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コミック有害図書指定と、アニパロ小説の敗退。(1990年頃の勘違い)

【1.コミックとは漫画です】

1990年代初頭。市販コミックの有害図書指定運動が起きたのは事実です。

そのせいで自分の発行していたアニパロ小説同人誌が売れなくなった(PTAへの恨みを忘れない)という声がありますので、検討してみましょう。

まず「コミック」とは漫画です。小説ではありません。また、指定されたのは市販品です。

PTAご一行様が同人誌即売会を抜き打ち検査し、同人誌を押収して積み上げ、同人たちが泣き崩れる前で火をつけたという事件はありません。

また「同人誌即売会は、これを永久に閉鎖する」という法律が衆参両院を通過したこともありません。

したがいまして、小説同人誌が売れなくなった理由にはなりません

【2.市販BL文庫の誕生】

1992年。角川書店が青春小説の文庫からBL系統の作品を切り離しました。

コミック有害図書指定に恐れをなし、「ヤバイ」と思ってトカゲの尻尾切りした……のではなく、独立採算の見込みがあるものとして、新しい文庫を設立したのです。

じつはこの年に、1974年以前の出生者が全員18歳以上に達しました。この中には年間出生数200万人超えを誇る第二次ベビーブーマーが含まれています。

つまり事実上「成人向けBL」という大市場が開けたことを見越した営業戦略だったのです。さすが角川。

【3.JUNEの衰退】

榊原史保美も連載を持っていた、1978年以来の老舗専門誌『JUNE』の衰退を、読者の好みが小説から漫画に移ったからだとする説明もありますが、その休刊後も角川の文庫が存続しているので、全面的に正解とは云えません。

1980年代を通じて、小説を読みながら成長した人が、1990年代に入って成人した途端に「もう歳を取ったから漫画しか読めなくなったわ」ということは考えにくいですね?

引き続き小説を好むんだけれども、内容の好み・購読の形態が変わるのです。

まず、雑誌の長期連載に途中から参加したり、続きを読むために購入し続けたりするよりも、読みきり文庫のほうが取りつきやすいですから、文庫の設立とともに、雑誌は衰退する運命だった。

2つめは、古参ファンと新参ファンの間に差別意識が発生し、後者が離れていく。どこの業界にも起こることです。

3つめは、読者投稿作品の審査員長をつとめていた栗本薫が、早稲田で勉強し、ミステリを書ける人だったので、投稿作品の自己満足性に否定的だったこと。彼女の採点が厳しかったいっぽうで、新興の文庫は新人作家を求めていますから、そちらが登竜門として頼りにされた。

2・3に関連して、もともと物語の内容が、成人したプロ創作者自身の少年趣味に基づいて構想され、禁断の恋(大人から子どもへの恋)の悲劇として決着するという趣向だった。それに10歳以上年下の読者が憧れて、真似して書いてみるというのが業界の構図だった。

以前にご紹介した森茉莉『恋人たちの森』(新潮社)は、1961年の出版以来、二十四年組人気・アニパロ人気のいずれもが盛んになる直前の1974年4月の時点で、13年間に12刷を数えておりますから、大層な人気です。これを真似して書いていた文芸同人は、必ずいたはずなのです。

それが、読者自身の年齢が(少し)上がると、自分と同世代の若者同士のハッピーエンドを求める。未成年者を搾取する・死に別れるといった耽美路線が必ずしも喜ばれなくなる。

逆にいえば、現代の20代の女性の気分にふさわしい、明るいコメディタッチの恋愛模様を描写することができれば、そういう作家を揃えることができれば、そちらの文庫が伸びていく。

だからこそ、2010年代に至って、公立図書館で漫画ではなく「挿絵つき小説」という形態のBLが発見されて、廃棄騒ぎ・年齢指定騒ぎとなったわけですね。

【4.混同されるほど小説が盛ん】

老舗の市販BL専門誌『JUNE』で連載されていたのは「耽美」リレー小説です。

ウィキペさんで確かめることが出来るだけの話で、暴露でもなんでもありません。

プロ作家および出版社が「ヤマもオチもイミもない」リレー小説です、などと自虐したことはありません。その言葉を使ったのは、あくまでパロディ同人です。権利問題を隠蔽するためです。

でも若い読者が混同したのです。著作権意識がひじょうに低かったせいで、同人が自虐した理由を勘違いしたのです。1990年代の社会学者・評論家などは、この混同に気づかないまま、研究の土台にしてしまいました。

ところで、なぜ混同されたのか? もともと「コミック」マーケットなんだから、竹宮恵子とアニパロ漫画が混同されたならまだ分かる。なぜ榊原や栗本のような小説家まで同類だと思われたのか?

