乗り越えたのは、お母様の影ではありません。

  16, 2016 10:20
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もし、ふたこと目には「母親がトラウマだから~~」と云っていた人が、急に「母親のトラウマを自分で乗り越えた!」と奇妙なことを云い出した時には、べつに勘違いではなく、セラピーの誤用でもありません。

そう云わざるを得ないことに気づいたということです。

新宿二丁目へ乗り込み、我こそは男性中心社会(の強権を代行する母親)の被害者という顔をして、人権運動してやるつもりだったストレートが、自分の甘さに気づいたということです。

ゲイは先天性です。家族の誰のせいでもないことで、家族ぐるみで差別され、悩み苦しんでいます。そこへストレートが顔を出して、「私のばあい、ママのせいだから」と云えば?

彼らは「じゃあ俺たちとあんたには何の共通点もないし、関係もないだろ!」って云うでしょう。

「母親のせいで性的マイノリティになった」という人が混ざっていると、彼らについても「親の育て方が悪かったからホモになった」という偏見が助長される恐れがあるので、たいへん厄介なのです。

アダルトチルドレンごっこに付きまとわれると、彼らはたいへん困るのです。そういうことに気づいた人は、自分から「母親などトラウマではない!」と云わざるを得ないのです。

気づいただけ進歩です。

この場合、乗り越えたのは、鬼のようなお母様の影ではなく、それを口実にしていた自分自身の心です。

【厳しかったお母様に感謝しましょう】

一般論として、自分の失敗や悪事を母親のせいにする人というのは、一見すると正当な権利をもって横暴な母親を告発しているがごとくですが、じつはママにかばってもらいたいと思っているのです。

ママが実家の玄関先で社会へ向かって「あの子のせいではありません」と頭をさげて、本人は子ども部屋で布団かぶってるわけです。

社会的に成功した人が「母親がトラウマでこんなに上手くいった」とは、あんまり云わないわけですから、トラウマを持ち出す人は、挫折を経験した人です。では、どのような挫折か?

「母親のトラウマ」を口にする人は、本来は就職氷河期に巻き込まれるはずではなかった世代です。

なぜなら、1971年以降に生まれた大卒者・1975年以降に生まれた高卒者は、それこそ「みんな」苦労しているので、「自分だけ特別にお母さんのせいで」という言い訳が通用しないからです。

では、それより年上の人が何を言い訳しようとしているのか?

もし「親が前時代的に厳しい人で『女の子が大学へ行く必要はない』と云われ、事務員になったが、バブル崩壊時にリストラされた。大学で教員免許を取った同級生は、今も予備校講師として活躍しているので羨ましい」

というなら、話は分かりますが、トラウマなんて言葉を適用するケースではありません。

トラウマというからには、深層心理に深い影響があって、一見すると原因不明の異常行動や根拠のない恐怖感に悩まされているという意味です。

では「母親がトラウマだから大学で勉強しなかった」という話は、成り立つでしょうか?

せっかく大学へ入ることができたのであれば、トラウマというものを徹底的に勉強して、自分自身が心理学者になればいいですね? 

実際には研究者への道もなかなかに厳しいですが、外人が書いた自己啓発書を翻訳すればベストセラーになる可能性があるし、自分が解説本を書いてもいい。

なのに、そういうことをせずに、何をしていたのか?

勉強せずに、コミケに通うことに夢中になっていたので、今頃になって困っているという話です。でも、なんでここにトラウマが出てくるのか? 単に「若気の至り」とでも云って、笑い話にしてもいいことです。

森鴎外の昔から、都会の娯楽(当時は男子学生による女郎買い)に夢中になって、放校処分になるなんて奴がいたものです。でも、それはトラウマのせいではありませんね? トラウマがあるからといって、宿題サボって女郎屋へ行ってよいという理屈にはなりませんね?

では、母親のトラウマといえば、大学の勉強をサボって、コミケに夢中になっていたことの言い訳になると思う人は、なにを狙っているのか?

