。

大正九年の時点で、渡世の義理だ人情だいうのはもう古いという新興ヤクザの価値観が出てきているという話なので、侠客というのは清水次郎長の時代で終わったということなのかもしれません。

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