1980年8月、舛田利雄『二百三高地』東映東京

  15, 2016 10:20
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君の祖国は、日本と呼ばれる。

脚本:笠原和夫、撮影:飯村雅彦、特撮監督:中野昭慶、特撮撮影:鶴見孝夫、光学撮影:宮西武史、アニメーション:東映動画、音楽監督・指揮:山本直純

明治から未来まで撮る男、日活の天皇は超辛口でした。

旅順攻防255日。戦記映画は各国にありますけれども、これほどドライな語り口と情緒を揺さぶる娯楽性と「戦争とは何か」という真顔の問いかけを共存させた傑作も珍しいかと思います。手もなく泣かされましたとも。ショスタコーヴィチの向こうを張った楽曲もすごくいいです。

ロシアの一般の方とはご一緒に見られないかもしれませんが、映画人は評価してくださるでしょう。

昭和2年生まれの監督はロシア語学科卒で、トルストイを通じてロシアを敬愛しているという台詞、それを口にした青年が変貌していく痛みには、実感がこもっているのだろうと思います。

序盤から記録写真をクローズアップする手際が「確かに『ヤマト』と同じだな」と思ったり、「舛田に目をつけて引っ張ってきた西崎のセンスと手腕は本物だったな」と思ったり、音楽の使い方がものすごく良いので、なるほどこれで石原裕次郎をスターにしたのかと思ったり、「菊千代が立派になったもんだ」とか、変な感慨を覚えつつ。

明治国家はいま、国民の好むと好まざるとにかかわらず、残酷で巨大な事業を遂行しなければならなくなっていた。

仁侠映画でさえ男のロマンに溺れることのない笠原脚本ですから、まずは全幅の信頼を置いて鑑賞開始いたしましたが、見事に再現された二十八サンチ砲同様、リベラル魂も轟々と響いておりました。

丹波哲郎は日頃はカッコつけ過ぎの役が多いんですが、ここでは底力を見せたように思います。児玉さん、歯を食いしばっていたんでしょうね。

鶴の一声と云いますが、御前会議を一喝したご聖断は、映画全篇を引き締めたと思います。三船敏郎の明治天皇、森繁久彌の伊藤博文、仲代達矢の乃木大将、再現度高いです。「戦前」生まれの男たちの顔は明治時代と地続きでした。

タイトルは『二百三高地』ですが、まずは「二百三高地へ行くまでが大変だった」というお話。

庶民出身の将兵数人に焦点を当てた人情劇の部分が東映らしくもあり、笠原らしくもあり。大作戦が手詰まりなら、現場でも小さな勘違いが惨事を呼ぶ。相変わらず皮肉と悲哀を同居させております。

対馬沖海戦は、すみやかにZ旗が揚がりまして、尺は短いんですが、映像の工夫がたいへん面白かったです。

内地シーンは能天気な一般人が得手勝手なことを云う顔を映さずに声で象徴させ、野際陽子の表情と対比させたのが印象的。遠大な葬列は、実際に合同葬儀が行われたということではなく、犠牲者の多さを示す視覚効果なのでしょう。話題が話題ですが、監督の「けれん味」を知るには絶好の場面かと思います。

夏目雅子は眼が美しく、男を引きとめる姿にもいやみがなく、これは彼女のマドンナぶりの良さを見る映画でもあります。

マット画・模型も美しく、特撮が冴えていたと思います。禁裏を借りて撮影できるわけもないので、宮中報告シーンもセットだと思いますが、合成らしき折上格天井がたいへんきれいでした。

映像的にも、音響的にも、脚本術的にも、あらゆる技法が投じられており、こういうのは後の時代の人がやれば「二番煎じ」って云われるし、やらなきゃ「本物を知らない」って云われるし、どうしろってんだって云いたくなるかもしれません。

去る人があれば、来る人もあって、欠けてゆく月も、やがて満ちてくる。なりわいの中で。

プロデューサー達がなんと云おうが、娯楽映画がくだらなくて大作映画がすばらしいのではなく、娯楽映画の蓄積があって、観客の喜ぶ壷が分かったところで、これだけのものが撮れる。

驚異的なスピードで娯楽映画を量産していられた時代は、活動屋が腕を磨くにあたって、いい時代だったに違いありません。

なお回想シーンをカットバックした予告篇の編集がすばらしく、さだまさしによる主題歌のプロモーションビデオのようになっており、それ自体が一本の作品として傑出しております。

(子どもたちが走っている場面で一人コケた子がいるのが気になる……)

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