1967年7月、小沢茂弘『博奕打ち 不死身の勝負』

  11, 2016 10:21
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生まれ変わるためには、人よりも、自分を抑えることが大切だと、つくづく分かったです。

脚本:小沢茂弘・高田宏治、撮影:山岸長樹、音楽:渡辺宙明

シリーズ第三弾。前作から2カ月しか経ってませんが(!)、だいぶ路線変更しました。

前作は話がちがう世界へ行っちゃいましたが、今回は博打がちゃんと(ってのも変ですが)物語の中核に据えられており、その息詰まる緊張感と、豪快なアクションが両輪となって、まさに石炭をくべた機関車のように、「太か勝負」が前へ前へと驀進します。

第四弾『総長賭博』は三島好みの皮肉な悲劇だったわけですが、じつは博打を打ってないので、ちゃんとタイトルロールに仕事をさせている点で、こっちがシリーズの代表作に相応しいだろうと思います。

で、昭和初期の筑豊。雄大な空撮から入ります。音楽担当も変わって、曲調がハードなビッグバンドジャズになりました。物語もいきなりの殴りこみ。

北九州市若松区は『花と龍』にも出てきた地名だったかと思いますが、炭鉱という素材は映画監督たちの心をも荒ぶらせるのかもしれません。

石山健二郎は悪役かと思ったほど濃い顔ですが、筑豊の男の人情は輪をかけて濃かったです。新国劇の実演を拝見したかったですね。

鶴田は熱血な渡世人。石山の親分さん(というか社長さん)の人柄に感じ入って、自分を見つめなおす堅気修行。第一弾が博打打ちの道を貫いたことに比べて、ひねりが入っております。本当はもう少し若い俳優を使うべき役柄じゃないかという気もしますが、鶴田浩二というのは面白い人で、何を着ても、何を演じても、さまになるのでした。

体の大きな人じゃないので、そんなに喧嘩が強くもなさそうですけれども、「バクダン常じゃ!」と啖呵を切られれば、「参りました!」って云いたくなることです。

悪役は若山富三郎で、悪党ぶりが絶好調。藤山寛美は単なるコメディリリーフではなく、話を動かすキーパーソン。待田京介は例によって損な役ですが、死にっぷりの美しさで最高の回だったかと思います。

木暮実千代の女社長は女性の理想像の一つで、前半の花となります。橘ますみは清楚すぎて野暮ったいんですが、炭鉱町の生娘らしさが、いじらしいです。もうひとつ男心が分かってないというズレっぷりも。

最後の勝負はもちろん博打で、でもそれだけじゃ済まなくて、やっぱり白刃の出入り。ストーリーの落ちて行く先は見え透いているわけですが、そこがいいのです。「待ってました!」の連続。

任侠映画は歌舞伎の白波もの・仇討ちものの延長だから、大向こうから声をかけながら見るのがよいのです。

それにつけても、札ならまだしも、賽の目の出方なんて、錘でも仕込んでイカサマしないかぎり操りようがないんだから、本当に出たとこ勝負の「遊び」であって、勝っても負けても恨みっこなし。あまり熱くなっちゃいけない。身代まるごと賭けるようじゃ素人さんだよっていうのが本来じゃないかと思います。

(そこを無理にやるからお話になるので、真似しちゃいけませんよ。)

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