母親が男女交際を心配しすぎて、厳しく訓戒を与えすぎたので、私が男性恐怖症になってしまい、過激BLしか読めなくなってしまったという、アクロバット的論理を主張したいのです。

本当に男性恐怖症・エロス恐怖症なら、過激BLも読めないはずなのですが。

【流されやすい人】

ふたこと目には「みんなやってる」と云ったり、学者の云ったことを真に受けて「社会のせいだ」なんて云うタイプは、もともと誰でもいいから仲間になりたい人なわけで、寂しがりやさんで、根が悪い子ではないのです。

ただ「みんな」が好きすぎて、流されやすいのです。他人の話をすぐ鵜呑みにして「私も!」というのです。

あまり他人の話を疑ってみたことがないということは、幼い頃から抜け目なく生きる必要がなかった。すなわち、たいへん大切に、何不自由なく、愛されて育ってきたのです。だからこそ、都会の「ワル」に憧れてしまうのです。

東京都の片隅の埋立地で薄い本を売ったぐらいのことで粋がって、悪女ぶってみたり、ヤクザの男みたいな言葉ばかり使うのです。

注意としては、本当に怖い人に誘われて、犯罪に手を染めてしまうことで、もし母親がうるさく訓戒したなら、そういう素質を見抜いて心配していたのです。

とくに1980年代は、中森明菜の歌った『飾りじゃないのよ涙は』『少女A』に象徴される非行文化が流行していました。夜間に男性に誘われて、急にスピンをかけるような暴走車に同乗したり、妻帯者と不倫したり。

歌手は実際に高校生で、作詞した男性は30代でした。秋元康プロデュース「おニャン子クラブ」は1985年からです。芸能界が業界ぐるみで高校生を利用し、それに高校生のほうでも憧れて、繁華街を歩いているだけで芸能事務所にスカウトしてもらえると信じていた。

だから街頭で「歌手にしてあげる」と声をかけられて、ついて行ったら麻薬を買わされたとか、売春させられたという話も多かったのです。

そういう時代に、娘が地元中学校区を出て、電車に乗って高校へ通うようになる。放課後に繁華街へ寄り道できるようになる。母親は心配して「帰りが遅くなるといけないから部活をやるな」と云ったかもしれません。

さらに大学へ入れば、大学のサークルというのは、新歓コンパと称して、まだ18歳の新入生に酒を飲ませてしまう。急性アルコール中毒による事故死を起こす。男子学生との雑魚寝による性暴力被害の恐れもある。

キャンパスには赤いヘルメットも眩しい全共闘の名残がありましたし、いっぽうで白装束の危険な新興宗教も流行し始めていました。

母親が心配して「学生運動・新興宗教に入るな」と云ったなら、当たり前です。

それによって男性不信・恐怖症になった代わりに、中高生のうちから繁華街の暗部に巻き込まれることなく、女同士なら安全だというので同人誌即売会レベルで踏みとどまることができたなら、お母様に感謝しましょう。

そして、自分自身の判断で(繁華街ではなく)同人誌即売会へだったら足を運ぶことができたことに、自信を持ちましょう。そして自分より弱い人々に依存せず、新たな第一歩を踏み出しましょう。

【ゲイはノンセクシュアルの仲間ではありません】

ゲイは男性ですから、個々人は女性よりも体格が良く、頼もしく見えるし、社会的地位も高いということがあり得るのです。でも彼らは今なお「カミングアウト」した途端にすべてを失う恐れがある。

女性は「女です」と云った途端にすべてを失うということは、だいぶ減りました。もともと女性であることが分かった上で、充分に高い教育を受けて来ているのです。

ゲイの中には、同級生によるイジメや、親の無理解をのがれて家出し、学業を中断せざるを得なかったので、これ以上の出世を望めないという人もいます。大卒女性が自分の人生の選択を社会に責任転嫁し、くだを巻く姿を、彼らが良い気持ちで見ることはありません。

日本の女性は、世界的に見ても恵まれています。その恵まれた立場から、恵まれていない人々の足元を見て、弱みを握ったような形で、彼らのためではなく、自分のための人権運動に協力させるというのは、やはりあまり良いことではありません。

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