小説としてのアニパロが存在したからです。これには、そもそも漫画を描くことが大変な作業だったという事情があります。

【5.漫画家人口は少なかったのです】

PCのなかった時代には、漫画を描くというのは、本当に大変な作業だったのです。

通販も整備されていなかった時代、専門店まで出かけて、専用紙とペンとインクと定規とベタ用の筆とトーン削り用ナイフを買い揃える必要がありました。ベタは乾かさなきゃならないし、スクリーントーンは一枚ずつ高価だし、削ると散らかるし。

だから漫画を描く人は今より少なくて、同人誌も文章表現が多かった時代があったのです。最初は本当に同人誌でした。2名以上の会員を抱える同人会の会誌だったのです。

CLAMPは、十数人を抱える大所帯の漫画サークルでしたが、じつはストーリー漫画を描いたことがなく、プロデビューに当たっては編集者に鍛え直され、ずいぶん泣かされたそうです。

だからこそ、高河ゆんを見た編集者が唸った。まさかこれほどの才能が育っているとは思わなかった。彼女はプロデビューした時点で、もはや少女ではありません。ちょうど成人した頃です。

つまり、ごく一部に、少女時代に本当に二十四年組に憧れて、コツコツと漫画を描き続け、成人するまでに腕を上げていた人がいたのです。

【6.ジェンダーを利用したビジネス】

2010年頃、公立図書館で小説としてのBLが発見されたことを契機に、漫画雑誌の総点検も行われました。

年齢指定をくらったBL漫画雑誌は、一覧表が出ていましたが、その創刊年を調べてみると、1990年代から2000年代です。コミックが有害指定されていたはずなのに、おかしいですね?

じつは、有害指定の目的は、端的には男性読者が暴力的・性的な漫画に影響されて凶悪事件を起こすことを防止することでした。1990年代の初頭に、漫画・アニメファンと見なされる男性が幼女を犠牲とする凶悪事件を起こしたからです。

だから、男性向けを売りにくくなった男性編集者たちは、続々とBLの編集にシフトしたのです。

女性は腕力がないので暴力の加害者になることができないという理由と、「男性向けは女性団体からのクレームに負けたが、女性向けは『女性の自由のため』といえば申し開きが立つ。男性団体からの抗議に対しては『男は黙ってろ』と云うことができる」というわけで、女性の弱者特権が存分に利用されたのです。

世の中、したり顔に「BLはジェンダーとか関係なくって、ただのビジネスよ」なんて云う人もいますが、違います。

BLは、ジェンダーを利用したビジネスです。

「女の編集者もいる」という人もいますが、彼女たちを雇って、男よりも低い賃金で使ったのは男性の社長たちです。あくまで男性中心ビジネスに女性が消費者・安価な労働力として取り込まれていったというのが(他の業界同様に)BLの歴史です。

1980年代フェミニズム(の影響を受けた同人)は、「結婚は男女不平等・ビジネスは男女平等」という単純な二項対立しか想定できませんが、出版社のおじさん達は一枚上手です。

【7.規制が影響する経路】

話を続けますと、男性向けが(自粛という形で事実上の)有害指定されたいっぽうで、小説・漫画を問わず、市販BL市場が急成長し、市民権を得た時代が1990年代です。

だから、男性のプロ漫画家が「PTAのせいで単行本を出せないことになった。この恨みは忘れない」と云いながら、また同人誌を出品するようになったということは、あったかもしれません。

でも、それを小耳にはさんだからといって、「私の同人誌が売れなくなったのもPTAのせいだ」というふうに、話をスライドさせることはできません。

そもそも男性のプロが同人界へ戻ってくることができたのであれば、同人界では売ることができたということです。

事実上、市販品が規制されたからこそ、漫画家の作品発表の場としても、読者の選択の自由を保障してくれる場としても、同人誌(と呼ばれる個人出版)が頼りにされたのです。

だから、もし「M事件のせいで同人誌が売れなくなった」と嘆く人があるなら、それは単純に「PTAが過激作品を規制したから」ではありません。

男性向け市販品が規制された代わりに、女性向け市販品の過激化が(事実上)奨励されたので、客足がそちらへ流れてしまい、同人誌即売会に閑古鳥が鳴いたという、まわりくどい経路です。

でも、実際には、同人誌即売会に閑古鳥が鳴いたことはありません。だから、もう一つ事情があります。

【8.アニパロ小説の衰退】

漫画を描いていた同人は「今では竹宮恵子よりも私たちのほうが売れている」と云ったはずです。

栗本薫と自分を比べていたという人は、小説を書いていたのです。そして彼女が看板作家だった『JUNE』を代表とする市販雑誌を目の敵にしていた。もちろん、自分の「アニパロ」のほうが売れてほしいからです。

