1973年、加藤泰『花と龍』松竹

  06, 2016 10:20
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原作:火野葦平、脚本:加藤泰・三村晴彦・野村芳太郎、撮影:丸山恵司、音楽:鏑木創

出演:渡哲也、竹脇無我、香山良子、倍賞美津子、石坂浩二、田宮二郎

巷に雨の降るごとく、わが心にも雨の降る。

刺激に継ぐ刺激、見せ場に継ぐ見せ場。間然するところなき堂々の三時間。任侠映画流行の最後を飾る傑作、あるいは東映任侠路線にとどめを刺す怪作。大正デモクラシーボーイの土性ッ骨は太かった。

加藤監督は撮影現場を見学したい監督ナンバーワン。どういう撮り方してるんだというアングルが続きます。役者にとっても決して楽な現場ではなかったはずで、それが緊張感を生んでいるのかもしれません。

舟の櫓のアップなんざ、エイゼンシュテインも真っ青かと思われます。男の色気を撮らせたら世界一でもあるんですけれども、女の侠気も光る光る。

男の肌に自分の跡を残すというのは、グリーナウェイ『枕草紙』がやっていて、あらちもひじょうに好きですが、こちらも感慨深かったです。でも自分で自分の肩に彫るのは首が痛くなりそうです。

なお、大正デモクラシーボーイというのは『人生劇場』DVDパッケージにあった監督の自称です。

これも『人生劇場』と同じく、小説家の自伝的成長物語が原作で、美貌の竹脇無我は監督のデモクラシーボーイ精神の象徴であり理想なのでしょう。「警察に弾圧の口実を与えるな」など、なかなか闘い方の分かった坊ちゃんです。

が、まずは保護者世代の愛欲と侠気の濃厚クローズアップ祭りから入るので、大人だけで御覧あそばせ。かるく女性向けソフトコアくらいのグレードには達しております。個人的には、このくらいのお色気があったほうが好みです。

やっぱりピンク映画から流れて来た客をすくい上げたものか、権力に喧嘩売ってみたものか。「俺が面白いものを見せてやる。大正生まれを戦後生まれがしょっぴけるもんならしょっぴいてみろってんだ、てやんでい」ってことでしょうか。

どてら婆さんは女性の理想像の一つですが、栗銀とは男女の関係があったのかどうか。どちらと取ってもいいように映していると思われます。

1973年というと、池田理代子『ベルサイユのばら』が大ヒットしていたはずで、この頃には女が一人で生きていくことを「女を捨てる」って考えたものでしたね。

田宮二郎はやっぱりカッコ良くて、彼の仕切る賭場に行ってみたいです。(おあにいさんに見とれて札が切れない)

音楽は、クラシックというか現代音楽を基調にしていて、すごくいいです。この頃ダルシマーが流行ったですね。

話の展開の早さから云って、原作がものすごい勢いで端折られていることが予想されます。極端な画面作りと同様に、長い物語から名場面だけをえぐり取る容赦なさが加藤流なのでしょう。

短縮を補うために、説明的な台詞がやや多いですが、脇固めがベテランぞろいなので危なげはありません。

重機のなかった時代に石炭を天秤棒で運んでいた港湾労働者たちの風俗描写という、どっかで見たような話ですが、気性の荒さがより一層誇張されているのか、リアリズムなのか。

1950年代安保から新左翼の時代まで、激しい左右対立・労使抗争の裏には、実際にこんな昔ながらの縄張り争い・身分意識があったのかもしれません。昭和の社会史を丸ごと見てきた監督から教えを賜る思いです。

その大正生まれは、一緒に舟に乗り込んだのかどうか、海上シーンはぐわんぐわん揺れてます。同じ扮装によるロケとスタジオ撮りが交互につながれているので、撮影の段取りも大変だったなと要らんところまで気を回したくなることです。

女郎の足抜け後の折檻は、1960年代には甘く描かれておりましたが、やっぱり成人映画の客を取り込んだかなァと。

1960年代までは、裏にピンク映画があったので、一般向け映画は上品だったわけですが、1970年代は映画表現が急に暴力的・猟奇的になった時代だったかと思います。

日本初のアニメファンクラブは、丁度この頃に生まれたのだそうで、ドラマも絶好調だった時代のはずですし、女子どもと年寄りは自宅でテレビを見ていたわけです。

映画が独身男性向けに特化した時代だったのかもしれません。

その幕を開けたのが、これだったとするなら、大正デモクライシーボーイ恐るべし。

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