1981年11月、降旗康男『駅 STATION』

  27, 2016 10:20
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デジタル社会の未来と、市場分析は専門家におまかせ致しまして、アナログ時代を懐かしむ映画鑑賞会企画。沖のカモメに深酒させて、主と朝寝がしてみたい。お酒はぬるめの燗がようございます。さて。



流れ流れて吹雪の下で、義理に駆られて38口径の出入り。

製作:田中壽一、脚本:倉本聡、撮影:木村大作、音楽:宇崎竜童、編曲:朝川朋之

雪国に馴染みすぎたスタッフが描く、その後の健さん。

物語の骨格は、仁侠映画とそんなに違わないのです。それもシリーズが進んで高倉自身が歳くってからの。寄せ場帰りの中年が、周囲からは慕われているのに心の居場所がない。大事なものを失くしてしまった後の人生。

だいたいの線で、そういうのと同じプロットが、倉本の手で現代の社会へ織り込まれているのです。台詞ではなく、目の芝居が多く、やっぱり脚本と演出(監督)が肝胆相照らす如くです。

雪に包まれる駅で深刻そうな男女の姿から入りますので、本当に最初から最後までメロドラマだったらどうしようと変な不安を覚えつつ。でも、意外に早く話が動きます。極道ではございません。キャスティングのトリは池部さんですが、同行は致しません。

長門裕之とぶん殴りあってた兄ちゃんが、こんなにいい芝居をするようになりましたというところをひたすら拝見するのです。背景は本物の北海道の大自然。連絡船は滅多に出ません。天気暗澹として波高し。

丁寧にロケハンして、ものすごく遠くから望遠で撮っております。それと極端なアップが切り替わるので、撮影の段取りも大変だったなと、妙な心配をすることです。

任侠シリーズはスタジオ撮影していたわけですけれども、網走シリーズはロケやってたわけで、その集大成と云えるのかもしれません。音のモンタージュが『網走番外地』1本目とよく似ておりました。

事件としては解決するんだけれども、それでハッピーエンドではなく、それによって主人公の心に起こる変化を追う、物語ともいえない物語なので、あらすじは云ってしまわないほうがいいと思われます。

宇崎竜童の楽曲は、ビックリするほどクラシカルでした。根津甚八と烏丸せつ子の兄妹が1980年代の若者らしくて良かったです。女は怖いです。

池部さんは、ほんと云うと芝居があんまり上手くないのですが、一度見たら忘れられない魅力的なお顔で、スター性というものなのでしょう。相変わらずヘヴィスモーカーで、肌荒れもたぶん煙草のせいですが、長生きなさったのだから分からないものです。

「下町の太陽」の演技力はズバ抜けて、高倉健がすっかり乗せられて寛いでおりました。

宇崎が音楽担当のせいかどうか、NHKなどの協力も仰いで当時流行した歌謡曲が劇中歌として多数使用されており、自分自身の人生まで振り返らされることです。

沖のカモメに深酒させて、秘密を打ち明けないまま深まっていく、樺太まで聞こえるほどの大人の恋は、自分も大人になってから見るのがいいです。昔の男を更生させてやりたい気もするし、ほかに当てができたから厄介払いしたい気もするし、それじゃ不憫だから逃がしてやりたい気もするし。

揺れる女心が生む身勝手な理屈は、いつもあまり良い結果を生みません。

なお、武田 鉄矢がうらやましいです。

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