ものの名前を疑ってみましょう。

  24, 2016 10:23
  •  -
  •  -
たとえば「スパゲティ・ナポリタン」というものを頂きながら「なぜナポリタンって云うの? 誰が決めたの? いつから日本にあるの? 江戸時代にはなかったよね?」と考える人と……

「そんなことどうでもいいの! 昔からそう決まってるの! みんなそう云ってるの! 文句いわずに食べればいいの! 私のいうことが聞けないの!?」と、なっちゃう人がいるですな。

知らないなら知らないって云えばいいのに、「口答えされたわ! 私の料理が気に入らないってこと!?」と、被害妄想を持ってしまうですね。

こういう人に限って「うちは母親がくちうるさい人だった」なんて愚痴を云って、被害者ぶっているものです。いつの間にか自分が母親そっくりになっているのに、自分で気づかないのです。

で、こういう人ほど「女同士の会話に疲れた」とか云って、ゲイバーへ突入しちゃうわけです。そりゃ疲れますわな。自分勝手に興奮してるんだから。

ゲイバーというところは、女性にとっては現実逃避ですが、ゲイにとっては現実そのものです。そこで恋のお相手を見つけ、同居を決める。あるいは「実家へ帰ることになったので、マスター達に一生のお別れを云いに来た」というお客様もいるかもしれない。

そこへ変なオバサンが首を突っ込んで「ちょっと、あんた達! 自分たちだけでいやらしい話をしてないで、女性の人権運動に協力しなさい! 女は結婚や出産で大変なのよ!」とか云うわけです。

彼らに云わせりゃ「僕らも結婚したいし、育児もしたいと思ってるけど、きみらが認めてくれないんだろ」ってだけです。

第一、いやらしい話なんてしていませんね。女性が勝手に「ゲイはポルノのことしか考えてない」という偏見を持っているだけです。

彼らだって、女性が「ミスターレディ」のレビューを見に来て、ふつうのコンサートと同じように客席に座っていられるなら、文句云いません。チケットを買ってくれる分には良いお客さんです。

でも、彼らだけで静かに飲んでいる「スナック」や「バー」と呼ばれる店にまで入り込んで、他人の話に首を突っ込む人がいるから、彼らがクレーム文書を発するのです。

なお、ツイッターも「書いて、アップロードする」という作業ですから、文書を公式発表することの一種です。

BLファンの皆さんは、いまだにゲイから「BL描写のあれがおかしい、これがおかしい」というクレームがつくようだったら、その陰に、彼らに向かって「本当にやるんですか~~?」などと質問している女が存在する可能性を考えましょう。

この場合、ゲイに向かって「いやなら読むな」と云うだけでは解決しません。

話を戻すと、ものの名前を疑うということは、固定観念を崩すということですから、「ゲイは人生相談に乗ってくれる」といった偏見を崩すことにも役立ちます。

疑うことは科学の第一歩ですから、こういう話は理系の人のほうが分かってくれるかもしれません。

文系は、舶来の理論装置を鵜呑みにしてしまうところがあるのです。歴史学がマルクス主義一色だった時代があったのも、同じ心性を表しているでしょう。

ジェンダー、トラウマ、アダルトチルドレンなどといった片仮名言葉をやたらと使いたがる人にも要注意です。

基本的に「名指した時点で差別」です。レッテルというのも、貼った時点で差別なわけで、自分で自分を差別したがる人は、弱者特権だけ利用しようとしている可能性があります。

二次創作者は、他人のものを無断利用することに慣れてしまっています。創作物以外の場所でやらかしてしまわないように重々注意してください。自分で注意してください。いちいちお母様に訊いてみる必要はありません。

あなたがそんなふうに育ったのが母親のせいだとしても、自分で自分を再教育することは可能なのです。

ゲイは女の甘えを許しません。彼らに依存しても慰めてはくれません。彼らの時間は彼らのものです。

Related Entries