you are stuck with me 映画『ジャイアンツ』視聴記。

  08, 2012 17:13
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ツタヤディスカスでDVDを借りてます。
野球の話じゃないです。
そして邦題はジャイアンツだけど原題は『GIANT』で単数形です。

作中の誰が「巨人」なのかと思いながら堂々2枚組を一気に堪能いたしましたが、感想を書く前にちょっとググったところ、1920年代当時の米国では一日五万バレル以上出る油田をジャイアントと呼んだそうです(こちら

一気に堪能できたのは、重い社会問題を織り込んだ25年間にわたる大河ドラマでありながら、惜しみない編集によるテンポの良さと、豪華な建造物・ドレス、エリザベス・テイラーの美しさ、彼女を思い続ける男たちの純情という女にとって気分の良い道具立てで魅せてくれるから。
あらゆる意味で贅沢に作られたことが分かります。

音楽は雄大なメインテーマがテキサスの景色に合っていて素敵だけど、実は作中人物の一人によって繰り返し奏でられるドビュッシーの「月の光」や「オールド・ラング・サイン」など、控えめな音量でさりげなく使われる耳慣れた曲が、懐かしさ・古き良き時代への追想、というようなものを掻き立てるのでした。
また作中人物の一人だけ、その登場シーンに伝統的な西部劇らしい音楽が使用されて、男らしさを演出しておりました。おしゃれです。

そしてワーナーカラーは絵画的に色がきれい。やっぱりセピア、ブラウン系の色が良い。テキサスの広い空に浮かぶ雲の映り具合の美しさだけでも観る価値はある。

そしてテイラーの眼が確かにスミレ色がかって見える……

今日四月八日のリアルな戸外はお花見日和、ちょっと買い物に出たら街はどこも満開で薄紅色に染まっておりましたが、奇しくもこの映画の序盤でも若きヒロインがふんわりと甘い桜色のドレスをひるがえしておりました(*´∀`*)

基本的には彼女の女一代記。緑したたる東部から、惚れた男にくっついてなんも考えずに砂ぼこりだらけのテキサスへ。
最初はまったりした若い男女の甘々ロマンスか、これが2枚組で続くのか…と思いましたが映像の美しさに見とれている内に急展開。

1956年の作品ですから最早「古典」というべきで、ストーリーはヒネリ、ケレン味、遊び、息抜き的なギャグのいずれも一切なく、ごくシンプル。先が読める展開ですが、そのハマる感じが気持ちよく、いわゆる「お約束」が、そう称されてしまう形式化に陥る前の、清新だった時代の骨太さと緊張感にあふれています。

西部を生き抜く知恵と東部の教養、男と女、小姑と嫁、地主と小作、白人と有色人種、牧畜と石油、世代間。
あらゆる対立を皮肉にも笑いにも紛らさず真正面から。しかもそれを豪華な背景のなかで美的に描こうという芸術的な意識の高さのようなものが心地良いのでした。

テイラーはそれに見合う美貌と、知的で誇り高く或る意味残酷で、しかも哀愁を帯びたようでもある表情をもっていたと思う。
最初に予定されていたキャスティングだったというグレース・ケリーだったら、ちょっと清楚なお嬢様っぽすぎたかもしれない。ディートリヒは実はじゃっかん天然ぽいし、とあえて言っておきます。

他の出演者からリアルに頭ひとつ抜きん出たロック・ハドソンの存在感が光る。一見地味な西部男の役で、ディーンの個性的な演技と好対照なんだけど、いぶし銀の太いリングにダイヤモンドが埋め込まれてる様な印象です。

ディーンといえば彼がクレジットタイトルに名を遺した三本のうちの一本でもあり、最終章でもある。自分の出番の撮影終了数日後に自動車事故。この作品中で人生そのものを演じきっちゃったような感じですな……

14年後の『戦略大作戦』(Kelly's Heroes)でケリーを演じたクリント・イーストウッドがディーンとそっくり同じ髪型をしていた上に、つぶやくような台詞まわし等の演技も連想させるところがあるように思います。1930年生まれのクリントはこの映画の公開時は26歳。憧れたのかな? っていうかディーンに憧れなかったアメリカ人はいないかな?

いろいろな役を演じ分ける、というタイプではなく一貫して「あの」調子のまま、いってしまいましたね……。
一歩間違えれば上っ滑りするような難しい(言ってしまえばアルコール以前に自分に酔ってるような)役作りばかりでしたが、彼はこれでいいんだっていう変な説得力がありました。

テイラーに戻ると、『クレオパトラ』は特に衣装などに撮影当時の趣味・流行を反映させすぎた「なんちゃって史劇」でしたが、こっちはず~っと堅実なつくりで好きです。
60年代に入ると映画がテレビに負けて、ヌードそのものなど観て分かるエロスや暴力といったセンセーショナルさを売りにすることに走ったような気がする。

と言いつつこの作品のクライマックスは古き良き西部劇の基本=男の勝負は拳でつけるぜ、なのでした♪

若い男と若い女が出会えば間もなく、そして当たり前のように子供が生まれ、世代が引き継がれていく。
男の財力と権力の陰で女は自己満足的な慈善をほどこすことができるが、男が本気で信念を貫こうと思えば、やっぱ体を張るしかない。女は彼の尻をたたいて自分の理想通りに育てつつ、評価と人生の潤いを与える女神。

先日、有吉佐和子の『紀の川』を読んで、こういう小説はもう書けないだろうな、と思いましたが、この映画も原作は女性。こういう映画も、もう作れないのでしょう。

あとは……更に細かいネタばれになるのでご注意下さい。





何もない大西部の荒野にポツンと建つ、いかにも異質なルネサンス風の暗い邸宅が素敵でしたが、第二部では一転して白を基調にした東部風に改装され、ほこりっぽかった庭にも細い=まだ若い木が植えられて、東部を彷彿とさせる庭をつくろうとしているらしい。
夫の譲歩による夫婦の宥和の象徴。
それまで作庭など思いもせず、汗にまみれて働いていたベネディクト家に、東から吹いた春風。変化を受け入れる兆し。そこへジェットから成される提案。
うまいことつながってるという、ああいうのが台詞で説明されないとこが好き。

酒瓶の棚のシーンは、酒がもったいないと思った。
でも気持ちよかった。
ああいう見どころが長く映されすぎず、さっとカットしてあるところが粋ですね。

そして、日本人としては、自前の国土で石油が出る国、いいなぁ。プールサイドのパーティが「戦時中」だもんね……

ところでアンヘル君の葬儀で旗をたたむ士官の一人が妙に大きく映されていたのがプレスリーに似ていたのは気のせいですか。
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