でも、読者が18歳以上に達し、文庫が新設されると、どうなるか。おつとめ帰りに書店へ寄ればよくなるのです。なにも暑い中、あるいは年末の(サービス業に就いた人にとっては)忙しい中、休みを取って行列しなくても良くなる。

同人の中には「もともとアニメ自体が好きだったわけではない」とうそぶく人もあります。人目を引くために有名キャラクターを利用しただけで、読者のほうも心得ていたというのです。

だからこそ、読者も「べつにアニメキャラでなくてもいいわ」と判断したのです。

【9.フルカラー同人誌】

いっぽうで、1975年以降に生まれた人は、1980年代にアニメが盛んになったのを見て育っていますし、1983年にファミコンが発売されて以来、テレビゲームも好きですから「絵」があるほうが良いわけです。

さらに1985年以降、CLAMP・高河ゆん等、もともと漫画同人会の一員として絵を描いていた人々がプロデビューしたので、漫画家志望者が「即売会を拠点にするとデビューしやすい」と考えて、殺到したのでしょう。

だからこそ、漫画同人誌のレベルが(急に)上がり、フルカラー同人誌も生まれたのです。

フルカラー同人誌は、今ではバブル時代の武勇伝となっていますが、当時は高性能なPCがなかったので、彩色は全て手作業でした。

興味のない人から見れば「何もそこまで」と云いたくなるようなことを、徹夜も腱鞘炎も辞さずにやってのけてしまうような、漫画バカというか、根が真面目な人々によって成し遂げられた偉業なのです。

それが人目を引くのは当然ですが、印刷代が高額だから、売値も高い。いかにバブル時代といえども「高価な漫画同人誌を10冊買ったら、地味な小説オンリー本を買う小遣いがなくなった」となるのは当然ですね?

【10.滅びの歌】

CLAMP達の活躍が目立ち始めるよりも前に、文章表現としてのパロディ同人誌の存在を知り、1980年代後半に至って、進学を機に上京したので、自分も小説を出品するようになったという人は、栗本薫より売れているとうそぶきながら、じつは滅びの歌を奏でていたのです。

すぐ横で、漫画同人が続々と増えつつあったことに気づかなかったのです。

コミケは成長を続けました。1990年代にも、2000年代にも、規模を拡大し続けて、今があるのです。でも、そこは小説同人の居場所ではなくなったのです。

購読者の年齢が上がったことと、漫画・アニメの流行によって、わりを食ったのは、プロのBL作家ではなく、小説同人だったのです。

コミケはもともと漫画同人の集まりであって、アニメファンの参加を想定していませんでしたが、手塚治虫が自らアニメを手がけていた以上、「漫画・アニメは一蓮托生」ということは可能です。1970年代の時点では、どちらも人数が少なかったので、弱者同士の連帯とも云える。

そこへ後から参加して、アニメキャラクターを利用した小説というものをステレオタイプ化し、量産した人々は、即売会を牛耳ったような気分になったこともあったのでしょうが、一時的な現象だったのです。

とくに1975年以降に生まれた人は、上記の通り、アニメそのものが好きです。コスプレする人々というのは、必ずしもアニメキャラクターを茶化してやりたいわけではない。「エロ」だけを求めているとも云えない。自ら「二次元コンプレックス」とまで云う通りで、本当にアニメのビジュアルそのものが好きなのです。

そこでは「元々アニメには興味ない。オタクと一緒にしないでほしい」という人が「エロ」だけをテーマに書いた小説は、淘汰されて行くのです。

今ではコミケと云えば漫画の話題ばかりです。もともと「コミック」マーケットですから、それでいいのです。小説がもっと売れるはずだったという人は、最初から、自分が勘違いしていたのです。

【11.乗り切る方法はあったのか】

1980年代後半のコミケ(を筆頭とする同人誌即売会)における、小説から漫画への切り替えの時期を乗り切る方法があったとしたら、本当に漫画を描くか、オリジナル小説を書いて角川ほかの新興文庫からBL作家としてプロデビューすることだったのです。

もう一つは「まんだらけ」のような書店か、新たなイベント即ち「ノベル・マーケット」を自分で立ち上げること。

もう一つは、いち早くPCの勉強をして、通販体制を整えることだったのです。

日本で最初にホームページが作られたのは1995年。その後「Windows98」によって一般社会がインターネット元年を迎えたのが1998年。バブル崩壊後の影響が顕著になって来た頃です。このタイミングで、ネット専業にシフトすることが出来る人には出来た。

これらを思いつかなかったのなら、現状認識・市場分析が甘かったのです。分かっていたのにやらなかったなら努力不足です。投稿したけど採用されなかったのなら、才能不足です。

Mのせいでは、ありません。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。