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編集のチェックを頼る同人。

【1.正当なクレーム】

1994年。ゲイコミュニティは「創作物に『男同士は異常だ』と書くことは我々に対して失礼だ」というクレームを発しました。

女流作品にそのような台詞があるという指摘です。それも悪役が主人公たちに対していやがらせをしてそう云うのではなく、当人たちが自分自身を差別しているというのです。

これに対して「1980年代までのプロ作品にはそのような台詞はありませんでした」と答えることができます。とくに二十四年組は男性読者からの支持も高く、多くの人が証言できるでしょう。

いっぽうで、女権論者の一部が「男のくせに女の書いたものを読むな」と答えたという話があるわけです。「女のやることに口を出すな」という逆差別です。それまでの反動でしょう。

それ自体は、ラディカルフェミニズムの主張そのもので、云いたきゃ云ってもいいですが、大学の先生たちは、十万人とともに炎天下あるいは厳冬期の同人誌即売会の行列に並んだのでしょうか? そうでないなら、なぜ勝手に同人界のスポークスマンになってしまうのでしょうか? 

プロは自分および自分の作品を「ヤマもオチもイミもない」などと自虐したことはありません。それはパロディ同人が使う言葉です。

ですから、ゲイの口からその言葉が出た以上、同人の代表に対応させるのが筋です。謝罪しようが、徹底抗戦しようが、同人の判断において、必要ならコミケ準備委員会を通じて、声明を発表すればよいことです。

したがって、研究者とメディアがプロ漫画家の責任を追及し、プロ小説家に弁明の本を書かせるという対応は不適切です。

つまり、この話の向けられている先は、研究者とメディアの一部です。過去の拙速な対応を反省し、クレームには冷静に対応しましょうという、未来へ向けた提言です。

ここまでなら云われたほうも「勿論です」とか「今さら云われなくたって分かってるよ」と答えて終わる話です。でも?

【2.被害妄想クレーム】

「同人やっていた」と称する人が、途中で「そんなの編集がチェックしてるんだから当たり前じゃん」と云いだすと、話が違ってきます。

これはテレビの一般視聴者が事情通ぶって、何を見ても「こんなのヤラセじゃん」というのとは質が違います。

なぜなら、自費出版していたという人が云うのですから、「プロは発行前にチェックしてもらえるからいいよね~~。でも私の場合は仕方ないじゃん」という、ひがみ意識と言い訳が含まれているからです。

つまり自分もゲイを怒らせるような台詞を書いたことを認めた上で、謝りたくないという態度です。それで新宿二丁目に顔向けできるのかどうか、考えてみるといいです。

【3.同人によるプロの軽視】

「プロの作品は発表前にチェックしてもらえるから有利」と発言する人は、もともとプロの下書きにも不適切な台詞が含まれていたが、編集者に叱られて破棄させられたと考えているわけです。

削除ではなく破棄です。なぜなら主人公が自分自身を差別することを前提にプロットを立てていた場合、「俺たちの関係は異常だ、だから別れよう、いや別れたくない、じゃあどうしよう、心中しよう」というふうに話が進んでいくわけで、前提そのものにダメ出しを喰らった場合、すべてが練り直しになるからです。

また、1980年代までの編集者、とくに編集長は男性ばかりだったでしょうから、成人男性は実在少数者に配慮することができた。が、成人女性は自分から気をつけることができなかった。

つまり、男女平等教育は無駄だった。女性は男と同じ教科書を使って勉強させてやっても、社会性を身につけることができない。だから社会に出すべきではない、という結論になります。

でも、プロは「そもそも私はそんなネーム(漫画の下書き)を提出していない」と怒るでしょう。

【4.プロの創作動機】

まず、コクトーやワイルドを参考に、森茉莉に端を発する「耽美」路線は、古代希臘云々いうとおりで、男性が若者を寵愛することを貴族的な趣味として美化して描いており、それに孤独な成人の女流が共感しているものですから、自分で自分を異常だとは云わない道理なのです。

時移って1972年。男装の麗人キャラクターがヒットを始めた横で、萩尾望都が描いていたのは、そもそも中年男性吸血鬼が少年を吸血鬼にしてしまったという前提で始まる物語でした。

クラウス・キンスキーも、クリストファー・リーも、フランク・ランジェラも、ビョルン・アンドレセンに噛みついたことはなかったはずです。

でも、女性ではなく少年が犠牲者になるという話が日本の女流から生まれてきた。

井原西鶴や森鴎外や三島由紀夫という先達がある以上、背景には「衆道の契り」という日本古来の(少なくとも創作表現としての)文化的伝統があったというを憚ることは、むしろ民族の歴史を自虐することに当たります。

が、どう美化しようとも、これが少年向け雑誌に掲載されることはありません。主人公が吸血鬼に負けてしまったのでは少年漫画としては失敗だからです。少年漫画としては、どうあっても強い若者が吸血鬼を打ち倒すという話でなければならない。

逆にいえば、女流は「男の子が負けた」というところから始めたのです。けだし、女の時代。

これが青池保子や竹宮恵子に移ると(伝染ると)、吸血鬼ではなく史上最悪のチョビ髭男になったり、社交界の鼻つまみ者になったりしたわけです。

ゲイコミュニティとしては「我々は吸血鬼でも独裁者でもない。悪役として描かないでほしい」と云いたくなるのも無理はないのです。ただし。

間違えてはいけないのは、犠牲者があくまで少年ですから、ゲイコミュニティとしても「我々が未成年者を襲いたいと思うのは自然な感情である」と云っちまっては、ちとまずいのです。

あえて例えれば、悪い博徒もいれば良い博徒もいるということでバランスを取るように、少年に手を出すのは悪い男の物語。そのいっぽうで、成人した者同士の礼儀をわきまえた交際も描いてくれと要望していく。

そして、女流はそれに応えたのです。1980年代には秋里和国が登場し、成人同士の合意の上の交際を丁寧な筆致で描きました。

でも、若い同人は、そのような成人における機微を理解できないまま表面的に模倣した。要するに何も考えていなかった。だから自分で自分の差別意識に気づかなかったという話でしかありません。

【5.社会学者と同人の対応】

もし、アマチュアが差別意識をむき出しに表現したなら、表現物を規制する以前に、そもそも差別意識を除去する必要があるはずです。「書いてはいけない」以前に「思ってはいけない」というところまで掘り下げる必要があるはずです。

現実として、心の中から差別を撤廃するのはむずかしい。アメリカで今なお人種問題が大事件になる通りです。だからといって「仕方ないですよ」で終わりにしてはいけないはずです。

この場合、社会学者が云うべきことは「ゲイは読んではいけません」ではありません。「ストレート男性が悪いのよ」でもありません。

「当事者が読んではいけません」というのでは、「私たちは当事者の目を盗んで差別を楽しんでるんですよ!」という意味になってしまいます。

「ストレート男性中心社会が女性に対して横暴だから、少女がゲイを差別するのも当たり前」というのでは、少女による虐待の連鎖を大人の女性が許可したという意味になってしまいます。

ここにあるのは、大人の女性の責任逃れです。社会学者として学生を教導すべき立場の者たちが「差別も虐待も私たちのせいではないので、仕方ないですよ」と云っているのです。

この場合、正しい指摘は「ストレート男性中心社会は『男同士は異常だ』という偏見を克服してください。そしてそれを少女たちに教えてやってください。フェミニズムは自分で話を理解することができず、少女を人権教育することもできません。ごめんなさい」です。

それはそれで結構な話ですが、当面の対応としては、あくまで書いちゃった同人自身が「ごめんなさい。今では気をつけていますから規制しないでください」というべき話です。

あるいは憲法に保障された権利に基づいて「どのような表現も自由です。創作物に現実社会の倫理を反映させる義務はありません。謝罪する必要も自粛する必要もありません」と明確にクレームし返すべき話です。

少なくとも「仕方ないじゃん」で済ませる話ではありません。

なお、ここで「編集者には同人出身の女性もいます!」と云えば、その人々には配慮できるのに、おなじ同人出身者が「仕方ないじゃん」と云う、という意味になります。

ということは、男性が経営する企業に入社して教育してもらった女性は大丈夫だが、女だけでやってる同人は何をしでかすか分からない。クレームされた時も態度が悪い。

だから、やっぱり男のほうがえらいから、時々男性目線で女の仕事を点検してやったほうがいいぜという話になってしまいます。

実際の編集員になれたわけでもないのに、編集の仕事に詳しいような振りをするのは控えましょう。「そんなの当たり前じゃん」と云った時、「だから何ですか?」と聞き返されたら何と答えるつもりでしたか?

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。